ひとりくらい、いてやんなきゃだよね
そんなわけで一週に二連続更新。
これにて三章めも完結。だいたい一章六話で固定されてきた感。
※ ※ ※
「責める訳じゃないけれど、今回はキミの失態だったね。あの子をちゃんと押さえていて、と言った筈なんだけどな」
「しょうがないだろ……。あんなの、予想出来るワケない」
日が落ちきり、すっかり冷えた宵の頃。秋川の駅を遠く離れ、かの騒乱を見られない場所に、花菱瑠梨の家はあった。
二階建ての二階、左端に座す彼女の部屋。パソコンやテレビと言ったものはなく、本棚には昆虫の本がぎっしりと詰められており、簡素なシングルベッドの向かいには上質なリクライニングチェアと、画家が用いる大仰な画架がひとつ。
壁には乱雑にかけられたナナカマドの制服。その隣にあるのは――、ヴェネチアン・マスクか? どれもこれも、普通の少女の家に在るものではない。
「予想外だったのはわかるよ。けれど彼女のペースに乗せられたのは事実だろう。でなきゃ何見逃すはず無かったんじゃないかな」
「うるさい。うるさいうるさいうるさい! 揚げ足ばっか取りやがって、そういうの一番むかつく!」
フュージョンゲートの存在を知らなかった瑠梨はまんまとちはるを取り逃がし、計画の腰を根本から叩き折ってしまった。帰宅後それをファンタマズルに指摘され、くどくどとお説教を喰らっている。
「まァ、結果オーライと言うべきか。必要な分はキチンと揃った」
一人分だけだけど、と嫌味に前置き、ファンタマズルは右手を画架に掲げられた『絵』に突っ込み、一気に引きずり出す。最初に出たのは頭だ。白いヘッドドレスにシニヨンで編み上げた長い黒髪。
纏う衣服はチャイナドレスだろうか。病的に白い肌、華奢な体型ながら、全身を覆う確かな筋肉。酷薄で鮮やかなマリーゴールドの瞳。
「ここが……。ここが、現世……!」
喚ばれて来たのは三女のトウロ。グレイブヤードを支配する三賢人のうちひとり。ランタンが集めた生命力を存在格に変え、この世に顕現したのである。
「初めまして、と言うべきかな。まさかこんなにハッキリとしたカタチに成るとはね」
瑠梨はマスクを被り、高圧的な物言いでトウロに接する。先程までのヒステリーはとうに失せ、自信に満ちた"ボス"らしい態度。切り替えが早いというか、舐められまいと必死なのか。
「姉たちではなく、私をお選び頂きありがとう存じます。産まれてからずっと、この日が来るのを待ちわびておりました。『女王さま』」
チャイナドレスのトウロは片膝をつき、あるじに対し恭しく頭を下げる。裏切りを警戒するならそれは杞憂というもの。彼女たち三姉妹が、『創造主』たる瑠梨に刃向かうことなどあり得ない。
「お前をここに呼んだ意味。解っているだろうな」
「勿論。使い魔と共に人間どもの命を奪い、グレイブヤードの民をこちら側に入植させてご覧に入れます」
彼女たちの存在理由は至ってシンプル。ヒトを襲い、数を殖やし、このセカイを制圧する。それこそが自身の、主たる女王の喜び。
「待っていてねお姉さまたち。私が必ず、あなたたちを現世に引き上げて見せるから」
三女トウロは画架に掲げられた『絵』に向かいそう言い放つ。
灯りの乏しい大広間に円卓が置かれ、ふたりの女性が鎮座する、油絵のような質感の絵画。
そのどちらもが、女王に向かい会釈をしたのは目の錯覚か? 当然否だ。絵画に描かれた二人には意思がある。ふたりだけではない。月にかかる薄雲は風に揺らめき、淡い灯りが秒ごとに新たな陰影を作り出している。
「頼りにしているよ。お前たちが此方に出て来てさえ、くれれば……」
瑠梨は画架の横に置かれた『パレット』を手に取り、無色の絵の具を強く練る。ファンタマズルから与えられ、描いたものを実体化させられるまほうのキャンパス。
向こう側の世界、グレイブヤード。花菱瑠梨はそのセカイの創造主。彼女たちはつくりものから産まれた存在なのだ。
※ ※ ※
「ねえ、アヤちゃん。本当に、これじゃなきゃ、駄目ぇ……?」
「交換条件、でしょ。それとも全部反故にする?」
「う、ううう」
明くる日の朝。武蔵五日市の駅を下車し、ロータリーまで降りてきたちはると綾乃。
