1.
初投稿です。
アイビー・・・・・
身の内で余韻を奏でるように響いていた声が、いつの間にか消えていた。
ふいに肌寒さを覚えて、気怠い瞼を開く。
バルコニーに続く窓から差し込む月の光が、銀色の光の粉を散らしながら、その人を照らしていた。思わずぱっと起き上がる。
「起こしたか?」
すでにきっちり服を着こんだテオが、笑いを含んだ声で囁きながら首筋にキスを落とす。低くて甘い『思わず腰にくる声』に体が小さく震えてしまう。
「誕生日おめでとう、アイビー」
テオの指がアイビーの素肌のさらされた背中を滑り、腕をなぞって、手首に嵌められていた金の腕輪を弾いた。いつの間に嵌められたのか、黄金に色とりどりの宝石が連ねられた腕輪は、はっきり言って彼女の趣味じゃない。
なに、コレ・・・・。
まるで手枷のようだ。
眉を顰めたアイビーに気づいたのか、いないのか、テオはアイビーの頬をにかかる髪を払ってにっこり笑った。
「もう行くよ、また夜に」
そしてあなたは、私の誕生日に他の女性を連れてくるの?
思わず口から出かかった言葉を呑み込む。突然、何もかも嫌になった。
「テオ」
呼びかけると、窓からバルコニーに出たテオが振り返る。濃い金茶色の髪が月の光に煌めいて、そこだけが輝いているように見えた。
昔々、姉様と、テオの兄に読んでもらった物語を思い出す。
恋をすると、瞳の中にきらきら輝く星が幾千も瞬いて、相手が輝いて見えるのだと・・・・。
『私も恋がしたい』
夢見心地のアイビーがそう言うと、テオが笑った。まだテオのことを大好きな兄のように思っていた頃だった。
『それじゃ、早く結婚しなくちゃね』
『恋人がいないもの』
『バカだなぁ、アイビー。恋人は、結婚したあとにつくるものなんだよ。アイビーはサンデリアーノ公爵家のお姫様なんだから、結婚する前に恋人なんてつくれないよ』
その後に続いた、『国のために他国の王家に嫁すか、シャハール王家の血統を守るために従兄弟の誰かと結婚するのが運命なんだから』は、夢見る少女だった十二歳のアイビーの心をいたく傷つけた。
あまりのショックにしばらくテオを避けていたら、いつの間にかいつも一緒に遊んでいた従兄弟は、アイビーの側からいなくなっていた。
三つ年上だったテオが、女性と交際を始めて、社交界の華と呼ばれる女性たちを次から次へと侍らせ始めたのもこの頃だった。
そして、アイビーの十六歳の誕生日のあの日・・・・。
世界で一番幸せだったはずの日は、今は記憶から抹消してしまいたい日だ。
嫌なことを思い出して、それを振り払うように微笑む。
「プレゼントをありがとう、テオ。でも、私の趣味じゃないの。身に付けなくても気にしないでね」
月の光が影をつくってテオの顔が見えないのが残念だった。
少しでも傷ついたか知りたかったのに。
「レオンスに伝えるよ」
レオンスはテオの近侍だ。
テオが恋人に贈るプレゼントは、大抵レオンスが選んでいるらしい。
「さよなら、気をつけて」
ひらひら手を振って、枕に顔を埋める。
さよなら、テオ。
あなたなんて大嫌い。