あんたらさ、真面目に捜す気ある?!
今回まではまんがタイムきららみたいな感じのお話です。
こんかいまでは。
※ ※ ※
「みなさーーん。今年の夏はあっついよー。日陰に逃げて、水分摂ってえー」
「おやおや。今年の見廻りさんは可愛こちゃんだこと」
「えへへーっ。それほどでもぉ……ありまぁす!」
「ね、ねっちゅう……その……あの……」
「ほらほらシノさん、もっと背中張って、大きな声出さな。ちーちゃんを見習ぃい。初対面のおばあさんにやって全然物怖じしとらんでぇ」
「あ、あいつ基準で物事を測るんじゃあないわよ! だいたいね、あたしのは……その、見えるのよ……」
「えー。何を隠すことあるん。陸上で鍛えた立派な腹筋やん。何に恥じることもあらへんて」
「ちょっ!? 触るなッ、見せるなーッ!!」
自分は、ここに何をしに来たのだろう。炎天下の秋川駅往来で、買い与えられた麦わら帽子のつばを抓みながら。花菱瑠梨は姦しい三人組に虚無と諦念に満ちた目を向ける。
「あのさ……」
「うん? どったのりりちゃん。やっぱりまだきつい? 日陰入る?」
「それはもういい。いいんだけど」
巷で噂の通り魔を倒し、自分たちの知名度アップに利用する。ほんの一時間くらい前までそんな話をしていたはずなのだが。していることといえば、街頭で熱中症予防を訴え、市の商工会議所が用意した団扇を配るだけ。
「捜すんじゃないの? 見つけるんでしょ? 見つけなきゃいけないんでしょ?!」
だから恥を忍んでここにいるのに。お前たちは探す気があるのか? 街を覆う脅威を背を向けて、それでも魔法少女と言えるのか? 母譲りの癇癪が顔を出し、無駄に大声を張り上げる。
「あはは。やだなありりちゃん。わたしたちだってちゃんと探してるよう」
「捜索のキホンは地道な聞き込み。街のことはそこに住むひとらに訊くんが一番や。せやろ?」
無論、苛立ちの理由などちはるたちには届かないし響かない。当たり散らしたところで理解されず痴態を曝すだけ。
「だいたいさ。あんたにはカンケーない話っしょ。何アツくなってんの。そこまでする理由でもあんの?」
「そそ、それは……」
自分がその親玉で、見つけ出して手元に置きたい。四面楚歌極まるこの状況でそう告げたらどうなるか。いちいち言葉にするまでもない。
「まーまー。どうでもいいじゃん、そんなこと」
どうでもいいと流されるのは少々癪だが、助け舟には違いない。西ノ宮ちはるは綾乃の追求を平とかわし、瑠梨の手を取ると。
「聞き込みは足が命。だいぶ調子戻ってきたみたいだし、瑠梨ちゃんも一緒にやろーよ? ね? ね!」
「えっ、ぼっ、ボクも?!」
街頭で、恥ずかしい格好をしたこいつらと共に? 冗談じゃない! 言って即座に踵を返すも、左肩を起点に後ろへ半回転。戻ったところでちはるに手を引かれ、強引に往来真中に引っ張り出された。
「はーいみなさんご注ぉ目! こちら、グリッタちゃん・ズヴィズダちゃんに続く、三人目のあきる野ご当地魔法少女でーーす!!」
「やめろ、やめてくれ! ボクは、こういうのが一番! いちばん、苦手なんだよぉおおおおおおお!!!!」
※ ※ ※
「さっきは悪かったよ。ねー機嫌直してよぉ、りりちゃーん」
「つうかさ……良いとか悪いとかそういう問題じゃなくて……」
四人掛けのテーブルを挟んで手前側。ちはるはむくれた璃梨に謝罪を述べ、残る二人はマイクを握りデュエットに勤しむ。ほんの少し耳をすませば、壁の向こうから聞こえる調べは多種多様。ちはるたちは避暑と詫びを兼ね、近くのカラオケ店へと足を伸ばしていた。
「ふん。やるじゃんあんた。はじめての『あわせ』で完璧についてくるなんてさ」
