6話 オクトワン
追記:文末の・・・を……に変更しました。
お互いにカップに入った水で喉を潤し、改めてこれからのことを話し合う。
「それで、これからのことなんだけどホクトくんはどう考えているの?」
そう話を振られて少し考え込む。俺はこれからどうすればいいのだろう?
今後のことを考えるにしても、俺はこの世界のことを何も知らない。
そんな状況で正しい答えに行きつくとも思えない。なので、素直に聞いてみた。
「どうしたらいいんでしょう?」
「それを私に聞かれても……」
「いや、今後の方針を考えると言っても、俺この世界のこと何も知らないので」
「……ああ、それもそうね。
じゃあ、ここからは私がこの世界のことを教えてあげるね」
胸を張ってドヤ顔をするアサギさん。どうやらこのお姉さんは、お姉さんらしいことができると、あんなドヤ顔になるらしい。さっきまでも時たま胸を張ってたけど、普段は身体のラインが出にくい服が胸を張ることで、ある特定の部位が強調されてしまっている。うーん、眼福。ありがとうございます。
「ありがとうございます」
「ん?いいよいいよ、私が教えたいんだし」
頭を下げたことが、教えてくれることに対してだと思ったアサギさん。
ごめんなさい、サービスシーンへのお礼でした。
「じゃあ、まずどこから教えればいいかな……」
「今俺たちがいる場所について教えてください」
「わかったわ。私たちの世界はオクトワンと呼ばれているの。
ここはオクトワンのダーレン大陸、南東に位置する『暗闇の森』ってところ」
「オクトワンって言うのは世界のことっていうのは、どういうことですか?」
「なんて説明したらいいんだろう……昔々創造神さまが1つの世界を作りました。それがオクトワン。創造神さまはオクトワンに6つの大陸を作り、そこに様々な生物をお生みになりました。これがオクトワンという世界の成り立ちなの」
オクトワン……世界を作った神様か。地球と同じ感覚でいいのかな?
神様云々は眉唾だけど、この世界の人はみんなそういう認識なんだろう。
「なんとなく理解した……と思う。6つの大陸っていうのは?」
「オクトワンにある大陸は、円を描くように配置されている……と言われてる」
「言われている?」
「大陸間の行き来が、ほとんど無いの。だから私たちにとっては、今いるダーレン大陸が世界のすべてになるかな」
「大陸間の行き来が無いのはどうして?」
「大陸と大陸の間におっきい溝があるんだって。だから船で渡ろうにも、渡れないんだって」
船はあるのか……それに大きい溝っていうのは海溝のことか?でも地球にある海溝だったら、船で渡る分には問題ないし……。
「溝ってのはどんな溝なんですか?」
「そのままだよ。海が途中で無くなってて、そこから底の見えない滝になってるんだって。私は見たことがないから、あくまで言い伝えだけどね」
物理的に割れてるのかよ。それじゃあ船でも無理だな。
「船が無理なら空からなら、行けるんじゃないですか?」
「空?……ホクトくん、人は飛べないんだよ」
「いや、人が飛べないのは知ってますが……」
「渡り人のホクトくんが空っていうから、そっちの世界では人が飛べるのかと思っちゃったよ」
「人は飛べないですが、人を乗せて飛ぶ乗り物はありましたよ」
「え!?そんなものがあるの!?」
「ええ、飛行機っていう乗り物です。正確な人数は覚えてないですけど、数百人は乗せて飛べたはずです」
「すごいんだね。ホクトくんの世界の魔法は進んでるなあ」
ん?今魔法って言った!?
「この世界って魔法があるんですか?」
「もちろんあるよ。こう見えても私、魔法使いです」
キリッとしたドヤ顔を披露するアサギさん。ああ、耳と尻尾もお祭り状態だ。
「へえ、すごいですね」
「あれ?反応薄い?ここは『アサギさん素敵!』って称賛の嵐だよ?」
「魔法ってものがよく解ってないので……すいません」
「でもホクトくんの世界にも魔法はあったんでしょ?人を乗せて空を飛ぶなんて、魔法以外にできないよ」
「俺の世界に魔法は無いです。少なくとも、認識はされていませんでした。
飛行機を飛ばすのも科学の力ですね」
「カガク?」
「うーん、俺頭良くないから、上手く説明できないな。
すべての物事を計算なんかで実証するってことかな?」
ずっと野球ばっかりやってたから、勉強なんてまともにやったことないしな。
学校の試験もいつも赤点ギリギリだったし……。
「とにかく、魔法があるってことは空を飛べるんじゃないですか?
