19話 銀の籠手
冒険者ギルドでの騒動があった3日後、俺とカメリアは9階層の攻略を目指していた。昨日、一昨日と色々あってダンジョンに潜ることができなかったのだ。
「ホクト、魔物の数が多い。さっきの通路まで戻ろう」
「わかった!」
溢れかえる不死の魔物たちを捌きつつ、カメリアの誘導に従って来た道を戻る。ここ9階層は、相も変わらず手数だけでは押し返すことができないほどの魔物で溢れかえっていた。
狭い通路に入って、一度に襲ってくる魔物の数を絞りながら蹴散らしていく。ここの魔物は1体辺りで言うと、それほどの脅威はない。ただ、物量が半端ないだけだ。
「チッ、やっぱりここを攻略するには火力が足りないか?」
「1体1体倒していたら、それこそキリがない。纏めて殲滅できる方法があれば良いんだけどな!」
俺の隣で朱槍を振り回すカメリアにしろ、俺にしろ単体に対する火力はそこそこある。だけど、このパーティには範囲殲滅できる攻撃方法が無かった。
「魔法使いでもいれば、こんな階層楽勝で進めるんだろうな」
「無い物ねだりをしても仕方ない。とにかく、一旦こいつらを殲滅するぞ!」
カメリアの掛け声に合わせて俺も気合を入れる。今できるのは1体辺りにかかる時間を短縮して、時間当たりの殲滅力を上げるしかない。
「後少しだ、行くぞカメリア!」
「おおぉ!」
遅々として進まない9階層の攻略だったけど、俺たちの戦闘経験だけは上がっている。今すぐには難しいかもしれないけど、遠くない未来に攻略して見せる。
「結局、その籠手って何か特殊効果とかあったのか?」
ダンジョン攻略から戻ってきた俺とカメリアは、素材を売るためギルドに向かっていた。
「それがさっぱり。安い鑑定だと、全然分かんないんだよ」
8階層の隠し部屋の先にあった宝箱から見つけた籠手、これをギルドで鑑定してもらったんだけど、安い鑑定料だと効果が全然解らなかった。あんなところに隠されていたんだから、絶対何か追加効果があるとおもうんだけど……。
「一番安い鑑定でも大銀貨1枚だ、もう1ランク上の鑑定をしてもらうには十倍の金貨が必要なんだぞ?払えなくはないけど、もし何も無かった時を考えると……悩むよな」
「良いんじゃないか?別に金には困ってないだろ、アタイもホクトも」
確かに俺たちは蜂蜜特需と言えるほど、蜂蜜を売りさばいて結構な金を稼いだ。これがカメリアに渡す割合を、もう少し控えていればどれくらいの稼ぎになったことか……。
「そうなんだけどな……まあ、もう少し考えるよ。金は幾らあっても困るってものでもないしな」
「さすがのアタイでも最上級の鑑定って言われれば、ホクトを殴ってでも止めるけどな」
そう言いながら笑うカメリア、怖いよ。この世界は、大抵のものは鑑定で分かる仕組みになっている。ただし、その鑑定ができる人が少ないことで、その人たちの負荷を軽減するため1回の鑑定にかかる費用がネックになってくる。レアリティの低いアイテムとかなら、一番安い鑑定でも解る情報は多い。だけど、今回のように明らかにレアな物を鑑定してもらおうとすると、下手すると最高難易度の白金貨くらい支払わないと何も解らないってことになってしまう。
「別に解らなくても装備できるんだから、特に問題なんだけどな」
「分かんないぞ、ひょっとしたら凄い効果が付いてるのに鑑定料を出し渋ったことで、それを知らずに宝の持ち腐れになってるかもな」
ニヤニヤしながらカメリアが言ってくる。確かに、こういうところに金を出し渋って不利益を被る可能性は否定できない。だけど……
「白金貨なんて金は無い!」
「だよなぁ……」
結局そこに落ち着いてしまった。そんな会話を続けてギルドの中に入ると、カウンターにいたアーネちゃんが俺たちを見つけて声をかけてきた。
「あ、ホクトさんにカメリアさん。良かった来てくれて」
カメリアと顔を見合わせて、お互いに何事かとアーネちゃんの方を見る。手招きしてるから、そこまで来てほしいって事か?
「なんだ、どうしたアーネちゃん」
「ギルドマスターが呼んでいました。ホクトさんとカメリアさんがギルドに来たら、ギルドマスターの部屋に来てほしいそうです。今お時間大丈夫ですか?」
ギルマスが?隣のカメリアも頭の上に『?』を浮かべている。ダンジョンでの冒険者殺しの件で何か解ったかな?
