7話 3階層の小さな異変
跳躍スキルを買った翌日、俺たちは工夫達の洞窟の前に来ていた。今日の目標は7階層のキラー・ビーに跳躍を試してみる事。俺もカメリアも、もちろんポロンも準備万端。中に入ろうとしたとき、門番に声をかけられた。
「よう、これから中に入るのか?」
「はい。昨日は1日休みにしたので、今日からまたダンジョン攻略に向けて頑張ります!」
「ははは、威勢がいいな。冒険者ってのは、それくらい威勢が良くないと務まらんからな……」
門番さんの視線は後ろのカメリアに向いている。これは、この人がカメリアの美貌に釘付けになっている……訳じゃないだろう。今までも挨拶くらいはする仲だ。今日に限ってって事になると、やっぱりダンジョンで発見された遺体の事か。
「……アタイに何か用か?」
「いや、用って程じゃない……」
「……」
カメリアの表情が緊張したものに変わっていく。これは放っておくと、ひと悶着ありそうだ。
「あの、行っていいですか?」
「え、ああ。構わんよ、気を付けて行ってきなさい」
「ありがとうございます」
俺はカメリアの手を引いてダンジョンの中に入った。しばらく歩いたところで、カメリアが掴まれた腕を強引に振りほどいた。
「おいホクト、なぜ何も言わなかった」
「……何の話だよ?」
「誤魔化すな!お前も感じたんだろ?あの門番がアタイの事を見ていたことを」
「……まあな、別にいいじゃんか。お前に色目を使ってくる男ってのは町でも結構いるんだから……いやぁ、そんなカメリアと一緒に歩けてしあわせだな~」
「ふざけるな!!!」
ああ、怒っちゃった。まあ、今のは俺が悪いのは分かってるけど……。とは言え、なんて説明しよう。
「怒るなって、調子に乗ってふざけたのは悪かったよ。でもさ、今回の事は怒ってもどうしようもないぞ?」
「どうしてだ?」
「どうしてって……あの人は、多分上司から言われてお前がダンジョンに入るのを監視してたんだろう」
「そんな事は分かってる!」
「だったら、そんな下っ端にいくら怒っても無駄だ。ダンジョンに入る前に疲れるくらいなら、とっとと中に入っちゃった方がいい。あいつらは、中にまでは追ってこないだろうし」
多分俺たちが中に入ったら、町の方に連絡が行くんだろう。って事は、帰りに入り口で待ち伏せされてそうだな……なんとか穏便に解決する方法ないかね。
俺の言葉を聞いて、少しずつカメリアの怒りも収まってきた。初めて会った時もそうだったけど、コイツの沸点はすごく低い。ちょっとのことで臨界点を超えて怒り出す。
「……悪かった、ホクトにあたっちまった」
「いいよ、それくらい」
今日の目的は7階層だ、こんなところで時間を食ってる場合じゃない。せっかく新スキルを試すチャンスにワクワクしてたのに、見事に水を差された気分だ。
「なあ、ホクト。……その、さっきみたいに手を繋いでいいか?」
「あ?いい訳あるか、ほらとっとと行くぞ!」
「おい、いくらアタイでも傷つくぞ!?……おい、ホクト!」
途端にピンクに染まるカメリアを無視して、先を急ぐことにする。俺は早いところ新スキルを試したいんだって!
