8話 過去
アサギとカメリアが以前在籍していたパーティ名が、今後登場するパーティ名と
被っていたため変更しました。
「涼風の乙女」→「東雲の戦姫」
俺たちは今、羊の夢枕亭の食堂にいる。俺たちと言うのは、俺とアサギとカメリアだ。ハンナちゃんは、久しぶりに会ったポロンと裏で遊んでいる。正直言って、俺もそっちに混ざりたかった。
「「…………」」
重いんだよ、空気が。最初は久しぶりに会った旧友と、何を話せばいいか分からなくて緊張してるのかな?くらいに思ってたんだけど、どうもそんな感じじゃない。
「な、なあ。俺も席を外そうか?」
勇気を振り絞って聞いてみる。
「「ホクト(くん)はここにいろ(いて)」」
2人同時に言われてしまった。俺としても、久しぶりに会ったアサギと話したいことは一杯あるし、カメリアとも今後の事で話したいことはあった。なのに、どうしてこうなった……。
「ああ、もう!居ろって言うならいるから、この重苦しい空気何とかしてくれよ!2人に何があったか知らないけど、話してくれなきゃ俺がいる意味ないだろ」
さすがに我慢ができなくて、声を荒げてしまった。だけど、仕方ないだろ。俺にだって我慢の限界はある。話す気が無いのに、俺の自由を束縛するのは止めてもらいたい。
アサギの方を睨むと、視線を逸らされた。今度はカメリアの方を見ると、カメリアも視線を逸らした。くそっ、どうしろって言うんだ。
「はぁ~、とにかく。お前たちの間に何かがあったのは分かった。で、2人が俺にここにいてほしいって事は、今の状況を俺に何とかしてほしいって事でいいのか?」
お互いに鍔迫り合いをするだけで、一向に進展しない状況を見かねて俺が取り仕切ることにした。イヤな役だけど、我慢して何とかしようとする俺って大人だ。
「……それでいい」
「……アタイも構わない」
いや、なに『そんな事考えてもいなかったけど、俺が言うなら仕方ない』みたいな空気出してんの!?明らかに俺待ちだっただろ、お前ら。
「とは言っても、俺はお前たちの過去を知らないんだ。それくらい話してくれても良いだろ?」
「……ふぅ。分かったわ、私から話します。カメリアもそれでいい?」
「……ああ」
ぶっきらぼうに答えるカメリア。どちらかと言うと、アサギよりもカメリアの方にこそシコリがあるような気がする。
「ホクトくんも薄々気付いてると思うけど、私とカメリアは昔同じパーティにいたの」
そんな事だろうとは思った。でも、ただパーティを組んでただけじゃ、こんな墓場のような空気にはならないだろう。
「もう3年くらい前になるかな。私とカメリア、他にも2人いて全部で4人のパーティだった。全員女の子だったのよ」
今から3年前だとアサギもカメリアも22,3歳くらいのころか。
「冒険者になるために田舎から出てきて、ギルドの試験会場で同期だった私たちは全員女性と言う事もあって、自然とパーティを組むようになったの。まだ右も左もわからない新米の女性冒険者4人組のパーティは、悪い意味で目立ってたわ」
それは容易に想像できる。他の2人は会ったことが無いから解らないけど、アサギもカメリアも十分過ぎるほどに美人だ。そんな連中が女性だけでパーティを組んでいれば、うだつの上がらない連中がセクハラ紛いに付き纏ってきたことだろう。
「私たちに近寄ってくるのは、あからさまな身体目当ての連中だったり騙そうとして来る連中ばっかりだった。いい加減うんざりしてたけど、仲間の1人が言ったの。実力で見返してやればいいって。これにみんなが共感して、私たちは死に物狂いで強くなろうとしたわ」
上昇志向はカメリアだけじゃないって事か。こいつ1人でも鬱陶しいのに、こんなのが4人も集まったのか。
「誰よりも早く、誰よりも多く仕事をこなして異例の速さで私たちはDランクになった」
「さっきアタイがホクトに言ったろ。こんな短期間でCランクになるなんて異常だって。アタイたちもDランクになるのに3カ月で異常だって言われたんだよ」
そうか、Dランクでも3カ月は異常と言われる中、ソウルは3カ月でCランクにまでなったのだ。それが異常でなくて何だと言うんだ。
「あいつはぶっ飛んでるからな、参考になんないよ」
「……ホクトくんだって1カ月でDランクになったじゃない。十分異常よ」
アサギが冷めた目で俺を見てくる。反論もできないので視線を逸らすと、逸らした先にカメリアのジト目が待ち構えていた。実はお前ら仲いいんじゃないか?
