7話 おかえりを言ってくれる人は貴重だけど
「ただいま、ノルンさん」
「おかえりなさい、ホクトさん」
俺が目の前に現れたことで一瞬驚いた表情を見せたノルンさんだったけど、さすがは冒険者ギルドの看板受付嬢。すぐに優しい笑顔で出迎えてくれた。
「ダンジョン攻略は上手く行きましたか?」
「ええ。時間はかかりましたけど、何とか踏破することができました」
「それはおめでとうございます。これでホクトさんもダンジョン踏破者となり、冒険者としても一人前ですね」
「どうでしょうね、まだCランクになったわけでも無いので一人前は早い気がしますよ」
謙遜でもなくそう思う。特にソウルに会った後では尚の事だ。さっき会ったソウルは、俺の目から見ても前とオーラが違ってた。何て言うんだろう、自信が滲み出てるって言うのかな。いつの間にか差を開けられてて悔しいと思う気持ちと、悪友として純粋にCランクになったソウルを羨ましいと思う気持ちがない交ぜだ。俺もいつかはCランクにと思う気持ちがある以上は、一人前という言葉は素直に受け取れない。
「ウドベラのダンジョンは初心者向けとは言え、踏破した者は多くありません。その踏破した者の多くは、今では一流として名を馳せている人たちばかりですよ。そういう意味では、ホクトさんはダンジョン攻略のスタートラインに立ったと言う事かもしれませんね」
「ええ。これからも、可能であれば色々なダンジョンを攻略していきたいです」
そう答えた俺を見て、ノルンさんが優しい笑顔を返してくれる。この人は、冒険者になった頃からお世話になっているから、俺の成長を喜んでくれている気がする。近所の憧れのお姉さんに応援されているようで、悪き気はしないな。
「ホクト、アタイの紹介もしてくれよ」
「おっと、そうだった。ノルンさん、彼女はカメリア。今は彼女とパーティを組んでいます」
「ホクトさんとパーティ……ですか?あ、初めまして。私はリーザス冒険者ギルド所属のノルン・ウィスパーと申します。ホクトさんとは、冒険者になったときから専属のような形でお世話をさせていただいております」
「アタイはカメリア・フレイム。見てのとおり鬼族だ。そんな丁寧に話しかけられると、慣れてねえから居心地が悪くなるぜ。もっと普通に話してくれよ」
「ふふふ……わかりました、カメリアさん」
カメリアとノルンさんの顔合わせは、これで済んだかな?お互い最初は固い感じだったけど、ちゃんと話せば意外に馬が合いそうだ。
「ところで、カメリアさんはホクトさんと一緒にウドベラに?」
「ああ。最初はアタイもソロでダンジョンに潜ってたんだけど、独りじゃ限界を感じてな。そんなときにホクトと出会って、お互い協力してダンジョン攻略してたら、いつの間にかパーティを組んでたって訳だ」
「まあ、出会いは最悪だったけどな」
「その話はするなよ、ホクト!」
「いいじゃないか、結果的にアレがあったから打ち解けることができたんだから」
実際、ただギルドで会っただけならオレはカメリアとパーティを組むことは無かった気がする。なんだかんだで、あの時本音でぶつかり合ったからカメリアと一緒にやっても良いかもって思えたんだし。
「なんか楽しそうですね」
ノルンさんも、俺たちのやり取りを見て笑っている。何かカメリアとのやり取りはウドベラだと当たり前だったけど、ノルンさんの前でやると少し恥ずかしい。憧れの美人のお姉さんに身内とのやり取りを見られたような、そんな気恥ずかしさがある。
何とか話題を変えよう。
「そう言えば、アサギは町にいますか?」
「アサギさんですか?ええ、今日は仕事も終わって『羊の夢枕亭』に戻っていると思いますよ?」
「!?」
あれ、俺がアサギの名前を出したらカメリアが一瞬反応したな。もしかして、カメリアとアサギって知り合いか?
