17話 アサギ・ムラクモ
私はアサギ・ムラクモ。ホクトくんを暗闇の森で助けて、お姉ちゃんとして生きていくことを決めた心優しい女。だって、ホクトくんってなんか危なっかしくて、私の母性本能をグリグリと刺激してくるんだもの。ホクトくんが独り立ちして、立派な冒険者になるのを、これからも見守っていこうと思うの。
「我が名は天狐。さあ人の子よ、我が力を欲するなら、その証を示せ」
あ、今はそんな場合じゃ無かった。目の前には、私が求めて止まない火の精霊の上位種がいる。彼女に私を認めてもらって、是非とも契約しないといけないんだった。
「うひょぉ~、天狐キタァーーー!!!」
なんかホクトくんのテンションがおかしい。確かに天狐はめったにお目にかかれるような精霊じゃないけど、それにしてもそのテンションはどうかとお姉ちゃんは思うよ。
「そ、それで人の子よ。我の力を必要としているのは、どの子だ?」
「あ、私です!」
右手を大きく上げて自己主張する。こういう時は、遠慮していても良い事は無いからね。
「お主は、狐人族の娘か。見たところ、火との相性は余り良くなさそうだな」
う、やっぱり天狐にも見破られてしまった。火との相性、それは私が生まれたときから持つコンプレックス。そもそも狐人族にとって、火を操ることは息を吸うのと同じくらい当たり前の動作。実際、お父さんもお母さんも何事も無く火を操っていた。同じ集落の年下の子たちも、私よりも上手に火を操る。そんな光景を見るのは、私にとって苦痛でしかなかった。
確かに私は水との相性が良い事で、他の人たちよりも水の扱いが上手い。お父さんもお母さんも毎日の水汲みや、畑の仕事が楽になると喜んでくれていた。だけど、私は狐人族だ。狐人族である以上、火を操る術が劣っている私を周りの人は評価することは無かった。
「私、村を出るよ」
そう両親に打ち明けたのは、私が15歳の誕生日を迎えた日だった。このまま穀潰しを抱えていては、お父さんとお母さんの村での扱いが酷くなる。私は大好きなお父さんとお母さんに、そんな目に合ってほしくない。だから……私が居なくなれば、きっとお父さんたちは村の人たちから蔑まれた目を向けられることも無くなる。
村を出る、それは当時私が考えついた最高の方法だと思っていた。
「どうした狐人族の娘、我との会話はできぬか?」
思考が現実に引き戻された。そうだ、私は今、念願の火の上位精霊の前にいるんだ。苦い思い出しかない、昔の事を考えていても仕方ない。
「そうです、私は火との相性はよくありません。ですが、それでも私はあなたの力を欲します」
「よかろう、狐人族であれば我の試練を受ける資格がある。だが、いいのか?我の試練は厳しいぞ?失敗すれば……」
「命が無いんですよね?」
「おいアサギ、俺はそんなこと聞いてないぞ?」
凄い顔でホクトくんが睨んできます。彼にそんな目で見られるのは辛いけど、こればっかりは譲れません。
「ごめんね、ホクトくん。でも私は挑戦したいの」
真っすぐにホクトくんを見返す。大丈夫、ホクトくんなら私の今の気持ちを解ってくれると信じている。
「ホクト、アサギの好きにやらせてやれ」
カメリアが私の言葉を肯定してくれる。思えば不思議な縁だと思う。最後にカメリアを見たのは、病室で寝ている彼女の姿だった。今思えば、私はカメリアを残して逃げてしまったんだ。あの子は、例え私と2人になっても一緒に冒険者をしてくれていたはずだ。それを分かっていても、当時の私はそれ以上カメリアと一緒にいることを拒絶して逃げ出した。
「カメリア、だけど……」
「人には譲れないものがある。アタイにもあったし、ホクトにもあるはずだ。その精霊の試練とやらは、アサギにとってどうしても譲れないものなんだろ」
彼女、カメリアはそこまで私のことを解ってくれていた。それが凄く嬉しい。久しぶりに会ったカメリアとは、どう接したらいいか解らなくて、またも逃げ出してしまった。だけど、それをホクトくんが取り持ってくれたから、何とか和解することができた。
「ホクトくんお願い。私を信じて……」
だから、私はカメリアの為にも、ホクトくんと今後パーティを組むためにも……。
「私は力を手に入れて、あなたの仲間になりたいの!私だけお荷物になるなんてイヤ!私は絶対試練に打ち勝って見せる!」
「よう言うた!我をガッカリさせるなよ、狐人族の娘」
「私の名前はアサギ・ムラクモ!あなたを使役する者の名前よ、憶えておきなさい!」
こうして私は、天狐の試練に挑んだ。
「本来は我とそなたの1対1で試練を行うのが常なのだが、火に相性が良くないその身で我に挑んできたのだ。仲間の力を借りても良いぞ?」
