かっこいいなあ、アヤちゃんは……
あと二回で章を〆ると言ったな
あ れ は 嘘 だ
切れ間に迷ったので二話分を強引にくっつけました。
いつもよりも詰め詰めです。
「ほらほらどーしたムキムキにわとり! わたしはこっち! こっちだよーん!!」
親友が現れ調子に乗っているのか、単に腹を括ったか。ちはるの動きは先より機敏。対応し飛んできた右の鉤爪をひらりと躱し、魔物の背後に回り込む。
「よっしゃがら空き! 喰らえ必殺ゥ」
「待った! ちょっと待ったァ」
得物たるバトンを両手で構え、声を上げての必殺技。決まれば一発、これこそ必殺。
だが、友たる綾乃がそれを静止。周りを見ろと声を荒げる。
「どうせ”アレ”でしょ? 撃つ場所考えろ。何もかもめちゃくちゃにするつもり?!」
「ふえ、え?」
シュテルン・グリッタ・スターバーストは、原典に於いて雨雲を吹き飛ばし、天候を変える必殺技だ。現に、昨日ちはるが放った際は周囲の木々を千切り飛ばし、大穴は開いたまま放置されている。
「じゃ、じゃあ。どうしろっていうの?!」
「知らないわよ! 何とかできるの、あんたしかいないんだから!」
命のかかった状況だというのに、両者の身のこなしは軽やかだ。迫る大振りを片やジャンプで、片やバックフリップで難なく躱す。
未だに謎だが、これまで無差別に女子を喰らっていたニワトリは、この二人を前にすると照準が定まらず、致死の一撃も空振るばかり。狼と違い一言も人語を介さないが、焦燥を覚えていることは解った。最早形振り構ってられないと、全身に紫紺の魔力を漲らす。
「ちょ?!」
「あや、ややちゃん!?」
瞬間、ニワトリの腕に翼が生じ、次いで放たれた錐揉み回転のコークスクリューブロー。
狙いは右側に立つ綾乃だ。彼女は飛び退いて躱さんとするが、爪の先が彼女のリボンに引っかかる。
「やだ……やだやだやだ! 何よ、何すんの!」
回転を利用し、そのまま自分の元へと抱き込んで着地。大口を開け、綾乃を呑み込まんとする。
「アヤちゃん!!」
叫んだところで意味は無い。綾乃が呑み込まれるのを黙って視ているか? 否、否否否!
――ちぃちゃん、ちぃちゃん。
なんとかしなきゃ。何をすれば。動揺するちはるの脳裏に、いつかどこかで聞いた声が響く。
――答えなら既に出てるでしょ? あなたはこれまで、何を見てきたの?
「ナニって……そりゃあ……」
自問自答の果て、至る答えはただひとつ。グリッタちゃんの技はスターバーストだけだった? そんなワケがない。思い出せ、彼女の魔法は、もっと沢山あったはず!
「そうだ……。そうだよ! あるよ、あった!!」
構えたバトンを改めてニワトリに向け、真ん中のスイッチを二度、その横のボタンを一度。子どもの頃からずっと行ってきたなりきり動作だ。間違えるわけがない。
「喰らえにわとり! 必ぁああ殺!」
――シュテルン・グリッタ・ステラブレぇええイク!!
