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64.終わり良ければ……


「――イフリートの卵がどこにあるのか、私には分かりません」


 エイダに確認したところ、結論はこのとおりだった。彼女が申し訳なさそうに告げる。


「まだ前世の記憶が戻っていないのです。お役に立てなくて、すみません」


 ヴィクトリアはこれを寛容に許した。


「実は私も記憶が戻っていないのよ。だから気にすることはない」


 端で聞いていたベイジルが、なんだか物言いたげにヴィクトリアを眺めている。その視線が『前世ってなんだよ、このあいだから』と訴えてきたので、面倒になったヴィクトリアは右手を顔の前で振ってみせた。


「説明が面倒臭いから、詳しいことはあとでエイダに聞いて頂戴」


 信じられないはしょり方だ。


「色々手伝ってやったのに、ずいぶんな言い草だな。ちゃんとお前の口から説明するべきだろう」


「誰から聞いたって、結果は一緒でしょ」


 なんつー乱暴な、とは思ったものの、ベイジルもまた面倒になって押し黙ってしまう。エイダが『あとで説明しますね』と控え目に告げてきたので、ベイジルはこれでだいぶ気持ちを持ち直すことができた。


 ――ああ、本当にいい子と婚約できて幸せだな。胸がじんわり温かくなる。なんだかんだヴィクトリアと関わっていると、日常の些細なことに感謝できるようになるようである。


「……そういえば」


 エイダが考え込むように視線を巡らせ、ぽつりぽつりと語った。


「少し前から、おかしな夢を見ていました。不思議な水色の玉が出てくるのですが、あれがイフリートの卵だったのですね」


「ふぅん、卵ってそんな色なのね。赤じゃないんだ。イフリートって火の魔物よね?」


「そうですね」


「卵の情報が全然出回っていないのよね。形くらいしか文献に残っていないし」


 するとここでカサンドラが口を挟んだ。


「卵はありませんけど、ここにはドレスだけはたんまりありますよ! あたしも裁縫が上達したし、ヴィクトリア姉さんには、最先端の衣装をプロデュースできます!」


 少々ズレてはいるが、一生懸命親分を喜ばせようとしているカサンドラの姿は、なんとなく微笑ましく映った。馬鹿可愛いというやつだろうか。特にヴィクトリアはこういうふうに懐かれると弱いので、口の端を上げて笑みを零していた。


「よし、分かった。次に着るドレスは、お前に全部任せるわ」


「やったー! 命がけで頑張りまっす!」


「ずるいわカサンドラ。仕上げは私のほうが上手いのにー」


 普段は落ち着いているエイダが、ムキになってこのNO.2争いに参戦する。――ベイジル危うし。決死の覚悟で好きな子を助けに来て、殴られても殴り返し、果敢に突入したというのに、ヴィクトリアに全てを奪われてしまった悲しき男。


「……人生って理不尽だ」


 ぽつりと呟きを漏らすと、いつの間にか距離を詰めていたマクドネルが、『あっしは味方ですぜ』と訳知り顔で気安く肩を叩いてきたので、これはこれでなんだかムカついてしまうベイジルであった。


 ――ところで彼ら、忘れていることがあって。


「あのー」


 遠慮がちな女性の声に皆が振り返ると、施設に収監されていた大勢の少女たちが、不安気な面持ちでヴィクトリアを見つめていた。


 ――そう、彼女たちは家族から疎まれてここに入れられた経緯があるので、帰りたくても帰る場所がないのだ。互いに支え合って生活してきたから、一緒に暮らしてきた皆が家族のようなものだ。離れ離れになるのも不安だという少女たちの顔を見ていると、ヴィクトリアの親分心が刺激される。


 ヴィッキーは『うーん』と難しい顔で少し考えてから、やがて悩むのも面倒になり、肩を竦めてみせた。


「じゃあ、とりあえずうちくる?」


 尋ねられた少女たちは戸惑った様子で顔を見合わせた。


「え、全員ですか?」


「屋敷は広いから大丈夫。いいから、いらっしゃい」


 ヴィクトリアの言い方があまりに軽いので、半分は疑い、半分はほっとしたような顔をしている。こうしていても仕方ないから行きましょうとヴィクトリアが促すと、


「えー!」なぜか帰る場所があるカサンドラがブーたれ出した。「この子たちだけ、ずるいです! この私めも、姉さんの家に置いてくださーい!」


「いや、お前は家に帰りなさいよ」


「いーやーだー」


 最後までカサンドラはゴネ続けた。そりゃもうオモチャを買って貰えない五歳児みたいにゴネ続けた。


 彼女の私生活が少し心配になってしまったヴィクトリアが『もしかして家族仲が悪いの?』と問うと、『いや全然仲良しですけど』との答えが返ってくる。


 これにはまったく、


「――とんだ我儘娘ね!」


 とヴィクトリアですら呆れ果ててしまったわけだが、端で聞いていたベイジルとしては、『その台詞、どの口が言うんだ』という気分であった。



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