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お転婆姫の初恋  作者: sanin
6/16

6.

 夜の庭にテオの声が響いて、思わず呻いた。


 やめて、せっかくここまで上手くいっていたののに。


「静かにして、誰か来てしまうわ」

「君がこうも愚かでなければ、僕ももう少し心穏やかにいられるんだがな」


 テオの声に応じるように庭が騒がしくなり、警備の兵たちが集まる声が聞こえる。


 もう!


 この人は、どうしていつもこうなの?


 肩を掴むテオの手を振り払えないことに苛々しながら睨みつける。


「離してよ、テオ。痛いのよ。今すぐ離さなきゃ、叫ぶわよ」

「・・・・叫んだらいいさ。叫んで傷つくのは僕の名誉か? 君の名誉か? どちらにしろ、僕が責任を取るのは変わらないんだ」

「あなたのそんなところが嫌いなのよ!」


 名誉、立場、義務、責任!


 もううんざりよ!


 ほんの一瞬、テオの顔が強張り、なぜか胸の奥がすっとする。同時にむずむずと沸き上がってきた何かに突き動かされるように、テオの腕を掴んだ。


「お願い、テオ」


 じっと見つめると、テオの喉が微かに上下して、思わずのように肩を掴んでいた手が背中を撫でる。


 宥めるように。

 

 あやすように。


「私を助けて」





 クッションのない質素な・・・・、としか表現しようのない馬車に揺られながら、何度目とも知れない溜息をついた。

 馬車の小窓から見えていた西の鐘塔の明かりが、ついに見えなくなった。

 鍾塔に灯された明かりは、シャハールの始祖と神々の誓により、鍾塔の光より内側に在る者は神様が護ってくれるのだと伝えられていた。

 当然のことながら、アイビーも鍾塔より外には出たことがなかった。


 西区の先には砂の大地が広がり、蛮族が住まうという。


 ・・・・ここは西区のどの辺りなのかしら?

 

 城門はまだ過ぎていないと思う、多分。


 砂の大地、蛮族、お話に聞いていたころはわくわくしたけれど・・・・、どうやら私は、失敗してしまったらしい。


 テオの手を引いて、裏口に停めてあった馬車に飛び込んだ。

 すぐに馬車が走り出したところまでは計画通り。

 馬車の乗り心地が悪いのも、なるべく目立たないようにと言い含めたお忍びの冒険だと思えば楽しかった。

 珍しく感情を露わに、渋面のテオを見るのも気分がよかった。


 猛スピードで走る馬車に気分が悪くなり、ゆっくり走ってほしいという合図を無視されたときに、あら?と思った。

 西区の鍾塔が見えた辺りから悪い予感がし始め、不機嫌なテオに「どこに行くのか」と聞かれたときは、「北の避暑地」と言えずにだんまりを決め込んだ。


「アイビー」


 不機嫌な声に、びくんと震えてしまう。


「正直に言うんだ、どこへ行くつもりなんだ?」

「・・・・北の避暑地よ」


 テオが深々と溜息を吐いて、呆れたように頭を振る。

 

「お父様が・・・・」


 掠れた声が出て、唇を噛んで目を閉じた。


「十七歳の誕生日までに想う人をみつけろと言われたのよ。見つからなければ、十八歳の誕生日にお父様の選んだ人と結婚するのよ」


 泣き出しそうなわけじゃない。

 もう成人したのだ。

 自分の行動の責任くらい、ちゃんと取れる。


「ちなみに、最有力候補はレオ兄様だと思うわ」

「・・・・そんな話を僕は聞いていない」

「私の勉強は五大家に嫁ぐ内容じゃないし、近隣の国には政略結婚が必要そうな国も歳周りの合いそうなひともいないじゃない。遠方の国に嫁すには、私の血は濃すぎるもの」


 始祖の血統を大切にするシャハールは、その血が他国へ流れるのをよしとしない。

 初代国王は天女を娶り、その血を継ぐのがシャハール王家だから。


「公爵は君の望む相手と娶せると言っていた」

「そうよ、だから望む人を見つけなさいと言われたのよ」


 それに、私は・・・・。


「私には、レオ兄様と結婚なんてできないもの」

「・・・・君は兄上に懐いているだろう?」


 この人、バカなの?

 女性関係がふしだら過ぎて、常識を忘れてしまったんじゃないの?


「私、あなたとベットを共にしたわよね? それだけでもレオ兄様と結婚できない充分な理由だし、・・・・本当に知らないの?」

「何をだ?」


 ベットを共にの辺りからテオの眉間に皺が寄る。

 そんなに威嚇しなくてもいいのに。


「知らないならいいわ、私にどうこうできることじゃないもの。とにかく、私は少し私の評判を落として、五大家か家格が下の相手と結婚したかったの」

「想う相手がいるわけじゃないのか? 誰でもいいなら僕でもいいだろう。責任は取ると言ったはずだ」


 ええ、そうね。


 わざとらしく鼻を鳴らしてやると、さらに顔を顰められた。

 この人の嫌そうな顔を見ると、胸がすっとする。


 あの日もそうだった。

 キスも、それ以上触れ合ったのも初めてだった。

 夢見心地でぼーーーーっとしている間にすべては終わり、その後、この人は「君を汚した責任はとる」と言ったのだ。

 それが、結婚してやるという意味だと理解できたのは、父から「テオドール殿下から結婚の打診があった」と言われた時だった。

 事務官からの打診。


 事務処理のひとつのように、事務官が打診だなんて!

 

 サンデリアーノ公爵家の令嬢なら、いずれ臣籍降下しなくてはならないテオには理想的だったのだろうか・・・・。








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