GO・TO・SHIBUYA!!
すごくどーでもいいんですけど、GoTo止まっちゃいましたね。
最近は旅行らしい旅行に出られなくてとても窮屈です。
余談でした。
※ ※ ※
・AM:8:15 都立ナナカマド女子高等学校
「まさか、あんたがここにいるとはね。ちはる」
吐く息の白い一月二十五日の朝。"主役"の姿を探し綾乃が訪れたのは、ナナカマド高の体育館であった。
「おはよ、アヤちゃん」
陽光に照らされた幼馴染は、早起きの気怠さなどまるで見せず、息を切らして真っ白な体操服に汗を滲ませていた。
「ダンスの最終調整って訳ね。ねぼすけのあんたが朝練なんて」
「いよいよここが勝負どころなんだよ。やれることは全部やっておきたいじゃん」
ふたりでチカラを合わせ、ご当地アイドル活動を始めて早半年。時間にルーズで、身体を動かすことすら億劫だった不健康児が、よくここまで変わったものだ。綾乃はまるで親のような目線で幼馴染の成長を感慨深げに見やる。
「何さ。わたしが頑張ってるのがそんなにおかしい?」
「逆、逆。ふたりでおんなじゴール目指して突き進めてるのが嬉しいの」
片や子どもの頃の憧れを捨てられず、片やそんな彼女を切り捨てて。ずっと違い、交わることのなかった道。まほうのチカラはそんなふたりに手を差し伸べ、共に歩む夢をくれた。
「ちはる」
「うん?」
「きょうの大会。絶対にナンバーワン取ってやるわよ」
「モチのロン。アヤちゃんと一緒ならヨユーだよ」
言って拳と拳を突き合わせ、お互い晴れやかな笑みで応える。大丈夫。ふたりならどんなハードルだって超えてみせる。
この誓いが、今日限りであることなど、ふたりの魔法少女は知る由もなかった。
※ ※ ※
・AM:11:15 京王線渋谷駅前
「よっっっしゃあ! 来た来た来たよー! 大都会・渋谷、しーぶーやー!!」
「あんまりはしゃぐなばかちは。一応あたしたちも都民でしょうが」
駅前に鎮座するハチ公、まるで民族大移動のように蠢く人、人、人。頭上にそり立つビルは総じて高く、埋め込みの液晶画面からは流行りの楽曲やCMが延々と垂れ流されている。
秋川の駅から立川で乗り換え、新宿を下車して埼京線で一本。ちはるら魔法少女一行は若者の情報発信最先端、渋谷の街へと脚を踏み入れた。
「えぇーっ。お姉来られへんの? あんなに楽しみにしとったんに!」
『――ごめん三葉。昨日急遽出版社の面接の予定が入っちゃって。無理言って入れてもらったから断れないの』
電話口の桐乃菜々緒は何度も平謝りし、『頑張ってね』の一言とともに通話を切った。世界同時金融危機で冷え切った就職戦線下、幾度となくも書類落ちを経験し後がない菜々緒にとって、この面接をすっぽかす訳にはゆかないのだ。
「んもー。お姉おらんのに誰が撮影するんさー」
こうなると、貧乏くじを引くのは妹の三葉だ。ふたりのスタイリングは彼女の仕事。加えて撮影まで担うとなれば、のんきに応援などしていられないだろう。
「ま、それは追々考えるとして」立ち止まる三葉の肩を綾乃が叩き。「時間結構ロスってる。開会式は一時でしょ。さっさと会場に向かうわよ」
着換えはパクトがあるから良いとしても、ぶっつけ本番で壇上に立つことだけは避けたい。三人はそれぞれ荷物を片手に駅前大通の人の波に分け入った。
※ ※ ※
・AM︰11:55
「――そこのワンボックス、止まりなさい。車を路肩に寄せて停車しなさい」
同じ日のお昼前、渋谷近くの国道沿い。パトカーが併走する黒塗りの乗用車の前に立ちはだかり、静止を求めて拡声器で呼びかける。
車は法定速度を遵守しており、普段なら停めるべきものじゃなかったが、運転席から『運転者の顔が見えない』となれば話は別。乗用車は執拗な口撃に折れたのか、ゆっくりとスピードを落とし、左ウインカーを出して停車した。
「おやおや、これはなにかの冗談かね」
車を降り、警察手帳片手に運転席を覗いた警官は、驚嘆と困惑がごたまぜになったかのような溜め息を漏らす。中に居たのは濡れ羽色の長い髪をお嬢様結びにした、制服姿の女の子。座ってしまえばフロントから殆ど顔が出ておらず、ペダルに足が届いているのが不思議なくらいだ。
「キミ、明らかに無免許でしょ。どこかの学生? 学生証持ってる?」
親に連絡し、たっぷりと絞ってもらうとしようか。などと考え決り文句を並べ立てるが、向こうは無言でこちらを睨むばかり。おちょくられているのか? もしくは然るべき理由で口がきけないか――。処遇に腐心し、次ぐ手を決めあぐねていると、向こうの方から声を掛けてきた。
「おまわりさん。渋谷の区民会館ってのは、この道であってる?」
「あってる、って……。この道をそのまま、三つ目の信号で左折、だけど」
面食らって教えたその後で、そんな場合じゃないと気付く。警官は急ぎ咳払いで居住まいを正し、語気を荒げて再び問う。
「いいかい。キミのしていることは犯罪なんだよ。無免許で学生で、しかも背が低くて外から顔が見えないと来た。反省文だけじゃあ済まされない事態なんだよこれは。わかるかい? 解ってもらえないかな?」
などと正論を並べ立てようが、向こうは既に彼への興味を無くしていた。代わりに上体を反って後部座席に目をやり、同乗者に声をかける。