「どうした、カメリア?お前、アサギの事知ってるのか?」
「いや……どうだろう。アタイの知ってる奴と名前が同じだったから……」
なんかアサギの名前を出してから、カメリアの雰囲気が変わったな。これは、会わせない方が良いのか。それとも気にせず合わせるべきか。
「何にしてもお疲れさまでした。ギルド移動の更新は無事終わりましたので、今日はもう帰っても大丈夫ですよ」
空気を読んだのか、ノルンさんが手続きの終わりを告げてくれた。そう言えば説明していなかったけど、俺たち冒険者はそのまま町の戦力になることがある。例えば魔物の大量発生、俗に云うスタンピードが発生した時などに一定以上のランクの冒険者は強制的に狩り出されることがある。この時に、どこか別の町にいて連絡が取れないなんて事になると、見つけるのも一苦労になるし、ギルド職員の手も無駄にかかってしまう。だから、どこかに遠出をするときは出発する町のギルドと行く先のギルドで情報の更新が推奨されている。まあ、あくまで推奨で強制力は無いんだけどな。とは言え、そこまで手間でも無いんで基本的にみんなやってることだ。
今日ギルドに来たのも、リーザスに戻ったことをノルンさんに伝えて、最寄りのギルドをリーザスに戻してもらうためにやってきたのだ。俺は顔見知りがいるから簡単に終わるけど、元々ウドベラで活動していたカメリアは今後リーザスで活動するので、その手続きがちょっと時間がかかってしまった。
「カメリアさんも、今後はリーザスに腰を落ち着けるんですよね?」
「ああ、ホクトとアタイはパーティメンバーだからな。宿も同じところを使う予定だぜ」
「えっ……あ、そうですよね」
ノルンさんがシドロモドロになってる。何かまずいことでもあるのか?
「何かまずいですか?」
「えっ……。はぁ、ホクトさんはこういう経験が少なそうね。何でもないわ、今日は早く宿に戻ってハンナちゃんを安心させてあげて。あの子、あなたがいなくなってからずっと寂しそうにしてたから」
「ハンナちゃんが……わかりました。ポロンも会いたいだろうし、早速行ってみます」
「ええ、気を付けて。カメリアさんも、何かあれば私に相談して下さい」
「ありがとうよ」
少し長話をし過ぎてしまったな、周りの視線が厳しい。ノルンさんは人気の受付嬢だから長時間拘束すると、周りからイヤな顔をされるんだよな。
「じゃあ、その羊の夢枕亭ってところに行くか?」
「ああ、すぐ近くだから」
俺はカメリアを先導して、ギルドを後にした。
外で待ってたポロンと合流して、羊の夢枕亭に向けて歩き出した。俺たちが外に出ると、ギルドの建物の隅でお座りしていたポロンに子供たちが群がっていた。子供たちの中に見知った顔もあったから、きっとポロンが帰ってきたことを知って嬉しくて構ってくれていたのだろう。ポロンの方も久しぶりに会う子供たちを見て喜んでいた。こうして見ると、ポロンもいつの間にかリーザスの町に馴染んでいたんだな。
「その羊の夢枕亭って、そんなに良い宿なのか?」
歩きながらカメリアが聞いてくる。
「まあ、居心地は良いかな。俺はリーザスでは羊の夢枕亭しか知らないけど、ウドベラで最初に泊まっていた宿よりは感じが良いよ」
「ああ、あそこは良い感じはしなかったろうな。悪いな、アタイのせいで追い出されちまって……」
カメリアが俺の方を見て頭を下げてくる。こいつも結構気にしてたんだな、これは俺の話題の振り方がまずかったか。
「今更だし、気にすんなよ。アレを抜きにしても羊の夢枕亭の方が良い宿屋だと思うぜ」
「そのハンナちゃんってのがいるからか?名前からしたら、また女だな」
