やっぱさ、企画そのものに問題があったとしか思えないワケ
※現代(2008年)から見て未来パート(2018)年は諸事情によりしばらくお休みさせていただきます。
そのままストレートに本編をどうぞ。
※ ※ ※
「なあ……。もういいだろう。収まりが付かないんだ。そろそろ『挿れさせて』もらえないかな」
「やめてよ。私、所帯なんて持つつもりない。だいたいあなた奥さんがいるんでしょう? こんなこと許されると思ってるの?」
「はッ、嫌がるのは口だけかい。ここはずいぶん濡れてるみたいだけど」
草木も眠る丑三つ時。あきる野インターチェンジを降りて、視線の先に東京サマーランドを見込んだ秋川の河原。
ミニバンの後部座席を平らに倒し、その上に盛りのついた男女が重なり合う。否、その気があるのは男だけか。嫌がる女の唇を奪い、強引に事を進めようとしている。
邪魔する者は誰もおらず、発する調べは川のせせらぎと虫たちのみ。女の訴えは埋めがたい力の差で押し通される他ない。
「あぁらあら。いけないんだア」
今まさに、と言うところで双方聞き覚えのない女の声。ミニバンの引き戸を強引に抉じ開け、蠱惑的なマリーゴールドの瞳が二人を見やる。
「ここってぇ、最近辻斬りが通るのよ。知らなかったァ?」
男がそれに気付いた瞬間、常人ならざるチカラで後部座席から引きずり出され、『お邪魔虫』と否応無しに対峙する。スリットの大きく開いたチャイナドレスを纏い、しなやかな脚をこれでもかと見せるその姿は、こんな状況でさえ無ければとても魅力的に映ったことだろう。
「な、何なんだ手前ェは!?」
連れ込みをたしなめるものかと思いきや、向こうにその気はないらしく。男は訳もわからず声を上げた。
「ほら」
チャイナドレスの美女――、トウロはそうした事情に一切付き合わず、男に向けて何かを放る。
「何だこれ……鉄パイプ?」
「辻斬りだって言ったでしょ」トウロはわずかに上体を沈め、両の腕で『鎌首をもたげた』奇妙な構えを取ると。
「かかってらっしゃい。それで一発でも入れることが出来たなら、あんただけは生かしておいたげる」
「は……あ?」
秒ごと変わる展開に男の理解が追いつかない。これで叩けと? ナンデ? いや待て、生かしておくとはどういうことだ。
「ちょ……ちょちょちょ!? おわ、あ!?」
しかも向こうは待ったなし。得物を握ったと見るや懐に潜り込み、しなる貫手を蛇めいて繰り出して来た。
真面目にやれとの無言の圧力か。初突は男の右腕と脇腹の間をすり抜ける。空を裂く衝撃が腹に伝わり、『命を奪う』という言葉に説得力が加わった。
「畜生……。やってやる、やってやんぞコラぁ」
やらなければ殺られる。男はパイプを我武者羅に振り回し、トウロの頭をかち割らんとするが、そのどれもが何も打てず空を切る。対して彼女はかの構えで貫手を放ち、男の利き手を『毟り取った』。
「あっ……。ああああっ!?」
「残念でした。じゃあね」
義手が外れ、折り畳まれていた死神鎌が顕となる。痛みに支配され、戦意を消失した彼にそれが何かを理解することは叶わない。ナイフで塊バターを裂くように、男『だったもの』が袈裟に刻まれ、秋川の土手を転がった。
「何よ……なんなの、ナンナノ?!」
明かりの無い暗がりではあったが、何が起きたかは女にも理解できた。ほんの十数秒前まで救世主と思っていたものが、死神となって男を無慈悲に斬り殺したのだ。手持ち無沙汰となったトウロの目が何処に向くか。子どもにだって理解できる。
「あ、ああ……。ありがとうございます。助けて、いただいて」
震える声で礼を言い、逃げ場のない後部座席で後ずさる。今自分に出来ることは、向こうの気分を害さずに帰っていただくことだけ。そもそも自分は被害者だ。悪漢たるあの男が死ねば、自分が襲われるいわれはないはず。
「あらあら。お礼なんていいのに」
無論、それはそちら側の理屈であり、トウロには何の関係もない。死神鎌の峰で彼女を後部座席から引きずり出し、顎の骨を外して大口を開く。
「別に助けるなんて、言ってないもの」
闇色の秋川に絹を裂くような女の悲鳴がこだまする。
ここはあきる野の片田舎。助けを求めるその声は誰にも響かず掻き消えた。
※ ※ ※
「ね〜え〜……。ミナちゃん今日も変わらない感じ?」
「せやねー。あ。ちょっと待ってな。確か正午に更新言うとったで」
