ご当地アイドルナンバーワンコンテスト!
生きるのってさ
つらいね
※ ※ ※
あきる野ルルナは秋川の駅から徒歩四分の位置に立地する飲食・服飾・商工会議所を内包した四階建ての複合施設だ。
斜向かいのきゅうきゅうストアやリオンモール日の出などと競合しながらも『あきる野ショッピングシティー』の一角を今も担い続けている。
「ねー。わたしたちなんでここに?」
「え。あんたが知ってるんじゃないのちはる」
「君たちはともかく、どうしてボクまで……」
市のご当地魔法少女を担う西ノ宮ちはると東雲綾乃、その協力者たる花菱瑠梨は、何も理由を知らされずルルナの三階、レンタルスペースの会議室に集められていた。
発起人たる桐乃三葉からの返答は『日曜日の午後ニ時、ここでドカンと重大発表や』、のひとことのみ。否が応でも不安を掻き立てられる中、会議室の大扉を開き、三葉が胸を張って乗り込んでくる。
「やーやー。皆さんわざわざ来てもーてさんきゅうなァ」
「ど……どもです」
ニコニコ笑顔で手を振るその後ろには、彼女より一回り背の高い姉の菜々緒。裏返したホワイトボードを後ろ手で引いている。
「さぁてさて。ここんとこひっきりなしの魔物の出現、それを片すちーちゃんアヤのんの大活躍。同じ街に住む者としてまずは礼を言わせてもらいますぅー」
「やはは。それほどでも……あるかな!」
「やりたくてやってる訳じゃないけどね……」
この一月半、斃した魔物はふたりで三十。戦い慣れたのはいいが、連中が誰の指示で、何のためにヒトを喰らうのかは分からずじまい。好転的に取ってよいものか。
「ま・ま、辛気臭いことは言いっこなしやて」三葉はそう言って隣立つ姉の横っ腹を小突き。「そんなおふたりに労いの気持ちを込めて、今回ご報告したいことがございます」
はいどーん、の掛け声と共に裏返っていたホワイトボードが半回転。そこに躍るは盤面にでかでかと描かれた、『祝! ご当地アイドルナンバーワン決定戦参戦決定』の文字。
「え……。ナニコレ」
「ナンバーワン……決定戦?」
サプライズにも程がある。あまりに唐突なその字面に、綾乃だけでなくちはるまでもが返答に困り固まった。
「え? え? 何やふたりとも。額面通りの話やに?」
素直に喜べばいいのに、と言う台詞を喉元で飲み込んで。「昨日地域振興課のお父さんとこに連絡があったんよ。動画投稿サイトでにわか人気のご当地アイドル。是非是非大会に参加しませんかって」
件の大会は今回で三回を数える全国区のイベントだ。大手芸能プロダクションが主催し、勝利すれば知名度に大幅な『箔』がつく。
ちはるたちの戦いを記録した動画はそうした人たちの目にも留まっていたのだ。『一芸』を求められるご当地アイドルとして、これほど大舞台映えするキャラクターもいるまい。
「成る程……そうか、大会! 一番星!!」
最初の『なんで?』はただ理解が及ばなかっただけらしい。説明を受けゆく中、ちはるの顔に浮かんだ疑問符が失せ、いつもどおりの喜色が現れる。
「アヤちゃん! 大会だよ! 全国!! わたしたちみたいなのの日本一けってーせんだよ!?」
「皆まで言うな。わかったっつーの」
綾乃もまた、先の説明でようやく事態を把握したようだった。常日頃陸上でトップを目指す彼女にはいまいちピンと来なかったが、ちはるらのようなニッチ
な層が集う煮こごり、その中で決する頂点。自分がインターハイ優勝を狙うのと同じ。あの引っ込み思案がそうした賞レースに乗り込む事になろうとは。
「前に言ったわよね。やるからにはテッペン取るって。良い機会ね、やってやろーじゃないさ」
「おぉおっ、ようやっとエンジンかかったかあ。えらい焦ったやん」
三葉は胸を撫で下ろすと、『けどな』と続け、再び姉の脇腹を肘で小突く。
「ひゃん! あんまり叩かないでってば三葉」
姉菜々緒はハの字眉で妹を観、その背に隠した張り紙をホワイトボードに貼り付ける。
