待ってたよ! そーゆーのを待ってた!
本章から登場する桐乃三葉(とその姉)は、筆者が過去に執筆し完結した『ゴースト・ライト(https://syosetu.com/usernovelmanage/top/ncode/1059549/)』というおはなしに登場したキャラクターと同一人物です。
ですが。元を知っていても『誰だこいつ?!』となること請け合いなのでどうかごあんしんください。
そちらについての重大なネタバレ等もございません。
「ね、ねえ……。どうしよ。どうしよアヤちゃん?」
「過ぎたことはどうにもなんないでしょ。諦めて先進むしかないって」
「依頼だよ?! わたしたちに! 魔法少女のチカラが必要だって! やっと、頼られる日が来たんだよ!」
この局面で、いの一番に気にする話題がそれなのか。
モールを出て、専用バスで秋川駅へ行く道すがら。東雲綾乃は前の席で鼻歌を鼻ずさむ少女と、彼女にノセられた幼馴染を目にし、うんざりと嘆息する。
「ま、まま、魔法少女!?」
「な。なんのこと? か、わかんないなア、あー」
ちはると魔物共との戦いは誰の記憶にも残らない。故に彼女は誰からも感謝されず、日陰者のままだと言うのに。
なのにこの桐乃三葉は。ハナからちはるが『そう』だと解って声を掛けてきた。これは一体どういうことか?
「隠したってタメにならにゃあよ。うち見とったもん。秋川の駅であなたが魔法少女になってカボチャのバケモンと戦って。東雲さんがハイターッチってしてるとこ」
「ああ、あれ……」
遠巻きに見ていたのだろうか? あれだけ広いロータリーだ。魔物側も二・三人取りこぼしていたっておかしくない。
喰われていない人間は、あの戦いを覚えておけるのか? いや、そもそも前提がおかしい。喰われて記憶を失うのは何故? あれは何で、どうしてヒトを襲うのか? わからないことが多すぎる。
「見てたの?! あれ観ててくれたの!? うわわありがと! えぇ、っと」
「三葉。ミナちゃんって呼んでぇな。うちもあんたンこと、『ちーちゃん』って呼ぶで」
「うん! よろしくね、ミナちゃん!」
だのにこの幼馴染ときたら。初対面の相手と意気投合し、いつの間にだかあだ名呼び。理解者なら誰でもいいのか。それは自分でなくとも良かったのか?
「で? その魔法少女サマに何の用?」
不機嫌に語気を荒くし、綾乃が話を切り出した。向こうはそれを気にすることなく「ごめんなあ」と切り替える。
「実はな。ちーちゃんらを魔法少女と見込んで頼みがあんねん」
「あたしは『そっち』じゃないけどね……」
このもやもやは何なのか。判るけれど解りたくない。自分の心に蓋をして、綾乃は勤めて怜悧に接する。
「うちな。四つ年上のお姉ちゃんがおるんや。大学三年で就活シーズン。なのにお姉、十五社受けて内定一つも取れやんで」
就職氷河期とも呼ばれた暗黒のゼロ年代前半の日本。とはいえ、ここ数年は上がり調子であり、『姉』の同期も数社内定を貰っている。十五も受けてゼロ。気落ちするのも解らなくは無いのだが。
「アー……。話は読めた。あんた、ちはるにお姉さんを就職させろって言うつもり?」
「いやいや。流石にそれはにゃあよ」三葉は両手を振って違うと答え。「ただね。お姉を応援して欲しいんさ」
「応援……?」
「そ。頑張って。負けるな、元気出してーって」
ヘンなインチキでなくて良かったが、話は見えないままだ。自分たちは高校二年生。ヒトの就活を応援出来るような言葉やスキルなど持ち合わせていないのに。
「ううん。多分あなた達みたいな娘が一番効くと思うんよ」だのに、三葉は妙に自信たっぷりで。
「お願いや。他に頼めるヒトがおらんの。チカラを貸してちょー」
方言のせいでふざけて聞こえるが、その目は必死そのもので。彼女が姉を想う気持ちが伝わってくる。
「ふふ。ふふふのふ。待ってた、待ってたよ、そういう依頼!」
ここまで言われてちはるが黙っているはずもなく。その顔は喜色に溢れ、鼻息荒く三葉の手を取った。
「任せてミナちゃん。あなたのおねえちゃん、グリッタちゃんたるこのわたしが! ピンピンのしゃんしゃんにしてみせるから!」
「ほんと?! ありがとぉ、恩に着るわあ〜」
「いや、いやいやいや……」
片や前評判を聞いただけ。片や術も何も持たないのに安請け合い。双方言って止まる訳もなく。東雲綾乃は継ぐ言葉をなくし、諦念と共に首肯した。
※ ※ ※
「ああ、新鮮なエキス……」
「ありがとうトウロ。あなたのおかげでまた一歩、向こう側への道が開けました」
月光に照らされたグレイブヤードの居城。応接間のステンドグラスを通し、虹色の光が降り注ぐ。
長女のプレディカと二女のオガミは両の手を天に伸ばし、光を全身に取り込んでゆく。
『――今週だけでもう五人。良い腕だ』
「勿論でございますわ女王さま。このトウロ、ご期待に必ずや応えてみせます」
そこは人通りの少ない裏路地だった。獲物を捕らえた三女トウロは、貸与された折り畳み式携帯電話越しに恭しく頭を下げる。
スリットの開いたチャイナドレスを身に纏う、マリーゴールドの瞳をした美女。その左腕は上腕を境に死神鎌めいた形に置換されており、くたびれた格好の中年男性の脳天を刺し貫いている。
