13話 隠し部屋
9階層からの帰り、俺たちは順調に8階層を戻っていた。マッピングはすでに終えていて、8階層の全てを網羅していた。
「最短で8階層を超えれば、後は苦労するところはないな」
「ああ、今回の攻略で8階層と9階層だけで9割の時間を割いたんだ。7階層でカメリアが蜂蜜に吸い寄せられなければ、後は何の問題も無い」
「うぅ……だ、大丈夫だ。アタイはそんなに食い意地張ってない」
はいダウト、7階層でキラー・ビーを倒して得られる蜂蜜の利益分配は8割がカメリア、残り1割がギルドで買い取ってもらって残り1割が宿からの依頼だ。
「ぶっちゃけ、7階層でキラー・ビーを狩る位ならやれるけど、どうする?」
「う~~~~~~ん……」
超悩んでる、人間素直になるのが一番なのにな。これは7階層でキラー・ビーを軽く狩るくらいは想定しておいた方が良さそうだ。
マップを頼りに7階層への最短ルートを進みながら、カメリアの返答を待つ。俺たちの前を行くポロンも8階層に下りて来てからは元気いっぱいだ。その機嫌を現すかのように尻尾がゆっくり左右に揺れている。
「……お願いします」
「素直でよろしい」
こうして7階層で少し狩りをすることに決まった。その後1時間ほど歩いて、8階層もあと少しで終わりと言うところで、問題が発生した。場所は十字路、俺たちが来た方向から気配感知に反応があった。続いて前方、更に右からも……つまり俺たちは三方からの敵と鉢合わせになってしまったと言う事だ。例え三方向から別々の敵が現れても、今の俺たちに問題は無い。多少時間はかかるけど、問題なく倒せるだろう。むしろ問題なのは……
「カメリア、悪い知らせだ。俺たちの後ろ、前、右から敵が来る」
「一気に3グループか、いいね。8階層に来てから、まだ戦ってなかったから腕が鳴る」
「今ここで3グループと戦闘になると、7階層でキラー・ビーを狩る時間が無くなりそうだ」
そう、問題は時間。ここで3グループと戦闘に入ると言う事は、それだけカメリアがキラー・ビー達から蜂蜜を集める時間が無くなると言う事だ。
「よし、迂回しよう」
決断早いな!1秒も考えなかったぞ、こいつ。
「じゃあ左から迂回するか、それでも多少は時間をロスするけどな」
「いい、そっちの方が早いなら問題ない」
戦いよりも蜂蜜を取りましたよ、この鬼族の娘っ子。
「……わかった、ポロンそこを左だ」
「ワン」
ポロンに指示して左の道に入る。しばらく歩いて行くけど、まだ後ろから敵が追ってきている。というより、進行方向が同じだけっぽい。
「ダメだな、敵が付いて来ている」
「はぁ、ここで時間を食うだけ蜂蜜が遠ざかる。もう、いっそ戦うか?」
「カメリアが良いならな、迂回ルートのタイムロスと戦闘で今日は7階層を諦めてもらうぞ?」
「……くぅ、胃が痛い」
脱腸の思いかよ。
「とりあえず、もう少し進もう。それでもついて着たら、その時は諦めて戦おう」
「……わかった」
未だ諦めがつかないカメリアと一緒に迂回ルートを進む。すると、前方に小さな窪地を見つけた。
「あれ、こんな所あったっけな?」
「なあ、ホクト。ここなら後ろの敵をやり過ごせるんじゃないか?」
確かに。窪地に隠れて後ろの敵をやり過ごし、元の道に戻って8階層を超えてしまえば辛うじて7階層で狩りができる。
「ナイスアイディア、よしポロン。そこに隠れよう」
「わぅ」
ポロンを抱き上げて、俺とカメリアがギリギリ隠れられそうな窪地に入って身を隠す。ポロンをカメリアに預けて、俺が先に入って壁に背を付ける。足は開いてカメリアを、その間に座らせるつもりだ。
「わっ、意外と狭いな。ホクト、もっと詰めろよ。これじゃアタイ半分も入らないぞ?」
「そうは言うけど、くぅ……これでどうだ?」
「……無理っぽいな。よし、ホクト足を閉じろ」
「え?」
カメリアが何か考えついたのか、俺に足を閉じろと要求してくる。開いていた足を閉じて伸ばす。
「よしよし、じゃあじっとしてろよ?」
俺の足を跨いでカメリアが近づいてくる。俺の太もも辺りに腰を落ち着けて、上半身を俺に預けるような形になる。……っておいおい。
「おい、ち、近いって……」
「我慢しろ、こうしないと隠れられないんだから」
そうは言うけど、太ももにカメリアのお尻の感触が。そして、俺の目の前には真ん丸で大きなカメリアのおっぱいが……これって俗に云う座位ってやつじゃ……。