あきる野の駅を降り、そこから徒歩で十分の場所にある二階建ての大屋敷。西ノ宮ちはるは桐乃家の客間に座し、向かいの三葉にうんざりとした顔を向ける。
遡ること二週間前。西ノ宮ちはると東雲綾乃はあきる野市専属のご当地魔法少女となり、宣伝その他の仕事を任されることになった。
「毎日更新のご当地アイドルランキング。今日も百位以下。グリッタ&ズヴィズタの名前はどこにもにゃあねー」
「まーたーかーあー……。ねえそれほんとにホントぉ?」
「うちがちーちゃんに嘘言うて何になるん? 意味にゃあでしょーよ」
若い子を地域活性のアテにした自治体など枚挙にいとまがない。地元では特別な存在かもしれないが、アンテナを日本中に広げれば、彼女たちとてそうしたボタ山のひとつでしかないのだ。
「そりゃそうでしょ。あんたらアイドル活動舐めてるもん」
斜め後ろのソファに体を預け、ふてくされて雑誌を読むのは東雲綾乃だ。短いスカートの下にナナカマド高のハーフパンツを穿き、うんざりとした調子で脚を組み替えている。
「やれアイドルだって持ち上げて、歌作ってPV撮って。売れればいいわよ。けど全滅じゃん。あれ全っ然、売れてないじゃん」
不機嫌なのは活動に対する恨み節か。会話に入らないだけで、一番順位を気にしているのはもしかすると彼女かもしれない。
あの日撮影・録音された歌と踊りはリッピングされ、役所や市のショッピングセンターで七日前から発売されている。しかし彼女たちが見る限り、山のように積まれた映像特典付きCDが捌けた様子はない。面白半分で手に取る者はいたが、購入にまで結びついたのは僅かに数名。
「確かに。確かにな東雲さん」三葉がすかさず突っ込んで。「せやでやっとるやん。放課後に噴水の前で」
「またその話蒸し返すの?! クソあっつい中あの恥ずかしい衣装着て、人目を気にして歌うやつ!! あたしもう御免よ! 頼まれたって絶対やらない!!」
蘇る数日前の記憶。放課後のあきる野駅前ロータリー。帰り路に着く学生やサラリーマンを観客に、即席のノボリとお立ち台だけの粗末なライブステージ。
結果はわざわざ描くまでもない。無名のコスプレ少女が地域振興をしたところで、返ってくる反応なんてたかが知れている。
「えー。アヤちゃん、手伝ってくれないのー?」ここに至り、相方たるちはるが残念そうな声で問う。「負けちゃうよ? このままだと名前も知らないうぞーむぞーに敗けたまんまになっちゃうよ。それでもいいの?」
「むぐ……く……」
グリッタちゃん狂いの十六歳児のくせに、時々こうして痛いところを突くからたまらない。東雲綾乃の人生はこれまでずっと勝利によって形作られてきた。やるからには勝つ。如何に進まない案件とはいえ、そこは絶対に譲れない。
「分かった、分かったわよ。だったらやり方を変えましょ。他に倣ったところで人気なんて取れやしないんだから」
「おっ、やる気だねアヤちゃん」
「言うて東雲さん。そったら何をやるん?」
予想通りの反応と言うべきか、ヒトを乗せたならセカンドプランも用意しておけと言うべきか。勢い任せに叫んだ綾乃にもそれはない。彼女は後ろ手で頭を掻き、目を閉じてひとしきり唸ると。
「魔物退治」
「はい?」
「結局さ、あたしたちの個性って言ったらそれじゃん? あの意味わかんないバケモノやっつけて、その辺をアピールすればいいんじゃないの」
雑な括りだが的を射ている。歌と踊りがウケないのなら、他のご当地アイドルとの違いなどそのくらいだ。
「ええーっ? それェ?」
「何よ。文句あんの」
「ありまくりだよォ。だいたいさ、現在進行形でどこにいるかわかんないじゃん」
「見つけ出しゃあいいでしょうが」既に、発起人綾乃の目は、ちはるたちから自身の携帯電話に向いていて。「ほらこれ。色んなとこで噂になってる」
言って二人に見せたのは、ニュースサイトのとある一文。ここ最近、あきる野地区で夜な夜な上がるバラバラ死体。犯人は不明。被害者の性別もバラバラ。解っていることと言えば、皆人気の無い暗がりで襲われ、四肢を切断されて事切れたということだけ。
「これって……まさか」
「あのカマキリよ。間違いなく」そう話す綾乃の目には憤怒の色が宿っていて。「あたしたち、あきる野のご当地魔法少女なんでしょ。町の平和を脅かすあいつは、なんとしても退治しなくちゃ」