それなら飛んで別の大陸に行けますよね?」
「ああ……魔法で確かに飛べるけど、大陸と大陸の間ってすっごい離れてるのよ。その間を飛んで渡ろうなんてしたら、間違いなく海にドボンね」
「無理ですか」
「魔法の『フライ』って、そんなに燃費良くないのよ」
「海もダメ、空もダメ。なるほど、それでこの世界では大陸間の移動が
無いんですね」
「そういうこと」
せっかく異世界に来たんだから、世界中を回ってみたかったな。
帰れるのか分からないけど、どうせなら異世界を満喫してから帰りたいな。
「話を折ってすいません。他の大陸のことを教えてください」
「うん、いいよ。さっきも言ったように、この世界の大陸は6つ。
一番北にあるのがヘルンツガル大陸。右回りにアウグスト大陸、
ダーレン大陸、サザーン大陸、シューメール大陸、ウルストフ大陸。
宝石のような形に並んでいるのよ」
宝石のように……正六角形って考えればいいのか?一番上がヘルンツガル大陸、2時の方角にアウグスト大陸、4時の方角にダーレン大陸、6時の方角にサザーン大陸、8時の方角にシューメール大陸、10時の方角にウルストフ大陸ってことだよな。どういう地殻変動が起こったら、こんな形になるんだ?
さすがファンタジーだな。
「ここがダーレン大陸だってことはわかりました。
たぶんダーレン大陸だけ覚えておけば問題ないですよね?」
「問題ないよ」
言いきられてしまった。
「じゃあ次は生物について教えてください。この世界って人間以外にもいますよね?」
アサギさんの耳と尻尾を見ながら言ってみた。
「ん?ああ、この耳と尻尾?
生物学的には、私も人間だよ」
「え、そうなんですか?」
「うん。正確には亜人種ってことになるけどね。
私は獣人の狐人族。確かに耳と尻尾が付いてるけど、れっきとした人間。
普通の人族との間に子供だってできるよ」
そう言いながら流し目を俺に向けないでほしい。
顔が熱くなるのを感じながらも、何とか会話を続けた。
「……他にも種族があるんですか?」
「あるよ。獣人は、それこそ色んな種族があるわ。犬人族、猫人族、兎人族とか。 変わったところだと鱗人族や魚人族なんていうのもあるよ」
「犬人族や猫人族は想像しやすいですけど、鱗人族ですか?」
「俗に云うリザードマンってやつね。わかる?リザードマン」
「俺の世界の物語とかには出てきますね。蜥蜴の姿をした人種ですよね」
「そうそう。獣人族っていうのは、かなりの種族が確認されててね。
見た目まんまな人から、私みたいに耳と尻尾だけって人まで千差万別」
まんまってことは、顔や骨格まで動物って人たちがいるってことか。
気をつけていないと、突然目の前に現れたら叫びそうだな……注意しよう。
「獣人がいるってことは、エルフとかドワーフもいるんですか?」
俺がそう言うと、アサギさんは少し驚いたような顔をした。
「よく知ってるね!そっちの世界にも妖精族っているの?」
「妖精族?いや、エルフとかドワーフも物語の中に出てくるんですよ」
「ふーん。リザードマンとかエルフ、魔法もそうだけど……
ひょっとして、こっちの世界からホクトくんの世界に渡った人がいたのかもね」
言われて納得できた。確かに俺がこっちの世界に来ているんだから、こっちから俺の世界にわたってきた人がいてもおかしくない。そんな人が自分の記憶を物語として本に残したと考えるとしっくりくる。
「そう……かもしれませんね」
「まあエルフとは滅多に会えないけどね」
「エルフは森の中に住んでいて、人間とは交流を持っていないとか?」
「うん。やっぱりそれも?」
「物語で、よく使われるテンプレです」
「てんぷれ?」
「まあ、お約束みたいなものです」
「そっちの世界の本を読んでみたくなったわ」
そういってアサギさんは笑った。俺としては笑うに笑えない。
地球に来た異世界人たちは、自分たちの世界に帰れたんだろうか?もし、帰れているのであれば、俺にも希望がある。でも、帰る方法がなくて地球に骨を埋めたのだとしたら俺もそうなる可能性が高い。
「さて、結構話したけど他に何か聞きたいことはある?」
「だいたいは聞けました。後はその時になったらまた聞きます」
今これ以上聞いても、バカな俺の頭ではパンクしてしまう。後はこれからのことについて、いくつか聞いておこう。
「これからのことについて聞かせてほしいんですが」
「これからのこと?」
「はい。俺は身ひとつでこの世界にきました。明日にでも自分の世界に帰れるなら話は別だったんですが。そうでもないとすると、この世界で生きていかないといけません」
「そうね……うぅーん」
アサギさんが頭を捻って考え出した。この人まじめな話をしているときは年相応なのに、ガスが抜けるとどうしてコミカルな動きをするんだろう……。
まあ、可愛いから目の保養になるけど。そうして頭を捻っていたアサギさんが、何かを閃いたのか渾身のドヤ顔で俺を見た。
「ある、あるわ!ホクトくんが、この世界で生きていく方法が!」
なんだろう……とっても嫌な予感がする。
「冒険者になりましょう!」
キラッキラした目を大きく開いて、そうのたまった。
ご視聴ありがとうございます。
次話からは、ホクトが目標に向かって動き出します。