5話 見えてきた弱点と、涙の別れ
「ほた、立てるか?」
カメリアに手を差し出して立たせる。最後は紙一重で勝てたけど、お互いボロボロだ。
「ちくしょう、絶対勝てると思ったんだけどな」
「俺も勝てるとは思わなかったよ、特に最初の攻撃はやばかった。素早さは絶対俺の方が上だと思ってたから、あれでペースを崩された」
最初の槍の一突き、あれを出されるまでは素早さでカメリアを翻弄して隙ができたら攻撃すれば勝てると思ってた。だけど、あのやり取りが俺の思惑をぶち壊してくれた。
「アタイの敏捷値じゃ、絶対ホクトには追いつけないと思ってたから小細工したんだよ。なのに……あのやり取りでホクトを倒しきれなかったのが敗因だ」
「え、小細工?なにかやってたのか?」
カメリアの事だから真っ向勝負と思ってたけど、何かをしてたのか?でも、見てた限りは不正をしていたようには見えなかった。
「対人戦で有効ってだけで、ズルをした訳じゃねえよ。ホクトの呼吸の隙間を突いて飛び込んだんだ」
「呼吸の隙間?」
「ホクトは人と戦った経験があんまりないだろ?」
「え、ああ。多分今のを抜かせば2,3回くらいしかないな」
そのうちの1回はソウルを相手にしたギルドの試験の時だ。他にはギルドで絡まれたときか……まあ、あれは力の差が歴然だったから勝てて当然だったけど。
「対人間の場合に限り使える技ってのがあるんだよ。今回は、お前の呼吸に合わせて意識が逸れた瞬間に突っ込んだだけだ。まるでアタイが消えたように見えただろ?」
「ああ、あれでビックリして態勢を整えることができなかった」
「それがアタイの狙いだったのさ。普通にやってもホクトの速度をアタイが捉えるのは難しい。なら、その速度を出させないように立ち回るしか勝ち目がないと思ったんだ」
俺と同じで脳筋なカメリアなのに、頭脳戦を仕向けて来ていたなんて……それにまんまと引っかかったわけか。
「でも、結局その後はホクトの速さについて行けなくて防戦一方だったからな。アタイももっともっと練習して強くならないと」
「俺も今回の模擬戦で色々見えたよ。対人戦のスキルに、足元の攻防……」
「そうだな、ホクトは腕の攻撃に比べて足での攻撃を殆どしてこないから、上半身にだけ注意を払ってれば大丈夫だと思ってた。実際、足元を攻撃されてもなんとかなったしな」
あれは思い出しても恥ずかしくなってくる。上半身への攻撃で上に意識を向けさせてからの足元への攻撃、まんまと引っかけたと思ってたのに……自分が思っている以上に足での攻撃が苦手みたいだ。
「対人戦に関しては、これからもアタイと模擬戦をすれば嫌でも身に着くだろ。蹴りに関しては、アタイじゃ教えようもないから誰かに頼るしかないな」
「それについては宛がある。リーザスに戻ったら頼んでみるよ」
「よし!じゃあ、これからは毎朝アタイと模擬戦な」
「はぁ!?え、毎朝今のをやるの?」
「いいじゃんかよ、どうせこれからも一緒なんだし」
毎朝あれをやるのか、確かに鍛えられそうだけど冒険者の仕事をできるだけの体力が残るかな……。
「お2人とも凄かったです!」
俺とカメリアで今後の事を話していたら、アーネちゃんが興奮した様子で話しかけてきた。
「もう!もう!ほんっとに凄かったです!槍が当たるって思ってたら身体をすり抜けたみたいに動いてて、殴られるって思ってたら槍で防いでて……とにかく凄かったです!」
両腕をブンブン振り回して力説するアーネちゃん、その様子をロドスが頬の緩んだ表情で眺めている。キモイよロドス。
「分かった、分かったから落ち着けってアーネ」
カメリアがアーネちゃんを落ち着けようと四苦八苦している。今のアーネちゃんのパワーは、カメリアをしてもなかなか抑えることができないようだ。