「……コホン。冒険者になって3カ月で全員がDランクになった女性だけのパーティ、これ以上ないくらいに話題に上がったわ。もう、誰も私たちにセクハラ紛いの事をしてくることは無かった」
「あの時は楽しかった。依頼を受ければ受けただけ、自分が強くなっていくことが実感できた」
ポツポツではあるけど、カメリアもアサギの説明に補足を入れてくるようになった。いつまでもだんまりを決め込んでても辛いだけだからな、特にカメリアには似合わない。
「私も楽しかった、使える魔法の種類もどんどん増えて……沢山の魔物を1つの魔法で全滅出来ることに病みつきになって、さらに強力な魔法を使えるようになりたいと毎日練習してた」
アサギが魔法にのめり込む気持ちはわかる。俺だって魔法が使えたら、中二病全開で魔法を撃ちまくってただろうしな。
「……だから私たちは失敗した」
「えっ?」
「慢心してたんだ、あの頃のアタイたちは己惚れてたんだ。アタイたちにかかれば、どんな依頼でもこなして見せる。アタイたちにできない事はない……ってな」
「それは、極ありふれた依頼だったの。シャドウグリズリーの討伐、それが私たちが受けた依頼。そして……」
「アタイたちのパーティが受けた最後の依頼だ」
「……」
再び重苦しい空気になった。多分ここから先は2人とも思い出したくもないんだろう。だけど、ここから先を聞かないと俺も手の出しようがない。酷だとは思うけど話してもらおう。
「それで、どうなったんだ?」
一度深呼吸してから、アサギが続きを話し出した。
「その話をする前に、私たちのパーティ構成を話しておくわ。盾持ちの騎士職が1人、斥候や罠解除ができる盗賊職が1人、槍持ちの戦士が1人、魔法使いが1人の4人パーティよ」
戦士職がカメリアで、魔法使いがアサギって事だろう。前衛と後衛がいて、更に中衛にカメリアがいるならバランスも悪くない。それでDランクに異例の速さで昇格する実力と来れば、シャドウグリズリー相手でも負けるなんて考えないだろうな。
「私たちは依頼書に書かれた場所へ行ってみたの。小さな村だったけど、近くの森にシャドウグリズリーが住み着いちゃって、村人だけじゃどうしようもないから冒険者に退治してもらおうと依頼をしたみたい。シャドウグリズリーの討伐にしては良い報酬だったし、私たちの士気も高かったから……軽く情報を集めたら森へ向かったわ」
今の話しだけ聞いてると、特におかしな部分は無い気がするけどな。
「言ったろ、ホクト。アタイたちは慢心してたんだ」
「え?」
「普通に考えれば、おかしな事だらけだったんだよ。村中からかき集めたって言う報酬の額も、アタイたちからすればちょっと高い報酬でラッキーくらいのもんだったんだ。だけど、小さな村にそんな支払い能力が無いってのは現地を見れば明らかだったのにな」
「……おいおい、それって」
「結果としてみれば、私たちは村の人たちに騙されたんです」
騙された……そんな事があり得るのか?自分たちを守ってくれる冒険者を罠に嵌めて何になるって言うんだ?
「別に私たちの身柄が目当てで騙したって訳じゃ無いわよ」
「じゃあ、何を騙したんだ?」
「……シャドウグリズリーは1匹じゃ無かったんだ」
「!?」
「森へ行った私たちが見たのは、4匹のシャドウグリズリー。駆け出しのDランク冒険者では、逆立ちしても勝ち目のない相手」
「村の奴らはシャドウグリズリーが4匹いるのを知ってやがったんだ。だが、村中からかき集めた金はシャドウグリズリー1匹分の報酬に毛が生えた程度しか集まらなかった。だから、奴らはシャドウグリズリーの数を偽ったんだ」
そんなのありか?
