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69/89

69.ですってよ、殿下


 リンレー公爵夫人の前髪を引っ掴んで引き倒そうとしていたバス夫人が、呆気に取られて動きを止めた。


 ヴィクトリアは不機嫌をそのままおもてに乗せ、侮蔑的な視線を彼女たちに据える。


「――今はわたくしが話しているの。騒がしいのはごめんだわ」


 バス夫人は顔を強張らせてゆっくりと腕を下ろした。


 ――よろしい。まだこちらのターンは終わっていないのだから、大人しくしていなさい。


 それからヴィクトリアは嗜虐的な流し目を、リンレー公爵夫人の取り巻きその二と、その三へ向ける。その二、その三のドレス再利用計画はもっとずっとお粗末である。互いの持ちものを交換し合うという、仲良しこよしぶり。着ている人間が変われば印象も変わる。だからバレるはずもないと、高を括っていたようである。


 ヴィクトリアはその二、その三についても、等しく血祭りにあげていった。あなたのそれは、いつどこどこで着ていたもので、あの晩はこんな事件が起こって、云々。


 ――ところでどうしてこの日の夜会では、皆が皆、着回しのドレスを身に纏っているのだろう?


 その答えは、上流階級御用達のドレスメーカーが突然供給をストップしたためだった。これは例のドレス奴隷工房が閉鎖してしまったことが影響していた。


 ご婦人方はこの事態に激しく混乱したものの、お洒落に格別うるさいリンレー公爵夫人一派以外は、割とゆったり構えていたようだ。ドレスは沢山持っているし、当面はありあわせのものでまかなえばいいわ、と。


 しかしこの事態にリンレー夫人は怒り心頭で、今朝方も屋敷で使用人に当たり散らした。その苛立ちが解消できぬまま夜会に参加したところ、野暮ったい格好をしたヴィクトリアを発見したので、舌なめずりをして近寄り、今に至るというわけだった。


 ――この時、騒動を傍観していたとある婦人が、拭いようのない違和感を覚えていた。ヴィクトリア・コンスタム公爵令嬢は、ずいぶんと優秀なブレーンを味方につけたようだ。あの葡萄色のドレスを身に纏った少女が何か囁いてから、ヴィクトリア嬢の反撃が始まった。見たところ二人の関係性は、ヴィクトリアが『主』で地味な少女が『従』らしい。


 しかしだとするとおかしいのだ。


 というのも、取り巻きが最良のドレスを着ているのに、それより上位者であるはずのヴィクトリア・コンスタム公爵令嬢が、あのみっともないドレスしか手に入らなかったというのは、どうにも筋が通らないからだ。一体どんな事情があるのか。


 それに自分はやはり、あの少女を見た覚えがある。特徴的なあの素晴らしいドレス――記憶のどこかが刺激され、欠けていたピースが脳内でカチリと嵌った。


「――あの子は、お針子のシルヴィアだわ!」


 謎が解けてスッキリしたので、つい声も大きくなっていた。この発言は騒動が一段落しかけていたこともあり、会場の遠くのほうまで届いた。


 このワードに刺激されたのか、記憶が戻った面々が口々に声を上げ始める。


「そうだわ、お針子のシルヴィアよ! 腕が良かったのに、突然姿を消してしまった」


「けれど彼女がいなくなっても、素晴らしいドレスは供給され続けていたわ」


「同じレベルの職人がいるのかと思っていたけれど」


 戸惑いが会場全体に広がっていく。


 ――そう。ヴィクトリアが夫人方のドレスの着回しを暴けたのは、シルヴィアのおかげなのである。ドレスを作成した本人なので、細かい点まで覚えていたわけだ。


(ちなみにゴシップ関係の情報は、パメラ・フレンドとカサンドラ・バーリングが協力している)


 あの奴隷工房を制圧した日、ヴィクトリアは少女たちを屋敷に連れ帰った。これによりお針子のシルヴィアも仲間に加わった。彼女が『役に立てる』と言うので、この夜会に連れて来たのだ。


 ――それにしても、とギャラリーの関心は、ふたたびヴィクトリアのドレスへと移った。シルヴィアを抱えているのなら、なぜ彼女はドレスを仕立てて貰わなかったのだろう?


 その点にリンレー公爵夫人もようやく気づいたらしい。――もしかするとこれが突破口になるかもしれない。夫人は乱れた髪もそのままに、ヒステリックに喚き始めた。彼女は今物事を冷静に考えられる状態になく、ヴィクトリアのドレスを責め立てさえすれば、自分のミスを帳消しにできるのだと信じていた。


「ヴィクトリアさん、だけどあなたのドレスがみっともなくて野暮ったいことは、事実だわ。お針子のシルヴィアよりもダサいドレスを身に纏って、あなたは公爵令嬢として恥ずかしくないの? ――それにその安っぽいイヤリング! なんの宝石かと思えば、ターコイズ! はっ、ターコイズ? 笑えるわ、エメラルドでもルビーでもダイヤでもなく、安っぽい石ころのターコイズを身に着けるだなんて! まるで娼婦のお洒落ね!」


 ――おやまぁ。ヴィクトリアはこれに口の端を上げていた。言うにこと欠いて、イヤリングを貶すとは。終わったな、リンレー家。


「リンレー公爵夫人、あなたに見る目がないことが大変残念ですわ。これからこの石は高値で取引されることでしょう。なぜならこの私が身に着けた石だからです」


「思い上がりもはなはだしいわ、この馬鹿娘!」


「ターコイズを侮るならば、贈り主に直接申し上げたらいかがかしら、リンレー公爵夫人」


「ええ、ええ、いいですとも、その間抜けをここへ連れてらっしゃい! どうせ貧乏人に貢がせたのでしょう。まともな地位にいる人間ならば、そんなものを贈りはしないのだから!」


「――ですってよ、殿下」


 ヴィクトリアがそう言い放つと、場がシンと静まり返った。



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