16話 精霊降臨
翌朝、日の出とともに俺たちは野営地を後にした。結局カメリアは、あのまま朝まで起きることなく爆睡していた。お蔭で俺とアサギで、交代で番をする羽目になってしまった。正直眠い。
「ふぁ~、ああ、寝た気がしない……」
「ホクトくん大丈夫?もう少しゆっくりしてから出発しても良かったんだよ?」
「なんだホクト、寝不足か?ダメだぞ、冒険者は身体が資本なんだからな」
心配するアサギとは対照的に、すこぶる元気そうなカメリアに窘められた。こいつ、誰のせいで俺が寝不足になっているのか分かんないみたいだな。
「お・ま・えが、朝まで起きずに寝こけていたから、俺が1回多く番をする羽目になったんだろうが!」
カメリアの角を強く握り込む。
「ひゃぁっ!?だ、ダメだホクト!つ、角は勘弁してくれ~~!!」
カメリアは身体が頑丈だから、体罰をするにも効果が薄い。こいつに躾をするときは弱点の角を握ってやるのが一番効果的だ。
「次に同じことをやったら、これよりも酷い事をするからな?」
「わ、分かったから……角を掴むのは、止めて……ごめんなさい!」
素直に謝ったから、角を離してやる。今までも一緒に旅をしているときに、何度かカメリアの破天荒ぶりに種族間の習慣の違いを感じたけど、今回のは完全にこいつの怠慢が招いたことだ。これで、次からは夜の番で寝過ごすことは無いだろう。
一通りカメリアに説教が終わってアサギの方を見ると、なぜか顔を赤くして視線を外していた。
「ひゃぁ~、ホクトくんとカメリアって、もうそんなことを許し合う関係だったの?お姉ちゃん、ちょっとショックだわ……」
「何の話だ?」
「鬼族の女性の角は、とってもデリケートで大事な部分なの。だから、見ず知らずの男性に触られるのは、人間でいうところの胸をいきなり揉むのと同じことよ?それをカメリアが、ホクトくんに対して許しているって事は……つまり、それくらいは当たり前の関係って事でしょ?」
「なっ!?い、いや……そんな事知らなかったぞ?カメリアだって、何も言わなかったし……」
まさか、そんな大それたことをしていたなんて……。慌ててカメリアの方を見ると
「ああ、アタイ穢された……もう、お嫁にいけない」
「こいつ、確信犯じゃねえか!」
「はぁ、カメリア……それじゃ、ただの痴女よ?」
「えっ!?だって、こうすればホクトはアタイを大事にしてくれるだろ?ホクトがいつまでもアタイのモノにならないから、色々考えた結果の作戦だったんだぜ?」
「やっぱり確信犯じゃねえか……」
「昔っから、行動が原始的と言うか……おバカな子だったけど」
「な、何だよ……ホクト、お前ならもっと触っても良いんだぞ?」
もうカメリアの事は放っておこう。今のやり取りのお蔭で、とりあえず眠気は覚めたから俺を先頭に森の中を進むことにした。
「で、アサギ。俺たちは、どっちに行ったらいいんだ?」
「それが、はっきり分からないの。今までも、この辺りを中心に色々回ってみたんだけど……目的の精霊に会う事はできなかったわ」
「とすると、無闇に歩き回るしかないのか」
「おい、2人してアタイを無視するなよ!」
「うるさい、バカは黙ってろ」
俺にバカ呼ばわりされて、カメリアが沈んだ表情になる。これで少しは懲りてくれるといいんだけど……カメリアの場合は、喉元過ぎるとなんとやらだ。
俺に拒絶されたことで項垂れていたカメリアに、アサギが何か耳打ちしている。それを聞いたカメリアは、途端に嬉しそうな顔になった。おいおい、アサギはカメリアに何を吹き込んだんだ?怖くて聞けない……。
「と、とりあえず!気配感知に何か引っかかるまで移動するぞ?」
「ええ、お願いね。ホクトくんが高レベルの気配感知を覚えていてくれて助かったわ。今までみたいに無闇に移動して体力だけ無くなるって事は無さそうだし」
こうして、俺たちは先の見えない宝探しを始めた。
どれくらい森の中を歩き回っただろうか、日の出とともに出発したにも拘らず太陽はすでに中天に差し掛かろうとしていた。
「少し休憩するか?」
「そうね、今のままだといざって時に対応できないかもしれないわ」
