お願いします!さわらせてください!!
思い返せば、魔法少女になった時点で既に夢が叶ってしまった主人公・西ノ宮ちはる。
このままだとすべきことなくだらだらしてしまうので、本話からしばらく、何をさせるべきか考えて行こうかと思います。
◆ ◆ ◆
『――まもなく高幡不動、高幡不動です。京王線をご利用の方はお乗り換えです』
多摩のモノレールに初めて乗った時は興奮で目を輝かせていたっけか。山をくり抜いてその上を行き、高速道の車を見下ろして。その目に映る光景全部が新発見だった。
今となっては目的地前の繋ぎでしかない。多摩センターにある借家から、あの呪わしきど田舎へ向かうための。
呪いたいほどイヤなら行くんじゃないって? 私だって出来ればそうしたさ。日給四千二百円と自治体への信頼の為、キラキラ少女グリッタちゃんは、モノレールから五日市線を乗り継いで、秋川の街へと向かわざるを得ないのさ。
「色つけてくんないかなあ……日当」
吐く息の白い一月末の朝。こんな日に他県から林業体験イベントなんて組んだ奴の気が知れない。その広告塔にご当地の『魔法少女』を呼び込んだのも含めて。
一刻も早く帰りたい。暖かい炬燵に潜り込んで、延々お菓子を貪っていたい。
そんなこと言わずにせっせと働け。アヤちゃんやミナちゃんが傍にいたなら、そんな風に怒られたりするだろうか。考えるだけ野暮だけど。
※ ※ ※
「それじゃほら。はい、礼」
「お、おんしゃーっす」
まだ陽も登り切らぬ早朝六時。東雲綾乃と西ノ宮ちはるは学校近くの開けた林に赴いていた。
それもナナカマドの制服ではない。互いに纏うは魔法少女のあの衣装。綾乃のものはちはるが創った新品。『性能テスト』をさせてくれとは彼女の弁。今なお見えぬ敵への備えとして、この姿でどれだけのことが出来るか見たいと言うのだ。
「じゃあ思いっ切り行くわよ。歯ァ、食いしばれぇ!」
「ひっ! ぇえええっ!!」
綾乃は上体を軽く沈ませ、次いで踏み込みちはるの元へ。腕を☓字に組み、大きく開いた彼女の腹部が見えた瞬間、組んだ腕に爆裂的な衝撃が襲い来る。
「ほらほら立って。こんなのただのウォームアップよ。どれだけ出来るか知っとかなきゃいけないんだから」
「そりゃあわかるよ。わかるけどさあ……」
既に魔力を全身に漲らせ、最低限の自衛をしてはいるが、それでもなおたたらを踏ませるこの威力。しかも向こうはそうした強化を一切施していない。
魔力を放って戦う自分に対して全身の筋力を底上げし、伸びやかな手足を活かした徒手空拳主体なのが綾乃の衣装。運動性能に関しては確かめるまでもなく向こうが上だ。
「起き抜けにずどんばこんサンドバッグにされるこっちの身にもなってよう。わたしってばばりばりの文化系なんだよぉ」
「なる程。それはまあ、一理ある」綾乃は少し考え、改めて人差し指を突き立てると。「じゃあご褒美制はどう? あんたの方からあたしの身体に触れられたら、一つだけ何でも言うこと聞いてあげる」
金銭のやり取りは勿論ナシね、と付け加え、早く立ってとちはるに促した。これを聞き彼女はすっくと立ち上がる。物欲作戦が効いたのか、その瞳にはあからさまな闘志が透けて見える。
「なんでも。何でも、って言ったね? アヤちゃん」
「え、ええ。言っとくけど買うのも駄目よ。あたしそんなに潤ってないもん」
「お金も、モノもいらない」ちはるは鼻息荒く、綾乃の腹部を指差すと。「あたしが勝ったら! アヤちゃんのそのおなかを! 鍛えられた腹筋と薄っすらお肉に覆われたおなかを! 納得いくまで触らせてください!!」
「は、ア!?」カネ以外は何でもと言った。言ったが続く展開が些か突飛すぎやしないか? お腹を? 自分の? ナンデ?
