2話 鬼族の死生観
「とりあえず落ち着け」
「アタイは落ち着ている。だから、どういう事か説明しろ」
完全に目が座ったカメリアに、周りの客たちもどうしたものかと固唾を飲んでいる。テーブルを割ってしまった事で、恐らく店主であろう男が慌てて飛び出してきた。
「おい、お前ら何をやってんだ!テーブルを壊しやがって、どうするつもりだ」
「すいません、テーブルは弁償します。ちょっと連れが酔って暴れてしまって……」
「アタイは酔ってないぞ」
「カメリアは少し黙っとけ」
カメリアを視線で制して、俺は懐から財布を取り出す。テーブル代がいくらになるか分からないけど、迷惑料も込みで多めに店主に渡す。
「すいません、これで足りますか?」
「……まあいいだろう」
納得してくれたのか、店主は俺が渡した金を素直に受け取ってくれた。とはいえ、もうここで話をする雰囲気でもない。俺たちは店を出ることにした。
「アーネちゃん、ゴメンな。こんな中途半端な状況になっちゃって」
「いえ……。私は構いませんが、お2人はどうされるのですか?」
「このままって訳にもいかないからな、ちょっと酔いを醒ましながら2人で話し合ってみるよ」
「そうですか……では、また明日ですね」
アーネちゃんも、それ以上は追及しないでくれるようだ。さすが見た目は幼女でも、中身は大人。こんな時は空気を読んで引いてくれるらしい。
「悪いね、また明日」
「はい、お休みなさい。カメリアさんも……」
「……」
「カメリア、アーネちゃんにまで当たる必要はないだろ?」
「……チッ、わかったよ!じゃあなアーネ」
「はい!」
この後の事を考えると心配なんだろうけど、笑顔で帰っていくアーネちゃん。できた女である。
「……少し歩くか」
「……ああ」
俺が歩き出すと、カメリアも少し遅れてついてきた。とりあえず、ある程度は怒りが収まったのか、ブスッとして不機嫌ではあるけど従ってはくれるようだ。
夜のウドベラは、今俺たちがいる歓楽街の方は不夜城の如く賑やかだけど、少し歩いて住宅地の方まで来てしまえば明かりも少なく人通りもほとんどない。そんな静かな中を俺とカメリアは、何を話すでもなく進んで行く。
どれくらい歩いただろうか。酔いも完全に抜けた頃、俺の方から話を切り出すことにした。
「俺にはさ、やりたい……いや、やらなきゃならない事があるんだ」
「……」
「それは、ウドベラじゃなくてリーザスにしか無いんだよ」
「さっきアーネと話してた、願いの塔か?」
「そうだ」
俺には目的がある。願いの塔を踏破して、願いで元の世界に帰る事。そのために今、俺は冒険者をやっているのだ。
「願いの塔に入るためには、Cランク冒険者になって探索者になる必要がある。そのために俺は、ウドベラにあるダンジョンを踏破するために来た」
「……」
「最初に会った時にカメリアは言ってたよな、強くなるためにダンジョンに潜ってるって」
「……ああ」
「独りでダンジョンを踏破して強くなる、俺はカメリアの目的は自分を鍛えるためにダンジョンに潜ってたんだと思ってたけど、違ったか?」
「違わねえよ、アタイはどうしても強くなる必要があったんだ」
カメリアの強くなる理由、俺にはそれが分からないけど独りで潜ってまで自分を鍛えようとしてたんだ。カメリアの性格からして、そんな簡単に目的を諦めるとは思えなかった。カメリアは、また別のダンジョンに向かうものだと思ってしまっていた。そこに大きな差異があって、ここまで話が拗れる原因になってしまった。
話しながら歩いていたら、いつの間にか広場まで来ていた。まだまだ話したいことがいっぱいある俺としては、このまま宿に帰るのは憚られた。
「ちょっと座って話さないか?」
「いいぜ、アタイもホクトに聞きたいことがあったんだ」
「そうか……」
俺とカメリアは、噴水の淵に並んで腰かけた。ポロンは、俺の足元で丸くなっている。さて、何から話そうか。俺がそう思っていたら、カメリアの方から話を切り出してきた。
「……アタイの生まれた村は、村人全員が戦士だった。アタイも物心ついた時には将来戦士になると思って、小さい頃から訓練を積んでいた」
「村人全員が戦士……鬼族ってのは、みんながそうなのか?」
「そうだな、他の村の事はよく解らないけど、どこも似たようなものだと聞いた」
鬼族ってのは戦闘民族か。カメリアも小さい頃から、周りに揉まれて強くなってきたんだろうな。カメリアの強さへの憧れ、いや欲求か……それは鬼族としての誇りでもあるんだろう。
「……だけどある日、アタイの村は消滅した」
「……え?」
あまりの内容に頭が追いついてこない、カメリアの村が消滅した?いったい何があったんだ?