「わかった」
そこから少し離れた場所に、ちょうどいい休憩できる空間を見つけた俺たちは、各々腰を下ろして休憩することにした。
「はいホクトくん」
俺が腰を下ろすと、アサギが水筒を渡してくれた。
「ありがとう、ング……ングング……ゴクッ……プハァ!生き返る!」
歩き回って疲れた身体に、冷えてはいないけど水は沁み渡る。ファミレスとかで出される水よりも、よっぽど美味しいと感じた。
「ホクト、アタイにもくれ」
「あいよ」
俺から水筒を受け取ったカメリアは、間接キスなんて気にもせずに水筒に口を付けて一気に呷る。
「プハァ!美味い!」
俺も子供の頃から野球をやってたから、同じ水筒から回し飲みをすることに何の抵抗も無い。まあ、自分が飲んだ後に同じ飲み口に美女が口を付けることに全く何も感じないほど枯れてはいないけど……。
「しばらく歩いてみてどうだった?」
俺の隣に腰かけながら、アサギが聞いてくる。アサギの方は、今までにも同じ事を繰り返していたからか、大して疲れているようには見えない。
「そうだな、小動物や鹿程度の大きさの反応はあったけど、アサギが言うような反応は無かったな」
「そうなると、気配感知でも感知できないって可能性はあるわね」
「そうだな、元々精霊に反応するのかって思ってたし……。悪いな、役に立たなくて」
「ううん、そんなことないよ。今までは独りで森の中を歩き回ってたけど、今はホクトくんとカメリアがいる。これがどれほど心強いか」
確かにお互い気を張った状態とは言え、独りでやるのと気心が知れている連中とやるのでは、精神的に疲れる度合いが違うだろう。
「さて、そうなると次はどうやって精霊を見つけるかだけど……。アサギに何か案はあるか?」
「あったら、こんなに苦労してないよ?」
「確かにな……」
早々に詰んだか?これ以上闇雲に歩いても、収穫は得られない気がする。さて、どうしようかと考えていると……。
「精霊を釣り出そう!」
カメリアが変なことを言い出した。
「はあ?釣り出す?」
「そうだ、釣りだ。餌を巻いて精霊をアタイたちの方に釣り出せばいいんだ」
何をいきなり言い出すのかと思えば……。そんな簡単なこと、アサギが試していない訳……。
「その手があったか!」
アサギもバカだった!?
「いやアサギ、それ試してないのかよ!」
「試してないよ。だって、今までは歩き回っていれば出会えると思ってから」
えぇ……そんな簡単に見つかるなら、他の奴らからの目撃情報がもっとあってもいいだろう。それが無いって事は、ただ森の中を歩いているだけじゃ出会えないって事だ。なら、他の方法を色々試しているもんだと思ってた。
「……なによ、そんなに渋い顔しなくてもいいでしょ?私だって、結構追いつめられてて周りの事見えてなかったって反省してるんだから……」
まったく、このパーティはみんなどこかポンコツの集まりだな。俺を含めて……。とは言え釣りか、釣りって事は何かを餌にしないといけないんだけど。
「精霊って何に興味を持つんだ?釣りと言っても、餌に覚えがないんだけど」
「餌ね……だったら、魔力かしら?」
「魔力?」
「さっきも言ったけど、精霊を使役するって事は魔力を与えてお願いを聞いてもらう事になるの。だから、精霊が好きな魔力かどうかで契約の成否が決まることもあるわ」
「魔力って、精霊にとっては砂糖菓子みたいなものか」
魔力を餌にする、方針は決まったけどどうやるか……だな。そもそも俺やカメリアは魔力量が少ない。俺はまだある方だけど、どうすれば精霊が現れてくれるのか……少し考えて思いついた。
「これを使ってみるか……」
「これって……籠手?」
「ああ、ウドベラの『工夫達の洞窟』で隠し部屋にあったんだ。魔力を送る事で、色々な効果を纏わせることができる。あと燃費はめちゃくちゃ悪いけど、魔力を放出して纏めて敵を薙ぎ払う事もできる」
「へえ、そんな凄いものを見つけたんだ。これなら、何とかなるかもしれないね」
「どうするんだ?」
アサギは何かを思いついたのか、満面の笑みを浮かべる。俺たちよりも精霊に詳しいアサギがやるというなら、俺はそれに従うまでだ。
