い〜よい〜よキャラ作んなくてぇ
「綾乃さんってばさあ、まじでどうかしちゃったの?」
「あんなのと仲良く手ぇ繋いでご登校とか。ナニ哀れみ? 分け隔てなく優しいですアピール? マジそれ超ウケるんだけど」
ホームルームを告げる鐘が鳴り響く八時半。今年の皆勤もこれまでか。東雲綾乃は他人事のように心中そう独りごちる。
「別に、手はつないでない」
「いやいや、そうじゃないっしょ」
「あんなクソダサと仲良くしてて、そっちに何の利があるってことっしょー」
ちはると登校していたのをカースト上位の友人ふたりに咎められ、場所を移してスーパー『いなぎや』のイートインスペース。奢られたトマトジュースはいつもより塩辛い。
「ヨソはよそ。ウチはうち。イイ子ちゃん振るのはよしなって」
「あれもアレで、なんかこう……集まり? そういうとこがあるんだから、あんたが面倒見なくてもいいじゃん」
(二人とも、何も解ってない)
言い返せずトマトジュースを啜り、そうじゃないんだと不満を口内で噛み潰す。西ノ宮ちはるは。あの不器用オンナは。他を強調恭順しながらじゃ生きられない。目の前にあるのはいつだって我道。抜け出せないから一人ぼっちなのに。
チカとマユが言いたいことは解っている。陸上部のエースたる自分がド底辺と親しくしていたら、仲良しの自分たちまでとばっちりを喰らう羽目になる。人を気遣う振りをして、その実遠回しに保身と脅迫。聞いているだけで腹が立つ。
「ま。そういうことだから。時間取らせてごめんね」
「あやもさ、身の振り方? みたいなこと考えといた方がいいよ。嫌っしょ? 学校でぼっちになっちゃうのはさ」
伝えたいことだけ言い終えて、後はさっさと学校へ。あまりに鮮やかな去り際に、綾乃は思わず目を瞬かす。
気に食わないが、二人の言うことは尤もだ。幼馴染の為とはいえ、残る一年半くらいの高校生活、何もかも棒に振ってしまうのは気が引ける。
友情か、平穏か。若き東雲綾乃はどちらを取るかで大きく揺れていた。
※ ※ ※
「あーーーー……暇。すっごい暇あ」
何に悩んでいようが、時計の針は止まらず進み、時刻は間もなく午後の四時。
所属していた部活からあぶれた西ノ宮ちはるは、特に誰に頼られる訳もなく、渡り廊下を手持ち無沙汰に歩いていた。
『確かにあたしは友達でも良いって言った。それは否定しない。けどさ、ずっとべたべたしっぱなしなのは違うでしょ』
あんたの為にもあたしの為にも、今は距離を置きましょう。学校に着くなりそう突き放され、残りの時限、休み時間も以下同文。
「なんだよ。なんなのさアヤちゃんってば」
それじゃあ結局前と変わらないじゃない。三歩進んでニ歩下がるってか。ちはるは思い出し怒りで頬を膨らませ、意味もなく両の腕をぶんぶんと振り回す。
今日は親睦を兼ねて図書室に綾乃を連れ込み、欠けた十年間を埋め合わせる算段だったのだが、当人不在でそれも総てご破算。寄る辺は無く、このまま直帰も気が引ける。
「む〜……」
愚痴って意味無く廊下をぶらつき、辿り着いたは校舎最北の図書室。夕闇迫るこの時間、利用する生徒は殆どおらず、静謐な雰囲気を漂わせている。
「お、ぉおわっ」
余程むしゃくしゃして歩いていたのか、雰囲気と周囲の陰影の違いでそこが何かを知覚したらしい。ちはるは振り上げた拳を背に隠し、驚いて姿勢を正す。
「図書室、か」
暇に飲み込まれるくらいなら、本でも読んで気晴らしする方がマシだろう。ちはるは特に考えもなく引き戸を開き、読書スペースに滑り込む。
「あ!」
「え?」
濡れ羽色の髪にクリーム色のカーディガン。朝学校前で見掛けたあの子が、熱心に本を読む姿が彼女の目に飛び込んできた。