3階層まで来た。ここまでは特に問題なく、いつもどうりのサクサクプレイだ。
「ここが問題の3階層か?……普段と変わらないように見えるぞ」
「俺にもそう見える。とはいえ、3階層なんかじゃ死なないような冒険者が死んでたんだ。何かが起こってるんだろう……まあ、俺たちには関係ない」
「ホクトは、その……良いのか?アタイと一緒にいると面倒なことになるぞ?」
珍しくしおらしいカメリア、一応こいつでも入り口でのやり取りから帰りに何かあることは予想しているようだ。
「気にすんなよ、それもひっくるめて俺たちはパーティなんだろ?メンバーの誰かが問題を起こしたから知らんぷりってのは、なんか違う気がするしな」
「ホクト……」
「それに今回の事は、カメリアとは全く関係ない。ちょっと2人に接点があったからって、途端に容疑者だなんて俺は納得できない。だから、カメリアも気にするな」
「お、おう!やっぱりホクトはアタイが見込んだ男だな、惚れ直したぞ!」
やっと元気が出てきたカメリアと一緒に3階層を進む。特に前に来た時との違いは感じない。前を進むポロンも警戒はしているけど、特に変わった様子は無い。
「普段通りに見えるけどな……」
カメリアも周りを警戒しながら呟く。確かに何か緊張した空気とか感じるかと思ったけど、前回入ったときと何にも違わないような気がする。
「ワン!」
思考しているとポロンが緊張を孕んだ鳴き声を上げる。俺の気配感知にも引っかかってる、これは……
「コボルドだな、やるか?」
「やる!ちょっとは身体を動かして憂さを晴らしたい」
なんともカメリアらしいことで。なら、俺も方も気持ちを入れ替えよう。
「よし!ポロン、この道で迎撃する。お前は後ろを注意していてくれ」
「ワン」
一声鳴くと、ポロンは俺たちが来た道を戻っていく。ある程度離れたところで後ろから来る奴らがいないか監視してもらうためだ。
「ホクト見えたぞ、数は7体。アタイが5でいいか?」
「お前計算間違ってない?7体なら、3と4に割るだろ普通」
「アタイの方が問題抱えてて辛いから、気分転換を兼ねてプラス1な!」
そう言うと背中の朱槍を抜いて、カメリアがコボルドの群れに突っ込んでいく。どこがだよ、すっげえ嬉しそうな顔してんじゃん。まあ、今更カメリアを止めようとしても止まらないだろうけど。
「わかったよ、じゃあ俺が2体な。ちゃんと残せよ?」
「残んなかったら謝るな!」
うわぁ、残す気すら無さそうだ。俺は慌ててカメリアを追いかける。こうして、俺たちはコボルドの群れと戦闘に入った。
「いやぁ、スッキリ!」
キリッとした表情で汗を拭い、大変ご満悦なカメリア。こいつ結局全部のコボルドを瞬殺しやがった、俺が戦闘区域に入ったときには既に5体が倒されていて、俺が声をかける間もなく残りの2体を突き殺していた。
「俺も戦いたかった……」
「ま、まあ気にするなよ。次に出てきたらホクトに全部やるから!」
「それ俺のセリフな」
全く反省の色が見えないカメリアをジト目で見ながら、ドロップ品を回収していく。戦闘音が聞こえなくなったからか、ポロンが戻ってきた。
「ワンワン!」
「ポロンもご苦労さんな」
ポロンの頭を撫でて気持ちを切り替える。
「よし、先を急ごう」
「ほ、ホクト……ひょっとして怒ってるのか?」
「怒ってないよ、ぶっちゃけ3階層のコボルドくらいだったら、俺かカメリアのどちらかだけで瞬殺できるほどの過剰戦力だって分かった。それで良しとしよう」
「……そうか」
ホッとしたような表情を見せるカメリア。勢いに任せて全部倒したはいいけど、俺との約束を破ったことに今更ながらに罪悪感を感じたらしい。妙にしおらしくなったカメリアを見て、なんとなく笑みが零れる。
「あ、なんだよ!なんでアタイの顔を見て笑ったんだ!?」
「顔をみて笑ったわけじゃない、なんかカメリアの仕草が面白くてな」
「はぁ?アタイなんか変だったか?」
「なんでもない、ほら先行くぞ」
「あ、おい!ホクト!!!」
カメリアを待つことなく先に進む。ウドベラに来て初めてパーティを組んだけど、なんか良いもんだな。もともと団体競技である野球をやっていた俺からすると、ソロよりもチームで何かをする方が性に合ってるんだろう。
「さて、できるだけ早く3階層を抜けちまおう」