「アーネちゃんは、普段は冒険者たちの模擬戦とか見ないのか?」
「そうですね……普段はあまり見ません。それに、何度か見たことがありましたけど、お2人のような戦いをする冒険者は、このウドベラにいませんから」
純粋だからこそのダメだしに、周りにいた冒険者たちが胸を抑えて蹲る。まさに魔性の女の面目躍如である。
「始めは昨日の事が原因で喧嘩をしているのかと思いましたが、途中から純粋な力比べだと気付いたので安心しました。それからは、目が回るような攻防にただただ唖然としてしまって……気付いたら手を握り込んでいました」
テヘっとばかりに舌を出すアーネちゃん。ああ、隣にいるロドスがドロドロに溶けて無くなりそうだ。マジでキモイから、どっか行ってくれないかな。
「それで、お2人はこれからどうされるのですか?」
「どうするって?」
「昨日飲んでいた時に出た話に決着が着いたのですよね?であれば、ホクトさんとカメリアさんは……」
「ああ……うん。俺は……いや、俺たちはリーザスに戻る」
「……そうですか。寂しくなりますね」
さっきまで明るい笑顔をしていたアーネちゃんだったけど、俺がリーザスに帰ることを伝えたら寂しそうな顔をして俯いてしまった。それに合わせて隣のロドスが、この世の終わりのような絶望した表情をしていた。もうお前は良いんだよ、どっか行け。
「すぐに出て行く訳じゃ無い。旅の準備もしないといけないから、まだ2,3日はウドベラにいるよ」
「……わかりました。短い期間ですが、ギルドの職員としてお2人のサポートをさせていただきます!」
「頼んだぜ、アーネ」
「はい」
それからは馴染みの人たちに挨拶して周り、ダンジョンにはどうしてもって宿の人から頼まれた蜂蜜を取りに行くだけに留めた。カメリアは喜々として7階層に潜っては蜂蜜を集めている。最近では独りでも7階層まで潜れるようになったカメリアなので、こっちも安心して任せることにした。
「ええ~!ホクトお兄さん帰っちゃうの!?」
「ああ、ゴメンなアンちゃん。ダンジョン攻略もできたから、そろそろリーザスに帰ることにしたんだよ」
「そんなぁ、もっとウドベラにいようよ!ポロンだってそっちの方がいいよね?」
「わぅ……くぅ~ん」
「ああ!ホクトはわたしの味方をしてくれないの?」
「こらアン、ポロンをいじめちゃダメでしょ」
「だけどお母さん!」
ロリーさんがポロンを優しく撫でる。ポロンにとってもアンちゃんに責められるのは辛いだろう。それを汲んでロリーさんが仲裁に入ってくれた。
「すいませんロリーさん、突然の事で」
「いいのよ、ホクトさんがいつかはリーザスに帰ることを知っていましたから」
「お母さんは寂しくないの?もう……もぅぽろんにもお兄ちゃんにもあえないんだょ……」
ああ、ついにアンちゃんが泣き出してしまった。
「ほらアン、泣きながらのお別れなんてホクトさん達も悲しくなってしまうわ」
「だって……だってぇ……うぇ~ん!」
「ほらほら泣かないの。ねえホクトさん、またいつでも遊びに来てくださいね」
「もちろん、その時はポロンと一緒にきますよ」
「ワンワン!」
ポロンもアンちゃんと別れるのは悲しいはずだ、だけど健気にアンちゃんのほっぺをペロペロと舐めている。
「うわ、ポロン。や、くすぐったいよぉ」
「ワン!」
アンちゃんの涙の痕をポロンが舐めとる。代わりにアンちゃんのほっぺが、ポロンの涎でベトベトになってるけど、アンちゃんはやっと笑ってくれた。
「ポロングッジョブ」
「わん!」
ポロンの涎をロリーさんのエプロンで拭って笑顔になるアンちゃん。これなら大丈夫そうだな。
「じゃあ、そろそろ行くよ」
「元気でねお兄さん、ポロン!」
