8話 跳躍のスキル
4階層、5階層、6階層と問題なく進み、昼前には7階層まで来ることができた。6階層から7階層に続く階段で軽く昼食を取ってから、キラー・ビーに挑むことにした。
「さて、ようやく当初の目的である7階層に来たわけだが」
「今日はアタイはどうしたらいい?今までみたいに戦っても良いのか?」
「良いんじゃないか?最初から上手く使えるとも思えないし、7階層で十分役に立つって解ったたらそのとき改めて考えよう」
下手に跳躍ありきの戦術をいきなり試そうとしても、上手く行く気がしない。それなら、今まで通りの戦術でいきつつも跳躍を試していく方が安全マージンは取れるだろう。
「それにしても、よくこの階層まで新しいスキルを使うの我慢したな。アタイだったら、とりあえず1階層ででもぶっ放してたと思うぞ?」
「跳躍なんてスキル、空中にいる相手にしか使えないだろ。この工夫達の洞窟で空中にいる敵って、今のところキラー・ビーのいる7階層だけだからな」
「それもそうか、地を這うような奴ら相手に高く飛び上がってもな」
「そういう事」
実際試すくらいはと思っていたけど、3階層の事もある。極力今まで通りに行きたいと思う俺としては、他の階層で試そうとは考えていなかった。
「さて、それじゃ行くか。すでに気配感知にいくつか引っかかってるから、すぐにでも戦闘になるぞ」
「お、いいね!ここまでは7階層に来ることが目的だったから、見逃してた敵もいて、勿体ねえって思ってたんだよ」
笑顔でそんなことを言ってくるカメリアは、やっぱり戦闘狂なんだと思う。ポロンを先頭に俺とカメリアは、気配感知に反応が合った場所へ向かう。しばらく進むと、10匹ほどのキラー・ビーが上空を飛んでいるのが見えた。お誂えむきにキラー・ビーたちはこっちに気付いていない。
「よし、カメリアが先制を取ってくれ。遅れて俺が跳躍のスキルを使ってみる」
「了解」
「ポロンは、ここで待機な。他の奴らが来ないか見張っててくれ」
「ワン」
よし、話し合いは終わりだ。初めて使う跳躍のスキル、いよいよ使えると思うとワクワクしてくる。俺の隣では、背中から外した朱槍を構えてカメリアが突撃の態勢に入る。
「お先に」
カメリアが一声かけてキラー・ビーの群れに向かって突っ込む。鬼族はそこまで素早い種族ではないけど、踏み込む力は強い。踏み込む力によって抉られた地面が後方へ撒き散らされる。前に一度、真後ろにいた結果土塗れになったことがあった。以来カメリアの後ろにはならないよう気を付けているのは内緒だ。
テリトリーに入ってきたキラー・ビーだけど、カメリアの一撃の方が早い。地面を力強く踏みしめ一気に槍の穂先を突き出す。
「うぉりゃぁ!」
1匹のキラー・ビーが成す術なく朱槍に突き殺される。カメリアはそのまま槍を戻して着地、これがカメリアとキラー・ビーの基本的な戦闘になる。
「俺も負けてられねえ!」
遅れてキラー・ビーのテリトリーに入った俺だったけど、キラー・ビーたちの視線は全てカメリアに向いている。残りの9匹全てがカメリアに向かう中、そのうちの1匹に狙いを定めてスキルを発動する。
「頼むぜ、俺をあいつらのもとまで運んでくれよ!」
スキルを発動して、足に力を入れる。普段と変わらない感触だけど、スキルが効いていることを信じて上空に向かって飛び上がる。すると、今までとは桁違いの浮遊感を味わうことになった。
「!?うわっ、ちょ、ちょっと待った!?」
大混乱、目に見える風景がおかしなことになっていた。俺の眼下にキラー・ビーの群れが見える。とりあえずと、全力で使った跳躍のスキルは力を十二分に発揮して俺の身体を上空高く舞い上がらせた。
「……おい、大丈夫かホクト?」
戦闘中だったカメリアもポカンとした表情をしている。うん、俺もビックリだ。キラー・ビーの群れを通り越しても威力が衰えず、俺の身体は天井にぶつかった。
「ぐふぅ!……んな、バカな……」
壁に張り付いたヤモリのように天井にへばり付く。でも、当然ヤモリたちみたいに貼り付ける構造をしていない訳だから当然……。
「う、うわぁ~~!?お、落ちる~~~!!!」
自然の摂理、打ち上げられたものは重力に従って落下する。学校の授業なんて聞いていなくても、子供でも知っている常識。上空7mから人間が落ちたらどうなるか?上手く行って骨折、下手したら死んでしまう。
「こんなバカげた死に方は嫌だぁ~!」
あまりの出来事に、カメリアだけじゃなくキラー・ビーたちも対応に困ってる。カメリアに攻撃するでもなく、その場でホバリングしていた。不思議なもので、慌てているというのに眼下のカメリアやキラー・ビーの動作まで良く見える。
「な、何とかしないと……」
落下の加速が強くなってくると、本当に身動きが取れなくなる。刹那の瞬間に何ができるかを考えて行動する。このまま何もせずに地面に落下したら無事では済まない、なら何かを緩衝材にして落下の威力を落とすしかない。そして、そんな緩衝材が都合よくあるかと言うと……。
「ちょっと失礼!」
頭上から突然人がのしかかってきたキラー・ビーは、驚き取り乱して無闇に飛び回ろうとする。でも残念でした、俺が上から抑えつけてるから身動き取れないだろ?