玩具らしいチープな音と共にバトンの先が青色に発光。中心部に光が収束し、握り拳大の星型を取る。
シュテルン・グリッタ・ステラブレイク。原典14話において先の見えない炭鉱に落っこちたグリッタちゃんが放った青の光弾。一直線に飛ぶその輝きは、崩れやすい岩々を一切刺激せず、ただ出口への道を切り拓いた。
今眼前で広がる光景は、かつてテレビで観たものとそっくりだ。放たれた光弾はニワトリの腹を星のマークに穿ち、それ以上の行動を許さない。
「おぉ、おっ?!」
魔物の腕から力が失われ、吊られていた綾乃の身体が解き放たれた。受け身も取れず尻もちをつき、目の前の光景を見届ける。
「やっ……たの?」
ちはるの魔法が強大なのか、魔物の方が脆弱なのか。腹を貫かれたニワトリは喉袋から黄色い光を放出し、その身体は塵と消えゆく。
「そーだよ。やったよ、わたしが!」
怯んだままの綾乃の前にはにっこり笑顔の幼馴染。大技はやめろと枷をはめ、それを守って倒して見せた。
「解った。わかったわよ」認めなければなるまい。今自分が置かれた事態と、幼馴染が持つこのチカラを。
「ありがと。あんたと、そのチカラに救けられた」
「ふふふ。ふふふのふ。でしょでしょ? わたし、すごいでしょ?? サイッコーでしょ?!」
「そうやって調子に乗らなきゃね……」
でも、今だけは悪い気がしない。当人に言うでもなく、綾乃は心中そう独りごちた。
※ ※ ※
陽の光に恵まれず、月光のみがこの国を照らすセカイ・グレイブヤード。小高い山の上に立つ居城は魔術に長けた賢人たちの住処であり、女王の威厳を表したものである。
「馬鹿な……、馬鹿な馬鹿な馬鹿な!」
「一度ならず二度までも、我々の配下が敗れ去るなんて!」
その城内は今、外界の話題で持ちきりだ。餌の回収と拠点造りを任せた使い魔が、魔力の痕跡を残し消滅したのだから。
「コカトリス……。あの大間抜け。お姉様に良い格好がしたいからと専横を!」
「敵が何で、如何にしてやられたのかすら持ち帰らず、向こうで勝手に野垂れ死んで! なんという恥知らず!」
死人に口なしとはよく言ったものだが、二人の言い分も尤もだ。ニワトリの魔物は狼男と違い、陽のあたる場所で消滅したため、此処には何の情報も入っていない。
「どうやら、私たちは敵を甘く見ていたようね」
妹たちが怒りに震え当たり散らす中、椅子に座した長女プレディカが、落ち着き払った様子で口を開く。
「一度だけなら偶然。なれど二度続けばそれはもう必然。相手は私たちを敵と見なし、戦う支度を整えている」
このまま手を拱いていては、主たる女王にまで被害が及ぶ。それだけは絶対に阻止しなくてはならない。
「お姉さま。私を外へ! 必ずや敵の首を刎ねて見せます」
「出しゃばらないでトウロ。それは私の役目。姉さまや女王の寵愛を賜るのもね」
「何を! ほんの少し早産まれだからって姉面する気?」
「クチも軽くて脳タリン。そんな奴が外に出たところで、コカトリスの二の舞だわ」
それでもなお、手柄を競い足並みが揃わない。任務に対し血気盛んなのは良いことだけれども。長女は下二人の口論を眺めつつ嘆息する。
「こらこら、喧嘩しない。そもそも、今すぐあなた達が出てゆくのは不可能。分かってるでしょ?」
此処グレイブヤードと現世とは、女王が作った『通り道』によって繋がっている。侵攻が目的なら何故動かない? それはゲートそのものがとても不安定で、賢人たちのように膨大な魔力を有した存在は、中で反発を起こし、向こう側まで辿り着くことができないからだ。
「敵の排除は急務。だけど、まずは地道に地固め……」
その先の段階に進むには、外界に棲む者たちを喰らい、存在格を確立させなくてはならぬ。
使い魔を放ち、その進捗を気にするのもそれが事由。将を射んとするものはまず馬を射よ。彼女たちの目標は今なお果てしなく遠い。
「コカトリスに黙祷を捧げましょう。そして次の使者を放つのです。我々に今出来るのはそれだけ」
プレディカは言って背後に目を向ける。先程まで何も無かった場所に不気味な影。
白のシルクハットにピンク色の外套。目深に被っていて顔は見えず。陰気な雰囲気を漂わせている。
「入り用か」
