一緒にやろうよ、カマキリ退治!
今となってはあまり信じてもらえないかもしれませんが、作者的には本作の最初のコンセプトは「まんがタイムきららの連載作みたいなものをやりたい」でした。
人数も相応に出揃って、今週と次週はだいたいそんなおはなしです。
※ ※ ※
「どこ……どこに……行ったんだ……あの大馬鹿蟷螂ッ」
頭から噴く湯気は暑さではなく怒りに依るものか。花菱瑠梨はアスファルトから反射する照り返しを煩わしく思いながら、秋川の街を彷徨っていた。
綾乃が『覚醒』したあの日。逃げろと指示して以降、下僕たるトウロは一度も家に戻って来ず、持たせた電話にも返事はない。白シルクハットの協力者に尋ねてみるも、『気になるなら自分で捜せば』と躱されて。
「畜生……トウロのやつ……ボクにこんな真似までさせて……、タダで済むと思うなよッ」
そんな調子で外に出て、居場所のアテなどあるはずもなく。八月半ばの正午過ぎ。気温計に目をやれば余裕の三十度オーバー。登下校と画材購入以外で滅多に外に出ない引きこもりにとって、この条件下はあまりにも厳しすぎた。
「なんだ……? あたまが……ぼやけて……」
その症状が熱中症と分かるには、人生経験があまりにも少なすぎて。瑠梨の体は風に乗って舞い散る紙のようにくずおれる。
「危ないッ!」
声と共に抱き留められ、胸元の確かな脂肪が瑠梨の頭を優しく包みこむ。それが何かを視認する余裕すらなく、瑠梨の意識は涅槃へと融けていった。
※ ※ ※
「あっ。ちーちゃんシノさん、目ェ覚ましたでー」
「はいよー。お茶買ってきましたーっ」
「ねぇ、ちょっと待って。シノさんってあたしのこと?」
騒々しい声に目を開けば、陽避けの木陰に寝かされている自分に気付く。半身を起こして周囲を見回せば、そこに在るのは憎きあの顔。
「西ノ宮ちはる、東雲綾乃……!」
不出来な配下を捜しに出掛け、まんまと自分が網にかかるとは。これが制服姿などならまだ救いはあった。しかし、二人が纏うは魔法少女装束。敵の無い街中で、しかも真っ昼間に? 何故にWhy?
(バレたのか……? いや、そんなワケあるか。尻尾を掴まれるようなことはしてないはずなのに!)
ペンと紙さえあればチカラを行使できるちはると異なり、瑠梨は描いたものを顕現させるまで全くの無防備。襲われたら勝ち目はない。熱中症で火照った顔がさっと青褪め、冷や汗が額から頬を伝う。
「助けてもらっといてまた呼び捨て。そのクセ、どーかと思うのよね」
「ほーい。お茶持ってきたよー。麦茶でよかったー?」
などと警戒し震えていたものの、向こうに敵対する様子はなく。綾乃に団扇で扇がれていて、ちはるから濃いめの麦茶を受け取る。
ペットボトルの口を開け、一息に三分の一程を流し込む。毒などが仕込まれている様子もない。
(まさか、本当に知らないのか……?)
ただの偶然。たまたま居合わせ、善意で自分を助けたと? 信じがたい馬鹿馬鹿しさだが、そうでなければこの展開に理屈がつかぬ。
「あ、ありがとう。助かった」何にせよ好都合だ。瑠梨は貰ったペットボトルを突き返し、無理やりに立ち上がらんとするが。
「なんやなんや。ちーちゃんにシノさんとは面識あって、うちのことはアウトオブ眼中?」
背筋が伸び上がる瞬間、別の両手に弾かれて止められる。やはりばれているのでは? 否、生まれたての子鹿めいた、瑠梨の覚束ない立ち上がりがそれを物語っている。
「うちは桐乃三葉。関西弁モドキっぽいのは気にしやんといてな。そのお茶はうちらの奢り。まずは、飲んで休んでーな」
瑠梨自身はわからなかったが、いまの彼女は白い肌がいつも以上に色白く、汗が冷えて、最高気温三十ニ度にもかかわらず、彼女の体からは底冷えが止まらない。
「ダイジョーブだよ。わたしたちもしばらく休もうかなーって思って来てたし、全然急いでないから」
「"仕事"だけどさ、魔法少女が困ってるひと放って置くわけにもゆかないでしょ」
「しごと……?」
少し冷えた頭で今一度二人の姿を見やる。ちはるは憎きあの魔法少女装束、その友人綾乃も腹部を大きく開いた黒基調のコスプレ衣装。
自分のことを『知らない』のなら、その格好をする理由は何か。ちはるはともかく、スクールカーストの頂点にいた綾乃まで乗っかる理由は何だ。
「ふふふ。よくぞ聞いてくれました」などと、尋ねもしないのにちはるの方から話を持ってゆき。「みてよりりちゃん! わたしたちね、このあきる野市のご当地魔法少女になったんだよ! ほら、ほらほらほらーっ」
「こぉら、熱中症患者に見せつけんなばかちは。ステイステイ」
(ご当地……魔法少女?)
