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【復活】ゆめいろパレット~16歳JK、変身ヒロインはじめました~  作者: イマジンカイザー
07:出しちゃいますよ、新衣装!
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颯爽参上グリッタちゃん

※ ※ ※


 西ノ宮正臣はその日の依頼品を振り分け終え、作業机の傍で疲労から来る溜め息を漏らす。日々の暮らしの糧とはいえ、こうも多いと骨が折れる。自分の仕上げを信じたお得意様のため、一人娘を養うためとはいえ、こんな生活がいつまで続くだろうか。


『正臣さん。あの子のことをお願いね』

 墓参りを終えて感傷的になっているのだろうか。今際の際に妻が遺した言葉が頭を過る。分かっているとも。だからこそ終わらせない。そう自分に言い聞かせ、作業場を出んと前を向く。


「参ったな。根を詰め過ぎたか?」

 開け放された玄関に誰かが居る。半月の灯りに照らされたシルエットを見込み、彼は思わずニ・三度『それ』を凝視した。

「夢か? 夢だろ? タチの悪い冗談だ……」

 忘れるわけがない。見間違うわけがない。そもそもここに居るわけがない。彼女は――。西ノ宮美佐子は十年も前に死んだのだ。

 彼は柔和に微笑む妻を前にし、吐き出しかけた言の葉を喉元で引っ込める。何故そうしたのか自分でもよくわからない。直感的にそうすべきでないと思ったからだ。

 実際その直感はアタリであった。妻の姿をした何かは無言で家に上がり込み、夫の身体を抱き締める。汗腺から吹き出た白濁液が彼を包み、またたく間に物言わぬ繭へと変えてゆく。


「これで、貴方を護る者は居なくなったわね。西ノ宮ちはる」

 妻――、西ノ宮美佐子"だった"それは、繭となった夫を無感情に放り、二階へ続く階段に目を向ける。

 グレイブヤード三賢人がひとり、次女オガミは、酷薄なる瑠璃色の瞳を輝かせ、ゆっくりと階段を登ってゆく。『妹』を殺し、主の邪魔をする痴れ者を、この腕を以て排除するために。


※ ※ ※


「あーーっ、もう! やっぱ無理! ホント無理ーっ」

 まほうのペンで生み出した未完成品たちに埋もれ、西ノ宮ちはるが遂にキレた。

「何さ何さアヤちゃんってば。今の今までこれでいいって言ってたくせにぃ」

 リテークを求めたここに居ない幼馴染に恨み辛みを言い放ち、背面飛びでベッドへとダイブ。著作権がなんだ、代わり映えしないのがなんだ。ここに完成品にして唯一無二の一品があるというのに、他に何を考えろというのか。

 悔しがりながらベッドの上を左右に転がる最中、変身アイテム《ドレッサー》にしまわず掛けられていたラブリンドレスが目に留まる。そこからは完全に無意識だ。着ていたパジャマ類を脱ぎ散らし、完成品の新作ドレスに腕を通す。

「ほらね? ほらね! こんなに可愛いのに没だなんて……」

 纏った自分を大鏡に映し、くるんとその場で横回転。ぴったりサイズにきらびやかな装飾の数々。全国大会に向けて推していくならこれ以外に無い。

「アヤちゃん……納得してくれるかなあ」

 締め切りは近いし他のものは出て来ない。それが向こうの意に沿わずとも、押し通す以外に道はない。


『大丈夫。綾乃ちゃんならきっと折れてくれるよ。大好きなあなたのためだもの』

「ほんとに?」

『私が、あなたに嘘を言ったことある?』

 励まされ上を向いた矢先、我に返ってふと思う。この声は一体誰のもの? 周囲を見回し窓に目を向ければ、今の今まで存在しなかった人型の桃色のモヤひとつ。


「うひゃあああ!? えっ、誰誰?! 何事ぉおお?!」

『お、驚かないでよちぃちゃん。私よ私。あなたのよぉく知っている……』

「ゆゆ、ゆゆゆ……ユウレイに知り合いなんていないもん! お塩? お塩あげたら出てく?! この部屋から出てってえ!」

『落ち着いてちぃちゃん。塩は渡すものじゃなく撒くものよ』

 確かにそうだ、と納得しかけたが、それどころじゃないと頭を振る。一体何だこの声は。どうしてこうも自分につきまとう?