「正確に何があったのかはアタイも知らない。アタイが狩りに言っている間に、何者かの襲撃を受けて村のみんなは全員が殺されたんだ」
「……」
「アタイと、一緒に狩りに行っていた数名だけが生き残った。父さんも、母さんも戦いの果てに殺されたんだ。アタイが見つけたとき、2人とも防具を付けて武器を持った状態で死んでいた。それを見て……アタイは羨ましいって思ったんだ」
「羨ましい?」
「戦士として戦い、戦士として死んだ。アタイの知ってる父さんと母さんは、躾に厳しかったけど、家族として尊敬できる人たちだった。そんな2人が、戦士として戦って死ねたことに、悲しみよりも羨ましいと思う気持ちの方が強かった。アタイも死ぬときは、戦って死にたい……そう思わせるほどにな」
何と言う種族なんだろう、鬼族と言うのは。一言で戦闘民族と言うのは簡単だけど、親の死に目を見たときに、戦士としての死に様が羨ましいなんて思うのは、俺としては異常な事だった。
「正直、俺にはおかしいように思うけど、鬼族にとってはそれが当たり前の世界なのか」
「そうだな、他の種族には理解できないかもしれない。親しい人が死んだのに、羨ましいと思うのは。でも、悲しいと感じる心が無い訳じゃない、それでも羨ましいと思ってしまうほどに鬼族は戦いを神聖化している」
「……だからお前は、今まで独りで戦って来たのか?俺と会った時も、ただストイックに強さを求めてたみたいだし」
「そうだな。アタイは両親の死に目を見て、自分もこんな風に戦って死にたいと強く思った。だから、生き残りの仲間とも別れて独り修行の旅に出た」
その結果が冒険者であり、ダンジョンに独りで潜ることに繋がるのか。
「アタイの使っている朱色の槍、あれは父さんの使っていたものをアタイが持ち出してきたんだ。これが使えるようになれば、アタイも父さんと同じように戦って死ねるって」
鬼族の死生観ってのは、凄まじいものだな。
「その村を襲った奴って親の仇だろ?そいつを見つけて殺したいって思ったりしないのか?」
「そう言うのはあまりないな。確かに村を全滅させるほどの強さを持つ奴だから、戦ってみたいと思う事はあるけど……」
敵討ちが目的じゃなくて、ただ強さを追い求めているのか。俺にはとても真似できそうにないな。
「だったら、どうして俺とパーティを組んだんだ?独りで強くなるために、ここまで来たんだろ?」
「言ったろ、お前に命を助けられたからだ。鬼族は、命の恩は命で報いる。アタイの中でお前への恩が返し終わったと思うまでは、お前の元から離れるつもりは無かった……なのに、お前は」
「ああ、そこに繋がる訳か。俺としても、前から言っているように恩だ何だって気にしなくていいと思ってたからな。それこそ、今の話を聞くまでは軽く考えてたよ」
「アタイも悪かった。そもそも、この価値観は鬼族のモノだ。他の種族に受け入れろと言っても理解されるはずが無かった」
そういったカメリアは、どこか寂しそうな表情をしていた。『理解してもらえない』それが解ってしまったから、寂しいのだろう。
「さて、これでお互いの誤解が解けた訳だけど……これからの話をしないか?」
「これからの?お前は、アタイとパーティを解散してリーザスに戻るんだろ?」
「まあ、そのつもりだったんだけど……今の話を聞いて考えを変えた。俺も、お前を助けたことをちゃんと考えてみるよ」
その瞬間、カメリアは驚いた表情をした。まさか、自分たちの価値観を理解する他種族がいるとは思ってもみなかったんだろう。
「言っておくけど、俺は鬼族の価値観については理解できてないぞ。ただ、一緒にパーティを組んできたカメリアの事は多少解るつもりだ。そんなカメリアの事だから、俺も真剣に考えてみるってだけだ」
「……それでも嬉しいよ、やっぱりホクトはアタイが見込んだ男だ。お前に惚れた自分を褒めてやりたい」
「……あんまりストレートに言うなよ、恥ずかしくなるだろ」
「クックック……照れるなよ」
やっと、元の関係に戻れたかな。さて、カメリアが話してくれたんだ。俺もカメリアに話してない事を話さないとな。
「お前にばっかり話させて、俺が話さないのはフェアじゃないな。……ただ、ここから先はここでは話せない。宿に戻ろう」
「お、おう……」
腰を上げて、宿への道を2人で歩く。さっき一瞬だけ元の関係に戻れた気がしたけど、これから俺がしようとしていることは、ひょっとしたら二度と元の関係に戻れなくなるかもしれない事をしようとしている。
宿までの帰り道は、2人とも一言も喋らず黙々と歩くだけだった。宿の中に入り、俺の部屋の前で立ち止まって扉を開ける。
「入ってくれ」
「……」
俺の緊張が伝わっているのか、カメリアも神妙な面持ちで頷く。先にカメリアを中に入れて、後ろ手に扉を閉める。本来なら淡い期待を抱くシチュエーションだけど、俺がこれからやろうとしているのは爆弾の投下だ。そんな空気にはなりそうもない。
カメリアに唯一の椅子を薦めて、俺はベッドに腰かける。ポロンはすでにベッドで丸くなって眠っている。
「それで、広場では話せなかったことを話してくれるんだろ?」
カメリアの挑むような視線、これで大したことじゃ無ければ怒るぞと言っているように見える。俺は俺で、喉がカラカラでまともに喋れそうにない。
「悪いな、ちょっと待ってくれ」
俺はそう断って、テーブルに置いてあった水差しから水をコップに移して、一気に飲み干した。思った以上に喉が渇いていたのか、その一杯は酷く美味しく感じた。
「……ふぅ。じゃあ、俺の話を聞いてもらおうかな」
「……ああ」
一度大きく深呼吸をする。
「…………俺は、この世界の人間じゃない」