同じレベルに降りてきて忘れていたが、彼女がカースト下層に居座っていたのは趣味嗜好のせいというより、それを貫き通さんと重ねに重ねた奇行の方に原因がある。
(くそッ、譲歩した時点であたしの敗けか……!)引っ込めようにも今更感が付きまとう。それにだ、勝てば話はお流れ。性能テストを終え、本日の学生生活に戻るのみ。
「で、どうなの? どうなんデスかアヤちゃん!」
「はいはい。好きにすれば?」能力強化をかけてやっと同じラインの文科系。抜かされることなど万に一つもあり得ない。
などと高をくくり、かかってこいと裏手で手招いた瞬間。親指を除く引いた四指が固まったまま動かない。
「注意一秒、怪我一生だよ。アヤちゃんっ」
「ちょ……ッ?!」
馬鹿のくせに屁理屈をこねくり回したか。触ってみろと言ってやったが、魔法の使用有無まで決めてはいなかった。西ノ宮ちはるは詠唱破棄でごく単純な魔力を飛ばし、綾乃の身体をこの場に縛り付けたのだ。
「はいどーーーーん! わたしの勝ちだよアヤちゃーん! わっすごいすべすべ~。ナカが薄っすら筋張ってえ、腰のくびれもしゅっとしてる~」
「あ、あぁう、ああ……」
手段と報酬がシームレスとは聞いてない。動けないのをいいことに羽交い絞めにし、頬でおなかをすりすりすり。
セクハラ以外の何物でもないが、ここに居るのは魔法少女のふたりだけ。間に何が入ろうと、ちはるを止めるすべはない。
(譲歩するんじゃ、なかった)
嫌だと言ってやめればいい。そうしないのは、綾乃の側に拒否がないからだ。
ああ、なんて残酷なんだ。ここまでぐいぐい接近されて。こちらからは手一つまともに握れやしない。
”そう”思う自分にも腹が立つ。まともな人間の感情じゃない。こんなの嘘だ。絶対におかしい。
「アヤちゃん……?」
西ノ宮ちはるは”それ”を知らぬ。故の距離の近さと思えばこんなに残酷なことは無い。
欲望に耽るちはるのアタマに迷いが産まれ、撃ちこまれた魔力が虚空へ消える。
「はい、終わり。もうおしまい。あた。あたし、部活あるから」
「えっあっ、ちょっ……?」
困惑するちはるから踵を返し、林の中を学校の方へと駆けて行く。
わけがわからない。それはきっと双方同じだ。違うとすれば理由のみ。
何故、自分は親友に対し、こんな感情を抱くのか。
※ ※ ※
「そうそ。今の時期、フリルばっかやと暑くてかなわんやろ? ちょっと減らして涼取ろうや」
「けどけどミナちゃん。スカートからフリル取っちゃって、それをグリッタちゃんって言っていいの?」
「ふふん。そー言うと思っとったで。ほらこれ、おんなじ形でうっすい生地。これならちーちゃんも文句なかやろ?」
「うっはあ、さっすがミナちゃん! 話が早ぁい」
二年A組の窓際の片隅、他の女子が意図的に空けた空白で、西ノ宮ちはると桐乃三葉が席を寄せ、同じスケッチブックにデザインを描き込んでいる。
桐乃家の一件を解決してから一週間。破壊された家屋は総て元通りとなり、長女菜々緒も再び就職活動に励むようになった。そこまではいい。それで終われば何の問題も無かったのだが――。
「うーん。やっぱちーちゃんが描かへんとカタチにならんみたいやな」
「えー残念。ミナちゃんの作ったやつも見てみたかったのになー」
今の今まで隣のクラスで接点なんて無かったのに。とりなしてやった途端仲良しこよしか。休み時間の度やって来る三葉に対し、東雲綾乃は苦々しげな目を向ける。
ちはるが自分の世界に閉じ籠ってしまったのは、他に理解者がいなかったからだ。成長を理由に女児向けアニメを卒業し、ちはるひとりがそれにすがれば、距離を置かれるのは当然の帰結だろう。
仲間が増えてくれるのは良い。とどのつまり社会への適合には、他者との繋がりが必要不可欠だ。あの趣味を否定せず、一緒に面白がってくれる三葉はうってつけの相手といえる。
(なによ……。なによなによナンなの……!)
