8.
「みて、テオ!」
海沿いの別荘地、シャルティにほど近い丘の上で、小休憩のために馬車を降りたアイビーは目を輝かせた。丘の上からは海が見下ろせて、穏やかに凪いだ海は、海面を銀色に輝かせてどこまでも続いていた。
「アイビーの瞳と同じ色だね」
鮮やかな碧とアメジストを溶かし込んだ濃い紫のような瑠璃のような、何とも言えない色のコントラスに魅入っていたら、そう言ってテオが笑った。いつの間にか側にやってきて、そっと手をつなぐテオは、お兄さんぶってて鬱陶しいとたまに思うけど、いつも一緒に遊んでくれる大好きな従兄弟だ。
十歳の時のこの小旅行は、子供たちだけの旅だった。アイビーとエレノア、テオドール、そして、レオナルド。従者や侍女、騎士達に囲まれていても、両親のいない旅はそれだけでわくわくして、ついついはしゃいで、窘められ、反省して、またはしゃぎ出す。
「姉様もレオ兄様も早く!」
ようやく馬車から降りてきたエレノアを呼ぶと、強張った微笑みが返ってきた。
「姉様、また気分が悪くなったの? 大丈夫よ、こんなに綺麗な景色を見たらすぐに良くなるわ」
「アイビーは元気だな」
レオナルドがエレノアの手を引きながら笑った。
エレノアは馬車に酔ったらしく、屋敷を出てからずっと、気分が悪いと泣いていた。だから、アイビーと一緒の馬車には乗らず、小さな馬車にレオナルドとふたりで乗っていた。
「姉様が泣き虫なのよ。いつもは淑女がすぐに涙を見せてはいけませんっていうのに」
「エレノアは馬車に酔ってしまったんだよ。アイビーも気分が悪いときは泣いてしまうだろう?」
そうだったかしら? と首をかしげながらも、実はずっと言いたいことがあった。
「でもね、姉様はずっとレオ兄様といるからずるいと思うの」
「そうかな?」
「レオ兄様を独り占めなんてずるいわ。私も気分が悪くなりたい」
エレノアが、何とも言えない顔で微笑んで、アイビーを抱きしめた。
今思えば、なんてひどいことを言ったのかしら。たった三つの歳の差がエレノアを大人にして、私を守るべき子供のままでいさせた。
「兄上と馬車に乗ったって、本を読んでるだけだよ。僕みたいに、一緒にゲームをしたりはしないんだぞ」
「私だって本くらい読めるもの」
「きっと兄上は本を読んで、エレノアは刺繍をしてるよ。だから煩いアイビーは邪魔なんだ」
「邪魔じゃないもの!」
ううぅ・・・・、と頬を膨らせる。
「もちろん、邪魔じゃないよ。でも、優しいアイビーは気分の悪いエレノアをゆっくり休ませてあげたいだろう? シャルティに着いたらエレノアも良くなるよ。だから、もう少しエレノアに時間をあげよう」
優しいのはエレノアで、レオナルドだった。あの時はそんなことわからなくて、ただ無邪気に笑っていた。