「カラオケはうちの十八番。気弱で声の出ぇへんお姉のため、何度通ったと思っとるん」
「オッケー、じゃんじゃん行くわよ付いてきなさいっ」
「はいな! その言葉、そっくりそのまま返してまうでえ」
歌うあちらはあちらで互いの技巧を認め合い、固い握手を交わす。何を歌っているのかはわからないが、少なくともちはるたちにマイクが回ってくることは無さそうだ。
「あのさ……」
「うん? どったのりりちゃん。空調寒い? わたしちょっと暑いの苦手でさー」
「そうじゃない。そうじゃなくて……」
さっきもこんなやり取りを交わした気がする。などと突っ込んで向こうは反応してくれるだろうか。恐らく意味はないだろう。
「もういい。解った。好きにして」
「えっ! いいの? ほんとにいいの?」
ここまで計算して動いているのだとしたら、余程上手くやったものだと褒めてやりたい。そんな訳ないなと思いつつ、瑠梨は眼前の屈託なき微笑みを見、心中そう一人ごちる。
「ねーねー。アヤちゃんそろそろ代わってよう。わたし、りりちゃんと一緒に歌いたいんだけど」
「ふぁっ!? いや、いやいやいや、ボクは歌……歌なんて……」
日曜日でしかも夏場の真昼。両隣の部屋には暇を持て余した他の女子高生グループがおり、出入り口の壁を通しその大音声が伝わってくる。
いや、そんなことはこの際どうでもいい。歌ってなんだ? カラオケとは一体? 友達に恵まれなかった瑠梨にとって、学校の授業以外で歌を唄うという行為そのものが初体験。
「何事も経験だよりりちゃん。ほらほらGOGO!」
「だから、なんでキミは……そんなに強引なんだよッ」
ヒトとの距離感をつかめない魔法少女狂いが、イヤだと言って引き下がるはずも無く。
「おっ、やる気? あたしたちに立ち向かおうっての?」
「えぇやん、えぇやん! ここで一発えらいの見せたってや」
断るかと思っていた向かいの二人は、瑠梨の番と聞いて快くマイクを譲り。いよいよもって逃げ場がない。
「ほら、ほーらっ。はじまるよ瑠梨ちゃん」
「ぎゃっ!? まだ心の準備が」
言われて周囲を見回せば、そこにあるのは握らされたマイクと、ディスプレイに躍る見たことも聴いたこともない曲。これは誰の選曲だ? ちはるに左腕をホールドされ、先の二人はマラカスを持って待機中。
「いくよ! 声合わせてこー」
「え、えぇえ……」
瑠梨の風船がしぼむような声を契機とし、未知の曲のイントロが始まる。逃げ場も逃げ口上も通用しない。ならばどうする? 覚悟を決めて乗り切るしかない。瑠梨は大きく息を吸い――。
※ ※ ※
「あー。その、ウン。無茶振りしちゃってすいませんっした」
「あたしもごめん」
「うちも……」
夕暮れ間近のファミレス四人席。瑠梨を陽の当たらない上座に置いて、三人の少女が深々と頭を下げる。
「いやあの……。遊びナシで謝られても……困るっていうか」
「えっ! 許してくれるの?!」
「それとこれとは話が別」
「ふぁい……」
曲も知らねば唄ったことさえない瑠梨の『はじめて』は、正に惨憺たる結果に終わった。多少の失敗はぼやかし、笑って見過ごすちはるら三人でさえ言葉を失い、誠意を込めて謝罪するしかなくなっている。
とはいえ。こうも謝り倒されると瑠梨としても怒るだけでは居られない。腹正しいが責めきれず、如何ともし難いモヤモヤ感が周囲に残り続けている。
「まっ、取り敢えずティラミスどぞー」
「あたしのも。ここのプリンはなかなかイケるのよ。ほらっ」
謝意の表れか、奢りのデザートを次々に頬張り、口の中に幾つもの甘みが広がって。なんとなく意見を封殺された気がしないでもないが、この感じは悪くない。
