『「お前だけには、絶対負けないっ!」』
※※※ 遡ること、十数分前 ※※※
「ハッキリ言っとく。あたしたちは喧嘩のド素人。正面切ってじゃ勝ち目はない」
魔物や学のないトウロ相手に、素人たる自分たちが立ち回れていたのは、総じて向こうに戦法というものが皆無だったからだ。強化された身体能力で上からねじ伏せ、ちはるが魔法で打ち砕く。
だがそれも、相手が抗い方を覚えるまでだ。型を以て他を捌くチカラを得たあのカマキリ女に対し、こちらは丸きり打つ手がない。
「ちょっ、行くって決めたんにコワいこと言わんでぇなシノさん」
「そーだよ。だったらどうするつもり」
「ふたりとも。ステイ・ステイ」綾乃は困惑する友人らに掌を向けて御すと。
「前提を言っただけ。あたしだって、勝算も何もなく化け物退治しようって考えた訳じゃない」
言って、二人の肩に手を載せて。「あたしたちは三人でひとつ。あんたたちのチカラ、あたしに貸して」
考えがある、と勝算を示したのは自分だ。これで勝てねば自分の責任。呑み込む覚悟はあるか? 否、できねば何も始まらない。綾乃はごくんと唾を呑み、”攻略法”を二人に叩き込む。
※ ※ ※
「わざわざ間合いに入ってくるなんて、余程さっさと死にたいようね」
あれだけ威勢良く啖呵を切っておいて、することと言えば考えなしの猪突猛進? 馬鹿にされたものだ。ならば望み通り斬り捨てるまで。鎌首をもたげた螳螂拳の構えを取り、左右より迫る魔法少女を狙い撃つ。
「ぶっ、潰れれろぉおぉ!」
遠方を通る車のライトに照らされて、風切る手刀がそれぞれ逆袈裟に放たれた。この一撃で両者を打ち上げ、義手を外し展開した鎌で挟み込み、真っ二つに割ってくれる。
トウロの脳内では、既にふたりの胴を千切り、腸を引きずり出すところまでイメージ出来ていた。ところが現実はどうだ。放った手刀に手応えは無い。文字通り空を切って腕を振り上げているだけ。
ならば奴らはどこに? 即座に下を観たトウロの目に、バトンを掴み上昇しつつある拳が映り込む。
「う、りゃああ!」
不意を突いて喰らった一撃。奇声を上げて放たれたアッパーはトウロの顎を確かに打ち付け、その体を大きく仰け反らせた。
「そんで、もぉいっぱぁあつ!」
間髪入れず放たれるは綾乃のドロップキック。助走を付け、十分に体重の乗った両足裏が、トウロの腹へ深々と突き刺さる。
「な……にいっ!?」
予想だにしない反撃を喰い、たたらを踏んで視線が落ちる。背筋で下半身を律し、両の目を上向けば、そこには既に綾乃の右膝が迫っていた。
「ぶっ・飛べええっ!」
膝はこめかみの真中を捉え、トウロの躰が大きく仰け反る。顎、腹、こめかみ。メトロノームめいて左右に振らされ、かの構えを取ることさえかなわない。
「このメスガキ共……。どこまでも先手必勝ってワケ?!」
一度構えを取られ、攻めに転じられたなら、綾乃たち素人に付け入る隙はない。だから先手を維持しつつひたすらに痛めつける。彼女たちらしい手だ。実際これでは攻められぬ。
「調子に! 乗るなッッ」
所詮は不意打ちからの積み重ね。機敏さで向こうに敗ける理由は無い。敢えて衝撃をバネとし、飛蝗めいて大きく飛び退いた。
「距離さえ」「あれば!」
蟷螂拳の構えを取り、今まさに反撃に転じようとしていたのに。意図せぬ形で声が重なる。
一体誰と? 考えずとも見れば分かる。薄暗い河原のせせらぎに、桃色の光が煌めいた。
「シュテルン・グリッタ・ステラ・ブレエェええイク!!!」
桃色のつぶてが眼前に五つ、牽制の輝きがトウロ目掛けて降り注ぐ。それらひとつひとつを躱すのは簡単だ。弾と手刀の間に空気圧の『膜』を作り、触れることなく叩き落とす。
「こいつら……ッ!」
これを好機と瞬時に距離を詰めた綾乃を睨み、トウロは彼女たちの作戦を理解する。少しでも離れればちはるが、近付いている間は綾乃が。初撃を許した時点で向こうの術中に嵌っていたのだ。これでは螳螂拳を繰り出す暇がない!