「わ! わわわ! わ!!」
「違う、違うの! そのまま、そのまま続けて」
また逃げられてはたまらないと、大手を振ってそのままでと静止を求める。
先手を打ったのが効いたのか、朝のようなあからさまな敵愾心はない。相変わらずこちらを睨んだままであるが。
改めて少女の姿を見やる。灰色の瞳は陰気に澱んでおり、服装も含め、他を寄せ付けない雰囲気を全身に漲らせている。
読んでいるのは図鑑だろうか。表紙はズームアップしたオオカマキリ。どこに焦点があるのかわからないその顔は、傍目に見ていても怖気が走る。
「今朝はごめんね。あなたのこと、よく知らなくって」
「別に……いいよ。こちらこそ、ごめん」
もっと酷い言葉をかけられるかと覚悟していたのに、続くことばが謝罪で思わず二度見。
『いいかいリリ。今回の成否はキミにかかっているんだ』。昼休み中あのシルクハットより託された指令。言いなりは癪だが、利害が一致するならやる他ない。
「ボク……。あぁいや、私は花菱璃梨。きみと同じ歳の二年。見えないだろーけど」
「い〜よい〜よキャラ作らなくて」他人行儀な挨拶を嫌い、向こうの肩をばしばしと叩いて。
「わたしはちはる。A組の西ノ宮ちはる。これから宜しくねっ、りりちゃん」
「りっ……りり・ちゃん?!」
ふざけるなそんな可愛いあだ名、と言いかけ喉元で押し留める。また突き放しては元の木阿弥。癪極まりないが耐えろ。耐える他ない。
「えっ駄目!? わたしまたなんか地雷踏んだ?」
「別に。りりでいいよ、りりで」
「良かったァ。りりちゃん、りりちゃん、りりちゃーん」
幼子みたいに何度も名前を呼んで。同じ日陰者でもここまで態度が違うものなのか。璃梨は心中うんざりと嘆息する。
(何でもいい。あとは……)
既に『使い魔』は外部で動いている。対抗できるのはこの女ただひとり。まさか自分から此処に来てくれるとは。探す手間が省けたというもの。
ここまでは良い。後はコイツを図書室に縛り付けておくだけなのだが。
「うん? どしたの?」
「や、えぇっ……とぉ……」
会話が、続かない。
纏いし制服のダサさは伊達ではなく、りりもちはるとは違った形で友達がいない。友達同士仲良く? 家族ともあまり話さないのにどうやって。無理難題を押し付けられたとわかり、今更ながらファンタマズルに対する怒りが湧き上がる。
(いや、待てよ)
何かないかと見回すうち、ちはるの姿を素早く二度見。
面倒だからと目も合わせずにいたのだが、それ故に気付けなかった”間違い”がひとつ。
「ねえ。ちはるちゃん、それって」
「ほい?」
「スカート。スカートの下の、フリフリ」
ナナカマド高の制服は紺のブレザーにチェックのスカート。フリルなんて都会っ子のアイテムなぞあり得ない。
ならばこれは? 続く答えは至極簡単。スカートを起点に目線を上向ければ、袖にも、ワイシャツの奥にも、不自然なくらい多くのフリルが覗く。
「あのさ。それって、まさか」
「おっ、おお? 気付いた? 気付いちゃった?? 参ったなー、隠してたのになア」
別にそこまで言ってない、というりりの言葉を遮り、ブレザーを脱いでワイシャツのボタンを上から二つ外す。そこには一体何がある? キャミソールの代わりにちはるの肌を覆っていたそれは。
「クラスのみんなにはナイショだよ。実はね、わたし、キラキラ少女☆グリッタちゃんなんだ」
まるで新しいおもちゃを手に入れた子どもだ。魔法少女装束を惜しげもなく晒し、羨ましいだろうと見せつける。
(ワーウルフとコカトリスは、こんなアホに敗けたっていうの……?)
花菱リリはその様子を気取られまいとしながらも、西ノ宮ちはるという女の馬鹿さに絶句する他なかった。