16話 セミ(前編)
セミの魔物の意識を俺に向けるため、カメリアよりも早く敵に接敵する。
「お前の相手は俺だ、かかってこい!」
ダッシュで相手の間合いに入り込む。あいつがどんな攻撃をしてくるのか――恐らくはあの鎌みたいな両手を振り回してくるんだろうけど――解らない以上、無闇に突っ込むわけにもいかない。ある程度余裕を持った距離感でセミの魔物と対峙する。
間合いに入ってきた俺に気付いているんだろうけど、視線がどこに向いてるかわからないから間合いが取り難い。それでも相手がこちらを意識していることを踏まえて更に近づく。この距離じゃ俺は何もすることができない。俺の間合いとは、即ち密着するくらいの超近接距離なわけだ。
「ホクト、大丈夫か?」
「ああ、とりあえずどんな攻撃をしてくるのかは確認したい。カメリアはそれまで手を出すなよ」
「わかった!」
後ろで待機しているカメリアに声をかけ、俺は更に近づく。身体が大きい分、上半身や頭への攻撃は届かないけど、まずは足に狙いを定めて前へ進む。セミの魔物全体を見渡すように視線を外すことなく一歩ずつ近づいて行くと、右手の鎌を横なぎに振り切った。
「うぉっ!?」
咄嗟にその場に伏せてやり過ごす。
「あ、危なかった……。あんなクイックなモーションで今みたいな攻撃をされると避け難いな」
「ホクト!」
「大丈夫だ、それよりもカメリアには今の動作見えたか?」
後ろを振り返らず、声だけでカメリアに聞いてみる。今のは見て動いたわけではなく、ほとんど体に染みついた条件反射で避けたようなものだ。集中と鷹の目を常時発動している今でさえ、明確な動きの発動を見ることができなかった。
「正直、あまり見えなかった。ホクトこそ、よく避けたな」
「身体が勝手に動いただけだ、俺にも見えなかった」
「そうか、大丈夫なのか?今の一撃は当たればただじゃ済まないぞ?」
「さて、どうしようっかね……」
俺としてもこれ以上近づきたくないって気持ちはある。だけど、俺に取れる手段が直接攻撃だけな以上近づかない事には話にならない。
ジジッ……ジ……
すると頭の上から音が聞こえてきた。見上げてみると、セミの魔物の口がモゴモゴと蠢いている。口角の周りに泡のようなものが見えるけど、あれって……
「なあ、あれって怒ってんのか?」
「え?……ああ、怒ってんじゃないか?多分、避けられるなんて思ってなかったんだろう」
「こっちとしても冷や汗ものの攻撃だったけど、あっちとしても自信があった一撃だったんだな。それを避けられて怒ってんのか……激おこか」
「なんだ、その言い方。ちょっと可愛いな、激おこって」
地球生まれじゃないカメリアにとって響きが面白かったのか、小さな声で『激おこ』を繰り返して微笑んでいる。こんな状況じゃなきゃ、いつまでも見ていたい光景ではあるんだけどな。
「怒って注意が散漫になってるなら、ちょっと仕掛けてみるか」
俺はそう呟いて、足の裏に魔力を流す。俺の得意なブースト加速で一気にゼロ距離まで近づいて攻撃してみるつもりだ。
助走や、それらしい動きを一切することなく足の裏の魔力を解放する。途端に身体に感じる強烈なG。セミの足に向かって加速していく中、周りの景色が緩やかに流れていく。
「まずは一発!」
右拳を握り込み、魔力を流す。狙うはセミの中足、加速中の身体を捻り、腰から肩、腕へと伝え拳に到達する。右拳がセミの中足に接触する瞬間に魔力を解放する。
「なっ!?」
しかし、その瞬間に目標の足が消えた。見失った対象を咄嗟に探すと……
「は!?と、飛んでる?」
「嘘だろ……」
セミの魔物は俺たちの頭上を飛び越して、壁に着地する。しかも落ちることなく掴まっている。
「セミと思ってたけど、オケラか?」
「いや、どうみてもセミだろ」
カメリアのボケに素直にツッコむ。
「壁に貼り付くなんて、面倒なマネを」