「俺も死にたくないんだ、悪いけど俺の代わりに死んでくれ」
自力で飛べるキラー・ビーは、俺がうえからのしかかってもある程度の浮力は得られるみたいで、俺がただ落下するよりかは緩やかに地面に向かって落下する。キラー・ビーが地面に接触する瞬間に、俺は掴んでいたキラー・ビーの身体を離して前方にジャンプした。
上手く前回り受け身で威力を殺しつつ立ち上がる。見ると、俺に掴まれていたキラー・ビーは、全身を地面に打ち付けたようでピクピクと痙攣している。
「あ、危なかった……もう少しで、ああなるところだったわ」
「ホクト、大丈夫なのか?」
「え、ああ。とりあえずは何ともない」
奇跡としか言い様がないけど、怪我らしい怪我は無い。
「死ぬかと思ったけど、人間やろうと思えば案外何とかなるもんだな」
「いや、その前に。あんな非常識なほど飛び上がらないと思うぞ?」
「仕方ないだろ?初めて使うスキルだったんだし」
「初めて使う時は調整して使うだろ?」
カメリアの正論にぐぅの音も出ない。だがあえて言わせてもらう、お前にだけは言われたくない。
「とりあえず、1回使ってスキルの特性は理解できた。次からはもう少し上手く操ってみせるよ」
「頼むぜ……」
安心してホッとしているカメリアには悪いけど、まだまだ戦闘は継続中。仲間を圧死されて怒ったキラー・ビー達が俺に向かって飛んでくる。
「カメリア!俺も何とかやれそうだから、こっちの事は気にすんな!」
「分かった!こっちが片付いたら、そっちに助けに行くからそれまではガンバレ!」
カメリアと声を掛け合って、それぞれの戦闘に集中する。俺に向かって来たのは3匹のキラー・ビーたち、跳躍があれば何とかなりそうだ。
さっきの全力だと天井まで飛んでしまうことを考慮して、7割程度の力で地面を蹴る。3匹で三角形を作って向かってくるキラー・ビーたちの丁度中心に割り込む。
「今度は成功!この跳躍スキルは当たりだ!」
右にいるキラー・ビーを右拳で、その反動を使って左後ろにいたキラー・ビーを左肘で攻撃する、もちろん浸透付きだ。残りの1匹に攻撃しようとしたけど、高度が下がったことで届かなそうだ。
「手が届かないなら……」
左足を思いっきり蹴り上げて一気に引き戻す、その反動で右足をキラー・ビーに叩きつける。ちょうど自転車を逆向きに漕いでいるような恰好、昔アニメでやってたのを見たけどバイシクルシュートって言うんだっけ?
足では浸透は打てないけど、飛んでいる奴なんて羽にでも当たれば簡単に落ちる。俺の蹴りを食らったキラー・ビーは、そのまま地面に落下していく。俺の方はと言うと、そのままバック中の要領で身体を起こして両足から地面に着地。
「き、決まった……これは気持ちいい!」
足から伝わる感触も大したことはなく、実はさっきの高さから落ちていても大丈夫だったんじゃなかろうかと思えてくる。
「跳躍のスキルで飛び上がったときは、落下時のダメージも吸収してくれるのかな?この辺りは要検証だな」
蹴ったキラー・ビーだけは死んでいなかったので、止めを刺してカメリアの方を見る。あっちも最後の1匹を危なげなく刺し貫き、問題なく戦闘を終えた。
「お疲れ、そっちは問題ないみたいだな」
「ああ、アタイの方は今までと同じだからな。それよりも、ホクトの方はどうだったんだ?」
「跳躍のスキル、めっちゃ良い!金額は結構したけど、買って損は無かったよ。これで空中にいる敵にも攻撃する手段ができたのは、超近接職としては申し分ないな」
「横目でチラッと見てたけど、なんだか面白そうな戦い方してたな」
「まあ、変則的というかトリッキーと言うか。上手く使わないと曲芸で終わっちゃいそうだから、練習あるのみだけどな」
でも、この跳躍スキルは面白い。まだまだ検証の余地があるし、色々試してみたい案もある。なにより、今まで手こずっていたキラー・ビーに対して攻撃手段ができたのは大収穫だ。
「よし、この調子でどんどん狩っていこうぜ!」
「そうだな、これなら8階層まで行けるんじゃないか?」
8階層か、確かに今の俺たちならキラー・ビーを相手にしても問題なく連戦できそうだ。
「そうだな、とりあえず8階層の階段がある方に向かって、近くにいるキラー・ビーは全部倒していくってプランでどうだ?」
すでに8階層への階段は見つけている。マップが埋まっていなかったのと、カメリアが蜂蜜をこよなく愛していたから先には進んでいなかったけど、これなら余裕を持って次の階層に行けそうだ。
「それでいいぜ、8階層にも行けて蜂蜜も大量にゲット出来て言う事無しだ」
落ちていたドロップ品の蜂蜜を回収して先に進む。8階層の階段に辿り着くまでにも沢山のキラー・ビーとの戦闘があったが、個別の殲滅力が上がったことで俺たちの前に来るだけで瞬殺される、単なるボーナスステージと成り果てた。
大漁の蜂蜜にホクホク顔のカメリアを横目に見つつ、この日俺たちは、ついに8階層へと進む事ができた。




