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45.聖剣の門番


 そうこうするうちにマクドネルの店に着いた。初めてこの店を訪れたヴィクトリアは、なぜか瞳を輝かせて店内を眺めている。


 注文しようとして二人がカウンターに近寄ると、奥から出てきたマクドネルがカウンターの開口部分からにゅうっと顔を突き出してきた。


「いらっしゃい、ベイジルさん! すっかりあんた、常連さんですねー! おやおや今日はまた、どえらいべっぴんさんを連れていらして、って――」


 そのままいつもの意味もないお喋りが続くのかと思ったら、この日は様子が違った。ヴィクトリアを見つめるマクドネルの目がまん丸に見開かれる。


「おお、おお、おおおおおおおおおお――こいつはすげぇ! まさかこんな薄汚い店に、あなた様がいらっしゃるだなんて!」


 マクドネルの様子がおかしい。まぁ普段から大袈裟なやつではあるけれど、ヴィクトリアの顔が余程タイプなのか? ベイジルがそんなことを考えていると、マクドネルが開口部から短い腕を突き出して、ヴィクトリアに握手を求めた。


「光栄の極みでございますよ! 今世でもどうぞよしなに!」


 ――暴力的な幼馴染ヴィクトリアはきっと、図々しく迫ってきたマクドネルをぶん殴るだろう。ベイジルがちらりと横目で彼女の様子を窺うと、意外なことにヴィクトリアは頬を引き攣らせていた。


「あなた、『今世でも』って言った? まさか、お前」


 ヴィクトリアがもごもごと口籠っている。カウンターに肘をついたベイジルは、そんなふうにまごつくヴィクトリアのことを、呆気に取られて眺めた。


 ヴィクトリアは頭痛をこらえるように額を押さえ、マクドネルに尋ねる。


「……もしかして昔の私を知っている?」


「もちろんでございますよー。しかしおかしな縁もあるもんですなぁ。先日あっしはこの店で、フロンス様にお目にかかったばかりですぜ」


「それ誰?」


「おや、覚えていらっしゃらない?」


「まだ本調子じゃないっていうか」


「そうでしたか。でもフロンス様はこちらの旦那と一緒にいらしたから、ベイジルさんに訊けば、彼女に会えますぜ」


 ベイジルはハッとしてマクドネルの襟首を掴んだ。


「おい、フロンスって、エイダ・ロッソンのことか?」


「誰ですそれ? あっしは今、フロンスさんの話をしてるんですが」


 ――何を訳の分からないことを!


 そもそもベイジルはエイダが行方不明になってすぐ、この店に聞き込みに来ている。エイダと最後に別れたのがここだったし、店主のマクドネルが色々と訳の分からないことを言っていたのが気になっていたからだ。


 しかしエイダ・ロッソンの行方について尋ねると、彼はきょとんとした顔をして、何も知らないと答えた。少々疑わしく思えたものの、よくよく話を聞いてみると、彼にはあの晩しっかりしたアリバイがあった。――というのもベイジルの隊の人間が、あのあと数人でこの店を訪れ、夜食を食べていったらしいのだ。その後もなんだかんだひっきりなしに客が訪れ、店じまいしたのは夜遅くだったと確認が取れたので、マクドネルのことは早々に容疑者候補から外した。


 あの晩エイダに親しげに話しかけていたのも、相手が女性ということで、馬鹿なちょっかいをかけただけかと思っていた。


 しかしマクドネルと話しているヴィクトリアの様子がおかしい。彼女は明らかにマクドネルの話に心当たりがあるようだ。しかしベイジルの手前、濁している。


 ヴィクトリアはなんだか嫌々といった様子で、マクドネルに言って聞かせた。


「たぶんフロンスとエイダ・ロッソンは同一人物よ」


「そうなんですかい?」


 マクドネルが驚いているが、それはベイジルも一緒だった。――ていうか誰なんだ、フロンスって!


