4話 模擬戦決着
開始の合図とともに前に飛び出す…………事ができなかった。
俺の前にいるのは、間違いなく今までで最強の相手だ。カメリアの強さは理解していたつもりだったけど、相対して改めてその強さを感じることができた。
隙が無い……。素早さにものを言わせて翻弄しようと思ってたけど、目の前にいる相手はそんな小細工が通用する相手じゃ無かった。
「どうした、来ないのか?」
挑発って訳じゃ無い、ただの確認をカメリアが呟いた。冗談じゃない、突っ込んでいたら最初の一撃でこの勝負は終わってた。俺はカメリアと言う戦士を過小評価していたのかもしれない。
「……すぐ終わったら、面白くないだろ?」
「フン、なるほど」
会話をしながらも隙を伺ってみたけど、まるで見当たらない。参ったな、ある程度は良い線行くと思ってたけど、今の俺じゃ手を抜いてどうこうできる相手じゃないな。
改めてカメリアを観察する。いつも使っている主武装の鬼神の朱槍を水平に構えて腰を落としている。これは、自分から飛び込むんじゃなく、相手が来たところを迎撃するつもりか。
「……なら、こっちから行くぞ」
「……え?」
そのやり取りの瞬間、カメリアが消えた。
「なっ!?」
慌てる俺の目の前に槍の穂先が現れた。咄嗟に頭を捻ってやり過ごす。
シュバッ!
耳のすぐ傍を暴風が吹き荒れる。なんて威力だ、あんなの当たったら頭が跡形もなく消えるところだぞ。
「やるな、だが……」
慌てて態勢を立て直そうとするけど、カメリアがそれを許してくれるはずもなく。
「フン!ハッ!セイッ!」
突き、横払い、掬い上げ……縦横無尽に暴れ回る槍を何とか躱していく。だけど、今の俺には全く余裕なんてない。速さではカメリアに勝っていると思っていたけど、今のカメリアの速度は俺と比べても遜色がない。
「くっ!」
躱すだけで精いっぱいで、こちらから攻撃することができない。これじゃあ、遠くないうちに一撃をもらう事になるだろう。そして、カメリアの一撃ってことは、それだけで耐える事の出来ない一撃と言う事だ。
「戦いの最中に考え事か?随分余裕があるな、ホクト!」
俺1人じゃとても持ち上げられないような重さの朱槍を、まさに手足のように振り回すカメリア。横払いをやり過ごして、そのまま懐に入ろうとすると、いつの間にか切っ先が戻ってきて俺を斬りつける。
「フゥ…………はぁ……」
そしてもう1つ、俺の動きを阻害するもの。それはカメリアが発する、強烈に叩きつけられる闘気……というものだろうか。殺気とは違う、熱い気の塊。これを浴び続けていると、身体が思うように動かなくなってくる。
「そらっ、そらっ、おりゃぁ!」
いつ途切れるのか、全く終わりが見えてこない槍の舞。傍から見ている分には綺麗で見蕩れるような演武も、それが自分に向けられると途端に恐ろしいものに見えてくる。
「どうしたホクト!避けるだけじゃ面白くないだろ?もっとアタイを楽しませろよ!」
脳から何かヤバイ汁でも出てるんじゃないか!?カメリアの表情が陶酔したものに変わっていく。
「そう思うなら……くっ、もっと手加減したらどうだ?」
「何を言ってる、こんなに楽しいのに手を抜くなんてできるか!」
模擬戦が始まってから、ずっと槍を振り続けているカメリアなのに、その槍の動きは時間が経つほどに鋭さを増していく。これは、早いうちに手を打たないと何もできずに叩きのめされることになるぞ。
「……なら、ちょっとは俺にも譲ってくれ!」
突き出された槍の柄の部分に、肘で打撃を与えて逸らす。ちっ、さすがの馬鹿力だ、たいして逸れてくれない。でも気にせずカメリアの懐に突っ込む。狙いはがら空きの脇腹。
「くらえ!」
腰の入った右フックを叩き込む。
ガキィ!
