アサギの思い
今回は、ホクトがウドベラに行っている間のリーザスが舞台です。
アサギ視点で話が進みます。
追記:文末の・・・を……に変更しました。
「炎よ! 我が名に於いて命ず、猛り狂う嵐となりて彼の者を滅せよ! ファイヤー・ストーム!」
私の頭上を飛び回る大型の蝙蝠、ブラッド・バットの大群を炎の嵐が蹂躙する。ホクトくんの前では水の魔法や風の魔法しか使えなかったけど、実は火の魔法が一番得意だったりする。これは種族特有のもので、狐人族は大抵火の魔法が得意だ。私も例に漏れず火の魔法は得意だ。ホクトくんと旅をしていた時は森の中ってこともあって、火以外の魔法を使うことが多かった。
「……はぁ、今日のノルマは終わりかな」
私は今、リーザスの町の近くにある中級冒険者用のダンジョンに潜っている。目的は素材集め、ギルドで適度に難易度のある依頼を探していたら見つけたものだ。
「もう帰ろうかな……」
なぜ私がこんなにもやる気がないのか?その理由は明確である……。
「ハァ……ホクトくんに会いたいな」
ホクトくん成分の枯渇が原因だ。ちょっと前にダンジョンに潜りたいというホクトくんの意向をノルンが叶える形で、ウドベラにある『工夫達の洞窟』を薦めたのだ。これ自体はギルド職員の仕事として仕方がないと納得している。でも、それでも……。
「あぁ、ホクトくんに会いたいよぉぉ~~!!」
私は嘗て無いほどの飢餓感を味わっている。2週間以上もホクトくんに会えないなんて、出会ってから一度もなかった。1日や2日程度は遠出の依頼を受ければ会えない事はあった、でもここまで長期間会えなかったことは無かったのだ。
結果として、私は自分の判断が甘かったことを自覚した。普段何の気なしにこなしていた依頼1つとっても、張り合いが無いのだ。今までそんなことを思った事もなかった。でも今は後悔している。
「1日の終わりにホクトくんが話を聞いてくれない事が、こんなにも……こんなにもつまらないものだったとは……。もう何をやっていても充足感は得られない。私、こんなにもホクトくんに依存していたのね……」
ぶっちゃけ、面白くないのである。何をしても淡々とこなす日常と言うのは満足感を得られない。ただ魔物を倒して、ギルドでお金に換えて、宿に戻る。これが面白いと思えるだろうか?いいや思えない!
「……ハァ、町に戻ろう」
無駄な自問自答を止め、ドロップ品を集めた私は、それ以上進むことなくダンジョンを出た。
「あ、アサギさん。おかえりなさい、今回も問題ありませんでしたか?」
ギルドの中に入ると、顔馴染みの職員ノルンがいるカウンターの前に行く。
「まあね。……はい、これ今回頼まれてた素材」
「確かに受け取りました。結果が出るまで少し時間がかかりますが、どうしますか?」
「……うぅん、明日の朝もらうわ」
「……そうですか、わかりました。本日もお疲れ様でした」
「ありがと、じゃあね」
ノルンに軽く挨拶をしてギルドを出る。私の後ろ姿を心配した目で見るノルンに気付くことは無かった。
「あ、アサギお姉ちゃんおかえりなさい!」
私が普段泊まっている『羊の夢枕亭』に帰ってくると、看板娘のハンナちゃんが入り口で出迎えてくれた。この子は、この宿の女将さんの娘で今年で10歳になる。私も長い事この宿を使っているから、いつの間にか妹のような存在になっている。
「ただいまハンナちゃん」
私が返事をすると、なんとも微妙な表情を返してくれる。前は満開のお花のような笑顔をしていたはずなのに、いつのまにこんな顔をするようになったのか。
「……ハンナちゃん、何か悩み事?」
「え?ううん、別になにもないよ?」
とてもそうは見えないけど、言いたくない事なのかな?この子も、そろそろお年頃だ。聞かれたくない悩みの1つや2つあるのかもしれない。
「そう?何か悩み事があるなら、相談に乗るよ?」
「う、うん。大丈夫だよ」
「わかったわ、じゃあ私は部屋に戻るね」
ハンナちゃんに部屋の鍵をもらって階段を上がる。私の部屋は3階の角部屋、もう1年以上そこを私室のように使っている。1泊の値段は……実はホクトくんよりも安い。ずっと使っていたら、いつの間にか安くしてくれるようになった。女将さんに感謝ね。
「……ただいま」
誰もいない部屋に声をかけて入る。いつ頃からだろうか、誰も待ってくれていないのを分かっていても『ただいま』を言うようになったのは。寂しいからなのか、気付いたら言うようになっていた。
荷物を机の上に置いてベッドにダイブする。
ボフン……
「……ハァ」
また溜息が出た。そう言えば、以前女将さんが言っていた。溜息を吐くと、それだけ幸せが逃げると……。今の私は不幸のドン底にいるんだろうな。