だと言うのに、胸に残るこのちくちくは何なのか。喜ばしいことじゃないかと納得出来ないのは何故なのか。
理由は単純明快。あまりに専門職の話すぎて蚊帳の外になってしまっているからだ。会話の糸口を作れず、何一つ割り込む隙を見出だせない。
(アイツら……! よくもこんな公衆の面前で、そんな話をおくびもなく……)
無視されている、と言ったほうが正しいのかも知れないが、休み時間に教室で臆面なく魔法少女の絵を描く方も方である。他の目が怖くないのか。そのくらいのめり込めているとでも言うのか? 自分の世界というやつに。
「ちはるが良いならそれで良い、良いんだけどさ……!」
ああ、なんと嫉妬深い女なのだろう。幼馴染に他の友達が出来たことを素直に喜べないなんて。
(本当に、それだけ?)
この胸のイガイガはホントにそれだけ? 陸上部のエースとしてずっとチヤホヤされてきて、今になって捨て置かれたこの状況。突然初対面の人たちの集まりへ放り込まれたような疎外感。
「あっ、せやせや。ちーちゃんらーに頼みたいことがあったんよ」
「頼み?」
「ほら、うちのオトンあきる野の市議会議員やろ。ここんとこ市の懐が寂しいって嘆いとったんや」
「や、それは初耳だけど……。それで?」
駄目だ。これ以上見ていられない。東雲綾乃はひとり静かに席を立ち、逃げるようにその場を去って行った。
「あれ? アヤちゃん? アヤちゃーーん?!」
「どないしたんや東雲さん。ふたりにおってもらわな困る話なんやけどなあ」
※ ※ ※
「瑠梨。お母さんね、再婚しようと思うの」
六人がけの丸テーブルの端と端でふたりの女が向かい合う。高価な純白のクロスに手入れの行き届いた紅い薔薇。白い磁器には出来たてのビーフストロガノフが注がれており、今なお暖かな湯気を上げている。
花菱瑠梨は楽しげにそう語る母・さくらに、うんざりとした目を向ける。いつも簡素な食事しか作らない母が、夕食にわざわざ手の込んだ料理を出して来た時点で、何を言わんとしているか概ね理解していたからだ。
「新しいお父さん、勝利って人なんだけど。カレとっても良い人よ。逞しいし冗談好きだし、瑠梨の描く絵も面白いねって言ってたし」
「見せたの」
「再婚する子のことよ。知らない訳にはゆかないでしょう」
大義名分の前には娘のプライバシーはゴミ同然か。ヒトが学校に行っている間、他人を自分の部屋に連れ込むなんてどうかしている。
「後追いになっちゃってごめんなさい。けど仕方なかったのよ。あの場は私もカレも勢い任せで」
「別に。怒ってないよ」生まれてこの方、この女に期待や希望といった感情を抱いたことはない。「今年に入って六人目。今度はひと月以上保つといいね」
瑠梨が母の再婚に何の感慨も抱かなかったもう一つの理由。瑠梨が産まれて十六年、花菱さくらは三桁近い数の男と結ばれ、同じ数の離別を繰り返してきた。
母はとても容姿の整った人間だと思う。濡れ羽色の長い髪に常人離れした朱の瞳。魔性の魅力に惹かれる男は数多い。
「何。何なのその態度!」
だが、面食いの男たちは彼女が内に秘めし激情を知らない。何の前触れもなく『爆発』し、自らは絶対に妥協しない悪癖も。
「謝りなさい瑠梨。お母さんは真剣に恋愛をして勝利さんと籍を入れると決めたの。色恋の何たるかも知らないあなたに、そんな風に茶化される覚えはないんだから!!」