かなり高い位置にいるセミの魔物を観察する。4本の足を岩の壁にガッチリと打ち込んで留まっているようだ。あれで、あの巨体を支えてると思うとどれだけの重量を1本あたりで支えているのか。ちょっとやそっとの攻撃じゃ、ダメージを与えられる気がしないな。
「このまま降りて来ないなら、素通りして逃げるってのも手だよな?」
「アタイは嫌だぞ。せっかく歯ごたえのありそうなやつが出てきたんだ、あいつと戦いたい」
「……これだから戦闘狂は」
「あん?何か言ったか」
「いや、何も……」
俺としては、必要も無い戦いは回避してさっさと町に戻りたいんだけど、カメリアがやる気なら付き合うしかない。とはいえ、どうやってあいつに攻撃するか。
「カメリア、お前あそこまで届く?」
「無理だな、おもいっきり槍を伸ばしても全然足りない」
「なら、裏技を使うか……」
「何か策があるのか?」
相手を注意しながら近づいてきたカメリアに、俺は思いついた案を聞かせる。できるかどうかは分からないけど、昔読んだ漫画を参考にできそうだ。俺の案を聞いていたカメリアだったが、途中から呆れたような表情を向けてくる。
「なあホクト、頭大丈夫か?」
「心外だなおい!?大丈夫だって、多分上手く行くから」
「……まあ、他に手が無いんだ。1回はお前の案にのってやるよ」
全ては信じていないような表情をしながらも、セミの魔物から距離を取るカメリア。持っていた槍を前方に突き出したような格好で構える。あれだ、棒高跳びの選手みたいな感じ。
「準備はいいかホクト?」
「ああ、こっちはいつでも」
俺の声を聞いてカメリアが走り出す。上空では、セミの魔物が俺たちのやることをジッと見ている。自分の所までは来れないと思っているのか、余裕がありそうだ。その余裕を、これから俺たちが吹っ飛ばしてやるよ。
徐々に速度がのって加速するカメリアを見ながらタイミングを測る。低姿勢から徐々に身体を起こし、最高速に到達したカメリアを見て俺も走り出す。
「行くぞホクト!」
「おう、いつでも来い!」
カメリアが思いっきり右足に力を入れ、目一杯踏み切る。それに合わせて俺もジャンプ、身体を捻って腰からの力を右足へ伝える。同時に魔力も流す。タイミングはバッチリ、カメリアの左足は俺の右足を踏み台にする。十分に荷重がかかったことを確認して、俺は一気に魔力を解放する。
「アッチョォォ~~~!」
俺の飛び後ろ回し蹴りをカタパルトにして、カメリアが一気に上空へ射出された。
「うおりゃぁ!」
まさか自分まで届くと思っていなかったセミは慌てて壁から離れる、だけど少し遅かった。
「スキル『鬼心尖牙』!」
朱槍を突き出すカメリア、狙いは後ろ脚の付け根。空中にいるため回避もできず、右の後ろ脚に槍をもろに食らった。赤銅色に光る穂先が足の付け根を捉えた瞬間、接触した部分が爆ぜた。
バシュゥ!
「ギィゲェェェ~~~!?」
後ろ脚があらぬ方向へ吹き飛ばされながらも、セミの魔物は何とか態勢を整えて地面に着地する。
「上手く行ったな」
「まさか本当に上手くいくとは思わなかったぞ!なんだ、今のはスキルか?」
「いや、昔漫g……じゃなくて本に書かれてたことをアレンジしてみた」
「カッコいいな!なんか名前ないのか?」
うわぁ、カメリアさんのおメメがキラッキラしてますよ?こいつ結構厨二病を拗らせてるよな。
「名前なんていいじゃん」
「良くない!その本にはなんか書かれて無かったのか?」
「う~ん、『スカイラブ○リケーン』?」
「その技とはちょっと違うんだよな?なら、アタイたち専用の技として名前を決めよう!」
「後でな、今は戦闘中だぞ」
「そうだった、なんかテンション上がってきた」
こいつのテンション管理楽でいいな。俺はカメリアをいったん視界から外して、セミの魔物の方を見やる。足が吹き飛ばされたけど、まだまだやる気十分のようだ。