ぎりぎりご当地ナンタラという単語には理解が及んだが、それに魔法少女を据えた時点で瑠梨の認識が明後日の方向に吹き飛んだ。
(おまえは。お前ってやつは……!)
やつがあほなのは重々承知。そんな奴に大切な使い魔や蟷螂たちを倒されたからこそ動いたのではないか。
同じファンタマズルにチカラを貰った分際で。自分と何も変わらない存在のくせに。悪目立ちして仲間までこさえて。
(どこまでボクを愚弄すれば気が済むんだ西ノ宮ァあ)
「うん? どうしたん瑠梨ちゃん。眉間にだいぶ皺寄ってんよー」
「あ! 何でもない……です」
なんて叫び倒してやりたいけれど。今の自分は四面楚歌。ここで機嫌を損ねれば、魔法のチカラで何をされるかわからない。
「で? 瑠梨、結局あんたはここで何してたわけ?」
「え……」綾乃から飛んだ至極当然の疑問。「そ、そりゃあ……散歩を」
「んなアホな」苦し紛れの言い訳に三葉が口を挟む。「いま外の気温幾つやと思うん? 三十二度やに? どえりゃあ暑さにトコトコ散歩ぉ? やめときやめとき、死んでまうわ」
「むぐぐ……」
西ノ宮ちはるひとりならごまかせただろうが、隣に友人たちがいる環境下ではそれも難しい。
「いいよ。聞かれたくないなら聞かない。けどさ」では一体どうすれば? 言葉に詰まり、口を結んで押し黙る瑠梨に、差し伸べられたちはるの手。「ここで会ったのもなにかの縁。りりちゃんも手伝ってよー」
「て、手伝う?」
「いやあ、わたしたちちょっと捜し物しててさあ。そろそろ頭打ちかなって思ったし、それ以外の手が欲しいなあって思って」
「はあ……」長々説明するくせに、主語がなくて何を伝えたいのかわからない。解ってはいたが、誰かに何かを説明する能力が低すぎる。
「あぁもう、もっと分かりやすく言いなさいよ」などと思っていたら、綾乃が彼女の心の声を代弁し。
「ええと、花菱さん、やっけ?」名古屋弁の女が本題へと導く。「噂くらいは聞いたことあるやろ? 最近この辺に出没する斬破のアクマ。うちらな、それを探してとっちめよーとしとるんよ」
「あ……くま?」
あれが? という言葉が喉元まで昇りかけ、急ぎそこで押し留める。自分には連絡を取らないくせに、そんな大それたことをあきる野で?
「だから、さ! 瑠梨ちゃん! 一緒にやろうよ、カマキリ退治! 悪いやつやっつけて、わたしたちもご当地魔法少女として人気者になるの!」
最後に手を握り、ぶんぶんと上下に振るのはちはるだ。目の前にいるのがその親玉などとは全く思わず、無邪気に協力を求めている。
「退治。そう、退治ね……」
熱中症が引き、噛み合わぬキャッチボールにも慣れてきたのか、瑠梨の口元には歪んだ笑みが浮かんでいた。これはこれで好都合。雁首揃えてかち合ったところで、あほあほトリオが惨殺されるのを見てみたい。
「わかった。ボクなんかでよければ……手伝う」
「ほんと?! やったあ! ありがとう瑠梨ちゃん!!」
どういたしまして。これから死にゆく魔法少女さん。
花菱瑠梨は心中そう呟き、ちはるの手を握り返した。