「もちろん違法よ。ギルドで正しく精査されていれば、受理されるはずの無かった依頼。だけど通ってしまった、そのときギルドのあった町の近くにある街道沿いで魔物が大量発生してたせいでギルドの精査の目を掻い潜ってしまったの」
「そんなの……どうしようもないじゃないか」
「そうでもないわ。本当に実力のある冒険者は、そういう怪しい依頼には決して手を出さない。本来の金額よりも高く設定されている報酬ってのは、つまり何かやましい事がある証拠なのよ。だから、私たち以外に誰も受けなかったのね」
「それも後になって気付いたんだけどな」
3年前とは言え、この2人をして騙された依頼。今の俺じゃ間違いなく騙される気がする。そういう意味でもソロってのは、自己責任と言う言葉が重く圧し掛かる。
「騙されたと思った私たちは、即座に撤退を決めた。だけど……何もかも手遅れだった」
「すでにテリトリー内に入っていたアタイたちの事は、シャドウグリズリーたちにバレていたんだ。隊列を組みなおして撤退、何て綺麗事を言う暇も無く襲い掛かられたんだ」
「最初に斥候の子が、2匹のシャドウグリズリーに囲まれて食い殺された。それで2匹はその場に留まったけど、相手はまだ2匹いる。私たちも仲間の事を気にかける余裕も無く逃げ出したわ」
「とにかく逃げないと食われる。仲間だった奴が生きたまま食われていく様を見たアタイたちは、とにかく我武者羅に逃げた。涙に鼻水、小便も漏らしてた……まともな精神じゃ無かったんだよ」
それは解る。俺もウドベラに行く途中にシャドウグリズリーに出会ったけど、殺された人を見てパニックになった。特に初めて人の死体を見たことで、何が何だか解らなくなってしまった。それが馴染みのある仲間であれば尚更だ。
「気付いたら周りを岩に囲まれた、袋小路に入ってしまっていた。バカよね、森なんて広いんだから、散り散りに逃げればみんな助かったかもしれないのに……私たちは1人になるのが怖くて、みんなが固まって逃げてしまった。結果として、みんなが一斉に見動きが取れなくなってしまったのよ」
「後ろと左右は岩に囲まれた絶壁、そして前方には2匹のシャドウグリズリー」
「そこでようやく、アタイたちは覚悟を決めたんだ。ただ食われるよりも、戦って絶対生き残ってやるって」
冒険者3人対シャドウグリズリー2匹の戦いか。他の奴なら知らないけど、アサギとカメリアの実力を知ってる俺からすれば、意外と何とかなるんじゃないか?って思ってしまう。
「ふふ、ホクトくんの私たちへの評価は嬉しいけど、それはあくまで平時の時の話。私たちは戦うことを選んだけど、心の方は元に戻ってはいなかったの。仲間が食い殺されて、精神はすでに壊れていたのよ」
「前衛の奴も、アタイも武器は構えたけど普段通りの動きなんてとてもできねえ。足はガタガタ震えて、今思い返してもみっともないったらないな」
カメリアでも、そんな状態になることがあるのか。疑問が顔に出てたんだろう、カメリアが自嘲気味に笑った。
「今のアタイなら、シャドウグリズリーが4匹いても負ける気はしねえ。だけど、あの頃は若かったんだよ、それに経験も足りてなかった」
そうか、3年前のアサギとカメリアの話だ。今の力量で比較しても意味がない。
「前衛がそんな状態だったから、私が魔法で蹴散らそうとしたの……それが全てを壊してしまったわ」
「えっ?」
アサギの表情が苦悶に歪む。こんなアサギの表情を見るのは初めてだ。カメリアを見ると、カメリアも苦渋に満ちた表情をしていた。つまり、それだけの何かが起こったと言う事だろう。
「魔法がね……暴走したの」
「……」
やっとの思いで絞り出したようなアサギの言葉に、俺は何も言えなくなった。
「普段なら絶対やらないような失敗を、その時の私はしてしまった。結果として魔法は暴走、私たちパーティのど真ん中で爆発を起こした。私は、その時の衝撃で気絶してしまった」
「アタイは、全治半年の重症。前衛の騎士は気絶こそしなかったが、顔に大火傷を負った」
「奇跡だったのは、その爆発でシャドウグリズリーが逃げて行ってくれたこと。言い方は悪いけど、私たちと戦うリスクよりも既に手に入れた食料の方を優先したんでしょうね」
「……食料って」
「アタイたちの仲間の肉だ」
奇跡?いや、悲劇だろう。確かに3人の命が助かったかもしれない。だけど、その結果がパーティの壊滅ってのは悲劇以外の何物でもないだろ。
「何とか森を脱出した私たちは、村へは戻らず怪我した身体に鞭打って、なんとかホームにしている町まで戻ってこれた」
「だけど、アタイたちは終わってたんだ。前衛の奴は、顔の大火傷のせいで片目を失明。冒険者を続けられなくて町を出て行った。アタイは半年間病院のベットから出ることもできなかった」
「そして……私も町を出た。これが私たちのパーティ『東雲の戦姫』に起きた出来事の全て」
そう言って黙ってしまったアサギに、俺はかける言葉を見つけることができなかった。




