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【復活】ゆめいろパレット~16歳JK、変身ヒロインはじめました~  作者: イマジンカイザー
08:ボクの名前は花菱瑠梨
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お払い箱なの。必要ないの。


※ ※ ※


 闇夜にヒトならざる者と契りを交わして早一年。ベッドと机と本棚しかない簡素な自室に、今では一抱えもある大きなキャンバスが画架イーゼルに掛けられて鎮座している。


『――やあ瑠梨。キャンバスの調子はどうだい?』

「う、わ、ああ!」

 閉じた窓をすり抜けた(・・・・・)協力者を目にし、驚いて机から転げ落ちる。ファンタマズルはいつもこうだ。こちらの都合など全く無視し、来たい時に現れる。

「せめてノックするなり一声かけろよ。絵が台無しになったらどうするんだ」

『――悪かったよ。けれど、私は直接"そちら"に干渉出来ないんだ。君の方から気付いてもらうしかない』

「干渉出来ない、ってお前……」

 どういう意味だと尋ねても、曖昧な答えで誤魔化されるに決まってる。この一年、ずっとそんな不毛なやり取りが繰り返されてきた。

『――まあ、善処するよ。それよりも』

「絵の話だろ? だったら何の問題もない」

 などと言って得意げに鼻を鳴らす自分がいて、気恥ずかしさで頬を赤らめる。もう十五じゃないか。おつかいを終えた稚児じゃあるまいし、こんなことで調子に乗るべきじゃない。

 咳払いで居住まいを正し、絵の具の乾いたキャンバスに手を触れる。闇色に塗りたぐられた空と、藤色の輝きを放つ満月。そして崖っぷちに建てたられた巨大な城。ボクが手を触れると、それらは無秩序に歪んで形を変え、大広間の中を映したものへと変化する。


『女王様! おいでになられたのですね?』

『今日も女王様への感謝の歌を作っておりましたの。聞いてくださる? 聞いてくださいます?』

 塗られた絵の具が再び揺らぎ、ふたりの女性の姿を大写しにする。黄色のドレスは三女のトウロ。蒼のドレスは二女のオガミ。絵の中に創った暗黒の国・グレイブヤード、それを治める三賢人たち。

『オガミ。トウロ。そのくらいにしておきなさい。女王様の前ではしたない』

 そんな二人を制すように、後ろからヒールを鳴らして別の一人が顔を出す。情熱的な朱のドレスにウェーブの効いた長い黒髪。鋭い目ながらも慈愛に満ちた顔つき。グレイブヤード事実上の統制者、三賢人の長女・プレディカ。ボクが最初に創造したキャラクターだ。


『私達は皆元気。我らが常日頃安心して暮らせるのは女王様のおかげですわ』

「そうか。そうか……。それは何より」

 "これはまほうのキャンバス。キモチを込めて絵を描けば、君の望むモノが実体となる"。最初のうちは戯言だと思っていた。しかし初めに産み出したプレディカがボクを主と呼んで恭しく頭を下げる様を目にし、これを事実なのだと受け容れた。

 キャンバスは意思を持っていて、何か描きたいと思えばさっと白くなり、足したいと思えばそっくりその場面を呼び出してくれる。プレディカを主とした城を描き、設定をはめ込み、その後妹ふたりと従者たちを次々に描き込んだ。皆ボクの思い通りになるのが本当に嬉しかった。


『――君が見せたかったのは、こんなことかい』

 だがキャンバスを持ち込んだこのピンクは、どんなにグレイブヤードが発展しようと納得してはくれない。

『――私は言った筈だよね。チカラを与える代わり、面白いものを見せてくれと。これでは契約不履行だ。このキャンバスは没収させてもらう』

「な……! ちょ、ちょっと待てよ。何もそんな」

『――契約は絶対だよ瑠梨。このくらいじゃ私は全然満足しない』

 奴はいつだってボクを急かし、この幸福を奪い去るぞと脅しつけてくる。思えば、それは正常な判断力を奪い去るためだったのかも知れない。この日を境に、ボクはまた、ヒトとしての正道から一歩外れることとなった。


『――ならばひとつ提案がある。君の愛しいカマキリ達。彼女たちをこの世に顕現させたくはないか?』



※ ※ ※



「お父さん、帰りが遅いわね。七時には帰って来るって言ったのに」

「そうだね」

 時計の針が間もなく八時を差す宵。ボクと母は百五十人・・・・目の父を待ちながら、出来上がったゆうげに手を付けていた。

 素っ気無く返して会話を打ち切ったが、『それ』が生きてこの家の敷居を跨ぐことは無いだろう。もう間もなくキャンバスの中で消化され、プレディカたちの餌になっている筈だ。

