44.捕まえてポイ
二人は腹ごしらえのため、マクドネルの店に行くことにした。
そちらに向かいながら、ベイジルはあることを思い出した。――そういえば、ヴィクトリアにまだ伝えていなかったな。
バツの悪い思いで一つ咳払いをしてから、彼女に打ち明ける。
「……実は父が、出所不明の大金を隠し持っていた」
ヴィクトリアはベイジルの父をよく知っているので、ものすごく気まずい。案の定、彼女は足を縺れさせ、素っ頓狂な声で叫んだ。
「なんですって?」
「騎士団の団長を務めているとはいえ、うちの父が母に頭が上がらないのは、お前も知っているだろう?」
「ええ」
「母がガッチリ財布の紐を握っているから、父があれほどの大金を持っているはずがないんだ」
「大金ねぇ。遺産でも相続したとか?」
「親類縁者、皆ピンピンしとるわ。何しろうちの家系は丈夫なだけが取り柄だから」
「まぁ確かにね。あんた見てたら分かる」
丈夫なだけが取り柄というのは自分で言い出したことだが、同意されるとなんだかムカつく。ヴィクトリアだって似たようなものだろう。
ベイジルは眉間を揉んで解しながら、渋々続けた。
「とにかくタイミングが合いすぎていると思って。――つまりあの金はリンレー公爵から横流しされたものかもしれない。父さんはエイダの拉致か、あるいはイフリートの卵強奪事件に一枚噛んでいるのかも」
思い切って打ち明けたというのに、ヴィクトリアのリアクションはなんとも気が抜けていた。
「え、そうかなぁ? とてもそうは思えないけど」
「いや、お前がうちの父さんをかばってくれるのは嬉しいけどな」
「違くて。だってあんたのパパさん、そんな度量なくない? ねぇ、分かっている? 悪事に手を染めるのって、それなりに才覚がいるのよ?」
どういうことだ。初めから終わりまで失礼だぞ、この女。――そっちこそ分かっているんだろうな。うちの親父、騎士団長なんだけど。泣く子も黙る騎士団長だ。
「お前なぁ」
低い声が出る。内容的には『あなたの父親は悪いことをしていないと思う』ということなのに、こんなに腹が立つ物言いができるって、ある意味すごい。
不快感を声に乗せたつもりなのだが、ヴィクトリアはちっとも気づいていないようである。
「大体さ、あんたの父親、しっかりかみさんの尻に敷かれているじゃない? ビビって浮気すらできない男が、果たして国を裏切れるものかしらね?」
「いい加減、かばわれている気がしない! たいがいひどいぞお前!」
「そう? これでも気を遣って、オブラートに包んだつもりなんだけど」
「これで?」
神経を疑う。
「――それよりも、あんたどうする気なの?」
ヴィクトリアが清濁併せ呑むみたいな目で見つめてくるので、ベイジルはなんとか冷静さを取り戻した。
「この件は俺の手に負えないよ。身内のことだと冷静に判断できないしな。――だから実は、すでにクリストファー殿下に報告済なんだ。あとは殿下の判断に任せようと思っている」
そう告げると、ヴィクトリアは尻尾を思い切り踏まれた猫みたいな反応を見せた。『おい、お前、眼球がカピカピになるんじゃないか?』っていうくらいに限界突破で瞳を見開いている。彼女はワナワナと震えながら、ベイジルの襟首を捻り上げてきた。
「き、貴様ー! このボケ、なんちゅーことをしとんじゃあ!」
「く、苦しい! 殺す気か!」
「こっちの台詞じゃ、ボケが!!!」
ギリギリギリギリ、万力みたいに締めてくる。――なんなんだ? 父が不正をしているかもと打ち明けた時は軽いリアクションだったのに、この変化は一体? クリストファー殿下に打ち明けたのがマズかったのか?
本格的に意識が遠のいてきた頃、やっとヴィクトリアが腕を離した。気が済んだというより、脱力したようである。なぜか暴力を振るったヴィクトリアのほうが、ひどく打ちひしがれた様子で背を丸めている。まるで全財産を博打ですったみたいな有様だ。
「またこれでやつに弱みを握られた……これもう焼け野原だろ……草木一本生えやしない……子分の失態は親分がかぶるのが世の道理だが……しかし……ああ畜生……未来永劫希望もない……もう一生やつの奴隷確定だ……」
ぶつくさぶつくさ何やら呟いている。不気味すぎる。変なものでも拾い食いしたのだろうか?
「どうした?」
「うるせー、黙れ!!」
ヴィクトリアが乱心した。元々変なやつだったが、これは普通ではない。上がったり下がったり大忙しだ。
ベイジルは降参するように両手を上げてみせ、大人しく彼女に従った。ウェイン家の男は荒ぶる女子には決して逆らわないというのが、細胞レベルで身体に組み込まれているのだ。
くわっとなって雷を落としたヴィクトリアであったが、しばらく黙って歩くうちに、ふたたび落ち着きを取り戻したようだ。何もかもを達観したような顔つきになっている。
「――決めたわ。私、次の夜会に出る。王宮で開かれる大きなやつ」
引きこもりのヴィクトリアが夜会に? ベイジルは本格的に心配になってきた。
「大丈夫か?」
「大丈夫よ。あんた、私をなんだと思っているわけ?」
「野生児」
素直に答えたら、側頭部を思い切りぶん殴られた。ものすごく痛い。
「……本当に出るのか?」
確認すると、ヴィクトリアが迷いのない瞳でベイジルを見返してきた。
「私は訳あってイフリートの卵を探している。それであんたは婚約者の行方を追っている。――これは私の勘だけれど、二つの事件はどこかで繋がっている気がするの。夜会に出ることで、捜査が前進するかも」
「二つの事件は、裏で糸を引いている人間が同じ?」
「そういうわけでもないけれど」
ヴィクトリアは何かを掴もうとするように視線を彷徨わせる。彼女自身、それがなんなのかよく分かっていないのかもしれない。ヴィクトリア得意の勘、てやつで。
「上手く言えないけれど、何かを掴みかけているような気がするの。目の前にこう――毛糸玉から伸びた先っぽが現れた感じよ。端を掴んで辿っていったら、やがて本体に行き着く」
「本体を見つけたら、お前がそれをどうにかするのか?」
武器商人だのなんだの色々ときな臭いのに、ヴィクトリアなら平気で手を突っ込んで、なんてことないって顔で片づけてしまいそうだ。それで大怪我をしたとしても、こいつは『大したことなかったわ』と鼻で笑うようなやつなのだ。
「そんなもの、捕まえてポイ、よ」
ヴィクトリアは幻の毛糸玉を持ち上げて放り投げるようなジェスチャーをしてみせた。片眉を持ち上げて、彼女らしい食えない笑みを浮かべて。