「ナニコレ」
「大会の……地区予選?」
「何事も段階っちゅーのがある訳や。全国に目ぇ向けてみ? うちらみたいな有象無象がどれだけいると思うん? とても一日じゃ捌き切れへんやろ」
改めて、貼られた紙をまじまじと見つめる。一都六県のアイドルを招いての地区予選。これに勝てば全国八地方代表戦に出られるのだという。
「まずはカントー。それから全国や。アヤのんならそういうん、よう解るやろ?」
「ま。そりゃあイキナリとは思ってなかったけどさ」
ナナカマドの陸上部に一年いれば、全国というのが如何に厚い壁なのか良く解る。むしろお陰で現実味を帯びてきたくらいだ。自分たちは、そうした立場に在るのだと。
「ぉおおぉこうしちゃ居られない!」
辛抱堪らんと握った拳を上下に振り、ちはるが素っ頓狂な声を上げた。
「作戦会議だよ! ミナちゃん、アヤちゃん、りりちゃん! 地区大会って何するの? どうすれば勝てるの??」
「えェなあ、ノッてきたなァちーちゃん。オーケー・OK。そんじゃあいっちょ始めるで」
同じ目標を共有し、にわかに活気づく魔法少女とその協力者たち。いや、ひとりだけこの熱気に関わらない者がひとり。四人の中で一際背の低い少女は、他の勢いに水を差すように席を立つ。
「あれ? どったのりりちゃん。会議、これからだけど」
「ごめんね西ノ宮さん。ボク、ちょっと用事があって……。先に帰るね」
何故? と問いただすも返事はなく。初対面の時に比べ、だいぶ態度は軟化して来たが、それでも未だに思考が読めない。
「わかったよ。じゃあまたね」
「また都合の良い時来てなあ」
こうなれば無理に引き止めてもしようがない。ちはると三葉は仔細も聞かず、手を振って彼女を見送る。
「用事……ね」
その一歩後ろで、冷ややかな目をして瑠梨の背を眺める綾乃の姿に、誰一人として気付くことは無かった。
※ ※ ※
『――首尾は、順調か?』
「はい。妹ならともかく、餌共に遅れを取ることなどあり得ませんわ」
ちはるらの居る秋川を数駅離れ、青梅線に位置する福生の駅前ロータリー。拝島・立川への乗り換えを求め、行き交う人たちのその真中に、グレイブヤード三賢人・次女オガミの姿はあった。
蒼いローブを身に纏い、太ももから広くスリットを開けた扇情的かつ悪目立ちする服装ながら、それに異を唱える者は誰も居ない。
「少しお待ちください女王様。すぐに……『捕縛』し終わりますから」
しかも。しかもだ。この聖女の姿を真似たヒトガタカマキリは、電話で主と話をしつつ、往来のサラリーマンをひとり、その脚で逆『へ』の字状に挟み込んで捕らえ、腿とふくらはぎにびっしりと並んだ棘を突き刺し、万力めいて力をかけている。人ひとり殺されそうな事態にありながら、側を通る者たちは誰一人としてそれに気付かない。
捕らえられたサラリーマンも同じだ。一体彼に何が見えているのか。恍惚の表情で抵抗すらせず、異常極まるこの捕食行動を受け容れている。
挟み込んだ脚から白濁とした液体が染み出して、男の体に纏わり付く。液体は止めどなく流れ続け、彼を繭めいたものに閉じ込める。
「一丁上がり。後で少々手間賃を頂いて……あとはプレディカ姉さまにお送りしますわ」
出来上がった繭を片手に担ぎ、常人ならざる脚力で駅の屋上まで跳び上がる。誰も、この驚異を目にすることも口に出すこともない。人ひとり事切れたというのに、誰にも何も見えていないのか?
「私に連絡したということは、決行の日取りが決まったのですね」
『――そう思ってもらって構わない。奴らが目標に向かって動き出した。叩き潰す絶好の機会だ。お前の妹……トウロの仇はお前が討て』
「承知しました」
主がやれと言うのなら、意見すべきことは何もない。恐るべきグレイブヤードの次女オガミは、酷薄なる笑みを浮かべて次なる標的を仰ぎ見、空へと跳んだ。




