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1.今世でもあなたのことを殺してしまいそうよ、ダーリン


 ヴィクトリア・コンスタム公爵令嬢は、『そろそろ婚約者を殺しておくべきかしら』と考えていた。


 理由はふたつある。


 ひとつ目は、彼が浮気者であるから。


 彼はヴィクトリアにあてこするように、聖女メリンダのことをちょくちょく話題に出す。


 ガーデンテーブルを挟んで腰かけている彼――婚約者であるクリストファー・ヴェンティミリアがからかうようにこちらを見た。


「ヴィクトリア、知っているか? とうとう聖女メリンダの銅像が作られるらしい。君も公爵令嬢として、これに寄付でもしてやれば、皆から好いてもらえるかもしれないよ」


 彼の優美な語り口は、まるで美しいメリンダに恋をしているかのようだ。


 ヴィクトリアは思わず眉根を寄せ、あまりの馬鹿馬鹿しさに笑ってしまった。


「聖女メリンダの銅像? 冗談でしょ」


「彼女は人気者だ、君と違って」


「は」ヴィクトリアがさらに口角を上げる。「もしかして大衆って、目が悪いのかしら? 私のほうがあきらかに美人なんだけど」


「美人だから人気が出るとは限らない。君よりもメリンダのほうが、大衆受けする顔立ちだと思う。親近感があるというか」


 クリストファーはゆったりと微笑み、深海を思わせる濃い青の瞳を細めながら、艶やかな声でヴィッキーをさらにいたぶる。


「それに彼女は君と違って心優しく、立派だ――今日発売のゴシップ誌にはこう書かれている――『聖女、デズモンドを救う』――大衆はこれを読んで涙したことだろう」


「……あ、そ……」


 ヴィクトリアはとうとう半目になる。


 ったく、馬鹿クリストファー、阿呆クリストファー、最低クリストファー、浮気野郎クリストファー……どうやってこの男を殺してやろうかしら。相手は王子だから、息の根を止める時はよほど上手くやらないと、絞首刑になっちゃうわね。


「ヴィクトリア、君は本当に可愛げがない」


「あら、私が美人すぎて高嶺たかねの花に感じるのかしら――ごめんあそばせ」


 鼻で笑うヴィクトリアを眺め、クリストファーはゆったりと微笑んでいる。


 彼の切れ長の瞳は涼しげでありながら、どこか気を惹くようなところがあった。良くいえば情緒深くて趣がある、ということになるのだろう。悪くいえば、魔性。


 そういった危うい部分を、彼の黒髪が上手く中和している感じがした。高貴で神秘的な印象を見る者に与える。


 口を閉ざしてさえいれば、完璧なクリストファー。ところが残念なことに、彼はこのとおり底意地が悪い。


 彼が尋ねる。


「殺し合いはもうたくさんだろう? 三百年前に、それは経験済だ」


 ふたりの視線が真っ向からぶつかった。


 確かにそう……ヴィクトリアは考えを巡らせる。


 我々は三百年前に殺し合いをしている。


 あの時は、クリストファーは勇者で、ヴィクトリアは魔王だった。勇者と魔王――なんの因果か、前世で敵対し合った二人が、こうしてガーデンテーブルを挟んで向かい合って座っている。


 そして同じ卓を囲んでいるだけではなく、今世でふたりは婚約しているのだ。


 殺られる前に殺れ――ヴィクトリアの本能がそう訴えかけてくる。


 これがふたつ目の理由だ――『そろそろ婚約者を殺しておくべき』と、ヴィクトリアが考える、ふたつ目の理由。


 ヴィクトリアは凶悪な笑みを浮かべる。


「今世でもあなたのことを殺してしまいそうよ、ダーリン」


「今世では趣向を変えて、愛し合ってみるのはどうだろう」


「そんなふうに心にもないことを言われると、あなたのことを『クソ男』って罵ってしまいそう♡」


 ヴィクトリアはにっこり笑った。


 さて――水と油ともいうべきこの二人が、どうして婚約関係を結ぶに至ったのか。それを説明するには、三カ月ほど時を遡る必要がある。


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