ありがと。もうちょっとだけ頑張ってみる
この章に関しましてはここでひとくぎり。
次回からしばらく箸休め、のような展開がつづきます。
「遂に来たよこの時が! わたしたち、魔法少女のやるべきことが!」
困惑する綾乃の手を取って、きらきらした瞳で訴えかけるその顔は、ごっこ遊びに興じていたあの頃そっくりだ。つまり――。
「協力してアヤちゃん! ふたりでやるよ! 声を重ねてグリッタ☆メテオシャワー!」
「はあ……?!」
唐突かつ未知の単語だが、幸か不幸か綾乃には覚えがあった。
グリッタ☆メテオシャワー。主人公グリッタちゃんと、そのライバルのお姫様ズヴィズダ嬢が、互いの魔法を重ね合わせ、洪水で押し流された出先の集落を丸ごと元通りにしてしまったまさに超大技。
「それを、あたしたちでやるって言うの?」
「勿論。他にどうにか出来る手段ある?」
無慈悲にノーと突き返された後、改めて周囲を見やる。自分たちが叩き付け、叩き返されて生じた家具の破壊。散乱する陶磁器やガラスの破片。何より出入り口に開いた大穴。周辺住民に通報されなかったのが不思議なくらいだ。
「むむ……ムリムリムリ! あたしそういうの絶対似合わないし! 昔は出来てても今は無理だって!」
ちはるには申し訳ないが、十六にもなってバトンを振って魔法の呪文を唱えるのは御免こうむる。
「そもそもさ、あんたのバトン、それ一本だけでしょ? 武器のないあたしにどーしろって言うのよ?!」
魔力を行使しようにも、綾乃にはちはるのようなアイテムは装備されていない。グリッタ☆メテオシャワーは星の魔法が二人分必要な大技だ。このままでは企画倒れで家も元には戻らない。
『それがもし、出来るって言ったらどうするんだよん?』
「だよん?」
悪目立ちする口調に振り向けば、二人の背後には見知ったピンクコートに白シルクハット。ちはるにチカラの根源を授けた張本人ファンタマズル。
「わ、ああ!! いつぞやのファンタスティック!」
「あ、あんた……いつから後ろに!?」
油断は認めるが、周囲には一応注意を払っていた。だのに奴の出現位置は散乱した食器棚の真中。音を立てず気配も見せず、一対どこから現れた?
『まー。細かいことは置いといて』無論、向こうに答えるつもりはないらしく。
『なんだか面白そーな気配を感じたから、辛抱堪らず馳せ参じたんだよん』
ファンタマズルは懐を探り、しまわれていたものを取り出すと。
『ささ。何も言わずこれを受け取るんだよん。サイズも質感も、寸分違わず同じはずだよん』
「同じって……ええ?!」
渡されたのはちはるのものと同じグリッタバトン。表面についた微小な傷も長く使い続けた汚れや黄ばみもほぼ同じ。鏡写しの存在とはまさにこのこと。それを苦もなく産み出して、奴は一体何を考えている?
『ほらほらレッツメテオシャワー。キミたちふたりなら、どんな奇跡だって起こせるんじゃなかったんだよん?』
「えぇ……いや、あの……」
やるべきこととは思っていたが、四コマ漫画でコマを飛ばされ、いきなり結では覚悟も出来ぬ。綾乃は渡されたバトンを握りしめ、視線をあちこちに彷徨わす。
「そぉだよ! そうなんだよアヤちゃん!」
などと判断を留保し続けて、この女が捨て置くはずもなく。西ノ宮ちはるはバトンを与えたファンタマズルに一礼し、綾乃の元へと駆け寄って。
「起こそう奇跡! やっちゃおふたりで! わたしたちしかいないんだよ? わたしたちじゃなきゃだめなんだよ!?」
「むぐ……ぐぐぐくぐう……!」
原因はさておき、この破壊跡を生み出したのは自分たちふたり。直す手立てがあるのなら、そうすべきは自明の理。そして何より、これは親友からの頼まれごとだ。こんなに絢爛と目を輝かすちはるを前にしては、如何なる拒否も意味をなさぬだろう。
「え、ええい! わかった、分かったってば!」
あとは野となれ山と成れ。勢い任せに羞恥を捨て去り、手にしたバトンを天に掲げる。
「おぉーっし! それでこそアヤちゃん! 声合わせて行くよっ」
片や鼻息荒く、片や恥ずかしさに頬を赤らめ。二つのバトンの穂先が重なる。
夜空にあまねくキラボシたちよ。このバトンにチカラを与えたまえ。
王女グリッタ。王女ズヴィズダ。ふたりの想いを一つの輝きにして――。
「きた……!」
「ほらね? ほーらね! わたしは何にも間違ってないっ」
口上を述べたその瞬間。重なる穂先のその上に、虹色の輝きが生じて収束してゆく。
10年近く前、テレビで観たあの光景そのままだ。ちはるに促されるがまま、綾乃は半信半疑で続く言葉を口にする。
「放てキラキラ! 叶えよ願い! グリッタ・ズヴィズタ、メテオシャワー!!」
虹色のヒカリは叫びに呼応して炸裂。一粒一粒がリビング中に拡散し、破砕した家具や扉に貼り付いた。
まるでビデオテープを頭から巻き戻すように。覆水盆に返らずのことわざを真っ向から否定するかのように。桐乃家の凄惨極まる破壊跡が消えて行く。呪文を唱えて約十秒。破壊された総ては魔法の力で「なかったこと」にされた。
「まじで……? ホントに、やったの……? 」
「そーだよ! やったんだよ! わたしたち、ふたりが!!」
起こる奇跡を横目に見、両手を合わせて互いに笑う。その姿はまるでごっこ遊びに明け暮れたあの頃のよう。
