ちょおおっと、待ったぁ!!!!
だいたいひと月でひとつの章を終わらせられるようにしてゆきたいです。
本章はおそらくあと二回で終わるかなと。
「アヤちゃーん、アヤちゃんってばさあ……。まさかホントに置いてくことないじゃんさー」
時計の針が十一を差し、三時限目の授業もたけなわといった頃。西ノ宮ちはるは幼馴染に拒絶され、倉庫の中で途方に暮れていた。
戸を引くも、外からの支え棒で微動だにせず。引いて駄目なら押してみなと体当たりを試みるも、弾き返され自分が痛い思いをするばかり。
当然、外で何が起きているかなど、彼女には知る由もない。
「まさか……。見捨てられたり、しないよね?」
粗方抵抗し尽くして、打てる手が無いと判り、ようやく事態が飲み込めてきた。自分がここに居ると知るのは綾乃だけ。他には告げていないし、告げるような友達もいない。そもそも話した所で助けてくれるかどうか。
「やば、やばやば……。ど、どど、どうしよう……」
不意に鳴ったお腹の音に怖気を感じ、不安に駆られ歯の根を鳴らす。このまま誰も来なかったら。自分のことなど皆が忘れてしまったら。駄目だ、駄目だ。考えるのもおそろしい。
(いや、待てよ)
ヒトは窮地に立たされると第六感が働くとはこのことか。制服の下で不自然にがさつく衣擦れ音。スカートを捲って見てみれば、丈の長いプリーツスカートの下に、クリーム色のパニエがみっちり。
「そうだ……。そうだよ! わたし着てたじゃん! グリッタちゃんだったじゃん!」
灯台下暗しとはこのことか。ちはるは制服を脱ぎ捨て、グリッタちゃんの装束を外に出す。
「よぉっし、準備かんりょーっ。よくも閉じ込めてくれたなアヤちゃんさん。このキラキラ少女グリッタちゃんが成敗だぁーっ!」
しからばまず何をする? あの生意気な幼馴染をとっちめる。単純かつ幼稚なちはるのアタマが、導き出したる最適解。
「グリッタ☆フュージョンゲーーーートっ!」
背中に隠したステッキを掲げ、その場でぐるんと一回転。虹色の靄が眼前に現れ、ヒト一人通れる形で定着する。
彼女は一体どこへ行った? 考えるまでもない。始業のチャイムはとうに鳴った。他に行くべき場所は無い。
「ごーごー、いざいざ我が教室!」
自らがどんな格好をしているのか。それを観て他が何を思うのか。ちはるにとっては些細な問題だ。迷いなく靄に飛び込み、鍵のかかった倉庫を抜け出した。
「さあって、と……おぉ、お?」
勇んで飛び出したのに、迎えるヒトは一人もなく。そこに在るのは嵐が通ったかのように荒れ狂う机と椅子だけ。
「アヤ……ちゃん?」
未だ昼にもなっていないのに。教師の小うるさい声も、ノートを取るあの独特のカツカツ音も、何もかも聞こえない。
「ナニ、コレ」
怒りの炎はとうに消え、ちはるの内に困惑が渦巻く。
綾乃は、一体どこへ行った?
※ ※ ※
「や、やめ、やめて……」
「なんなの、こいつ、なんなの!?」
机を立てて即席のバリケードを作り、その後ろで女子二人が歯の音をかたかたと鳴らす。
彼女たちの目線の先にはニワトリの頭に筋骨隆々とした身体の不気味な魔物。喉に当たる部分が半透明になっており、中には縮小化された人間の手足が複数飲み込まれている。
(あれって……。昨日校舎に出た化け物と同じ)
背格好はだいぶ異なるが、醸し出すヒトならざる雰囲気は先の狼男とほぼ同じ。綾乃は頬を抓り、これは夢だと自らに言い聞かすが、続く痛みが現実だと訴え掛けてくる。
あいつは。似た姿の狼男は何をした? グラウンドに居た者たち総てを胃の腑に落とし、自分も喰らうと宣った。
半透明の中で蠢く手足はそういうことなのだろう。では残る三人は? 抵抗虚しく喰われるだけだ。
ならば、どうする? 答えを決めあぐねる綾乃の目に、心底怯えて動けないクラスメイトのそれが重なった。
「ええい、ままよ!」
特別親しい訳でもなく、対策だって何もない。それでもなお、綾乃は無意識のうちに駆け出していた。
勢いよく戸を開け放し、背後がお留守のニワトリ頭に、体重の乗ったドロップキック。
「来やがれ化け物、あたしはこっちだーーッ!」
声を上げ、自分の姿を向こうにアピール。ニワトリが頭を起こし、此方しっかり見咎めた瞬間、回れ右して全力ダッシュ。
「思った、通り!」
ニワトリ頭は教室に残る三人を無視し、引き戸を出て綾乃を追う。肉食獣は本能的に隠れ潜む獲物より、走って逃げるターゲットを追い回す。図体がデカかろうとあれはけもの。非効率でも自らの習性には逆らえぬ。
「んで。後は……」
あれを何とかできるのは、大人気なく変身ヒロインの衣装を纏った幼馴染だけ。この教室からスタートし、あの倉庫まで、曲がり角を含めても50メートル。
一拍遅れ、ニワトリが廊下に躍り出た。双方の距離は目算で3メートル。これなら行ける。恐れることはない。
(本当に、それでいいの?)