「アンタの負けよカマキリ女」交錯する蹴りと手刀の最中、勝ち誇ったように綾乃が言う。「好き放題もこれで終い。この川原に沈むがいいわ」
「りりちゃんを、返して!」立ち止まったその隙を狙い、バトンに光を集束させたちはるが吠える。
敵を侮っていたのは向こうではなくこちらだったのか? 押して押して押しまくるふたりを見、トウロの額を冷や汗が伝う。このまま拳に固執していてはあの連携を打破出来ない。ジリ貧が続けば敗けは必定。助け出したあるじも――。
(そうだ。女王様……!)
向こうはふたり、こちらはひとり?
否。否、否、否、否、否。自分には創造主たる瑠梨がいる。自分を信じ、叩き潰せと願った彼女がいる。女王の目指すセカイを創るため。グレイブヤードに置き去りになった姉たちを迎えるその日まで、決して負けるわけにはゆかないのだ。
「誰が敗けた、ですって……?」飛び退く最中義手を外し、仕舞われた死神鎌を展開。「我があるじの夢のため! お前たちは今ここで確実に殺す!」
身に纏うチャイナドレスの背部スリットが捲れ、トウロの腰から一対の翅が迫り出した。それを横に広げ、耳障りな羽音を響かせた瞬間、彼女の姿がちはるたちの視界から消えた。
「なに……? なんなの?!」
「何も……見えない!」
自分の手のひらさえ見えない闇の中、不気味な羽音とノーガードの衝撃が襲い来る。優勢だなど誰が言った? トウロが本気を出しさえすれば、ちはるたちはその影を捉えることすらかなわない。
あれはヒトの姿をしたカマキリだ。薄皮の下に昆虫の器官を隠し持ち、用途に応じて取り出せる。蟷螂の翅は遠距離移動には向かないが、獲物を狙い行き交うにはこれで十分。グリッタ・ズヴィズタ両名はつむじ風に斬り割かれ、その衣装を鮮血に染めてゆく。
「アッハハ! 斬れろ斬れろ、もっと斬れろォ! お前らに! お前らなんかが! 女王様の道を阻もうなどと! 片腹痛い! 片腹痛いわ!」
裂いて割いて斬り裂いて、高揚感から悦に浸る。最早疾風どころではなく音だ。音が河原を蹂躙する中、戦う二人は何もできないでいる。
あれだけの啖呵を切っておいて、切れる手札はもう無いのか? 哀れ魔法少女ふたりは、あの化け物相手になすすべなく倒されてしまうのか?
”ふたりなら”、そうなっても仕方あるまい。戦う覚悟も力量も、彼女たちがトウロに勝てるものなどない。だが、ここにヒトは何人いる? ちはるに綾乃、人質の璃梨。フュージョンゲートから河原に降り来たったのは、二人ではなく三人だ。
「みなは!! 今よ!」
叫ぶ綾乃の声は目の前の魔物に向けられたものではない。戦禍を離れ手前側。璃梨とは真逆で待機していたあの子の為。
「おっしゃ、任しときぃ!」
到着してすぐ声を潜めて気配を殺し、気取られぬよう振る舞っていた桐乃三葉が、求めに応じて飛び出した。その手に握るはデジカメではなく大型の一眼レフ。その頭頂部には物々しく首をもたげたストロボライト。
「く、ら、え、やああ!!!!」
今奴が何処で何をしているか。魔法少女ですらない三葉には当然知る由もない。だが、作戦を立てた綾乃が今だと言ったのだ。それを信じて動くのみ。声を荒げて恐怖をころし、最大光量を解き放つ。
「な……。あっ、あ!?」
手元すらろくに見えない暗闇の中、不意に焚かれたストロボの光。
暗視ゴーグルをかけた人間に、突然強烈な光を当てたらどうなるか? 光を過剰に取り込んで眼が目の役割を果たさなくなってしまう。
「目が……目、目目、目目目目目目目ェ!!」
あれはカマキリの化け物だ。ヒトよりも遥かに優れた視神経に、この激烈な光量はさぞ辛かろう。目玉が真っ白に感光し、押さえる手もなく小石を蹴飛ばしたたらを踏んでいる。
「今まで散々馬鹿にしてくれたわね」切創の焼けるような痛みに堪え、目を見開く。疾風の如き素早さは既にない。東雲綾乃――。魔法少女ズヴィズタちゃんは左足を軸に腰を捻り、渾身の一発を叩き込む。
「これでチャラよ」
ノーガードの左肩に綾乃の足がクリーンヒット。石膏をハンマーで叩いたような音と共に、トウロの左腕が激しく揺れた。