「時間なら問題ないよ」
「でしたら、申し訳ないですけど少し待っていてください。今ギルドマスターへ連絡してきますので」
「わかった」
アーネちゃんが、他の職員に一言二言伝えて戻ってくる。あれはギルマスに連絡に行ったのかな?
「なあアーネちゃん、ギルマスの用件って何か分かる?」
「私も詳しくは。ただ……」
そういってカメリアの方を見るアーネちゃん。ああ、やっぱりそっち絡みか。しばらく2人で――アーネちゃんは仕事に戻った――雑談をしていると、ギルド職員から付いて来てくれと言われたので、ギルマスの部屋に向かう。
「おおよく来てくれた、さあさあ座ってくれ」
目の前のソファを勧めるギルマスに従って、2人でソファに座る。ギルマスは俺の向かいのソファに座って話を切り出した。
「今日もダンジョンに潜っていたのか?」
あれ、早速用件を言うのかと思ったら雑談かよ。それなら特に付き合う必要無かったんじゃね?
「ええ、もっとも今日も大して進みませんでしたけどね」
「今はどの辺りを攻略しているんじゃ?」
まあ、特に隠すような事でもないか。一応カメリアに確認を取ろうと横を見ると、カメリアも頷いてくれた。
「今は9階層です」
「ほう、もうあんなところまで進んだのか。とは言え、お主たちでは難しいのではないか?」
さすがギルマス、よくご存じで。
「そうですね、俺たちだけだと火力が足らなくて……」
コンコン
「お茶をお持ちしました」
「うむ」
すると、さっき部屋まで案内してくれた職員の人が飲み物を持ってきた。ああ、これがあったから雑談をしてたのね。疑ってすまん、ギルマス。
俺たちの前とギルマスの前に紅茶を置いた職員は、そのまま部屋を出て行った。さて、これで用件に入ってくれるかな。
「お主たちを今日呼んだのは他でもない。先日のダンジョン事件について、ある程度解ったことがあったのでな。それを教えておこうと思っての」
「まあ、俺たち……特にカメリアは完全にとばっちりでしたからね」
「う、うむ……」
少し厭味ったらしく言い過ぎたかもしれないけど、これくらいは許容してもらおう。今回の事件については、完全にギルド内の不祥事に俺たちが巻き込まれたのだから。
「で、あいつらは結局何がしたかったんですか?」
「うむ、事情聴取と3階層の検証を行った結果色々な事がわかった。まず、あの3階層でお主たちが討伐したセミの魔物じゃが……あれは今回証拠を隠滅しようとしていた職員たちがとある薬の実験を行った結果、突然変異で生み出された魔物のようじゃ」
「薬?それって、どんなものなんですか?」
「成長を促進させるための薬を研究、開発していたようじゃ。最初は細々とやっていたようじゃが、突然とてつもない効果を持った薬ができてしまったそうじゃ」
「……それで、それを試してみたくなった?」
「そうじゃ、まさかいきなり人で試す訳にもいかず、まずは実験用のネズミに投薬したそうじゃ」
「え、ネズミ?でも、そんなやつダンジョンにはいませんでしたよ」
少なくとも、俺たちは出会っていない。カメリアの方を見ると、カメリアも首を横に振る。
「そのネズミは、3階層の隠し部屋で死んでおった」
「3階層の隠し部屋?そんなのがあったんですか?」
「うむ、あやつらが秘匿しておった。思った以上の効果を出したのは良かったのじゃが、そのままでは巨大化したネズミが誰かに見つかってしまう。そこで、ダンジョンに目を付けて冒険者を雇ったと言う訳じゃ」
「その雇われた冒険者ってのが……」
「そうじゃ、カメリアを罠に嵌めた連中じゃな。あやつらは、ダンジョン内にいくつもある隠し部屋を見つけては職員から報酬を貰っておったそうじゃ」
「……だからあいつらは隠し部屋に詳しかったのか。アタイを罠に嵌めた、あの隠し部屋も……」
「そうじゃ、その時に見つけた1つじゃ。もっとも、モンスターハウスでは隠れて実験ができないから放棄したそうじゃが」
「碌でもない奴らが手を組んだって訳か、ウドベラもどうしようもねえな」
ギルマスには悪いけど、俺としてはウドベラの評価がかなり下がる事になった。町に住んでる人達が悪い訳じゃないけど、こればっかりは実体験だから仕方ないな。
「それで、どうしてセミなんですか?」
暗い雰囲気になりそうだったので、話題を変えるつもりで振ってみた。ネズミで実験した次がどうしてセミなのか?そもそもなんでセミなのか。
「……偶然らしい」
「……は?」
「ギルドの一室を研究所にしていたようなのじゃが、薬の保管場所が地下室でな。たまたま机の上に置いておいた薬のビーカーに落ちてしまったそうじゃ」
そんな偶然ってありえんの!?どれだけ低い確率が重なれば、そんな状況になるのか……。
「とにかくじゃ、偶然にもセミの成長促進に成功したあやつらは、ダンジョンにセミの幼虫を持ち込んで経過を観察していたようじゃ」
それなんて自由研究?夏休みの小学生か!?
