ある少年の旅立ち
「行くよウナ!」
「ピィィ!」
僕の声と共に相棒のウナが飛び立つ。一度上空へ大きく舞い上がり、一気に降下して獲物に回避不能の一撃を浴びせる。
そう、僕の相棒は鷹だ。
メスのオオタカで、今年で4歳になる。
「ピュィ~♪」
見事に獲物――兎――を仕留めたウナは、褒めてとばかりに僕にすり寄ってくる。僕も狩りが成功して嬉しいから、いつもよりもいっぱいウナを撫でてあげる。ウナの毛は灰色をしていて、陽にあたると銀色に見えてとっても綺麗なんだ。
「ははは、わかった。わかったから、ちょっと待ってよウナ!」
「ピュイ、ピュイ!」
僕の肩に止まって頬ずりしてくるウナ、これは早くご飯が食べたいときのおねだりの合図だ。もう、仕方ないな。兎は解体しないといけないから、僕は腰に結わえた袋からウナ用の生肉の切れ端を取り出す。それをウナの顔の前まで持っていくと、ウナは嬉しそうにパクッと食べた。
「美味しいかい?」
「ピュイピュイ!」
美味しい、美味しいと何度も鳴くウナ。僕にとっては当たり前の光景だ。ウナは小さい頃に木から落ちていたのを僕が拾った。今にも死にそうだったウナを家まで連れて帰って、一生懸命看病したんだ。それこそ寝る間も惜しんでね。
「よしよし、ウナは賢いな」
ウナのおでこの辺りをグリグリしてやると、気持ち良さそうに喉を鳴らした。ウナはそこをゴシゴシされるのがすごく好きみたいだ。
しばらくは動けなかったウナも、次第に元気を取り戻した。ご飯も食べるようになったんだけど、なぜか僕の手からしか食べないんだよね。皿の上に肉を置いても見向きもしない。さも、それが当たり前のように僕の手にある物しか口にしないんだ。
「さて、今日の狩りはこんなものかな。そろそろ帰ろうか?」
「ピュィ~♪」
兎の血抜きをして、縄で腰に結わえる。今日は兎が1羽とキジバトが1羽獲れた。他にも森の中で薬草なんかも取れたから、何日かはもつだろう。
「今日の夕飯は、キジバトの丸焼きだ」
「ピュイピュイ!」
夕食に思いを馳せながら、僕とウナは村へ戻った。
「お、ユーリじゃないか。今帰ったのか?」
「うん、今日は兎とキジバトが獲れたんだ。さっそく帰って夕飯にするよ」
「ははは、相棒も相変わらずいい腕してるな?」
「ピュイ♪」
村の外れておじさんと出会った。小さな村だ、みんな顔見知りだし当然ウナの事も知ってる。村の人たちはウナを怖がらないから、ウナも村のみんなが大好きなんだ。今みたいに褒めてくれるしね。
「そろそろ暗くなる。気を付けて帰るんだよ」
「うん、また明日!」
おじさんと別れて家路に着く。僕の家は村の一番外れにポツンと建っているボロ小屋だ。まあ、僕とウナだけだから何の問題もない。
ああ、自己紹介がまだだったね。僕の名前はユーリ、今年で12歳になる、どこにでもいる普通の男の子だ。身長も年相応だし、痩せても太ってもいない。まさに普通。なんで僕みたいな子供が1人で住んでいるのかと言うと……まあ、色々あったんだ。それは別の機会に話すよ。
「ただいま~」
「ピュ~イ」
家に入って挨拶をする。当然誰も返してくれないけど、今日は家の中から返事があった。
「お帰りユーリ!」
「うわっ、ビックリした!」
薄暗い家の中から出てきたのは、この村の村長の娘ミーナだった。ミーナは僕と同じ年の12歳。多分僕の贔屓目を除いても、可愛いと思う容姿をしている。
「えへへ、驚いた?」
「ピュイピュイ!」
「わぁ、ごめんウナ。別にあなたを驚かせようとしたわけじゃないの!あなたのご主人さまを驚かせたかっただけなのよ」
なんて横暴なことを言っている。へへん、ウナは僕の味方だ。僕がイヤなことをされると、僕の代わりに怒ってくれる心優しいところもあるんだぞ。
「ピュイ♪」
「分かってくれて嬉しいわ~」
「ってウナ!なんで、それで納得しちゃうの。もっとミーナを叱ってよ!」
「ピュ~イ」
プイッとそっぽを向くウナ。昔から、この2人は相性が良いのか仲がいい。特に僕をからかう時は、抜群のコンビネーションを見せることがある。
