15話 ダンジョンに潜むもの
3階層まで戻ってきた俺たちの目の前には、行きにも目についた誰のものとも知れないドロップ品の数々だった。
「なあホクト、確か行きにもあったよな」
「ああ、俺たちは喜び勇んで全部拾ったはずだ」
「ってことは、今目の前にあるこれらは、あの後誰かが拾い忘れたモノって事か?そんな偶然ってあるのか?」
あるはずがない。1回ならラッキーで済むけど、こうも短期間に発生すると気持ち悪ささえ感じてくる。殺された男も3階層で死んでいたことを考えると、やっぱりこの階層で何かが起きているんじゃないか?
「で、どうする?拾っていくか?」
「カメリアはどうしたい?俺としては、とっとと町に戻りたい」
「アタイも町に戻った方が良いと思う。なんか、この階層は気味が悪い」
やっぱりカメリアも感じているようだ。ここでドロップ品を拾っているたった数十分を浪費するだけで、俺たちは町に帰れなくなるんじゃないか。そんな感じを覚えさせる気持ち悪さが、今の3階層にはある。
「よし、先を急ごう。ポロン、アイテムは拾わなくていいから先頭を進んでくれ」
「わぅ……ワン!」
せっかく役に立てるチャンスだったのが、お預けを食らってしまったポロンには悪いけど、ここは一刻も早く2階層まで行った方がいい。
「気を付けて行こう。行きと同じとは考えない方が良いかもしれない」
「おぅ」
敵の気配がある訳じゃないけど、俺もカメリアも緊張したまま先を急ぐ。でもいったい何があるというんだ?ギルドでは殺された奴がいるとは言っていたけど、ダンジョン自体に危険があるとは言われなかった。それが確証があってのことか、それとも何か別の理由があったのかは分からないけど、少なくとも他の冒険者たちだってこのダンジョンに潜っているんだ。だったら、3階層に何かがある場合は絶対警告があるはず……少なくとも冒険者ギルドを信じるなら。
「なあカメリア」
「なんだ?」
意識を前方に向けながらカメリアが俺の話に耳を傾ける。
「殺された男の話しなんだけど、あれって3階層で何かがあったかギルドは掴んでいると思うか?」
「はぁ?そんなのアタイが分かる訳ないだろ」
「それは俺だってそうだ。だけど、想像することはできるだろ?この町のギルドとの付き合いは俺よりカメリアの方が長いんだから、何かないか?」
「何かってなんだよ?アタイだってアーネくらいとしか、ギルドの連中とは接点ないぞ?」
「ぶっちゃけ、この町のギルドって信用できるか?」
突然の俺の言葉に、前方を向いていたカメリアがこちらを振り向いた。その顔は、キョトンとしていて、俺の言葉の意味が理解できていないみたいだ。
「ギルドを信用できるって、どういうことだ?アタイたち冒険者とギルドは信頼関係の上に成り立っているだろ。そういう意味じゃ、アタイだってこの町のギルドの言う事は信用しているぞ」
「ああ、聞き方が悪かった。今回の事件で真っ先に疑われたのはカメリアだ。それはなぜだったのか、誰かからお前と死んだ男たちが争っているのを聞いたから。本来であれば、双方の話しを聞いて疑わしいものを洗っていくと思うんだよ。なのにギルマスが話を聞く前からカメリアは容疑者に祭り上げられていた。これって、つまり誰かがお前を犯人だと思わせようとしていたって事じゃないか?」
「……」
カメリアは考え込んでしまった。俺としても確証はないんだけど、どうも何かに巻き込まれてるんじゃないかって気がしてならない。死んだ男、その仲間たちは行方不明。この時点で相手からの話しは聞かれていないと言う事だ。なのに、なぜカメリアが疑われたのか?
「死んだ男は、このダンジョンの3階層で死んでいた。そして、残りのパーティメンバーは行方が分からない。なのにギルドには、カメリアが犯人であるという声が上がっていた。これって、誰かの罪をカメリアに擦り付けようとしてたって事じゃないか?」
「……わかんねえ。アタイ頭悪いから、ホクトの言っていることがよく解ってない。でも、ギルマスの言う事は信じても良いかもしれないと思った」
ギルマス、確かにあの爺さんは俺の中でも白に近いグレーだ。あの時、爺さんと話した限りでは俺たちを嵌めようとしている感じはしなかった。これで騙されていたら、役者が違ったと諦めるしかないだろう。
「ってことは、ギルドの他の奴が何かをして、その罪をカメリアに擦り付けた」
「なんでアタイなんだ?ウドベラのギルドには、他にも大勢の冒険者がいるぞ?」
「……分かんない。ただ、カメリアと死んだ男たちが言い争っていたのを知っていて、動機として使えると思ったからお前を選んだんじゃないかな。ちなみに、死んだ男たちのことを殺したいほど憎んでいそうなやつに心当たりってある?」
「……いねえ、アタイ以外には」
つまりそういう事なんだろう。男たちが死んだことによって、誰かに疑いの目を向けさせようとしたとき、誰だったら一番違和感が無いか。その答えがカメリアだったんだろう。
俺は、これまでの流れを頭の中で整理しながら3階層を進む。ギルドの中の誰かが何か悪いことをしていて、その結果ある冒険者パーティの人間が死んだ。このままでは、その悪いことが明るみに出てしまう。何とかして矛先を逸らさねば。そこで誰に聞いても一番最初に返ってくるであろうカメリアに罪を擦り付ける。罪はカメリアが、悪いことは再び闇に消える。