「ええ。不本意ながら」
その顔に浮かぶのは明らかな侮蔑。温和な彼女には似つかわしくない表情からして、歓迎されていないことは明らかだ。
「任せろ。私はお前たちの同盟関係。失望させないなら、協力は惜しまない」
「その点に関しては、ご心配なく」
出来ることなら奴に頼りたくはないのだが。プレディカは心中独りごち、仕方なしに嘆息する。
「新しい使い魔をお願いします。『ファンタマズル』」
「良いだろう。暫し待て」
ハットの何某が告げた名前は、西ノ宮ちはるの前に現れた者と同じもの。
果たしてこれは偶然か、それとも――。
※ ※ ※
「いいの? 今五限目でしょ。チャイム鳴っちゃったよ」
「あんた、おたくのくせにそういうとこマジメよね」
ナナカマド高から坂を下って徒歩十分。西ノ宮ちはると東雲綾乃はスーパー『いなぎや』店頭カフェスペースの一角を陣取り、缶ジュースをちびちびと啜っていた。
「折角皆寝てるんだから、午後の授業サボっちゃいましょうよ」
そう提案したのは綾乃だ。目を覚まさないが息はある。皆一様に倒れているのなら、目覚めを待つより気晴らし優先。「それはちょっと」とごねるちはるの手を引いて、堂々と校門を出て行った。
「あぁ〜……。皆がガッコで授業受けてる間に飲むオレンジジュース! 最ッッ高……」
「言うほどのことぉ? 別に、フツーに105円のバヤリースじゃん」
「分かってないわねちはる。味じゃないの味じゃあ。背徳感よ。自分ひとりが校則破ってこんなことしてるの。それがサイコーなんじゃない」
ナナカマドの陸上トップ、誰からも羨まれる存在である綾乃。裏を返せばそれだけ睨まれるということ。常日頃日陰におり、誰からも顧みられないちはるには、その辺りの機微は理解出来まい。
「いいよ。わかんなくて。でもさ」
ちはるはぐいと身を乗り出し、手にした缶を綾乃に向けて。
「お疲れさまならまずこれっしょ。かんぱいかんぱーぁい」
彼女はいつだって真っ直ぐで、裏がない。十年近い隔たりがあってなお、こうして笑顔で人を迎えられるのか。
「わァった、わかったから。顔が近い。近いっての」自分はこの単純さに救われた。いや、これからもっと救われるのかもしれない。
「はいはいお疲れ。乾杯」
これで許されるとは思ってない。すぐにあの頃の関係には戻れないだろう。だからこれはその一歩。向こうから歩み寄って来たのなら、自分はそれに応えるまで。
「えへへ。これでまた、友達だねっ」
「あんたは、そう……思う?」
「ちがうの?」
つぶらな瞳をこちらに向けて、謀りなんてない顔で。そんな風に言われるとどう返してよいものか。
「ねえ、どうなの? どうなの?」
「ば、馬鹿。顔が近いっていってるでしょーが」
言葉に詰まって悪態をついてしまったが、言わんとすることはきっと伝わっているだろう。東雲綾乃はぎこちない笑顔で乾杯に応じ、缶と缶とを突き合わす。
『ご覧。あれがキミの敵。欠けた片割れの所有者さ』
「まさか、こんなに近くにいたとはね。『キャンパス』と対を成す、ペンの使い手……!」
その遥か後方。物陰で二人を見守る者が居るのに気付かぬまま。
…………
……
…
「カッコいいなあ、アヤちゃんは」
あの時友情を誓いあった親友は、おしゃれな服着て雑誌に載って、此方を向いて微笑んでいる。
いいや、その笑顔は私でなくカメラマンさんに向いたものか。短かった髪は肩まで伸びて、今の仕事はファッションモデルと来たもんだ。
これからはずうっと友達。それが何より嬉しくて、意味もなく舞い上がって怒られたっけ。
あの日が何もかものはじまりで、今もなお続く『呪い』のスタートライン。
なんでこんなことになっちゃったかなあ。もしも過去に戻れるならば、こんなことは止めて真面目に生きろと私自身を叱れただろうに。
「行きたくないなあ、明日の仕事……」
靴擦れで痛む足をさすり、掛けっぱなしの『制服』に目をやる。これもあと何日使うのか。その日暮らしの根無し草。今の私じゃ、昔とは別の意味で釣り合わない。
今は寝よう。眠って全部忘れよう。
03.ごしょーらんあれ、キラキラチェンジ!、につづきます。
次回、敵の大ボスが登場するぞ! お楽しみに!