「もう、そんなことを言うウナには夕食のキジバトはあげないよ?」
「ピュイピューィ!?」
「それこそ横暴だわユーリ!ウナが飢えて死んでも良いって言うの!?」
ヨヨヨと抱き合って泣き崩れる女2人、この2人にはどうあっても敵わないな。
「ウソだよウナ。ちゃんとご飯上げるから」
「ピュイピュイ♪」
途端に僕の肩に乗って頬ずりしてくるウナ。現金な女である。
「ところで、どうしてミーナがうちにいるの?何かあった?」
「え、ああ。お父さんがね、ユーリにお願いしたい事があるんだって。今日はもう遅いから明日で良いけど、うちに来てくれる?」
「村長さんが?何の話だろう……いいよ、明日の朝行くよ」
「待ってるわ。じゃあ、私もうちに帰ってご飯食べなきゃ!じゃあね、ユーリ!」
そう言うなり、外に駆け出していったミーナ。本当に風みたいな子だな。もう少し御しとやかにした方が良いと思うんだけど、あれがミーナの魅力だから仕方ないか。
ミーナは村長の娘と言う事もあって、村のみんなからとても可愛がられている。それに歳が近い子供たちは、みんなミーナをお嫁さんにしようと色々頑張っているみたいだ。
「正直、なんで僕なんかに構うのかねミーナは……」
僕の出自は不明だ。生まれたばかりの僕は、この家の前に捨てられていたらしい。そこをお義父さんが拾って育ててくれた。狩人だったお義父さんに連れられて、小さい頃から森の中に入っていたから、ウナにも出会えたし狩りも食べていける程度にはできる。
これから恩を返していこうと思った矢先に、お義父さんは流行り病で死んじゃった。それが2年前、僕が10歳のときだった。毎日お父さんについて森に入っていたから、村の子供たちと接点も無かったし、一緒に遊ぶ時間も無かった。たまに早く森から帰ってくると、楽しそうに遊び回る子供たちを遠くから眺めるだけだった。でも、そんな僕に声をかけてきたのがミーナだった。
ミーナはとにかく明るく、誰とでもすぐ仲良くなれる。村で浮いていた僕を見かねて声をかけてきたときの第一声は、今でも覚えている。
『そんなに毎日森に入っているんだから、鬼ごっこは得意でしょ?』
生きるために森に入ってる僕にとって、その言葉は衝撃だった。仕事で身に着けた技術を遊びに使えと言うのだ。ほんと、ミーナは何が飛び出すかわからないビックリ箱みたいな子だ。でも、その甲斐あって今では他の子たちとも普通に接する事ができる。ミーナに感謝しないとな。
「ピュイ?」
「ああ、そうだね。ご飯を作ろうか」
僕が考え込んだから、ウナが心配して声をかけてくれた。大丈夫、僕はもう1人でやっていける。心配をかけたウナの頭を撫でてから夕食の支度を始めた。
「おはようございます、村長さん」
「おはようユーリ」
翌日、ミーナに言った通り、僕は朝森に入る前に村長の家を訪ねた。ミーナのお父さんの村長さんは30代後半くらい、まだ若い村長さんだ。まだまだ村の年寄りたちに頭が上がらないみたいだけど、村のみんなからは信頼されている頼れる村長さん。
「今日はどうしましたか?」
「ああ、ここじゃなんだ。中に入りなさい」
「お邪魔します」
今日は朝から村長さんの家に来ることになっていたから、服の汚れを落としてから家を出た。これでいつもよりはキレイ……なはず。
「おはようユーリ!」
家の中ではミーナがテーブルでお茶を飲んでいた。
「おはようミーナ。朝から元気だね」
「ユーリは朝から元気ないわね。そんなのじゃ、1日保たないわよ?」
朝から元気なミーナに気圧されながら、なんとか挨拶を交わす。
「お父さんと仕事の話でしょ?私がウナを預かっておいてあげる」
「ああ、それじゃお願いできる?」
「任せて!ほら、ウナおいで」
ウナを手招きするミーナ。ウナも一度僕の方を見るけど、僕が頷くとミーナの方に飛んでいった。
「ユーリ、俺の部屋で話そうか」
「わかりました」
村長さんと一緒に執務室に入る。この部屋は何度か入ったことがあるけど、僕の知らない本が壁いっぱいに仕舞われていて、ちょっと窮屈に感じる。大人って、仕事をするときはこんな部屋でするのが普通なのかな?