「……って、これじゃまるっきり陰謀論者だな」
「何か言ったか?」
「いや、ちょっと頭の中で話が飛躍し過ぎた」
頭の上に『?』を浮かべたカメリアの表情に、ちょっとクスッとしながら3階層もあと少しで終わりと言うところまで来た。結局何事も無く終わりそうだ。あれだけ色々考えてみたけど、やっぱり事実は小説より奇なりとはいかないみたいだ。
ほんの少し、いつもよりも本当に少しだけ緊張が緩んでいたのかもしれない。突然ポロンが吠えだしたことも、自分の気配感知がアラートを突然発したことも、どこか他人事のように感じていた。その、ちょっとの隙間に奴は入り込んでいた。
「がぁっ!?」
俺の目の前で、カメリアが何かに天井から襲われた。カメリアは辛うじて槍で攻撃を受けたみたいだけど、突然の事に足は踏ん張り切れず吹き飛ばされた。
「……な、なんだ!?」
「ワンワン!」
ポロンが吠えたてる。そこで、ようやく俺は目の前のものを認識できた。
「なんだ……何なんだよ、コイツは!?」
俺の目の前には、体長が3mはある大きな虫がいた。恐らく天井に張り付いていて、俺たちが通過するのを待っていたのだろう。たまたまカメリアが真下を通ってしまったから、上から獲物に襲い掛かったんだ。
「カメリア、大丈夫か!」
「クソッ!アタイは大丈夫だ」
吹き飛ばされた方で、カメリアが立ち上がる。良かった、とりあえずは無事みたいだ。
「それにしても、コイツは何なんだ?」
俺は、ソイツに見覚えがあった。小学生の頃は良く取っていた記憶がある。だけど、地球にいたのは目の前の奴みたいに3mもあったりはしない。せいぜいが5cmくらいのもの、それは
「セミ……なのか?」
縮尺は明らかに間違っているけど、そのディティールは間違いなくセミの幼虫だ。でもなんで、こんなやつがダンジョンにいるんだ?
「そもそも、こっちにもセミがいるのかよ」
「セミ!?……ああ、確かに。言われてみれば、昔森の中で見た奴と同じだ。でもホクト、アタイの知ってるセミってこんなに大きくなかったぞ?」
「俺の知ってるセミもだよ。こいつは、何かの理由で大きくなったんじゃないか?俺とお前の知ってるセミの幼虫が同じものを指しているならな」
セミはこっちの世界にもいるらしい、しかもカメリアの言い分は俺の知ってるセミと同じ共通点を持っている。つまり、こっちのセミの幼虫もここまで大きくは無いって事だ。
改めて、目の前にいるセミの幼虫(仮)を見てみる。顔は間違いなく、俺の知ってるセミの幼虫と同じものだ。両前足は鎌のように鋭くなっていて、本来のセミの幼虫よりも鋭利になっている気がする。後ろ脚2本で身体を立ち上がらせ、二足歩行をしている。すげぇ、セミの幼虫って後ろ脚だけで立てるのかよ。
「なあホクト、アタイなんか解ったかも……」
「奇遇だな、俺も気付いてしまったかもしれない……」
目の前で威嚇するセミの幼虫(仮)。その両前足は鎌のようになっている。それって、人くらいなら突き殺せんじゃないか?
「あの死んだ男って、何かに刺し貫かれて死んでたんだよな?」
「そう言ってたな、あの鎌の形した腕なら刺した後の傷痕は槍で突かれたようになるかも」
なぜセミの幼虫(仮)が3階層にいるのかは、解らない。だけど、こんな奴が3階層を徘徊しているなら、俺たちが見つけたドロップ品だけ落ちていたことも説明が付きそうだ。
「階段の近くに落ちてたドロップ品って、多分こいつに殺された魔物が落としたんじゃないかな。人間と違って、ドロップ品には興味が無かったんだろう」
「ああ……」
カメリアも妙に納得してしまった。俺としても確証がある訳じゃないけど、十分あり得る話だと思う。
「で、どうするホクト。戦うか?逃げるか?」
「逃げたい!……けど、逃がしてくれる気がしない」
「だよなぁ……」
子供の頃は良く捕まえていたセミだけど、実際生態とかはほとんど知らない。せいぜいが幼虫は地中で何年も過ごして、羽化した後はあまり生きられないって事くらいだ。夏の風物詩って感じだったけど、最近だと夜中に鳴いていることもある。熱過ぎるのも弱いのか?なんにしても、弱点なんて思いつかないな。
「カメリアはセミの幼虫の弱点とか知ってるか?」
「幼虫なんて見たいことないぞ。アタイが知ってるのは、暑い日にミーミー、ジャージャー五月蠅い奴らだ」
ミーミーにジャージャーか、日本人の俺とは聞こえ方が違うのか?それとも、この世界のセミはそう鳴くのか。
「幼虫は地中で生活してるんだよ、大人になったら羽化して外を飛び回るの」
「ホクトはセミについて詳しいな、セミ博士か?」
なにそれ、恥ずかしい!子供の頃なら大喜びで受け入れたかもしれないけど、今の俺には羞恥プレイ以外の何物でもない。
「とにかく、地中で生きてるって聞いて何かないか?」
「そんなことを言われてもな……光に弱いとか、目が見えないとかか?モグラも視覚以外の何かで感じているって聞いたことがあったような……」
目が見えないか、確かに幼虫の今なら可能性はあるか。
「よし、どっちにしろ倒さないと町に戻れないぞ。ポロンは後ろで待機、カメリアは槍の間合いで戦ってくれ。俺があいつの動きを抑える!」
「ワン!」
「わかった!」
ポロンとカメリアが返事をくれた。よし、ならいっちょやってやりますか!