「そもそもセミの幼虫を成長促進させたら、早くセミになるんじゃないですか?」
「その辺りは不明らしい。あやつらも、それが不思議で色々と検証していたようじゃ」
ひょっとしたら、あのセミの幼虫はこの先ずっと幼虫のままだったかもしれないのか。それが良い事なのか、悪いことなのか。セミになったら早く死んじゃうわけだし、あいつにとっては感謝してたのかもな……。
「ところで、他の冒険者はどうしたんだ?」
カメリアとしては、セミの正体よりも自分を嵌めた冒険者の事が気になったんだろう。俺としても、今後狙われる可能性があるのかは知っておきたい。
「ダンジョンの隠し部屋で、干からびた状態で発見された。恐らくセミの幼虫に体液を全て吸われて死んだんじゃろう」
「……そうか」
余りと言えばあまりな死に様だ。恐らく生きたまま体液を吸い出されたんだろう。カメリアにやったことを考えれば自業自得と言えるけど、人としてそんな死に方はしたくない。
「アタイは聞きたいことは全部聞けた。ホクトは他にあるか?」
「そうだな、その職員たちはなんでカメリアに罪を擦り付けようとしたんですか?」
まあ、予想はつくけどギルマスの口からきいておいた方が良さそうだ。
「まず、セミの幼虫が干からびた2人の体液を吸い出し殺害。その後に逃げた残りの1人を追いかけてダンジョン内で殺した。この情報がギルドに齎されたとき、あやつらは焦ったそうじゃ」
まあそりゃ焦るよな。自分たちが秘匿していた謎生物が、協力関係にあったとはいえ冒険者を殺してしまったんだ。これがバレたら、処刑だったとしても文句は言えないだろう。
「そこで、直前にあの冒険者たちも揉めていたカメリアのことを思い出して一芝居打ったと言う訳じゃ」
「一芝居ってのは、ギルド内でのカメリア追及のことですか?」
「そうじゃ、その他細々とした情報を出してきて一番怪しいのはカメリアだと言っておった」
やっぱりか、あれはおかしいと思ったんだよ。カメリアに繋がる情報が都合よく出過ぎていた。全てではないだろうけど、かなりの数がでっち上げだったんじゃないかな。
「逃げた奴はどうなりました?」
「……現在捜索中じゃ。未確認じゃが、町を出たとの情報もある」
結局取り逃がしたのか。ああいう奴って、ねちっこく付け回しそうなんだよな。絶対逆恨みとかもしてるだろうし、今後も関わり合いたくないなぁ。
「その職員たちの今後とか、気になることはあるけど。とりあえず、今聞きたいことは聞けました」
今回の問題は、基本的に俺よりもカメリアが納得できるかが問題だった。敵討ちとかをするつもりは無かったけど、それでもカメリアを嵌めた奴らがのうのうとこれからも冒険者稼業を続けられるとなったら、良い気分はしない。その末路が知れただけでも頑張った甲斐はあったんだろう。
「そうか、我々ギルド職員としては本当に申し訳ない事をしたと思っておる。何か詫びをしたいと思っておるのじゃが、何かないか?ワシにできる事なら、なんで言ってくれ」
「そうはいっても、俺たち今はダンジョンの攻略を優先させたいから。これといってやってほしいこととかないです」
実際どれくらいのことを、この目の前の爺さんができるのか分からないけど、ダンジョン攻略に役立つ何かを持っているのだろうか?
