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88.聖女との最終対決


 クリストファーが言うには、あとは正しい手順で特大魔法を放てばよいとのことである。――確かに魔力の流れを作るには、実際に出力してみるしかない。それによりわだちのような跡ができる。


 ヴィクトリアはかなり疲れていたので、クリストファーにお任せしようかなぁ、なんて考えていたらば、災厄は忘れた頃にやって来るというやつで、瞳に狂気を宿したメリンダ・グリーンが飛ぶような勢いで通りに躍り出て来たのだった。


 クリストファーが立ち上がろうとするので、それを制する。


「私がやる」


 訝しげにこちらを見おろすクリストファーに向かって、ヴィクトリアは微かに口角を上げてみせた。


「君はまだ安静にしていたほうがいい」


「馬鹿言え。あれは私の獲物だ」


 積もり積もった恨みがある。それにメリンダの殺意はヴィクトリアに向かっているのだから、ここで決着を着けない限り、あとに厄介事を持ち越すことになる。


「――ヴィクトリア・コンスタム、このようなおぞましい怪物を手なずけて、人類にあだなす悪魔め!」


 メリンダ・グリーンは絵に描いたような粗忽者だと思っていたのだが、この土壇場で驚くべき閃きを発揮した。この女にしてはいい線をついている。――確かにヴィクトリアは人間たちにとって危険な存在だ。


 メリンダが手順にのっとった印のようなものを結ぶと、彼女の身体が光に包まれた。現時点ではまだ魔力の逆流は起きていないが、聖剣を引き抜いたので栓が抜け、魔法をフリーで使える状態になっている。


 しかし聖剣で道しるべを作っていない状態での、極大魔法の行使は大変危険だった。原理を知らないにしても、感覚的に分かっているはずだ。


 メリンダ・グリーンは我を忘れている。――いや、忘れたフリをしているだけかもしれない。たぶんこの女は何もかも分かっていて、その上でどうなっても構わないと思っているのだ。


 背後から小さな足音が響いて来たので、振り返ると、コーンドッグ屋の婆さんが立っているのが見えた。カゴいっぱいに包帯だの薬瓶だのをこんもり詰め込んで、右手に提げている。


 ……婆、逃げろって言ったのに。ヴィクトリアは半目になってしまった。ああ、もう、畜生、いつもこんな役回りだな。


 メリンダ・グリーンはそのまま詠唱を始めた。近くに婆さんがいるにも関わらず、だ。ヴィクトリアが防ぎきれなければ、あの婆さんは死ぬだろう。


 ――上等だ、このクソ女。ヴィクトリアの瞳が凶悪に煌めく。


「アウト・インウェニアム・ウィアム・アウト・ファキアム」


 メリンダの声が朗々と辺りに響く。光の柱が立ち上った。それは眩いほどに白く、皮肉にも神々しく美しかった。


 しかしこれが滅びの光であることが、ヴィクトリアには分かっていた。過ぎた力は災いを生む。


 水面を小枝で撫でるように、ゆらりと聖剣の先を動かす。メリンダがこじ開けたルートを感覚的に探る。これは高度な操作なので、本来クリストファーがやるはずだったが、乗りかかった船である。迎撃ついでにルートを固定してやろう。


 持ち手のあたりでパチリと青い光が弾けた。次いで赤い光。それらは茨のようにヴィクトリアの手の甲を伝い、剣先へと逃げていく。青と赤の光が爆ぜて反発し溶け合う。それらは儚く消え去るように見えて、やがて大きなエネルギーの塊となり、うねり始めた。


 そのあいだも聖女は長い詠唱を続けている。茫洋と広がる光柱は輝きを強め、やがて引き絞られるように形を変えて行った。矢尻のような切っ先が、真っ直ぐにヴィクトリアに向けられている。


 ヴィクトリアも詠唱を始めた。それは唇から零れ出る前に中空に吸い込まれ、時空の狭間へと消えて行く。


 彼女の長い亜麻色の髪がふわりと舞った。神々しいようでいて、どこか禍々しい。美しく整った面差しに乗せられているのは、原始的な怒りの感情だろうか。ヴィクトリアは野生の狼のような獰猛な瞳で、メリンダ・グリーンを見据えていた。


 聖女は手加減をしないつもりのようだ。ヴィクトリアがしくじれば、背後にある町が消し飛ぶ。聖女が放った極大魔法で。


「――お前のような悪魔に、この世界を壊させるものか」


 メリンダが驚愕の決め台詞を口にした。まったくどの口が言うんだ。


「イフリートもろとも消し去ってやる」


 すでに陣は完成しているのに、聖女はさらに魔法を重ねがけした。厚みと光度がさらに増す。


 空間が軋むのをヴィクトリアは知覚した。――この欲張りめ。無理に引き出そうとするから、世界のバランスが崩れかけている。


 イフリートも臨戦態勢に入っていた。ヴィクトリアのそばで翼を広げ、あるじを護るように控えて、その時を待っていた。


「消えろ、ヴィクトリア・コンスタム!」


 正面から力が激突する。聖魔法と暗黒魔法。


 しかし聖剣を介しているせいか、ヴィクトリアの魔法はそれぞれの属性が溶け合い、淡く輝き始めた。聖女の放つ光よりも、柔らかな色合い。それはまるで夜が明けたあとの、穏やかな朝日のようだった。


 元々魔王が得意としていたのは氷の魔法だ。対し、勇者が得意としていたのは炎の魔法。――氷と炎は相反する力であるはずなのに、聖剣を介すと、不思議なことにその先で融合する。


 剣先から溢れ出した魔力が、聖女の魔法をなんとか凌いでいた。とてつもない圧力がかかり、空間の軋みが増す。


 わずかに押されてヴィクトリアの腕が震えた。――三百年という気の遠くなるブランクのせいか、慣れない聖剣を用いているせいか、上手く魔力をコントロールできない。


「ヴィクトリア、目を閉じろ。僕の気配を辿れ」


 いつの間にか近くに来ていたクリストファーの、落ち着いた声音。


 なんだか妙に安心する。彼の気配を追っていくと、やがて一本の糸のような光が見えた。それを手繰り寄せる。あと少し。あと少し。


「今、言うことではないけれど」


 彼が一旦言葉を切って、ヴィクトリアの耳元で囁いた。


『――愛している』


 その瞬間音が消えた。聖女が踏み込んで来る。ゼロ距離でのぶつかり合いだ。


 先走った魔力同士がかち合う。閃光と爆発。力が暴走しかけるのを、気力で抑え込む。


 ――負けるものか。ヴィクトリアは足を踏み出した。前傾姿勢になり、勢い良く踏み込む。


 世界は白一色に包まれている。それは眩いほどの光。


「――くたばれ、メリンダ・グリーン!!!!!」


 渾身の力を込めて剣を振り下ろす。ヴィクトリアが放ったその一撃は、空間を切り裂きメリンダへ向かった。


 とてつもないエネルギーが押し返されてくる。押し合い圧し合い――ここが正念場だ。ヴィクトリアは腹の底から怒鳴り、さらに力をねじ込んだ。


 とてつもない量の魔力が足先から入り、身体を突き抜けて行くのを感じた。しかし聖剣が上手くそれを逃がしてくれる。


 さらに大きな閃光に包まれ、メリンダ・グリーンの身体が光の中に押し込まれた。そして彼女の身体は一瞬のうちに消し飛んだ。



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