目にした生徒たちは目を剥き思わず二度見することだろう。綾乃の隣に居るのは誰か。初見で西ノ宮ちはるだと、どれだけの人間が気付けただろうか。
「おなか冷える……。太もも寒い……。ね、ね? 責めて、さ。腹巻きくらい」
「馬鹿言ってんじゃないわよ。いい? オンナは見た目で舐められちゃオシマイなの。少しくらい我慢なさい」
長い薄茶の髪にリボンで後ろ結びにしたハーフアップ。野暮ったい目元にラインを引き、唇には薄っすらラメの入ったリップ。
下は膝小僧が見える丈まで折り、外気をダイレクトに受けるミニスカート。こうなると野暮ったいブレザーの上掛けも、合わせでゆるく可愛らしい装いに見えてくる。
らしくないと恥じらうこの装いは、綾乃によって弄くり回された成れの果てだ。魔法少女として活動し、その補佐をする代わり、見た目だけでもマトモになれと交換条件を突き付けられた。
今は未だ制服だが、私服に関しても同じ突っ込みが入るのだろう。恐らく今よりもっと熾烈で、お財布もだいぶ寂しくなるようなものを。
「う、ええ」
ロータリーを抜けてすぐの坂道。シャッターの閉じた呉服屋の前で待ち構え、此方を見定めんとする者たちがいる。綾乃の友人チカとマユ。話したことは無いが、自分を良く思ってないことはその目で解った。
「あぁや。昨日あんだけ言ったのに」
「いいの? それで、本当にいいの?」
それは、綾乃に向けた最後通牒。呑まなければ二度と今の場所には立てなくなると暗に示している。
「アヤちゃん」如何に鈍いちはるでも、双方が発する感情の不和くらいは理解できた。原因が自分にあるなら、無理なんてしないでほしい。そう言わんと口を開くも、
「いいよ」反論せんとしたちはるの唇に、綾乃の人差し指がそっと触れる。「もう、決めたことだから」
二人に。いや他の沢山の聴衆に向けて見せつけるかのように。綾乃はちはるの肩に腕を回し、強引に通学路を駆けてゆく。
「わ、わわ。恥ず……恥ず」
「外であんな恰好してるくせに、今更恥じらうなっつーの」
魔物とちはるが戦った記憶は、襲われた者たちには残らない。チカたちの中ではずっと不気味なコスプレ女でしかない。理解者もなく、ずっとひとり。
(ひとりくらい、いてやんなきゃだよね)
それが、友達ってやつでしょう? 綾乃は心中独りごち、笑顔でちはるを引っ張ってゆく。
「なんだか、昔みたいだね」
「そう?」
◆ ◆ ◆
「――死んでやる! もう死んでやるから! 来ないで、もう、来ないでったら!」
窓もカーテンも閉めて、耳栓の上からヘッドホンまでつけて塞いでいるのに、アタマの中まで響く声。
グリッタちゃんはかつて、抽象的なヒトのキモチを「キラキラ」として理解していた。これも多分その一環。”あの頃”からずっとそう。違いがあるとすれば、ネガティブもポジティブも総て呑み込んでしまうこと。
死にたいのなら死ねばいい。ヒトにまで迷惑かけるな。黙れ。黙れ黙れ黙れ。黙れって言うのに!
「うるさい……、うるさいって、言ってるの!」
もう駄目だ。救けない限りこの声は治まらない。やりたくないけど。明日は早朝から仕事だけれど。
鏡台から”コンパクト”を取り出し、自分を映す。仕事に忙殺されて、疲れ切ったオトナの顔。
下部のミラーを左に擦って、上部の鏡に下部のドレスが重なって。”私”を再びグリッタちゃんに変化させる。
「どこよ。どこだってのよ、死にたがりの大馬鹿は!」
窓を大きく開け放し、三階のベランダから一息に飛び降りる。コスプレしたまま死ぬつもりかって? もう何度か試したよ。煉炭に絞殺にハラキリ。そのくらいじゃ私は死ねない。
予備動作なんていらない。望み通りにワープゲートが真下に現れて、後は現場に向かうだけ。
私は今もグリッタちゃん。昔は望んだこの姿も、今じゃ自らを現世に縛り付ける鎖でしかないとはね。
04:あたしがチェンジ!? そんなのムリムリ!、につづきます。
純粋に本作だけをお読みになられている方にはあまり関係のない話ではありますが、
次章はちょっとした客演ゲストの出演を予定しております。
おたのしみに。