「アンちゃんもね、ロリーさんもお世話になりました」
「こちらこそ、リーザスからの道中命を救われましたし、ホクトさんにはお礼のしようもありません」
「それはもう言いっこなしですよ。爺さんに会えないのは残念だけど、よろしく言っておいてください」
「はい、必ず」
「また来ます」
そう言い残して、俺とポロンはロリーさんとアンちゃんと別れた。ウドベラでは良い思い出があまり無かったけど、あの親子と出会えたことは数少ない良かったことの1つだ。またウドベラに来たら、会いに行こう。
「忘れ物は無いな、ホクト」
「ああ、準備オッケーだ」
いよいよリーザスへ向けて旅立つ日、時間は夜明け前とあって門の近くに人はあまりいない。昨日までに一通りの挨拶を済ませて、俺たちは今日立つことを誰にも言わずに出て行こうとしていた。
「良かったのか?」
「ああ?いいんだよ、別れをしたかった奴らとは昨日までに済んでるしな。アーネには悪いと思うけど、別れる時に泣かれるのは……ちょっとな」
カメリアとしてもアーネちゃんとは別れ難いんだろう。俺はカメリアの意思を尊重して、アーネちゃんにも今日立つことを話していなかった。
「さて、今日中に森を抜けるところまでは行きたいな」
「ああ、出発するか」
荷物を肩に担いで、町の外に一歩を踏み出す。
「カメリアさん!ホクトさん!」
そのとき、町の方からアーネちゃんの声が聞こえてきた。それを聞いたカメリアは、俺の方に睨むような視線を向けてきた。
「いやいや、俺は何も言ってないぞ?」
「じゃあ、なんでアーネがここに来るんだよ」
「お2人の考える事なんて、わたしにはお見通しです!」
自信満々に無い胸を張るアーネちゃん。そうか、お見通しだったか。
「辛気臭いのは止めろよアーネ、アタイたちはもう行くぞ」
「最後にお別れの一言くらい言わせてください。カメリアさん、わたしの……わたしたちのせいで辛い思いをさせてしまって申し訳なかったです」
「……や、止めろよアーネ。アタイは、もうそのことは気にしてないんだから」
アーネちゃんの言葉に狼狽えるカメリア。アーネちゃんが言っているのは、この前の殺しの罪を擦り付けられた一件だけのことじゃない。それまでにもギルドや冒険者から様々な嫌がらせを受けてきたカメリアを、アーネちゃんは守りきれなかったことについて謝っているのだ。カメリアも、それが解ったから狼狽えているんだろう。
「アタイは……もう、大丈夫だから。ホクトもいるし、アーネにも世話になった。だから……アタイは大丈夫だ」
「それでも、わたしはカメリアさんに謝りたかった。1人の友人として助ける事ができなかったから……。でも、次にウドベラに来た時は……絶対にウドベラは良い町だったと言わせて見せます。ですから、絶対……ぜったいにまた来てください!」
「!!!」
涙を流しながら懇願するアーネちゃんをみて、カメリアも堪えられなくなったのだろう。肩を震わせてアーネちゃんに背中を見せる。まあ、俺の方からは丸見えだけど言わぬが花だな。
「あ、当たり前だ!アーネがいるんだ、絶対にまたウドベラに来るからな!その時は、また一緒に酒でも飲もうぜ!」
それだけを言って、カメリアは歩き出した。俺も慌てて後を追う。
「わかりました!ぜったいに一緒にのみましょう!」
小さいアーネちゃんはすぐに見えなくなった。隣を速足で歩くカメリアの方を見ると、いつまでも乾くことの無い涙が頬を伝い落ちる。
「……また来ような」
「……ああ」
俺はそれだけを言って、前を向いて歩いた。さあ、久しぶりのリーザスだ。みんなに会えるのが楽しみだな。アーネちゃんと別れた寂しさを忘れるように、俺は帰るべき場所リーザスに思いを馳せた。