「ダンジョン攻略か……そうじゃ。なら、お主がダンジョンで見つけた物の鑑定を1つだけワシが見てやろう」
「鑑定?ギルマスって鑑定できるんですか?」
「もちろんじゃ、ワシのスキル『鑑定』で見れぬものは無いぞ?」
うわ、この爺さん実はすごい能力者だったのか!しかも、俺たちにはちょうど今見てもらいたいお宝がある。
「ホクト……」
「そうだな、こんな幸運を見逃す手はないな」
「ホ、何か見てほしい物があるのか?」
「ええ、ダンジョンの隠し部屋で見つけた装備品があるんですが、一番安い鑑定で見てもらっても何も解らなかったんです」
「よかろう、ならワシが見てみよう」
爺さんがやる気満々になってるなら、任せてみるか。俺はカバンの中から銀の籠手を出して机の上に置く。
「……むぅ、これは……凄まじいな」
「え、もう見たんですか?」
「いや、今目の前にあるだけでも途轍もない代物じゃと解る。では見てみるか……『鑑定』」
銀色の籠手を手に取ってスキルを発動する爺さん。最初のうちは喜々として調べていたけど、途中から表情が険しいものになっていく。あれ、なんか呪いとかかかっていたのか?
「…………」
ゴクッ
知らず知らずに誰かの喉が鳴った。部屋の空気が張り詰めて緊張感が半端ない。
「……終わったぞ」
「……どうでした?」
「やっぱりすっげえお宝だったか?」
俺とカメリアの視線を一身に受けて、爺さんが重い口を開く。
「……よく解らんかった」
「「……は?」」
俺とカメリアがハモってそう聞く。そりゃそうだろ、あれだけ勿体ぶっていたのに結局よく解らないって。
「言っておくが、今までにワシが鑑定して解らないものなど無かった。なのに、この装備品について幾つか解らない事がある」
「それって……それだけ、凄いお宝……とか?」
「その可能性はある。もっとも、解ったことだけでも十分にお宝じゃ」
そう言って爺さんが話してくれた籠手の説明は、ハッキリ言って分不相応な代物だった。
「この手の甲の部分があるじゃろ、ここには何か別のパーツを嵌めることができるようじゃ。そのパーツによって、どんな効果があるのかは不明じゃ。この掌の部分、ここから流し込んだ魔力量に合わせた魔法を発動することができるようじゃ。ただし、それがどんな魔法なのかもわからん。それにこの素材、これは魔力伝導率の高いミスリル……以外にも何か別の鉱物が使われているようじゃが、ワシには解らんかった」
爺さんが話してくれた内容が上手く頭に入ってこない。手のひらから魔法?それって、俺でも魔法が撃てるって事か?それにミスリル、ファンタジー世界ではお馴染みの鉱物に更に判定できない何かが混ざっている。ハッキリ言って、駆け出しの俺が使っていいような物じゃないな。
「これって売るのと使うの、どっちがいいんですかね。俺としては使いたいけど、今後の活動を考えると売って資金にした方が良いって事もありますよね」
「いや、こんなもの手に入れようとしても二度と無いかもしれんぞ?確かに金は大事じゃが、冒険者である以上装備品には出し惜しみしてはいかん」
冒険者の先輩としてのありがたい言葉をかけてくれた。俺も売りたかったわけじゃない、ただお前が使っていいんだと、誰かに背中を押してほしかっただけだ。
「お前が使えよホクト。こんなすげえ装備、他の誰かにやるなんてアタイが許さないからな」
カメリアも背中を押してくれる、心の奥底から湧き上がる感情を制御できない。
「……あ、ありがとうございます!これは、俺が使います!」
「うむ、大事にするがよい」
爺さんから手渡された籠手を両手でしっかりと受け取る。これで、こいつは俺の相棒だ。これから俺と沢山冒険をして、いつか俺の代名詞は銀の籠手だと言わしめてやる。
「ところで爺さん、さっき別のパーツって言ってたけど、それに心当たりって無いのか?」
俺が一人感動に打ち震えていると、カメリアが俺の代わりに大事なことを聞いてくれていた。
「ワシには解らん。ただの……」
「ただ?」
「パーツの近くに行けば、その籠手が教えてくれるじゃろう」
「え、そうなんですか?」
「ワシにも確証がある訳じゃないんじゃがな、この手の装備は以前にも見たことがある。そういった装備品と言うのは、自ら完成品に近づこうとする傾向がある。なので、自分を強化できるようなパーツが近くにあれば、きっとお主にそれを教えてくれるじゃろう」
「……最高だな、お前は。お前も、俺と一緒でこれからも成長していくんだな」
成長する装備、最高じゃないか。
「他に聞きたいことは?」
「いえ、鑑定してもらってありがとうございます」
「なんの、これはワシらギルドからのお詫びじゃ。遠慮なく受け取るがいい」
「はい」
そうして俺は心機一転、銀の籠手を装備してダンジョンに挑むことにした。
次回で4章もエピローグとなります。
引き続きよろしくお願いします。