なんて声をかけたのは、果たして誰だったのだろう。息を弾ませ、必死に逃げる綾乃の胸に、ちくりと響く後ろめたさ。
今の今まで邪険にしていた幼馴染に、どの面下げて助けを乞うの? そんな資格が自分にあるの?
馬鹿なことを言うな。現に、クラスの九割があの喉袋の中に詰め込まれているのだ。何とかする手段があるのなら、それにすがるのは当然ではないか。
これしかないと解っていながら。犠牲が出ていると自分を納得させながら、それでも綾乃は煮え切らずにいる。
邪魔するのは面目のなさ? 格下の彼女に対する矜持や掌返し? それもある。間違ってはいない。しかし根底はそこじゃない。きっと、それは――。
(駄目だ。考えるな……!)背後にちらと目を向けて、続く考えを強引に打ち切る。化け物と綾乃との距離は僅かに五メートル。気を抜いて足を止めれば、即座に自分も頬袋の栄養の仲間入りだ。
あいつに、なんとかしてもらわなきゃ。ちはるなら何とかしてくれる。その一心で倉庫まで辿り着き、付いたままの鍵を回し、ちはるに発破をかけんとするのだが。
「い……ない?!」
窓のない、鍵のかかった部屋でちはるだけが姿を消している。何故か、と理由を考えるのに意味はない。昨日彼女は遠く離れた学校裏の山まで、自分を捜して飛んで来たのだ。
「なんで、なんでなんでなんで! なんでなのよッ」
理由が解っていてもなお、当たり散らさずにはいられない。左の平手で扉を叩く。
今この状況をなんとか出来るのはあんたしかいないのに。あんたが望んでた事態でしょう? これを救うのが魔法少女なんじゃないの?
「違う……」
などと言い訳を並べ立てたって、理由が何処にあるのかなど自明。自分が夢だと撥ね付けたから。うざい奴だと遠ざけたから。逃げてしまうのも当然だ。もし同じ立場なら、ふざけるなと張り倒すくらいはしただろう。
「で。もちろん……こうなるわよね」
黒板を爪で引っ掻くような雑音と共に、何一つ迷いのない足音。反応して背後に目をやれば、ニワトリ頭か距離を詰め、自分を喰わんと大口を開けた姿が飛び込んで来た。
(もう、駄目なの……?)互いの距離は目算二メートル。向こうは駆け足を止め、鋭い鉤爪を備えた両手を掲げてにじり寄る。
打てる手はもうない。自分は良くやった。願うのは残る三人の安否と、分かってやれずに突き放した幼馴染のことだけ――。
「ちょーーっ、と! 待ったあ!!」
どたどたと、運動音痴特有の走り慣れていない足音。切迫した状況に似つかわしくない間の抜けた声。
次いで放たれた不格好なドロップキック。体重の乗った両足を喰らい、ニワトリの顔がリノリウムの床にめり込んだ。
「余計な手間ぁ、かけさせちゃってぇ……生意気!」
よろよろと身体を起こし、間の抜けた口上と共に、慣れないながら人差し指を突き付ける。
(来て……くれた?)
あれが彼女じゃなくて何とする。桃色のオフショルダードレスにサイハイブーツ。十六にもなって臆面もなくコスプレに興じる、自分のどうしようもない幼馴染。
「見付けたぞォ怪物! おまえの悪行はたとえ天が許しても、グリッタちゃんであるわたしが! ゆるさなーいっ!」
西ノ宮ちはる。今この場でただ一人、意味不明なこの事態を打開出来る魔法少女!
「ちはる」
彼女の顔を観た瞬間、綾乃の心に浮かんだのは安堵ではなく罪悪感だ。彼女の言葉に耳を貸さず、本当だったと手のひらを返し、救いを求めた身勝手さ。
ニワトリを蹴り飛ばし、むすっとした顔で此方に迫り来る。怒るだろうか。怒られて当然だ。自分は彼女を裏切った。現実を直視せず、適応できない幼馴染に唾を吐きかけて。
「アヤちゃん!」
「は、はい!」
幾らか怒気の籠もったその声に、縮み上がって裏返る。続く言葉に恐れを抱き、目を閉じ震える綾乃だが――。
「ほら、アレ観て、アレ! いたじゃん! ばけもの、ちゃーんといたでしょ! わたしはなんにも間違ってない! 間違って無かったじゃん!」
「は、あ……?」
返ってきた言葉は全く予想し得ないものだった。見捨てたり、都合よく頼ったことを咎めもせず、ニワトリの方を指してあれを視ろと言うばかり。
「だから協力してって言ったんだよ! わたしたちふたりでやっつけるの! やろうよ、一緒に!」
そう言って手を握る幼馴染の顔は、十年前に庭で遊んでいた時と何も変わらなくて。
(あぁ、そういうことなのか)
西ノ宮ちはるはどこまでも純粋なのだ。自分のセカイにのめり込み過ぎて、他に交わる術を知らない。だからずっと一人でいられた。居ることが苦じゃなかったのだ。
そんなあいつが、救いを求めて手を伸べている。自分はどうする? 決まってる。
「なんか、調子狂うなァ」綾乃は伸べられた手を掴み。「わーった。わァったわよ。あんたの勝ち。勝ちでいいから」
「ふふふのふ。なんだか昔みたい」
「思い出したかないけどね」
ニワトリが起き上がり、ちはると綾乃を交互に見やる。何を迷っているのか、狙いがどちらかに定まっていない。
「そんじゃ、一気に行くよ!」
「はい、はい」