「会いたいな……ホクトくん」
どれくらいそうしていたのか、いつの間にか窓から差し込む明かりが薄暗くなっていた。
「……着替えてご飯にしよう」
ベッドからノッソリの起きだし、備え付けのタンスから室内着を取り出す。私たち冒険者は、魔物からの攻撃をできるだけ和らげるように仕事中は厚手の服を着る。でも、それだと気が休まらないから宿の中にいるときは専用の室内着を着るようにしている。人にもよるんだけど、女を捨てていない私なんかはできるだけ可愛い服を選ぶようにしている。
「……まあ、見せる人いないんだけどね」
いかんいかん、また盛大に溜息を吐くところだった。ホクトくんがいた頃は、彼の視線を気にしてできるだけ可愛いものを選んでいた。ホクトくんは可愛い。私の胸辺りに視線が行きそうになると、慌てて逸らすそぶりをする。
「うふふ、ホクトくんは気付いていないかもしれないけど、結構バレバレよね。男の子のああいう仕草って」
私はそんなホクトくんをもっと見たくて、今まで特に重要視していなかった室内着を何着も買うようになった。もっとも、新しい服を買うたびにホクトくんが面白い反応をしてくれていたので私としてはプラスだ。
「いけないいけない、いつまでもホクトくんのことを考えてないでご飯に行こう」
ホクトくんの思い出に浸るのをグッと堪えて、私は下の食堂へ向かった。
「あれ、ノルン?」
「こんばんわ、アサギさん。夕食ご一緒しても良いですか?」
下に降りると、なぜかノルンが私を待っていた。
「良いけど、もう仕事終わったの?」
「はい、今日はもう終わりました。せっかくだったので、アサギさんとご飯を食べたいなと思って……ご迷惑でしたか?」
「ううん、一緒に食べようか?」
「はい!」
ノルンが仕事終わりに私の所に来ることは、実はあまり多くない。この子は公私を混同するようなことを余りしたがらない。私としては、もっと気軽に接してくれる方が楽しくていいんだけどね。
「私は先に決めてしまいました。アサギさんは何にしますか?」
「そうね……今日は魚にしようかな?」
羊の夢枕亭は食事が美味しい、肉も魚もどっちも絶品だ。料理は女将さんの旦那さんが1人で作っているみたいで、以外にレパートリーが多い。
「ああ、私も魚にすればよかった。何も考えずにお肉にしてしまいました」
「いいじゃない。だったら、2人で半分こしようよ」
「え、良いんですか?」
「もちろん。その方が倍楽しめるしね」
「そうですね」
私はハンナちゃんを見つけて手を振った。私に気付いたハンナちゃんはトコトコとやってきて私に笑いかけてくれる。ああ、この子は可愛いな。
「アサギお姉ちゃん、今日は何にしますか?」
「私は魚料理を……それとエールをちょうだい」
「魚料理とエールですね。すぐにおもちします」
「あ、ハンナちゃん。私にもエール1つください」
「じゃあエール2つですね、しばらくおまちください」
ハンナちゃんが厨房に消えて、しばらくするとエールだけ持ってきた。
「はい、アサギお姉ちゃん。お魚は少し待ってください」
「ありがとうハンナちゃん」
「ノルンさんも、どうぞ」
「ありがとうハンナちゃん」
私とノルンはエールを掲げてぶつける。
「「乾杯!」」
2人してエールを一気に傾ける。女子2人の飲みっぷりとしてはちょっとはしたないけど、エールを飲むときはやっぱりこれが一番。
「ぷはぁ~!沁み渡る」
「ふぅ、美味しいですね」
しばらく2人で他愛もない会話をしながらエールをあおる。リーザス辺りではお酒と言えばエールだ。ワインを飲む人も少しはいるけど、ワインは高い。高級なお店で食事をしながらゆっくりと飲むものであって、ここのような一般大衆向けのお店で飲むことはほとんどない。
「やっぱり仕事終わりのエールは美味しい……」
「一日の疲れが飛びますね」
「おまちどうさま、白身魚のムニエルと子牛の煮込みシチューです」
ハンナちゃんが私とノルンの頼んだ料理を持ってくる。
「ありがとう。うわぁ、美味しそう」
「両方出されると、どっちも美味しそうですね」
「ね、両方頼んで正解だったでしょ?」
「はい!」
私とノルンは出された料理に目を輝かせる。エールだけ空きっ腹に入れていたから酔いが早く回りそうだ。さっさとお腹にいれてしまおう。
「じゃあ、いただきま~す!」
「いただきます!」
まずは自分の頼んだ白身魚のムニエルを食べる。脂ののった白身魚に若干の酸味がマッチして大変美味しい。
「うぅ~ん、美味しい!」
「こっちも美味しいですよ!」
私とノルンは手を休める暇もなく料理を平らげていく。そして、エール。この組み合わせは反則だと思う。しばらくの間無心で料理を食べていた。
