ボクの"スキ"は理解されない
第三章すたーと。予定通りなら七月初週でまとまるはず。
変身、とスクールカーストについて、今回初登場の新キャラを交えつつもう少し踏み込みます。
『――♪つらいときはほしをみあげーてー、ほら、いち・にの・さんっ、シュテルングリッタえとわーーるー♪』
暗く閉め切った部屋に朗らかな女の子の歌が響く。子どもの頃から好きだった魔法少女のオープニング・テーマ。数量限定生産のせいでプレミアがつき、秋葉原の中古ショップで三万円を叩いてお迎えしたDVD-BOX。需要がないからブルーレイにならずDVD止まりのグリッタちゃん。
こうして過去の想い出に浸って、一体何が変わると言うのだろう。笑顔でバトンを振り回すグリッタちゃんは何も答えてはくれない。
もううんざりだ。大きな溜息と共にレコーダーの電源を切り、居間のカーテンを開け放す。
「本日は曇天なり、か……」
雨が振りそうで振らない、どっちつかずで微妙な雰囲気。そうだ、あの時。『彼女』と出会った日もこんな空模様だったっけ。
もう戻れない、高校時代のイタイ想い出。
『――もういい! 死んでやる!! 死んでやるから!!』
なんて感慨に浸っていたのに。耳元にひりつく見知らぬ人の声。まただ。やめてよ。放っておいて。私にはもう関係ない。関係ないったら関係ないッ。
※ ※ ※
「アヤちゃーーーーん、おっはよーーーー!!」
「うるさッ。くっついて来んなっばかちは」
最寄りの武蔵五日市駅を下車し、ロータリーを西へと進み、学校までの長い長い緩やかな上り坂。
ただひたすらに歩いて十五分。無駄に長く不毛な道なれど、西ノ宮ちはるにとって大きな変化がひとつ。
「いいじゃん、いいじゃん。わたしたちまた友達になれたんだしさァ」
「それがあんたにとっての友達の距離? もっとヒトの普通を学べっつーの」
幼馴染で陸上部エースの東雲綾乃。道を違い、自分とは別のセカイを生きていた彼女と、このかったるい通学路を共に歩くことが出来る。
「じゃあちゃんと教えてよう。わかんないものはわからないんだしさァ」
「教えてやる。教えるからっ、まずは1メートル以上離れろぉおっ」
距離の縮め方に難はあれど、否と拒絶しないのは、そこに心地良さを感じているからか。排斥したくてしたんじゃない。向こうが歩み寄るなら、相応の礼を以て応えるまで。
故に、綾乃には解決しなければならない問題がひとつ。坂を登り、スーパー『いなぎや』に差し掛かったところで、見知った女子が横並びにふたり。
「おはよ、あや」
「ずいぶん仲良さそうじゃん」
こんな田舎の高校ですら、否だからこそか。通う生徒たちはスクールカーストの縛りから逃れられない。上位陣は運動が出来るかオシャレな子で占められており、ちはるのような底の底とは根本から話が合わぬ。
「チカ……マユ……」
綾乃は陸上で上までのし上がった実力者だ。そんな彼女が下の下と親しく接すれば、悪目立ちするのは自明の理。
「ちはる。先に学校行ってて」
「えっ。でも」
「いいから」
すがる幼馴染を後ろ手で引き剥がし、早く行けと顎で促す。如何に魔法が使えようと、この局面では何の役にも立ちはしない。
「分かった、わかりましたよう」
名残惜しそうに坂を登り、一度振り向いてまた登り、二度目のチラ見を綾乃に咎められ。ちはるは単身学校へと向かいゆく。
これがスクールカースト。自分と綾乃の居場所の違い。いきなり意識せざるを得なくなったちはるには、とても息苦しく感じるものだろう。
※ ※ ※
「むう。アヤちゃんってば。アヤちゃんってばさあ……」
ふくれっ面で坂を登り、学校前の最後の曲がり角。綾乃の姿は未だ視えず。余程話が込んでいるのか、それとも自分を見捨てたか――。
駄目だ、駄目だ。余計なことは考えるな。文句はクラスで思いっきり言ってやろう。角を曲がり、校舎がようやく視えてきたところで、これまた見知った白のシルクハット。