「そうだね、ってあなた……」この返しが向こうの気に障ったらしく。「あなたのお父さんよ? テキトーに返事して、心配じゃないの?」

「何を今更。ボクの本当の父さんは九年も前に死んだ」

「なん……なんですってえええっ?!」

 ああ、まただ。売り言葉に買い言葉で母の逆鱗に触れてしまったらしい。テーブルクロスを引っ張って、折角作ったスープの皿を床に放り、ボクにフランスパンの切れ端を投げつける。

「お父さんはいつだって私の傍に! あなたの傍にもいるでしょう?! それを死んだ……死んだなどと! ふざけるのも大概になさい! 瑠梨、お母さんに何か言うことは?!」

「別に無いでしょ」

「無いわけあるか! 言いなさいごめんなさいと! お父さんが心配だってい・い・な・さ・い!」

 一度火が点いた母はもう誰にも止められない。投擲がいつしか平手に変わり、馬乗りになってボクの頬を往復ビンタ。

 窓の外に見知ったピンクの外套が見えた。唇を動かし、助けを求める。けれど答えはいつもと同じ。窓を隔て、やつの放った念話(テレパシー)が頭に響く。


『――ごめんね瑠梨。前にも言ったが、私は直接現世に介入できないんだ』


 ああ、そうさ。助けなんて期待しちゃいない。これはボクと母の問題だ。自分の手で解決しなくちゃならないんだ。

 歯を食いしばって痛みに堪え、この癇癪が収まるのをじっと待つ。非を認めて謝るのは簡単だ。けれどそれじゃこの横暴な母に屈したことになる。ボクだってひとりの人間だ。尊厳や矜持を傷付けられて泣き寝入りなんて御免被る。

 おぼろげだった未来がカタチを持って見えてきた。ボクのしたいことは何だ? そのためには何が要る? 総てファンタマズルが示してくれた。


 二度とこんな惨めな目に遭わないように。誰もボクを馬鹿にしないセカイを創る。そのためには何を犠牲にしたって構わない。

 やってやるさ。なんとしても。



◆ ◆ ◆



『女王様! お会いできて……本当に光栄です』

「ああ。ボクもだよプレディカ。よくこちらまで来てくれた」

 あれから一年。同じまほうのチカラを持つあほと対峙し、幾つもの困難に見舞われたが、やっとこの日を迎えることが出来た。

 長く艶のある、ウェーブのかかった紅い髪。鋭い目をしているけれど、それを感じさせない柔和な顔つき。

 ボクが母に求め、その母が切り捨ててしまった理想を全部注ぎ込んだ、夢の結晶がここにある。


『妹たちのことは残念でした。この恨みは必ずや私が』

「解っているよ。お前ならやれる。必ず殺せ。妹たちの名前を奴らの死体に刻むんだ」

 熱を上げ、実体化した配下にエールを送る己を顧み、冷えた目で視る自分がいるのに気が付いた。どう取り繕ったってプレディカはボクの創作物だ。そんなものを褒めそやして、結局ただの自己満足ではないか……?

 元に、大目標が達成されたにも関わらず、ファンタマズルは目深な帽子に表情を隠し、ボクたちの会話に関わろうとしない。面白いものを見せろとチカラを与え、ようやっと叶えたところだと言うのに!


『――そりゃあ君、全然面白くないもの』

 ボクの心を見透かしたように、ファンタマズルが口を開く。『君の望みは何だ? 自分の理想を顕現させ、猫可愛がりして終わりなのか? 違うだろ? 全然違う』

 思い出せ。君の望みは何だ?