『それは私が……アー……』

 声の主は何か迷った様子で声を左右に振り、『キラキラ少女グリッタちゃん。キラキラ星の第一皇女。あなたもよぉくご存知のあの子』

「は、あ?」

 如何に他より精神が幼いちはるとはいえ、ペンのチカラで自身が変身するようになった今、グリッタちゃんが現実には存在しないことくらい理解している。何故わざわざワンクッションを入れた? そもそも何故声だけで姿を見せようとしない? 不信感はますます強まるばかりだ。

『こればっかりは信じてもらうしかないわ。ほら、ほらっ。呪文呪文。シュテルングリッターって』

 自分のことは全く話そうとしないのに、ひとにばかりやれと促すこの態度。気に食わないが、やらない限り消える様子もない。西ノ宮ちはるは枕元からグリッタバトンを取り出すと、やる気無くそれを天に掲げ――、それを床に放り投げた。


「え……?」

 柔らかく、甘く、優しい匂い。幼い頃に死に別れ、二度と嗅ぐことが無かったであろうにおい。

 階段を一段ずつゆっくりと、誰かが此方にやって来る。それが誰かちはるにはよく解る。顔を見ずとも知っている。

「お母ちゃん!」

 矢も楯もたまらず駆け出し、ドアを挟んで姿の隠れた『それ』に逢いに行く。私はこんなに大きくなったんだよ。褒めて、撫でて、抱き締めて。子どもとして当然の欲求を満たしてもらうべく、ちはるは進んで罠に飛び込んだ。


「さあ、おいで。抱き締めてあげるわ」

 両腕の棘という棘をそば立たせ、迫る標的をじっと待つ。今のちはるは花の蜜に吸い寄せられる羽虫と同じだ。向こう見ずに飛び込んで、待ち構えた鎌に掴まるとは少しも思うまい。

 あと二メートル、あと一メートル。大鎌を持った妹と違い、射程がヒトと同じくらいの自分がもどかしい。仇の惨死を確信し、愉悦の涎が止まらない。

 指の先のうぶ毛がちはるの身体に触れた。妹の仇よ、覚悟! 覆い被さるような勢いで拡げた腕を閉じ、標的の命を刈り取りにかかる。


『駄目だよ』


 何が、起こった?

 自分のこの腕は確かに無防備な標的(ちはる)を捉え、鯖折りで背骨を砕いた筈だ。

 だのに、腕に残る感触は無。滅すべき標的は尻もちをついて廊下の端に座り込んでいる。


『この子に、手は出させない』


 邪魔をしたのはこのモヤか? バトンを持った桃色の『なにか』が、ちはるの代わりにオガミの抱擁を受け止めている。

「ナニナニ……? なんなのぉ……」

 今しがた自分が殺されるところだったというのに、ちはるの顔は緩み切っていて、発する言葉も緊張感を欠いている。

『ちぃちゃん! バトンを! 掲げて、叫んで!』

「は、はい?」

 ピンク色のもやが自分に向かい声を張り上げて、いる? 何故邪魔をした? そもそもどうしてそんなことを?

『つべこべ言わずにさっさとGO! びっくりするから! ぜぇったい、後悔させないからっ』

 この流れで『後悔させない』という単語を選ぶセンスが気に入った。今なお状況は見えないが、ちはるはもやの言葉を信じ、バトンを掲げて呪文を唱う。

「シュテルン・グリッタ・エトワール! これで、いいの?」

『オッケー。きた、きた、きた、きたーっ!!!!』

 星のチカラが注がれて、桃色のモヤが形を失い溶けてゆく。失せゆく煙のその中で、オガミに抗う確かな手足が、見覚えのあるきらびやかなドレスが、幼き日に憧れたあの顔が。実体を得て現出し始めた。

「お前は……何者!?」

 尋常ならざる圧を受け、オガミは思わず引き下がる。主から伝え聞いた連中は総て無力化した筈だ。瑠梨も知らない切り札がいたのか? いや、そもそも奴の気配は自分たちのものに近い。

「わ、わぁおう……」

 だが、ちはるは彼女のことを知っている。おでこをさらし、後ろ髪を外向きに巻いたショートボブ。纏う衣装は今まで自分が着ていたものと同じ。

 つまりこの子は。つまり彼女は。


「そんなに気になるなら答えてあげましょう」

 動揺するオガミを前に、『それ』は不敵に微笑み、右の人差し指を突き立てる。

「私は! 我こそはキラキラ国第一皇女グリッタちゃん! ヤミヤミの中から出ずる者たちよ、我が手で闇の中へと還り給えーっ!」

 大見得を切って発した言葉は、ちはるが放つそれとほぼ同じ。ちはるはあくまでコスプレで、髪の色まで変えることはできなかった。だが彼女は。自分を守らんと背を向ける彼女は、十年近く前にテレビアニメで観たキラキラ少女グリッタちゃん、そのままだ。


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