「私も過去を思い出しているわけじゃないけれど、文脈からなんとなくね。フロンス――ええと今世の彼女はふっくらしていて、薄青の瞳をした、優しそうな女の子よ」


「瞳の色は覚えていません。なんせあっしはあの子のお尻しか見ていなかったもので」


 ベイジルはほとんど条件反射でマクドネルのおでこを小突いていた。マクドネルがたまらずに悲鳴を上げる。


「あ痛! なんですか、公権力の乱用で訴えますよ!」


「お前こそ、人の婚約者の尻をいやらしい目で見るんじゃない」


「結婚したらあんたの尻かもしれませんが、まだ今はみんなの尻でしょうが」


「少なくともお前のものじゃない」


 大人げなくムキになるベイジルとマクドネルを、ヴィクトリアはうんざりしながら引きはがした。ヴィッキーが喧嘩の仲裁をするだなんて、生まれてこのかた初めてのことである。


「ちょっと、うるさいから黙って! 私が質問をしたら、行儀よく答えるのよ、マクドネル。分かった?」


「承知いたしやした」


 マクドネルはなぜかヴィクトリアには従順である。姿勢を正し、『待て』を覚えた犬みたいに、忠実にヴィクトリアの顔を見つめている。


「フロンスが行方不明なのよ。あなた、何か知っている?」


「そうなんですかい? でもまぁ、あの方は無事でいるでしょうなぁ。あたしにはそれだけは分かりますよ」


「なぜ?」


「だってNia様、あなた様がフロンスさんを失ったと感じていないからです」


 不思議な問答だった。――ヴィクトリアがエイダ・ロッソンの喪失を知覚していないから、彼女が生きている?


 微かに顔を顰めるヴィクトリアを見つめながら、マクドネルがつけ足す。


「あなた様は可愛がっていた部下が亡くなったら、絶対に気づくはずですよ」


「そういうもの?」


「ええ、そういうものです。あとね、お節介ついでに申し上げますが、イフリートの卵をお探しですね?」


 なぜマクドネルがこちらの狙いを知っているのか分からない。しかし彼は前世のヴィクトリアを知っているようだ。だから今の彼女が見えていないことも見えているのかもしれない。


 色々確認したいこともあったが、話の流れを止めたくないので、ヴィクトリアは素直に頷いてみせた。


「――イフリートの卵を探しているんだけど、空振り続き」


「そういうことなら、先にフロンス様を見つければ、問題はおそらく解決しますよ。卵の行方は彼女が知っているはずだ」


「彼女が卵の盗難事件に関わっていると?」


 ヴィクトリアの訝しげな問いに、マクドネルはきっぱりと首を横に振る。


「いいえ、それを知ることができるのが、フロンスさんの能力ですから。彼女がいれば大抵の面倒事は片づくでしょうな。あなた様はいつだってフロンスさんを頼りにしていやした。それに彼女は能力的にイフリートと大変相性が良い。うーん、少し違うか? イフリートというよりも、聖剣の門番に、と言ったほうがよいのか」


「よく分からないわ。聖剣の門番とやらは、イフリートの卵と関係があるの?」


「イフリートの卵というよりも、あなた様に深く関係がございますよ。――いやぁ、そのことに関しては、あたしも力になりたいんですがね。実はあたしは門番とはめっぽう相性が悪いのです。昔、聖剣を盗み出そうとしたのを覚えられていて、門番から嫌われているもんでねー。あなた様への協力は、門番との絡み以外で果たしたいと思っておりますよ」


「盗みねぇ。手癖の悪いやつはあんまり信用できないわ。お前は悪党なの?」


「おやまぁ、おかしなことをおっしゃる。あなた様こそ、この世のすべての悪が震え上がる、大悪党でいらしたのに」


 マクドネルは晴れやかに笑い飛ばした。


「とにかくこのマクドネル、あなた様のためなら、とことん働かせていただきやすよ。もちろんタダでね!」


 なんだかんだヴィクトリアはこの日、ていよく働く下僕Aを手に入れた。


 それからベイジルには、あとで全て話せと釘を刺されてしまった。



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