「はい、はい……」
惚れた男たちは三行半と共に去れば良いが、実子たる瑠梨はそうもゆかない。幼き頃から理不尽極まるカミナリを浴び続け、瑠梨の心はひび割れてしまった。
「はいじゃないでしょう、謝りなさいと言ってるの。あなたってばいつもそう! 自分の殻に閉じ籠って、何を考えてるのか全然わからない! お母さんを何だと思っているの?!」
「わからない、って」
ボクには、あなたの方がよっぽどわからないのだけど。なんて返せば、リターンはまず間違いなく本気の平手。我を通す為ならば、彼女はどんな暴力も辞さないだろう。
「ごちそうさま。ボク、部屋に戻るから」
「ちょっと、話はまだ終わってないわ。席に戻りなさい。戻りなさいったら」
いま瑠梨に出来ることはただ一つ。未だに湯気立つ食事を捨て置いて、とっとと二階に上がることのみ。お小言が背中に刺さるがそれだけだ。距離を置いて少しすれば、自分に食事を与えたものと自己完結することだろう。
『見えるか? きさまの主のみっともない姿が』
「ええ。勿論」
ベランダに連なる窓越しに影二つ。ひとつは両腕を大鎌に置換したチャイナドレスの美女。もうひとつはピンクの外套に白のシルクハット。隣立つ美女と違い、どの角度からも影が差すことはない。
『お前たちが産まれた理由は解っていよう。だのに初戦からあの体たらくだ。主はさぞや嘆いているだろうな。貴重な存在格を注ぎ込んだのに、と』
「発破のつもりなら要らないわ。そんなこと、私が一番解ってる」
グレイブヤードの三賢人、末妹のトウロは苦々しげに階段を登る『女王』の姿に歯の根を軋ませる。
あの時、自分が魔法少女共を始末さえしていれば。姉らを迎え入れ、この世をグレイブヤードの民たちで満たすことが出来たはずなのに。
「失せなさいバケモノ。女王様の願いは私が必ず叶えてみせるわ」
『きさまに化け物呼ばわりされるとは心外だな』
「フン。顔すら見せないくせして」
最早言葉は不要。トウロは隣の魔物を睨み付け、憤怒を滲ませ夜の闇に消えた。
白ハットはその後ろ姿を無感情に見つめ、ワイヤーで引かれるかのように二階まで移動。キャンバスの前でうなだれる璃梨の元へと近付いてゆく。
「こんばんは。またご飯を抜いたのかい。ちゃんと食べなきゃ身が持たないよ」
宝塚の男役めいた声色と共に、手にしたマグカップを璃梨に向ける。如何なる手品に依るものか、中には母さくらが作ってくれたビーフストロガノフがそっくりそのまま注がれていた。
「見てたのか」
「プライバシーの侵害だと言うなら謝るよ。キミには曇ったままでほしくないんだ」
「良いさ。毎度慣れてる」瑠梨は程よく温まったビーフストロガノフのルゥを音を立てて啜り。「給仕やるために来たんじゃ無いんだろ? 何をしに来た」
「勘が良いね」目深に被った帽子の奥が、喜びの感情を伴い妖しく光る。
「キミの大嫌いな西ノ宮ちはる。その相棒の東雲綾乃。ここの所、あまり仲が良くないみたいだよ。間にひとり、入ったせいでね」
「へえ……」
マグカップの中の牛肉を器用にフォークで絡め取り、奥歯で磨り潰しながら。「お前の考えが聞きたい。ボクにどうしろって言うのさ」
「多分、キミの考えている通りだと思うよ。少ぉし手間だが、きっと最高に面白くなるんじゃないかな」