「はぁ……美味しかった」
「ですね、ここはいつ来ても絶品です」
料理も粗方食べ終わり、エールも3杯目に突入した頃。私はノルンに聞いてみることにした。だって少々不自然だし……。
「ねぇノルン。今日はどうして私と一緒にご飯を食べようなんて言ったの?」
「……え?おかしかったですか?」
「そこまでおかしいって訳でも無いんだけど、ノルンってあんまり人のプライベートに入り込んだりしないでしょ?」
「それは……そうかもしれません」
「あ、別に嫌だったって訳じゃないのよ。ただ不思議に思っただけだから」
「……あの、アサギさん。ちょっと聞いていいですか?」
「ん、なあに?」
やっぱり何か聞きたかったことがあったらしい。エールを飲む手を止めて、ノルンの話に耳を傾ける。
「最近のアサギさん、ちょっと元気ないですよね?何かあったんですか?」
「え?そんな風に見える?」
「「見えます」」
ノルンと同時にハンナちゃんも口を突っ込んできた。
「おぉっと……ハンナちゃん。聞いてたの?」
「うぅ、ごめんなさい。通りかかったときに聞こえてしまって……」
「ハンナちゃんも感じてたんですね。私の勘違いかとも思ったんですが、そうではなさそうですね?」
2人に言われてしまうとは……自分が思っている以上に重傷だったようだ。
「ああ、別に病気って訳じゃないのよ。ただ……」
「ただ?」
「……ホクトくんに会いたいなって……」
「「……」」
「ハンナちゃんは思わない?しばらくホクトくんに会ってないけど……」
「え、わたしですか?……あ、会いたいです。ホクトお兄ちゃんに会いたいです!」
予想以上にハンナちゃんが食いついた。ひょっとして、ハンナちゃんが元気なかったのも……。
「ねえ、ハンナちゃん。ここ最近元気が無かったのって……」
「……お兄ちゃんが心配で」
「やっぱりか……」
思えばハンナちゃんも随分お兄ちゃん、お兄ちゃんってホクトくんに懐いていた。そんなお兄ちゃんが突然しばらく会えなくなったら、そりゃ元気もなくなるよね。思わぬ仲間を得たことで、私の心も少し軽くなった。
「私もそうだったんだよ。今何やってるのかな?とか、怪我してないかな?とか色々考えちゃって」
私の独白を聞いてノルンがイヤらしい目で見てくる。この子、実は結構酔ってない?
「おやおやぁ?……アサギさん、そうだったんですか?」
「そうって何が?……というかノルン飲み過ぎじゃない?」
「誤魔化さなくても大丈夫ですよ、私は口が堅いですから!」
「口が堅いって、どういうことアサギお姉ちゃん?」
「ハンナちゃん、酔っ払いの戯言はほっといていいよ。私とハンナちゃんが思ってることは同じだって言いたいんだよ」
ハンナちゃんにはまだ早い内容だ。酔っ払いが口を滑らせる前にハンナちゃんを返した方が良さそうだ。
「ほら、そろそろ戻った方が良いんじゃない?女将さんも怒るでしょ」
「待って待ってハンナちゃん!いいですか、アサギさんのはね……愛、なんですよ」
突然ノルンが言い出した。……ホクトくんを思う気持ちが愛?
「そ、そうかもね。私のこの気持ちはお姉ちゃん愛なのかも!」
「お姉ちゃん愛ってなんですか?」
やばい、適当なことを言ったら収拾がつかなくなってきた……。ハンナちゃんを返そうと思ってたけど、もう遅いかもしれない。
「あさぎさん、そんな余裕ぶってていいんですかぁ~?今この瞬間にも、ホクトさんに魔の手が迫ってるかもしれませんよぉ~?」
魔の手……どういうことだろう?私が付いていない今この瞬間にホクトくんに何が起こるというのだ?
「ノルンどういうこと?ホクトくんの身に何が起こるっていうの?」
「フフフ……いいですかあさぎさん。ホクトさんはかわいいです!年上殺しなんですよ?……そんなホクトさんが、無防備な状態で年上の女性にちかづいたりしたら……キャァ~わたしにはこれ以上言えないですぅ~……」
「ちょ、ノルン!?そこまで言っておいて、それは無いでしょ?なに、何がホクトくんの身に起こるのよ!……ちょっと寝るな!」
うわぁ……何よ、ノルンは何を言おうとしてたの!?ホクトくんはダンジョンを攻略に行ったんでしょ?他に何があるって言うの?良からぬ妄想が溢れ出してくる……一刻も早くホクトくんに会いたくなる。
「……ウフフゥ、今頃どこかの年上の女性に……パックンって」
「……!!!ホクトくんダメよ、パックンはダメ!?」
ノルンに散々煽られ、今までとは違う意味で悶々とした日々を送ることになろうとは思ってもみなかった私なのでした……。
最近影の薄いアサギを主軸に留守番をしている人たちのお話でした。
そして、ホクトくんは年上キラーです。