「くぅ~~~~……」
「どうしたホクト?大丈夫か?」
「だ、大丈夫。大丈夫だから、少し離れろ」
「無茶言うなよ、これでもギリギリで隠れてるんだぞ?」
「お前、今の自分の状況理解できてる?」
「当たり前じゃないか、ここでバレたら蜂蜜が無くなるんだ。それくらい分かってる」
やっぱり分かってない、ここは恥を忍んで言ってしまうか。
「あのな、カメリア。今俺の目の前に……お前の、その……」
「あ、なんだよ?良く聞こえないぞ?」
あ、カメリアが俺の声を聞き取ろうと足の上を這いずってくる。あかん、尻の感触がダイレクトに……。
「だから、お前の尻と俺の足が擦れて……あと、おっぱい」
「はあ?」
パニクッた俺の一所懸命の説明は用を成さず、かえってカメリアを近づける結果になった。そうなると、当然……。
ポヨン
「おぅ……」
「あひゃっ!?」
柔らかいものが顔いっぱいに……。それに、思わず漏れたカメリアの悲鳴が以外に可愛くて、それもさらなる刺激に変換してしまった。
「ほ、ホクト!お前……」
「ワウ!」
カメリアが怒りだしそうになったところをポロンが遮った。耳を澄ますと、俺たちに近づいてくる者たちの足音が聞こえてきた。一瞬で黙る俺とカメリア。
「……」
「…………」
カメリアは一生懸命息を殺している、そんなカメリアには悪いけど顔に当たるおっぱいの感触が触覚以外の五感を奪い去っていた。俺、もうこのままでいいや。
俺の願いが叶ったのか、魔物たちが俺たちが隠れている窪地のすぐ傍で立ち止まり、消えた俺たちを探しているようだ。あえて言おう、グッジョブと!
「おい、カメリア……あんまり体重をかけてくるなよ。お前と後ろの壁に潰されそうだ」
「そういう事はなホクト、そんな緩んだ顔で言っても説得力ないぞ?」
「仕方ないだろ、俺だって男なんだから……」
「だったら、こんな所じゃなくて宿でも良いだろ?なんで、宿だと逃げるんだよ?」
俺とカメリアがコソコソ話している間も、魔物たちは窪地の前から動かない。どれくらい時間が経っただろうか、さすがに今日はキラー・ビー討伐は無理だなと思っていた俺の耳に聞き慣れない音が聞こえてきた。
ザリッ
ザリザリ……
「ん?」
「何の音だ?」
「……さあ?」
ザリザリザリザリ……
なんかイヤな予感がする。俺は自分の尻のポジションを変えようと、腰を浮かした……だけど遅かった。
「うわっ!」
「え、ホクト!?」
突然俺の後ろの壁が喪失して、俺とカメリアは後ろに開いた穴に吸い込まれた。
2人してもんどりうって、緩やかなスロープになっている下り坂を転げ落ちていく。
「うわぁ~~!」
「ひゃぁぁ~~~!」
こういう時、カメリアは意外と可愛い声をあげるんだな。そんなどうでもいい発見をしながらも、止まることなく落ちていく。どれくらい下っただろうか、平坦な地面の感触を感じてやっと止まった。
「うぅ……いててて。カメリア、大丈夫か?」
「アタイは大丈夫だ、ホクトは?」
「俺も大丈夫だ」
お互いの無事を確認して立ち上がる。薄暗くて良く見えないけど、どうやら小さな部屋のようだ。ハッキリとは覚えてないけど、落ちた時間からすると9階層、下手したら10階層なんて事もあり得る。
「どこだここは?アタイ達下に落ちたよな?」
「ああ、多分9階層……10階層って可能性もある」
「そんなに落ちたか?」
「落ちてる間の時間間隔はあてにならないから何ともだけど、確実に8階層じゃないと思う」
しばらくして暗闇に目が慣れてきた。やっぱり最初に思った通り、広さは大したことない。それに、俺たち以外の気配も感じない。
「ポロンも大丈夫か?」
「ワンワン!」
ポロンも元気よく返事を返してきた。これで、一応全員の無事は確認できた。あとは、この部屋を調べて脱出しないと。
「カメリア、悪いけど荷物からカンテラを出してくれ」
「ちょっと待ってくれ……よし、ほらよ」
カメリアからカンテラを受け取って火をつける。たいした光量は無いけど、これだけ狭いなら問題ないだろう。
「なんか人工物っぽい作りの部屋だな、これ岩じゃないよな」
「……ホクト」
「手触りは、コンクリートみたいだ。こっちでは初めて見るな」
「ホクト」
「しかしどうやって、ここから脱出するか……」
「ホクト!」
「うわっ、なんだよカメリア」
「あ、あれ……」
カメリアが指さす先に小さな箱が見える。あれはなんだ?