後ろから慌てて付いてくるカメリアにそう告げて、俺は3階層の奥へ向かうことにした。
最初の戦闘があってからも何度かコボルドと戦闘をした。それはいつもと変わらない3階層だと思う。
「よし。ドロップ品も拾ったし、行こうか」
「おう」
引き続きカメリアと一緒に奥へ進む。ここまでの戦闘では、俺かカメリアどちらかだけで十分コボルドの群れと立ち回れることがわかった。昔みたいに戦闘中に仲間が合流するようなことも無い。これが成長のせいなのか、それとも異変のせいなのかは解らない。
「カメリア、どう思う?コボルドたちの強さって変わったか?」
「ん?……うぅん、変わって無いんじゃないか?アタイ達が強くなった分、弱く感じるけど、それって普通の事だよな?」
「だよな。俺も肘でも浸透が打てるようになって、一撃でコボルドを倒せるようになったから、自然と1回の戦闘が短くなった結果だと思うし」
結局解らんな、そもそも俺たちはそこまでの経験を積んでいない。俺とカメリアの無い頭を絞っても、これ以上の情報は手に入らなそうだ。
しばらく進んで、後少しで次の階層への階段と言うところで不思議なことが起こった。
「なあ、カメリア。どう思う?」
「どうって、コレの事か?……誰かが急いでいて取り損ねた、とか?」
「う~ん……」
今、俺たちの前にはドロップ品が落ちていた。それも1つじゃない、いくつものドロップ品が地面に落ちたままになっているのだ。
「コボルドの群れを全滅させられる奴が、ドロップ品を拾えないほど急ぐってどんな用事だ?」
「アタイに聞くなよ、思った事を言っただけだから」
俺としてもカメリアの意見と大差ない。不思議と言えば不思議だけど、無いかと言われると無いとは言い切れない……そんな微妙なラインだ。
「で、どうする?せっかくだし貰っていくか?」
「まあ、落ちてるものだし。ポロンも含めてとっとと回収しよう。なんか、ここに長居するのは良くない気がする」
「ホクトは心配性だな、今日も添い寝してやろうか?」
カメリアが茶化してくる。
「今日もってなんだよ、1回も添い寝なんてしたことないだろうが!」
「昨日の朝は同じ部屋で目覚めたじゃないか」
「あれを添い寝に含めるのか!?そもそも、カメリアに蹴飛ばされて俺は床の上でしたけど?」
「一瞬でも添い寝したんだから、それは添い寝だ!」
カメリアと下らない会話をしながらも、ドロップ品を集める手は止めない。それだとポロンにだけ働かせて、自分たちは休憩するという何とも最低な行為に感じるからだ。もっとも、ポロンは遊びの感覚だから気にしないかもしれないけど。
「これで最後だな、ありがとなポロン」
お礼に身体全体を手でマッサージしてやる。ポロンもご満悦の表情だ。
「わふぅ……」
「行くぞ、カメリア。いつまでも百面相してるなよ~」
俺がポロンを撫でている間、カメリアは何を考えていたのか笑ったり、しかめっ面になったり、赤くなったり青くなったりと忙しそうだった。あまり近寄りたくないので、声だけかけて先に進む。
「お、おいホクト!?行く、行くから置いて行くな!」
更に30分ほど歩くと、次の階層への階段が見えてきた。でも、それを素直に喜べない状況ではある。
「いよいよおかしいな……」
「これを置いて行った奴らは、何から逃げてたんだ?」
階段のあるホールには無数のドロップ品が落ちていた。ひとめでコボルドのものだと分かるドロップ品が、実に50個近く落ちている。
「さすがにこの数を置いて行くとは思えないんだけど、しかも目の前に次の階層への階段があるんだ。何かに追われてたとしても、階段でやり過ごしてから戻ってくればいい話だ」
「とりあえず、今は安全そうだし回収しようぜ。これ以上、アタイ達が考えてもどうにもなんねえよ」
「カメリアの言うとおりだな、こういうのは頭の良い奴の仕事だ。よし、さっさと回収してしまおう」
俺とカメリアとポロン、2人と1匹での回収はあっという間に終わった。
「ほら、次の階層に行こうぜ」
「ああ」
カメリア、ポロンと下へ降りていく中、俺は誰もいなくなった広場をもう一度見る。なにも無い、今までに何度も通ったホールだ。
「……気にし過ぎか?」
誰にともなく呟かれた言葉に返すものはいなかった。