切先がそば立ち、体液を啜るような音が狭い路地に響いた。男の身体から水という水が失せ、あっと言う間に干からびてしまう。
吸った人間は左腕を通して右に渡り、かざした掌からエキスに変換され、『女王』の待つ根城へと飛んでゆく。残ったミイラはどうなった? トウロが大口を開けて呑み込み、ぼりぼりと骨を噛み砕く。後には何も残らない。
「どうしたんだい瑠梨。ひどく不機嫌に見えるけど」
「別に。この顔は生まれつき」
画架の前に座し、命の光が吸われてゆくのを前にして、花菱璃梨は苦々しげに唇を噛む。
(こいつは遠慮と言うものを知らないのか)白のシルクハットを目深に被った協力者、ファンタマズルを睨みつけ、リリはうんざりと嘆息する。計画は万事順調。トウロの働きにも不満はない。
「西ノ宮ちはる。不機嫌の理由は彼女かな」
「ち・は・るうぅううう……?」
その名を聞いて瑠梨の眉間にシワが二本。狩りは滞りなく進んでいるが、それは道中ちはると出会して無いからだ。今トウロを失えば後がない。
キャンバスから生を受けた者たちは、”存在格”を得なければ現実世界に干渉できない。これまでは秘密裏に使い魔を放ち、粛々と仲間を殖やしてゆけば良かったが、魔法少女・西ノ宮ちはるの存在が総てを変えた。
自分たちに干渉し、滅ぼしうる同じ魔のチカラ。何度使い魔を放とうと打ち破られ、存在格の回収は滞るばかり。
三賢人がひとり、トウロが喚ばれた理由もそれだ。今必要なのは群より個。確実にエキスを奪い、姉たちをこちらに迎え入れる。それが女王の望みなのだが――。
「怖いのかい? あの子に全部台無しにされるのが」
「ば、馬鹿を言うな。あんなヤツ、ボクらの敵じゃない!!」
「可愛いなあ、瑠梨」ファンタマズルは小馬鹿にした声で切り返し。「誰も見てないんだから、無理に虚勢を張らなくてもいいんだよ」
「か、かか、かわいい……?!」
続く感情は照れではなく怒り。瑠梨に対し『可愛い』と言う言葉は禁句である。取り繕った怜悧さや威厳さえもかなぐり捨て、目先の言葉に引きずられてしまうからだ。
「このボクを、可愛い、可愛いと?! ふざけやがってこの野郎! よくもそんなヨマイゴトを!」
「まあまあ。カリカリするのはおやめなさいって」
誰のせいだと喚く瑠梨を遮って、ファンタマズルは『それよりも』と別の話題を切り出した。
「彼女を気にするのなら、私にひとついい考えがある。とびきり笑えて便利なやつがね」
目深に被ったシルクハットに、襟を立てたピンクのコート。鏡に映らず表情も読み取れない。
けれど『面白い』と言った奴の声は。今まで瑠梨が聞いた中で、最も嫌味で楽しそうに聴こえた。
※ ※ ※
「ほえ〜……。ここが、おうち?」
「マジで? 引っ掛けようとしてるんじゃないでしょうね?」
「ナイナイ。誠心誠意頼んだのに、騙すなんてトンデモナイ」
二人が口を揃え、狐に抓まれたような顔をするのも無理はない。
シャトルバスを降りて徒歩十分。案内されたのは駅近くに建つ二階建の一軒家。玄関には手入れの行き届いた芝生の庭と、時折鯉の跳ねる小さな池。持ち主は成金か何かか? 困惑のあまり表札を二度見するも、そこに『桐乃』と書かれた事実に揺らぎはない。
「ほらほら、何ぼさっとしとるん。こっちこっち」
それをおくびも出さず、鼻にもかけずでやっているのは計算なのか、笑顔で二人の背を押すその顔からは、どちらなのかを読み取れない。
「お、おじゃまします」
「右に同じ」
広めに作られた玄関は、まるで民宿の入り口のよう。手入れにはやはり使用人が行っているのだろうか? 姿はどこにも見えない。
「もー。いちいち気を遣わんといてえな。意識すると恥ずかしゅうなるやろー」
などと戯けて笑って見せるが、見せられる側はそうもゆかない。おっかなびっくり廊下を進み、二階の端まで差し掛かる。
途中、側道に三つくらいのドアを見掛けた。ドアばかりで何とする? 聞いたところでまともな答えは返ってこなさそうだが。
「ここが、そう?」
「まあ、ね」
三人の眼前には、『ななおの部屋』と振られたドアがひとつ。妹三葉は二人に静かにと手でジェスチャーし、一歩踏み込んで声を張り上げる。
「お姉ぇーっ! たーだーいーまー!!!! 帰ったよーっ!!」
周囲のガラスが震えるほどの大音声。ドアの裏で何かが落ちた音がする。時刻は間もなく午後二時半。こんな時間まで惰眠を貪っていたのだろうか?
「何ようるさいわねみなは……。お掃除なら隅から隅までやっといたでしょ」
気だるそうな声と共にノブが回り、部屋の主が顔を出す。長く伸びた黒髪をカチューシャで跳ね上げ、赤渕眼鏡をかけた背の高い女性。
「え……」
彼女が異常に気付いたのはその時だ。愛妹の後ろに見慣れない顔が二つ。翻って自分はどうだ。上下灰色のスウェットに裸足――。
「わっ!? わっ! ワアアアァアアゥアア!!!!」
他人を目にしたその瞬間。彼女は即座にドアを閉め、奇声と共に部屋の奥へと駆けてゆく。最中に響いた鈍い音は何かに転んだものだろうか。余程予想外の展開だったらしい。
「あれが……」
「ミナちゃんの、お姉さん?」
「うん。うちの自慢のお姉」
彼女の名は桐乃菜々緒。今年で二十歳を数え、浪人ではなく、今なお大学在学中の三年生である。