13.
もう、屋敷に帰りたい・・・・・。
シャルティに向かう馬車に揺られながら、アイビーはそんなことを思っていた。
無事に西の鍾塔にたどり着いたと思ったら、いつの間にか手配されていた馬車に乗せられ、シャルティへと向かっていた。「もう帰りたいの」と口を挟む隙間もなかった。
とにかく疲れていて、眠くて、うとうとしてテオに凭れては、馬車の揺れで目が覚めて、慌てて離れるのを繰り返していた。テオが私用で使っている馬車は、外観こそ『高貴な方のお忍び風』で黒一色に金の縁飾りが付いているだけだけれど、内装はシルクの布張りで、ふかふかなクッションがいくつも敷き詰められていて、このまま眠ってしまいたかった。
どうして、この人は隣に座っているの?
向かいにも席がある。
当然、誰も座っていない。
気を抜くと閉じてしまいそうな瞼を瞬いても、ふらふらした頭では考えが纏らない。辺りが明るくなり、テオにハーブティを差し出されて、やっと、『テオと一晩過ごしてしまった』ことに気が付いた。
どんな状況だったにせよ、未婚の女性が男性とふたりで一晩過ごしたと知られるの非常にまずい。これでアイビーの評判は、少しどころではなく、堕ちてしまっただろう。
もはや彼女の計画はどこへ行ってしまったのかわからず、いつの間にか大筋が書き換わっているような気さえする。
温かいハーブティを飲むと、本当に瞼が閉じそうだった。
テオが淹れたわけではないはずだから、侍女を連れてきたのだろう。リンデンの甘い香りが漂って、思わずほぅと息を吐く。
「少し眠るといい」
「・・・・あっちに座ってよ」
向かい側を示す。
「僕が支えていなければ落ちるかもしれない」
「・・・・・・・落ちないわよ」
「僕がいなければ、君は今頃、あの乗り心地の悪い馬車で西の砂漠を渡っていたかもしれない。砂漠の真ん中で降ろされていたかもしれない。君が今、無事に、大した怪我もなく、こうして寛いでいられるのは僕のおかげだと思わないか。僕は感謝されて然るべきだと思うんだ。よって、感謝の気持ちを行動で示してくれ」
テオの言うことは最もだと思う。この一言を言われるまで、私はテオに感謝していた。・・・・・つもりだ。
でも、なぜか素直にありがとうと言いたくなくなるのは何故なの?
「・・・・・・・・それと、あなたがこちら側に座るのと、何の関係があるの?」
「役得というやつだ。お姫様を救い出した騎士には褒美があるものだ」
意味が分からない。
「それに、今回のことで、君と僕は『一夜を共にしてしまった』ことになる。もちろん僕は責任を取って君と結婚するつもりだ。・・・・・以前からそう言っている。何の問題もない」
問題大有りだ。
「・・・・・・私、修道院に行こうかと思うの」
「は?」
「今、決めたわ。・・・・・・修道院では、望まない結婚を強要された女性を保護しているそうよ。・・・・・本で読んだもの」
望まない結婚を強要されたヒロインが修道院に逃げ込んでイケメン修道士と恋に落ちたりとか、心から彼女を愛する幼馴染が連れ戻しにきたりとか、貧しい修道院を立て直そうと奮闘するヒロインをイケメン御曹司が見初めたりとか・・・・・、修道院を舞台にした大衆小説には事欠かない。
「・・・・・僕は、その幼馴染や御曹司に含まれないのか?」
どうやら声に出ていたらしい。
「テオは、テオだもの」
「だから、なんなんだ、それは」
苛立ったようにテオが髪を掻き上げた。
私にだってよくわからない。
テオのことは好きだ。口ではいろいろ言うけれど、テオだって私のことが好きなのだと思う。
”好き”なのだ。
お父様とお母様の”恋”とは違う気がする。
「昔、言ってたでしょう? 恋は結婚した後にするものだって。でも、私は恋した人と結婚したいの。お父様が許してくださったんですもの。許されている間だけでも、恋する人を探したいのよ」
「・・・・・僕は・・・・・、僕は、その相手に含まれないのか?」