 途中で会話に割り込んだくせに正論を吐くから始末が悪い。確かにそうだ。こんなのまだまだ通過点。ここからがボクの夢のはじまりなのだ。



「瑠梨ー、お父さん帰って来たわよー」

「りりちゃん。きょうからずぅっと一緒なんだ。ご飯くらい一緒に食べようじゃないか。降りといでー」

 決意を新たにしたその瞬間、耳障りな声が下の階から響いてくる。そうか、今日は家にいたんだったか。隣の男は――。もう何人目の父だかもわからない。聞かれたって興味もない。

「瑠梨ー。強情張らずに出てらっしゃい。お父さんが首を長くして待っているのよ」

 無視を決め込み放っておくと、声が階段を登って近付いて来た。多少の暴力を伴ってでもボクをあの無味な食卓に座らせたいのか。他の誰かの為と言いながら、自分が安心したいだけの偽善者め。

「プレディカ」

『はい』

 我が下僕は肯いてドアの前に立ち、不躾なあのオンナを待ち伏せる。三歩、ニ歩、一歩。足を止め、苛立ち混じりにドアノブに手を触れて、この扉を開け放す。

「駄々っ子みたいな真似は止しなさい瑠梨。ほら、お母さんといっ、しょに……」

 戸を開いた母は困惑に言葉を詰まらせ、次いで力なくその場にへたりこむ。当然だ。そこで待っていたのは娘ではなく、自分と似た顔ながら、腰から下がカマキリのそれとなったバケモノだったのだから。


「なっ、何……?! なんなの!?」

 身を守るべく武器を探すが、そんなものはどこにもない。尻もちをついて後ろに下がろうにも、三歩もゆけばもう壁だ。このオンナはもう逃げられない。

「見て分からない? お払い箱なの。もう必要ないんだよ、あんたは」

「お払い箱? 必要ない? 瑠梨あなた何を言って……」

 怯える顔でボクらを見上げる母を前にしても、この心には何のさざなみも起きなかった。自分の平穏を守るため、娘を差し出し如何ようにでも変わり続けたオンナ。死んだところで誰も悲しむことはないだろう。プレディカに胸ぐらを掴ませ、無理矢理に持ち上げる。


「さよなら、母さん」

 プレディカの顎が外れ、大口を開いて頭から獲物を呑み込む。左右一対六つ足の中、母は柔い膜から抜け出さんと抵抗を繰り返すが、それも一分と続かなかった。

「溶けたか」

『ええ。完全に』

「そうか」

 この世でたった一人の肉親が消えた。

 もう、理不尽な癇癪をぶつけられることはない。

 ボクを縛る枷は無くなった。ボクは完全なる自由を手に入れたのだ。


『女王様。どうか……なされましたか?』

「何で、そう聞く?」

『いえ。なんだか、浮かない顔をしているものですから。もしかして、食べるべきではありませんでしたか』

 浮かない顔。

 そうか。ボクは今、浮かない顔をしているのか。

 親が子を選べないその中で、理不尽な暴力を強いてきたあのオンナをこの世から消し去って。残った感情が浮かない顔か。

「馬鹿馬鹿しい。お前は正しいことをした。ボクはこの結果に満足している。よくやったプレディカ」

『は、はい。そう、ですよね? ですよね! そのお言葉を聞いて安心しました』

 後悔なんてあるものか。ボクは今この瞬間から自由になったんだ。やってやるさ、あぁやってやるとも。総てはここからだ。邪魔な魔法少女たちを始末して、ボクの望むセカイを創り上げるんだ。

 寂しくなんかない。残念だなんて思ってない。すべきことをしたまでだ。ボクは絶対に正しい!


『――ハハハ。その意気だ』

 ボクの後ろでファンタマズルが不気味に嗤う。

『――久々に、君を見て面白いと思ったよ。頑張ってくれよ瑠梨。私と交わした契約の為に』

「この状況を、面白いって言うのか……? お前は」

 ますますこの生き物の事がわからなくなって来た。けれど、理由はどうあれ感心をこちらに向けてくれたのは事実。やるなら今しかない。

(何だ……?)

 頬を、なにか温かいものが伝った気がした。泪……? ちがう。そんなものを流す意味がわからない。

 ああ、そうか。まだ心の中で未練を抱えていたのか。くだらない。既に両手で数え切れない人間をその手にかけてきたのだ。今更怖気づいて何になる。


「見ていろファンタマズル。これからだ。これからもっと面白いモノを見せてやる。西ノ宮ちはるだけじゃない。ボクを蔑ろにする奴らは皆殺しだ」

 母を心配する声が階段を伝い近付いてくる。獲物の方から来てくれるのは大歓迎だ。この家の敷居を跨いた時点でお前に生きる道はない。

 プレディカを下にやり、間髪入れずに飛びだした悲鳴を聞き、ボクはすべてを振り切った。


「西ノ宮ちはる。次は、お前だ」

次回、09:すべてのはじまり、すべてのおわり、につづきます。


これまで本作にお付き合いくださり誠にありがとうございました。次章にてこのおはなしは取り敢えず『ひとくぎり』です。

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