「あー。りりちゃんばっかりずるいーっ。わたしも、わたしもー」
「はいはい。あんまりはしゃぐな」
「慌てんでもスイーツは逃げへんよー」
自分と同じく他との距離感がつかめない阿呆に、気遣いの出来る友人たち。窮地に陥り鈍化する意識の中、花菱瑠梨はふと思う。
(友達がいるって、こんな感じなのかな)
ひとのパーソナルスペースにずかずかと押し入って、一所に留まらんとする自分をほうぼうに連れ回す。はっきり言って迷惑だ。迷惑に違いはないけれど。
(なんだかちょっと、あったかい)
母から愛されず、代わる代わるの父からも蔑ろにされて来た彼女にとって、この距離感は如何なカタチに映ったのだろう。
「ねーねー。どう? どう? おいしい? ねえ、美味しい?」
「顔が近い……」
「や。そういうこと聞いてるんじゃなくてさあ。どーおー?」
同じような境遇のくせして。きっかけが無きゃ自分だって燻ってたくせに。目のたんこぶでしかないちはるが、自分の生活をこうも変えに来ようとは。
「おいしい。おいしかったから……いい加減顔、離して……」
「そっかあ。やっぱりそぉかあ! よぉし、わたしもおんなじの頼もーっ」
騒々しいし、うっとおしくって、目障りなやつらだけど。それでもこの日常は悪くない。瑠梨のずっとぶすくれたままの顔が、ほんの少しだけ綻んだ。
「あっ、ちょっと良い笑顔」
「まじで? あっ見逃したわー。ごめん花菱さん、もっかい! もっかい笑ってぇ」
「は……? なにそれ知らない。つーかしない! しないから!」
ああ、こんな日常がずっと続いてくれたなら。無理だとわかっていてもなお、このあたたかさを手放したくない。そう思うこと自体が間違いだとしても。
※ ※ ※
「やー。今日は楽しかったなあ。通り魔、見つからなかったけどさあ」
「ごめんなあ花菱さん。結局うちらの都合で引っ張り回してもうて」
未だ熱気の残る夕暮れ時。あきる野の街を駅に向け、横並びに進む四人の少女。通り魔を捜すという主目的を見失い、瑠梨の歓迎パーティーはそろそろお開き。目的は果たせなかったが、各々の顔には満足げな笑みが浮かぶ。
「最初のうちはどーかと思ってたこれも、着ているうちに慣れちゃったわね……」
「おっ、アヤちゃん慣れた? コスプレ慣れた? いいねぇいいよォキマってきたあ」
「な……。何言ってんだばかちは。慣れ……、こんなの、慣れてたまるもんですか」
「謙遜しなくてイインダヨ。認めちゃってもイインダヨ〜」
他愛のない会話。和やかな雰囲気。何もかもがはじめてで、悪くないなと思い始めたその矢先。
「うん……?」
右端を陣取る三葉が物音に気付き、通り過ぎた路地裏に目を向ける。
物音、という例えは適切ではないか。重たい何かが落ちてきて、水滴がトントンと絶え間なくリズムを刻む。
「これ、って」
お願い。間違いであって。そう思い、引けた腰で凝視するその目に、夕闇に照らされた奇妙なシルエット。
「あら。あらあらあらあら」
夕闇に照らされ、顔こそ見えなかったが、そこに立つ者の姿は認識できた。すらりと伸びたしなやかな腕と、思わず見惚れる美しいくびれ。
だがしかし、常人の手に草刈り鎌などついていない。鉄臭いにおいが風に乗って鼻腔を刺激し、この不快感に答えを示す。
「これは僥倖! ターゲットが! とぼけた顔してそちらからやって来るなんて!」
一歩。また一歩と近付く度、黒塗りのシルエットが薄まって、その姿が顕となる。纏いし黄色のチャイナドレスには、返り血の赤黒で描かれた斑模様が付け足され、常人ならざるマリーゴールドの瞳が獲物の姿を射竦める。
「憎き憎き魔法少女共ぉ、待っていたわよ、この時を!」