「おやおやおや。今日はご機嫌ナナメだよん?」
「う、わあ!?」
視界に入るなり声をかけられ、思わず飛び退いたと思ったら、向こうは背後に居て。冷えた手で転びそうな身体を支えられ、ちはるはようやく平静を取り戻す。
「あな、あなた。えぇと……。ファンタスティック?」
「惜しい惜しい。私の名前はファンタマズル。あなたの傍にすすっと参上。善良なアドバイザーなんだよん」
「へえ……」砂糖菓子のように甘ったるい声で、外套と帽子の下は一切視えず、それでもなお自らを善良と宣うか。
「それがどうして、わたしのところに?」
「キミが駄目駄目だと色々都合が悪いからだよん」シルクハットの変人はそこに『それと』と付け加え。「右後ろの電柱の裏。駅からずぅっと、キミたちを尾けてる娘がいるよん」
「え?!」
言われて背後に振り向けば、咄嗟に隠れた影一つ。じっと見ていても動きはない。こちらがソッポを向くのを待っているのか。
「誰か……いるの? なんかする気ならこっちも」
「ひぁっ!? ナンデ!? なんで!?」
あれで隠れたつもりなのか? どうしてあぁも動揺する? 電柱からまろび出た影は、体勢を崩して尻もちをつく。
(うちと……同じ制服)
黒寄りの青。濡れ羽色の長い髪をかき上げて、赤のシュシュで束ねたハーフアップ。こなれた髪型と相反するように、膝どころか脛まで覆った長いスカート。
何よりちはるの興味を引いたのは身長だ。標準丈の上着の下に纏ったクリーム色のカーディガン。袖から手が出切っておらず、向かい合えばその差は頭一つ分。とても同級生には思えない。
「か、かわいい……!」
まるで買って箱から出したばかりの着せ替え人形だ。まだ『色』がついておらず、ダサい服装がより一層本体の可愛らしさを際立たせている。
「かっ、かわ……?!」
ちはるからしてみれば、それは出来得る限り最高の褒め言葉だったのだが、どう受け取るかは向こう次第。
それが悪手と知ったのはすぐ後だ。少女の顔が恥辱に染まり、唇をぶるぶると震わせている。
「可愛い?? カワイイってなんだ! ボクか? ボクのことを可愛いと! よくも! よくもそんなことを!!」
「えっ、ええ……?」
予想外の反撃に圧倒され、今度はちはるがたじろぐ番だ。大仰に四・五歩たたらを踏み、校舎の壁に背中を打ち付けてしまう。
「誰にも! 二度と、カワイイだなんて言わせない! おぉ、覚えてろォ!」
「はあ」
余程気に障ったのか。目に薄っすらと涙を浮かべ、キンキン声で威嚇して自分より先を往く。
(なんで怒ってるんだろ)
人付き合いらしい付き合いに疎い彼女には、可愛いと言われて嫌われる女子の気持ちなどわからぬ。
肩をいからせ校門をくぐる少女の姿を見、西ノ宮ちはるは難しい顔で首を傾げた。
「ねえファンタスティック、あれって……」
動揺していて忘れていたが、ここにはもう一人知り合いがいる。忘れててごめんと周囲を見回すも、奴の姿はどこにもない。
「ファンタマズル。どうしてあの子に教えたの」
「キミは人付き合いが苦手だからね。少しは慣れておかないと」
校門を抜け、渡り廊下を走り続ける少女の姿あり。傍らには桃色の外套に白のシルクハット。
宝塚の男役めいた美声で話す”それ”に影はなく、鏡にも映ってはいない。
「ご心配どうも。あんたはボクのお母さんかなにか? いらないよ、そんなおせっかい」
「ヒトの忠告は素直に聞いておくべきだよリリ。創作には新しい刺激が必要さ。そうだろう」
「人。ヒト、ね……」
そんなナリで、今もなお自らを人と宣うのか。いつだってこいつといると調子が狂う。
「それより。使い魔は、計画は上手くいってるの」
「”ランタン”は働き者だ。もう少しで満腹になって帰ってくるさ。キミが、あの子を足止めしてさえ、くれればね」
「解った。解ってるって」
少女はだぼついた袖をがさがさと揺らし、廊下の窓から外を見やる。
あほ面を下げて門をくぐる西ノ宮ちはる。彼女に侮蔑の目を向けながら。