ジト目で俺を見てくるカメリア。
「そんな目で見るなよ。ハンナちゃんは宿屋の一人娘で、まだ10歳の女の子だ。それにポロンのもう1人の相棒だな」
「わん!」
そのとおりと言わんばかりに、元気よく返事をするポロン。ポロンも久しぶりにハンナちゃんに会えるのが分かっているから嬉しいんだろう。
「なんだガキか」
「多分カメリアも気に入ると思うぞ、あの子は妹属性を持ってるから、どうしても構いたくなっちゃうんだよ」
「へぇ~」
そんなことをカメリアと話しながら歩いて行くと、あっという間に羊の夢枕亭に着いてしまった。まあ、ギルドと羊の夢枕亭は距離も離れてないし、歩いてすぐだからな。
俺たちが建物に近づくと、宿の玄関から小さな女の子が荷物を持って出てきた。見間違うわけもなく、あれはハンナちゃんだ。
「わんわん!」
真っ先に見つけたポロンが、ハンナちゃん目掛けて飛び出していった。
「えっ?」
ポロンの声を聞いて、ハンナちゃんがこちらに顔を向ける。自分に向けて駆けてくるポロン、そして俺の顔を見て信じられないようなものを見た顔になる。次に泣きそうな顔になって、最後は零れんばかりの笑顔になった。
「ポロン!お兄ちゃん!」
自分の胸に飛び込んできたポロンを抱きしめ、ポロンの頭に頬ずりするハンナちゃん。ポロンもよっぽど嬉しいんだろう、ハンナちゃんの顔を一生懸命舐め回している。尻尾も千切れんばかりに振っている姿は、第二の主に会えた喜びを全力で表していた。
「ただいま、ハンナちゃん。変わりないか?」
「うん!私は元気だったよ!お兄ちゃんも、ポロンも怪我しなかった?」
「ああ、2人とも元気一杯だったよ」
「そっか、よかった~♪」
少し目じりに涙を溜めていたハンナちゃんだったけど、本当に嬉しそうに笑ってくれる姿は、帰ってきたことを強く印象付けてくれた。
「女将さんもいるかい?」
「中にいるよ。その鬼のお姉ちゃんもお客さん?」
「アタイはカメリアってんだ、ハンナって言うのか?これからよろしくな!」
「うん!カメリアお姉ちゃん、ようこそ羊の夢枕亭へ」
ハンナちゃんの営業トークを聞いて、カメリアの表情が見る見る緩んでいく。
「なあ、ホクト!なんだ、この可愛い生き物は!?超健気で可愛いぞ?」
「むぎゅっ」
「お前の力で抱きしめたら潰れるから、ほどほどにな」
「おう、任せろ!」
「おにいちゃん……たす……けて……」
よっぽどハンナちゃんの事を気に入ったのか、カメリアが若干壊れ気味だ。まあ、潰すほど力を入れてる訳じゃ無いから放置で良いだろう。
外で俺たちが騒いでいたからか、中から人が出てきた。
「ハンナちゃん?騒いでいるみたいだけど、どうしたの?」
久しぶりに聞くその声の主は、俺にとってはこの世界で一番心安らぐ声だった。
「あっ」
「ただいまアサギ」
外に出てきたアサギの視線が、俺の顔を見て止まる。ハンナちゃんと同じく驚き、喜び、そして笑顔で出迎えてくれた。
「おかえりホクトくん!」
ああ、この一言で俺はリーザスに帰ってきたことを実感できた。アサギと出会って1カ月、そして離れていた2カ月。俺の人生の中では一瞬に過ぎない1カ月だったけど、充実した時間を過ごせていたんだろう。他の誰よりも、アサギにおかえりと言われたことが心に沁みわたった。
アサギと俺、お互い何事も無かったことに安心しあっていると……。
「アサギ」
「えっ?」
俺の横からカメリアが声をかけた。俺にではなくアサギに。
「……カメリア?」
冒険者ギルドでの反応で薄々感じてはいたけど、やっぱりこの2人は知り合いのようだ。