「なっ!?」
だけど俺の放った拳は、カメリアの左腕に防がれた。なぜだ、槍は完全にやり過ごしたのに……。
「惜しかったなホクト、だけどお前の考えは手に取るようにわかるぞ?」
頭上からのカメリアの声に視線を上げると、なんと右腕一本で槍を突き出しているカメリアの姿が見てとれた。俺が懐に入ったのを見て、片手を手放したのか!?なんて無茶なことをするんだ、こいつは。
「お前の馬鹿力は知ってたけど、ちょっと俺の理解を超えてるな」
「そんな風に言われると、アタイもショックだぞ。ちょっとくらい、やり返したく……なる!」
右腕一本で支えていた朱槍を手元に引き戻す。
「ぐぅあっ!?」
咄嗟に背を反らして石突をやり過ごす。だけど、当然そんな隙だらけの態勢の相手に対してカメリアが呑気に見逃してくれるはずもなく、背中を強かに蹴り上げられて俺は吹っ飛ばされた。
頭から地面に突っ込むところを、ギリギリで受け身を取って立ち上がる。
「いてて……。ちくしょう、足癖が悪いな」
「お前が乙女に対して言ってはならないことを言ったからだ」
カメリアが俺の方を向いて仕切りなおす。ここまではカメリアの一方的な展開が続いている。7:3でカメリアだな。周りで見ている観客たちの、どこからともなくため息が聞こえてきた。
「序盤は完全にカメリア優勢だったな」
「というか、よくあれだけ避けられるよな。俺だったら、最初の一撃で終わってたぞ……」
「カメリアの強さは知ってたけど、あの坊やもただの腰巾着ってわけじゃ無かったのね」
周りからちらほらと今までの総評が聞こえてくる。と言うか、そこのお姉さん!俺のこと腰巾着って思ってたの!?
「伊達にダンジョンを踏破してないって事だろうぜ」
「逆に言うと、あれくらいの力量がないとダンジョンって攻略できないんだ」
「オレ冒険者止めて実家継ごうかな……」
今のやり取りに何を感じたのか、周りの観客から悲鳴ともとれる言葉が聞こえてきた。
「さて、今のがアタイの全力だと思ってるなら今のうちに止めといた方がいいぞ?」
「そんな事思うもんか。それに、俺だってまだ全力は出してないしな」
「そうこなくっちゃな!来いよホクト、もっと楽しもうぜ」
言葉とは裏腹に、カメリアの眼つきはどんどん鋭さを増していく。まあ、俺も楽しくなってきたところだけどね。
「今度は、俺の方から行くぞ」
「来いよ、アタイが全部防いでやる!」
下半身を落とし、身体の力を抜く。姿勢を低くして、足に魔力を流す。カメリアを見つめながら鷹の目と集中を全力で使う。準備はできた……さあ、行こうか。
魔力を一気に解放する。
「!?」
バキィ!
俺の拳がカメリアの右頬を捉えた。予想と違ったのか、カメリアは反応することができなかった。
後ろに仰け反るカメリアの上半身、右足が一歩だけたたらを踏む。
「はあ!」
気を緩めずカメリアを攻め立てる。だけどさすがはカメリア、最初の一撃以外は全部防がれている。
「くそっ、順応性高いな!」
「へっ、良い一発貰ったら目が覚めたぜ」
守りに入ったカメリアは堅い、攻めているけど決定打になるようなダメージを与えるような一撃は全て防がれている。
しかも、こっちがちょっと気を抜こうとすると、それに合わせてカウンターを狙ってくるから始末に悪い。
「うおぉ!?」
「どうしたホクト、そろそろ疲れてきたか?」
「ふざけんな!これくらいで疲れるほど柔じゃない!」
上半身への攻撃を増やして、カメリアの意識をそちらに向ける。
「ここで!」
「それは悪手だぜ!」
俺の下段攻撃を読んでいたのか、狙った左足を半歩ずらして避けられる。
「ヤバッ!」
「おりゃぁ!」
そのまま朱槍を振り回して、俺を吹き飛ばそうとする。負けじと膝を追ってやり過ごす。くぅ……危なかった。俺の目の前を槍が凄い速度で通っていく。
尻餅をついたような姿勢から背筋だけで立ち上がり、槍の柄の部分を殴り飛ばす。
「うおぉ!?」
今度はこっちのターンだ、槍を弾き飛ばしたことでカメリアのボディががら空きになった。身体全体でぶつかるかのように突進してゼロ距離に密着する。
「これで……どうだ!」
カメリアが腕で防げないほどの密着した距離、これが俺にとっての最適距離だ。防御もできない態勢のまま、カメリアのボディに全力で両拳を叩きつける。
「オラ、オラ、オラァ!」
ドドドドド……
「ウグゥゥゥゥ……」
この距離になったら、こっちのものだ。絶対に離れないぜ。そもそもカメリアは両腕が頭の上にあって、自由に使えない。ここで決めないと俺の方がピンチになる。
「クッ……この、いい加減にしろ!」
密着したことで手も足も出なくなったのが頭に来たのか、カメリアが頭を振り乱して抵抗する。いや、これは……
ゴキン!