コンコン
部屋のドアがノックされて、ミーナのお母さんがお盆を持って入ってくる。カップを僕と村長さんの前に置くと、ミーナのお母さんは部屋を出て行った。
「さて、早速で悪いんだがユーリにやってほしい仕事がある」
目の前のカップに口をつけつつ頷く。僕を読んだ理由は何となく分かる。
「偵察……ですか?」
「そうだ。実は、ここから少し離れた場所にあるガンズという町で行商人が仕入れてきた情報でな。近くの村が1つ、魔物に襲われて全滅したらしいんだ」
魔物に襲われて全滅。その言葉を聞いて、僕は背筋を伸ばした。これは、今までみたいな簡単な偵察の話じゃない。それこそ、この村の未来を左右しかねない話だ。
「その魔物たちが、僕たちの村に?」
「まだわからん。だが、何もしないでいる訳にもいかない。幸いこの村にはユーリとウナがいる。他の村ではできないような情報収集ができるからな」
今までにも町や行商人の人から噂を聞く度に、それが町に不利益を齎す可能性があるのであれば村長さんは僕に仕事をお願いしてきた。僕も村の一員だ、できるだけ村長さんの要望に応える形で何度も偵察をしてきた。
「頼まれてくれるか?」
「もちろんです。僕も村に被害が出るのは嫌ですから」
「ユーリが素直な子で、毎回助かるよ」
真剣な表情をしていた村長さんの頬が緩んだ。僕が受けたことで、多少なりとも肩の荷が下りたんだろう。もっとも、僕が断るなんて有り得ないけど。
「それで、いつごろ発ちますか?」
「できるだけ早い方がいい。その噂がいつ頃のものか解らない以上、魔物たちが今どこにいるのか判断がつかん」
「そうですよね。それで、どの程度の情報を集めてくればいいですか?」
「魔物たちが、我が村に来ない確証……もしくは、村に近づく場合はその情報をできるだけ早く持ってきてくれ」
僕もカップの中身を少し飲んで落ち着く。
「では、明日の朝いちで村を出ます」
「頼む。すまんな、こんな仕事ユーリにしか頼めないのだ」
「良いんです。僕にしかできない仕事で、村に貢献できるのは嬉しいです」
「ふっ、そう言ってもらえると助かるよ」
その後、細かい打ち合わせをして僕は村長の家を出た。さて、明日の朝出発となると色々準備しないといけないから忙しいぞ。
「ウナはミーナと遊んでたのか?」
「ピュイィ♪」
「そうか……しばらくミーナにも会えなくなるからな」
「ピュィィ……」
「そんな悲しそうな声出すな、帰ってきたら思いっきり遊べばいいんだから」
「ぴゅ、ピュィ~♪」
こうして僕は、村を出て魔物の動向を探る旅に出ることになった。
「ユーリ、忘れ物はない?」
「大丈夫だよ、もう何度も確認したから」
翌日早朝、僕は村の入り口に立っていた。肩の上には相棒のウナ。そして、なぜか見送りに来たミーナ。
「珍しいね、ミーナが僕の見送りに来るなんて」
「た、たまたま早起きしちゃったのよ!暇だったから、ユーリを揶揄いに来たの」
そんなことを言っているミーナだけど、後ろで村長さんとお母さんが笑っている。これは、張り切って早起きしたな。ほんと、僕には勿体無い友達だよ。
「心配しなくても大丈夫だよ。ちょっと町まで行って、色々と聞いたり見たりしてくるだけだから。それに、僕にはウナがいる。他の人にはできない、空からの情報収集ができるんだ。心配いらないよ」
「……心配するわよ。ウナは空に逃げれば良いけど、ユーリは走って逃げるしかないじゃない」
今にも泣きだしそうなミーナの顔を見て、僕が思った以上に心配をかけていることを自覚した。
「ごめんねミーナ。心配してくれてありがとう、だけど大丈夫。ちゃんと帰ってくるから」
「当たり前よ!帰ってこなかったら……承知しないんだから!」
ああ、泣いちゃった。女の子に泣かれるのは好きじゃない。
「ほら、泣き止んで。ちゃんと帰ってくるから」
「……お土産」
「えっ?」
「お土産買ってきて。そして、ちゃんとユーリの手で私に渡して」
ああ、これで僕はちゃんと帰ってきて直接ミーナにお土産を渡す事になる訳か。それでミーナが安心してくれるなら、いくらでもお土産を買ってくるよ。
「わかった、約束する」
ミーナと小指と小指をくっつけて約束する。これは、この村の子供たちがみんなしている一種のおまじないだ。僕がおまじなをしたことで、ようやくミーナが離れてくれた。
「そろそろ行きます」
「ああ、頼んだ」
村長さんの声を聞いて、僕とウナは村を出る。
「ユーリ、無理しちゃダメよ!それから……必ず帰ってきなさい!」
「うん、いってきますミーナ!」
こうして、僕は魔物たちの動向を調べる度に出た。それが、まさかあんな目に合うなんて、この時の僕は知る由もなかった。
これで間章は終了です。
新年初日から6章を始めます。
皆さま、今年はこの1話で最後となります。
来年もよろしくお願いいたします。