「ふふ、ありがたくそのハンデいただきます!」
1対1じゃ勝ち目がまるでないと思ってたから、天狐の言葉は有難く頂戴する。
「ホクトくん、前衛として天狐を止めて」
「おう!」
「カメリアは、中衛として天狐を攪乱して隙を作って」
「任せろ!」
「私は最大火力の魔法を天狐にお見舞いする!」
今の私にできる最大級の攻撃。最初から小細工抜きの真正面攻撃。まずは、これが天狐に通じるのか?それを知らなければ、次の手が打てない。
「はぁ!」
ホクトくんが天狐に向かっていく。最初に会った時は戦い方なんてまるで知らない素人だったのに、あれから数カ月で凄く逞しくなっていた。彼にお姉さんぶれるのも、後どれくらいか……。私はいつまでも彼のお姉ちゃんでいたいと思う。
ホクトくんの攻撃は天狐に届いていない。と言うか、天狐はホクトくんの攻撃を避けようともしていない……なのに、全くダメージを与えることができないでいた。
「クソッ、雲を殴ってるみたいだ……」
「フフン、その程度では我にダメージは与えられんよ」
でもホクトくんの攻撃で、天狐の意識はホクトくんへ向いている。その隙にカメリアが天狐の後ろへ回り込む。
「取った!」
カメリアの背後からの突き。天狐はカメリアの方を全く見ていない、これは当たるか?そう思った瞬間……。
「見え見えだな、ほらこれならどうだ?」
カメリアを見もしないで、その見た目に反した重量の朱槍をいなす。そしていなした先にはホクトくんが……。
「危ない!」
私は思わず声を上げていた。魔力を練る事に集中しないといけないのに……。
「うおっ!?」
いつの間にか自分目掛けて向かって来たカメリアの朱槍を、ホクトくんは間一髪で避けた。だけど、その結果姿勢が崩れたところを天狐に襲われる。
「その程度で姿勢を崩すとは、お主はまだまだ戦い方を知らんようだな!」
天狐が、軽くホクトくんの足を払い除けると、バランスを崩していたホクトくんは簡単に膝をつく。
「クッ……」
「出直して来い」
指先でホクトくんの肩を軽く押す天狐。その瞬間、ホクトくんは20メタほど吹き飛ばされた。
「ホクト!くそ、よくもホクトを!」
カメリアが、ホクトくんがやられたことで激昂して天狐に槍を向ける。私の目からは見えない突きの連続攻撃だと思う、だけど天狐が身体を揺らしながら前進することを止めることはできていない。
「お主も技の練りが甘いな。その程度では、我に当てる事すらできんぞ?」
「うくっ、くっそぉーーー!!!」
カメリアの攻撃を避けていた天狐が、突き出された槍の穂先を受け止める。
「な!?ば、バカな……アタイの突きを止めた!?」
「ふむ、だいたいお主らの力量はわかった。さて、狐人族の娘。このままでは、お主が攻撃する前に残りの者は全滅するぞ?」
背筋を冷たいものが駆けあがるのを感じる。これは天狐の言っていることが真実であると、感じ取ってしまっている証拠だ。まだ練り足りないけど、ここで出し惜しみをすれば全てが手遅れになる。
「う……うぉおおぉぉ!!アサギやれ!!!」
渾身の力を振り絞って、カメリアが天狐を押し込む。天狐はそれに逆らわず、軽く地を蹴って距離を取る。だけど、そこは私の間合いだ。
「水よ水よ! 我が名に応え、荒ぶる濁流の如き、大いなる意思を示せ! ウォーター・スプラッシュ!」
練り上げた魔力が指向性のある言葉で一気に具現化する。目の前に現れた魔法陣からおびただしい量の水が、天狐に向かって解き放たれる。
天狐の着地を狙った一撃、いくら天狐とは言え無防備な状態で当たればひとたまりもないはずだ。しかも、私が放った魔法は水属性。火を司る天狐にとって、致命傷となりえる一撃だ。
ドッパァーン!!!
天狐の着地点に向かって水流の放射が今尚続いている。さすがにこれだけで終わるとは思っていないけど、ある程度のダメージは与えられたと思う。しばらく続いた水流の放射が収まり、天狐のいた場所には何も残っていなかった。
「やったの?」
「残念だが、終わらぬよ」
「え?」
後ろから声をかけられ、慌てて振り返る。そこには、一滴の雫にすら濡れる事なく立つ天狐の姿があった。
「少しはやるようだが、全然足りんな。この程度の水量で我を溺れさせようとは、甘く見られたものだな」
咄嗟に天狐から距離を取ろうとしたけど、遅かった。
「さあ、お主の欲した我の力の一端だ。しっかり味わえ!」
左手腕で軽く撫でたような天狐の仕草。でも、そこからは膨大な熱量を持った炎が私に襲い掛かる。
「キャァァ~~!」
「アサギ~~!」
炎に包まれる前、私の耳にはホクトくんの叫び声が聞こえた気がした。