「用は済んだ。喰っていいぞ、プレディカ」
「は? 何だって?」
よそ見をするなと声を荒げたその瞬間、後部のドアがスライドし、飛び出した『鎌』が警官の身体を車の中へと引き込んだ。
まさか、そんな台詞が今生最期になると誰が予想していただろう。哀れ何の落ち度もない立派な警官は、断末魔の台詞一つ残せず消え去った。
「どうやら、間に合いそうですね」
警官を喰らい、その巨体で後部座席総てを占領するヒトガタカマキリは、カーナビを指してそう話し。「女王様が地図を観て唸った時は一体どうなることかと思いましたわ」
「黙ってろ。運転出来ないくせにエラソーに」
「お言葉ですが。そういう形に産んだのは」
「だから! 黙ってろって言っただろ!」
カマキリの主・花菱瑠梨は苦虫を噛んだような顔で怒りをぶちまけ、顎を上向けアクセルを吹かす。
目標まで後少し。朝イチで車を走らせ、渋滞やこうした検問もここまでだ。今まで喰らった全てのイライラを、ニヤケ面したあいつに叩き込んでやる。
※ ※ ※
・PM:0:55 渋谷区区民会館・控室
「あー……。めちゃくちゃキンチョーしてきたあ。おなかいたい……」
「だから、あんたがそんなでどうすんの。こーゆーのはいつだってぶっつけ本番でしょ」
正午の開会式が過ぎ、簡単な説明を挟んでもうじき一時。八地方八チームにつき、それぞれの持ち時間は前口上含めて十分。ちはるたちは半ば過ぎの五番目。現在三番目の九州代表がライブを終え、四番目の関西地区が壇上に上がったところだ。
普段逸るちはるを抑えにかかる綾乃ですら、脚の震えを止められない。
ニッチな層を相手にするとはいえ、全国区でお茶の間に放送が流れる大舞台。加えて現時刻での観客動員数は千五百。大田区のホールで演った時とはレベルが違う。お互い胸の前で腕を組み、飛び出しそうな心臓を抑え込むので精一杯だ。
「おぉっ、なんやなんや。えらくビビっとるみたいやん、オフタリサン」
そんな緊張を知ってか知らずか、支援者の三葉が大手を振って控室に乗り込んできた。
「あんたは気楽で良いわよね。こっちの気もしらないで何」
「ふふーん。キンチョーでガチガチなふたりに喝! を入れに来たに決まっとるやろ。そんなわけで! みんな、入ってやー」
彼女はそう言って引き下がり、後ろに控える者たちを呼び寄せる。
「いやはや、大舞台だねぇグリッタちゃん・ズヴィズダちゃん。君たちの活躍、ずぅっと追っていた甲斐があったなあ」
「これ、うちの名物・ずんだの串団子。今朝つきたてだから美味しいわよー」
「私達みんな、君たちの明るさに救われて来たんだ。今日は客席でしっかり応援させてもらうよ」
現れたのはあきる野市に点在する個人店舗の事業主たちだ。東京の端っこに立地し、いまいち振るわない地元を盛り上げるグリッタちゃんは、彼らに取って救い主にも等しい。
「あは、は……なんかもう、冗談みたい」陸上選手として、親やクラスメイトに激励を受けることなら多々あった。しかし、街ぐるみで自分たちを応援していると言われると何だか妙にむずがゆい。綾乃は激励の声に不器用な愛想笑いで応える。
「そしてぇ、ちーちゃんにはこれや!」
再びさあどうぞ、と引き下がる三葉の後ろには、浅黒い肌に筋骨隆々とした体つきの男性が一人。
「よう。元気……か?」
「お、お父ちゃん!?」
地味なTシャツにジーンズを穿き、その上から西ノ宮洗濯店のエプロンをした彼は、ちはるの実父・正臣だ。面と向かって娘と話すのが恥ずかしいのか、微妙に目線を反らし、右手で頭の裏を搔いている。
「どどど、どったの?! まだお仕事してる時間じゃない?!」
「馬ぁ鹿。娘の晴れ舞台だぞ。休むに決まってるだろうが」
胸を張ってそう言った正臣は、エプロンの中から棒のようなモノを取り出して。「通販でがっつり買い揃えて来たんだ。お父ちゃん、今日ばかりは思いっきり声張り上げっからな」
「ちょ……ちょちょっ、皆が観てる視てるって。そういうモロなのはやめてって!」
棒を桃色に光らせて、縦横無尽にぶんぶんと振り回す。描く軌跡は一際派手だが、その醜態を見せられる娘はたまらない。柄にもなくはしゃぐ父の姿に、ちはるは覆い被さるようにしてそれを阻止しにかかる。
「はは。ちったあほぐれたか。晴れ舞台なんだろ、別に勝たなくたっていい。精一杯楽しんでこい」
そんな折、不意打ち気味に放たれた親らしいひとこと。駄々っ子めいておぶさっていたちはるは面食らい、父の背中からゆるゆると落ちてゆく。
「まったくもう、わたしそんなに子どもじゃないんだからっ」
頬を膨らませてそうぼやくちはるに緊張の色は見られない。やや荒療治ではあったが、今の言葉で完全に吹っ切れたようだ。
「アヤちゃん」
「オッケー。行くわよ」
自分たちを支えてくれる人たちに囲まれて、楽しんで来いと背中を押され。最早緊張に身体を震わせている場合じゃない。
「東京代表のグリッタ&ズヴィズダさーん。そろそろ本番です、舞台袖にお願いしまーす」
いよいよ順番が回ってきたらしい。ふたりはそれぞれ互いの顔を見合わせ、トランスパクトを手に叫ぶ。
「レッツ、キラキラ☆ちぇーーんじ!!」
・次回、「厄災のアクマ」につづきます。