自分の居場所は『ここ』じゃない。傍観者に徹し、ちはるの『遊び』を見守ってきた綾乃が、同じ地平で同じものを見て笑う。その笑みはカーストを捨て去ったことへの諦念か。親友と馬鹿をやる楽しさ故か。あるいはその両方か――。
「あぁ……っと」しかし喜んでばかりもいられない。立ち尽くす菜々緒の目が自分に向けられているのに気付き、綾乃は咳払いと共に居住まいを正す。
「えーっと、菜々緒さん・だっけ?」
「ハイ」
「アー……。その、何ていうか」こうも親友とべたべたした後では格好がつかぬ。「色々キツく当たってごめんなさい。あたしもヒトのこと言えないや。あなたの好きはあなただけのもの。否定するのはお門違いだもんね」
「はい」
ばつが悪く、気恥ずかしさを堪えて謝ったのに、向こうはぽかんと口を開けたまま。返す言葉も一本調子で要領を得ていない。
「あのさ。言葉通じてる?」
「ひえっ。聞いてます聞いてます。ちゃんと伝わってますぅ」
「そう? ならいいんだけど」
怯えさせるつもりは無いのだが、向こうには脅しつけている体に見えているのだろうか? 綾乃は後ろ手で頭を掻きながら、四つ近く歳の離れた菜々緒を見やる。
綾乃にとっては迷惑極まりない話だが、彼女はこの時既に「出来上がっていた」のだ。きついことを言うけれど、自分のことを心配してくれる女の子。魔を祓い、自分を助けてくれた女の子。繕わず、このままでいてもいいんだと言ってくれた女の子。
(私も、あんな風に……なりたい)
きっかけなんて、いつどこに転がっているかわからないものだ。この日を境に菜々緒は変わった。
こう在りたいと思う目標を見つけて、自分は自分のままで良いと定義付け。前を向いて笑えるようになったのだ。
「ありがとう。私、もうちょっとだけ頑張ってみる」
期せずして、菜々緒の口から出た感謝の言葉。
きっとまだ、クリアすべき問題は山積みなのだろう。このまままた、ネガティブに呑み込まれてしまうかもしれない。
「ふふ。ふふふのふ」
ちはるの顔に得意げな笑みが浮かび、ウサギめいてぴょんぴょんと客間を跳ねる。
「こちらこそ、どーいたしまして・だよ。よかったね、菜々おねーさん」
自分たちのチカラが迷えるヒトの背中を押した。感謝の言葉で応えてくれた。
今の彼女はそれで十分だった。他に考えるべきことなどない。
「やった! やったよアヤちゃん! わたしたち、やっと魔法少女っぽいことできたぁーっ!!」
「わかった。わかったから……。っていうか、この服どうすれば戻るの? いい加減ちょっと、お腹冷える……」
満面の笑みで喜ぶちはると、釣られて口角を吊り上げる綾乃。高校二年の魔法少女コンビは今ここから、二人三脚で駆け抜けてゆく。その果てに待つ後悔と破滅、絶望のゴールへ向けて。
◆ ◆ ◆
「――久しぶり。成人式の日以来だっけ? ずいぶん懐かしい声だこと」
「やめようよそういう嫌がらせ。”あたし”の服、何度か着て撮影に臨んでたっしょ、アヤのん」
電話口から伝わる声は自信に満ち溢れていて、『あの頃』の陰険さなんてどこにも見当たらない。
東雲綾乃が後輩らに何も言わず陸上部を去ってそろそろ十年。モデルの仕事は彼女に相応の生き甲斐と余裕を与えてくれたらしい。
「――で、何の用? 世間話するために留守電を十五も残したんじゃないんでしょ」
「まあね。というか、ぶっちゃけアヤのんも電話に出ないんじゃないかって思ってた」
「――私も、か……。オッケー、聞きたいことは大体わかった」
長くヒトと顔を突き合わし、意見をぶつける仕事をしているとよく解る。西ノ宮ちはるは隠しごとに喉を詰まらせ、それ以上踏み込まれるのを恐れているのだと。
だからこそコンタクトを取ったのだ。彼女の変貌を誰よりも詳しく知るのは、幼馴染の大親友たる綾乃しかいない筈だから。
「――ごあいにく様。私も五年くらい会ってないよ。電話もLINEも拒否されて、会いに行っても顔出したの観たことない。避けられてんのよ、徹底的にね」
「え、え……? それって一体どういうことなのさ」
「――さあね。心当たりがあるとすれば、高校二年のあの冬……」
…………
……
…
「はあ……」
東雲綾乃は電話を置き、眼下に置かれたテーブルに目をやった。次の仕事の日程表。マネージャーにそれは駄目だと断られたけど、無理くり説き伏せ、承服させたイベントの概要。
「三葉の言う通りだよ。あんた、一体どうしちゃったのさ」
壁掛けにした『衣装』を抱き締め、消え入りそうな声でそう呟く。
明日はこれを着てステージに立つ。あの子に聞かせてやったなら、きっと泣いて喜ぶだろう魔法少女アニメ映画の舞台挨拶。
「あたしをこんな風に変えたのは、あんたなんだよ。ちはる」
その声は虚空に消え、届けたい人の元まで届かない。何も言わず距離を置き、よりを戻せず早五年。もうずっとこのままなのかな。目頭に残った涙を拭い、東雲綾乃は寂しげにそう独りごちた。
次回、05:わたしたち、この街のご当地魔法少女です!、につづきます。
前にここで話したかもですが、本作はある意味拙作・「ゴースト・ライト(https://ncode.syosetu.com/n9654eb/)」の前日譚となっております。
本話を読んだあとそちらに進んでいただくと、何がどう繋がるかわかっていただけるかなと。
えらくひとのこころがない方向に。