「うがぁ!?」
余りの衝撃に意識が飛びそうになる。
「つぅ……ず、頭突き」
「調子に乗り過ぎだホクト!」
意識が朦朧としている間に、カメリアに槍の石突で突き出された。
「ゴフッ……」
胃の中の物が全て出てしまいそうだ……。うつ伏せに倒れそうになるのを両腕で必死に支える。逆流してくる胃の中の物を必死に飲み下し、視線をカメリアに向ける。
槍を構えようとしていたカメリアだったけど、片膝をついて荒い息をついている。良かった、全く効いていなかった訳じゃ無かった。
「前から思ってたけど、お前の頭の中身ってどうなってんだ?鉄板でも入ってんじゃないのか?」
「鬼族の頭は、みんなこんなもんだ。お前こそ……くぅ、アタイの頭突きを食らって……その程度のダメージってのは、ハァ……納得いかないぞ」
「お互いさまだ、バカヤロウ……」
ここまでは両者互角のダメージってところか。いつまでも続けていたいけど、そろそろ限界が近そうだ。
「まだやれるよな?」
「当たり前だ……と言いたいところだけど、そろそろ限界だ」
「なんだ、ホクトもその程度か」
「お前も、人の事言えないだろう」
「……」
さっきのゼロ距離からの攻撃、いくつかは身体を捻ったりとクリティカルを避けていたけど、それでも結構なダメージが通ったはずだ。痩せ我慢しているけど、カメリアも力尽きる寸前だろう。
「次で……」
「ああ、次が……」
「「最後の一発だ……」」
ここからは小手先は要らない。俺もカメリアも最大最強の攻撃を、どちらが相手に当てるかの勝負だ。
力を振り絞って立ち上がる。胃の辺りがズキズキと痛いのを、意識の外に押し出す。そして腰を落として構える。
カメリアも槍の穂先をこちらに向け、突進の構えを見せる。よく見れば、足が小刻みに震えている。間違いなくダメージは蓄積している。まあ、俺も似たようなものだけど……。
「オオオオォォォォ!!!」
「ハアアァァァァァ!!!」
お互いに最後の一滴まで絞り出すように力を解放する。両者が同時に前へ。
「鬼心尖牙!」
ここで奥の手を使って来た!これを躱せば俺の勝ちだ……。
集中と鷹の目を駆使して、カメリアの槍の軌道を見極める。狙いは胴体のど真ん中、まったくカメリアらしいまっすぐな攻撃だ。待ち受ければ、今のカメリアの速度なら難なく躱せるかもしれない。だけど、俺はその道を選ばなかった。
「ブースト!」
全力で前へ!俺の戦い方はいつも同じ、とにかく前へ。それで何度も窮地を脱してきた。今回も俺は前へ出て、カメリアに打ち勝つ。
酷く緩やかな時間の中、赤銅色の穂先は蜃気楼のように揺らいで見える。受けてみて解る鬼心尖牙の本質、この揺らぎは距離感を狂わせる幻術のような技だ。少しでも距離を見誤れば俺の身体は槍の餌食になるだろう。
「ここだぁ!」
最大の加速から足を踏み込み、槍の柄に目掛けて拳を振るう。
「浸透!」
俺の奥の手浸透、これを槍に使う事でどうなるのか……。俺にも解らないけど、きっと浸透は俺を裏切らないと信じて放つ。
頬を切り裂く熱の本流、それを受けて尚俺は拳を止めない。
ガキィン!
「ぐわぁ!」
衝撃が走ったのか、カメリアが朱槍を手放す。余りの出来事に驚愕しているカメリアを見つつも一歩前へ。
「くっ、この野郎!」
カメリアが右腕を振りかぶって、俺を殴り倒そうとする。更に足に魔力を流して加速。更に一歩前へ。
カメリアの拳が俺に届く前に、身体はカメリアの懐深くに到達する。そのまま身体を反転、突き出されたカメリアの右腕を掴んで胸元に手繰り寄せる。
「!?」
身体の捻りで生まれた力を使って、カメリアの身体を地面から浮かせる。腰でカメリアの身体を突きあげ、一気に地面に叩きつける。
一本背負い……学校で習う柔道の授業中、よく友達とふざけて使っていた技だ。こっちの世界に来て手に入れた身体能力、それがあって初めて高威力の投げ技になったというわけだ。
ドサッ!
「グウゥゥ……」
背中から地面に叩きつけられて、呻き声を上げるカメリア。その顔の前に右拳を突き出し
「俺の勝ちだ」
俺は静かに告げた。
「……ああ、まいった。アタイの負けだ」
ウオォォォォォ~~~!!!
決着からしばらく置いた後、周りで見ていた観客たちから怒涛のような歓声があがる。こうして俺とカメリアの模擬戦は、俺の勝利で幕を閉じた。