「ホクトくん、その籠手私に貸して。私がそれを付けて魔力を放出する」
「大丈夫か?はっきり言って、森の中で魔力を放出することで、どんな奴が群がってくるか分からないぞ?」
「分かってる、それでも一番可能性があると思うのよ。ただ、私が魔力を放出している間は無防備になると思うから、ホクトくんとカメリアで守ってね?」
「おう、任せろ!アサギの事はアタイが守ってやるぜ」
「俺もだ、だからアサギは何も心配しないで、やりたいようにやってみろ」
「わかったわ!」
そう言ってアサギが腰を上げる。俺は、そんなアサギに装備していた銀の籠手を渡す。それを受け取って、中心へ向かって歩き出すアサギ。俺とカメリアも後を追う。
「この辺りで良さそう。じゃあ2人とも、後はお願いね」
「「おう!」」
銀の籠手を左腕に装着したアサギが、腕を空に向けて掲げる。手のひらの中心からおびただしいほどの魔力が放出され、霧のように空に噴霧される。
「さて、これが吉と出るか凶と出るか……お、早速反応が」
俺の気配感知に反応があった。俺たちから向かって右側の森の中から、何かが近づいてくる。俺たちが来た方とは逆の方角だ。
「カメリア、何か来るぞ注意しろ!」
「あいよ!」
俺とカメリアは戦闘態勢を取って待ち構える。果たして、そこから現れたのは
「ジャイアント・ボアか!」
「これならアタイ1人で大丈夫だ。ホクトはアサギの側で守ってやれ!」
「無茶するなよ?」
森の中から現れたジャイアント・ボアに向かって駆け出すカメリア。俺でも大丈夫だったんだ、カメリアの方も心配ないだろう。そうこうしているうちに、またも気配感知に反応があった。
「これは……ちょっとやばいかもしれないぞ」
アサギが魔力を放出してから、魔物が寄ってくる間隔が尋常じゃないくらい早い。今のままだと、どんどん魔物が寄ってきそうだ。
「アサギ!いつまで続けるつもりだ?」
「まだまだいけるよ?私よりも、ホクトくんたちが厳しいと思ったら声をかけて。そこまでは続けさせて!」
アサギとしても、軽い気持ちで始めた行為じゃない。少なくとも、何かしらの結果が得られないとやった意味がないだろう。
「くそっ、安請け合いし過ぎたか?だけど、俺も男だ!お前ら1匹たりともアサギには近づけさせねえ!!!」
覚悟を決めて、啖呵を切って魔物たちに向かって駆け出した。
どれくらい戦っていただろうか。こんなに魔物と連戦をするのは、初めてかもしれない。ダンジョンの中でさえ、ここまで魔物の群れに襲われたことは無かった。
「ハァ……カメリア、そっちはどうだ?」
「フゥ……フゥ、こっちはまだやれるぞ?」
そうは言うけど、見た感じカメリアもそろそろ限界だろう。俺の方も、そろそろやばい。どうする、アサギを止めるか?
アサギの方を見やると、額に大量の汗を滴らせて、それでも気丈に振る舞って魔力を放出し続けている。俺たちも厳しいけど、アサギもかなり無理をしている。このままだと、森を抜ける力すらも出し切ってしまいかねない。
「……そろそろ限界か」
アサギの願いは叶えてやりたいけど、これ以上は全滅する可能性が出てきた。仕方ないけど、アサギには諦めてもらおう。
「アサギ……」
「……!!来た!」
俺の声とアサギの声が被った。何かを感じたアサギがある方向を向く。釣られてそっちを見ると……。
「!な、なんだあれは……」
見た目はただの人に見える。だけど、こんな場所にただの人がいるはずがない。それに、さっきから感じる背中をゾワゾワしたものが這い上がる感覚。本能がヤバイと感じ取っているんだろう。
「アサギ、そいつはヤバイ!逃げろ!」
「ううん、私が待っていたのはアレよ」
俺たちの前まで歩いてきた人に見える存在、それは白色の髪と金色の目をした少女だった。
「ほう、我を釣り上げたか人の子よ。ククク……まんまと引っかかったものよ」
これって、俺たちの世界でも有名なあいつじゃないのか?
「我が名は天狐。さあ人の子よ、我が力を欲するなら、その証を示せ」
それが、アサギが契約をしようとしていた精霊の正体だった。