「あれがどうかしたのか?」
「あれ、宝箱だぞ。しかもとびっきりのやつ」
「……え?」
言われて改めて箱を見る。確かにただの箱ってよりはゴテゴテ装飾がされているようにも見える。なんにしても初めての宝箱だ、嬉しくない訳がない。
「マジか!?やったぜ、ダンジョンで初宝箱ゲットだ!」
「こんな偶然があるのか……」
カメリアは未だに放心状態だ。隣で俺のテンションに触発されてポロンも大いに喜んでいる。
「凄いぞポロン、宝箱だってよ!」
「ワンワン!」
ポロンを抱き上げて高い高いをする、ポロンも楽しいのか空を飛んでいるかのようなポーズを取る。
「カメリアどうした、大丈夫か?」
「あ、ああ。余りの事に声も出なかった……」
「ほら、一緒に調べようぜ」
「でも大丈夫か?罠があるんじゃ……」
「それもそうか、慎重に行こう」
俺はポロンを抱き上げ、カメリアがカンテラを持って宝箱に近づく。
「……すげぇ」
「綺麗だ……」
その宝箱は豪華な装飾を施された、一種の芸術品みたいだった。これ、何で出来てるんだ?銀じゃないし……金って感じでもない。罠を警戒して、まだ触っていないけどかなりの値打ちがあるんじゃないかな?
「カメリア、さっきとびっきりの宝箱って言ってたけど、あれってどういう意味だ?」
「ああ、ホクトは宝箱初めてって言ってたな。ダンジョンで見つかる宝箱にはグレードがあってな、木<銅<銀<金<ミスリル<プラチナと上がっていくんだ」
「へぇ、そんな違いがあるんだ。じゃあ、これはミスリルか?金よりも良さそうに見えるけど……」
「……多分プラチナだ」
「……え?」
プラチナ?そんな宝箱が、どうしてこんな小さなダンジョンに?
「宝箱のグレードって、ダンジョンの難易度とは関係ないのか?」
「もちろんあるさ、難易度の低いダンジョンだと良くても銀止まりだ」
「じゃあ、なんでこの難易度の低い工夫達の洞窟にプラチナがあるんだよ?」
おかしいだろ、願いの塔で見つけたって言うなら分かるけど、ここは初ダンジョンなら一番簡単なと言われて来た工夫達の洞窟だぞ?
「多分だけど、さっきの穴は今まで誰にも見つけられていなかったんだと思う。それに、あんなところに隠し穴があるなんて誰も気付かない。それだけ難易度が高いって事だ」
「見つけるのが難しいから、置かれている宝箱のグレードが高いって事か?」
「確証はないけど、そうとしか思えない」
そういう物なのか?カメリアを信じていない訳じゃないけど、俺には判断材料がない。なんにしても目の前に実際にプラチナの宝箱があるんだ、難しく考えるよりも先に中が気になる。
「……開けてみるか?」
「開けたい!確かに罠は怖いけど、そんなグレードの高い宝箱なら開ける価値はある」
「アタイが開けようか?」
カメリアが緊張した表情で俺を見てきた。だけど、ここでの選択肢は1つだ。
「俺が開ける」
「ホクト……」
「カメリアを危険に合わせたくないのも勿論だけど、やっぱり最初に見つけた宝箱は自分で開けたい」
「……ふふ、ホクトらしいな。じゃあ任せたからな」
「おう、任せとけ!」
俺の返事を聞いて、カメリアはポロンを抱き上げ後ろに下がる。やばい、緊張してきた。グレードが高い宝箱の罠だ、ひょっとしたら死んじゃうかもしれない。だけど、ここで引くようじゃ今後冒険者なんてやってられない。
「とりあえず触ってみるか」
勇気を出して宝箱の表面に掌を置く。ひんやりと冷たい、だけど埃なんかの汚さは感じない。この宝箱が出現してからどれくらい経っているのか解らないけど、こんなに綺麗なのは何か魔法のお蔭かもしれない。
「……どうだホクト」
「すべすべして気持ちいい。とりあえず、触っただけじゃ罠は発動しないみたいだ」
そもそも罠がかかっていない可能性だってある。さて、いよいよ御開帳と行こう。
「開けるぞ」
「……気を付けろよ?」
大きく深呼吸して、集中する。もし罠が発動した時は、集中を使いつつ回避するつもりだ。
「……よし」
右手を蓋の部分に、左手を鍵穴に付いているボタンに置く。さて、鬼が出るか蛇が出るか……。
「よいしょ!」
ガコンッ!
何の抵抗もなく宝箱は開いた。
「……なにも、起きない?」
「……ふぅ。どうやら、罠はかかっていなかったようだな」
なんだよ驚かせやがって、ここ最近で一番ビビったじゃないか。俺は一気に溜息を吐き出した。
「さて、何が入っているかな?」
「待った、アタイも一緒に見る」
「ワンワン!」
カメリアもポロンも中が気になるようだ。
「よし、いっせいのでみんなで見よう」
「わかった」
「ワン!」
「いくぞ?いっせいの~~~せっ!」
2人と1匹が一緒に宝箱の中身を覗き込む。顔を近づけて6つの瞳が捉えたものは、綺麗な銀色をした籠手だった。




