5話 渡り人
追記:文末の・・・を……に変更しました。
「さて、お腹も落ち着いたことだし、色々とお話ししたいんだけどいい?」
アサギさんがそう言って切り出したのは、あらかた出されたものを食べ尽してお茶を手渡されたころだった。
「はい。俺も色々聞きたいことがあったので」
「よし。じゃあ、まずホクトくんが何故あそこにいたのか。
私の主観だけど軽く話すね」
俺は頷いた。俺としても意識がなかったあの時が、どういう状況だったのかは知りたかった。
「私が森を歩いていたら、ジャイアント・ボアの声が聞こえたの。
さっき食べたから分かると思うけど、ジャイアント・ボアの肉って高く売れるのよ。でもなかなか出会えないからラッキーっておもいつつ、警戒しながら近づいたの。私が近づいても吠え続けているジャイアント・ボアを不思議におもいつつも、あと少しで攻撃範囲に入るってときに、突然目の前が真っ白に光ったのよ」
やや興奮気味に、そのときの状況を説明してくれるアサギさん。興奮度合いに合わせて耳がピコピコ動くのをホッコリしながら見ていた。頭を動かさずに尻尾に視線を向けると……ああ、ワッサワッサしてる。どうやらアサギさんは、そのときの気持ちに合わせて耳や尻尾が動くようだ。そんな俺に気付くわけもなく、若干腰を浮かせながらアサギさんは話を続ける。
「もうすごいのよ、こうパアーってね!」
身振り手振りも付けだしたアサギさん。なんだ、この可愛い生物。ジャイアント・ボアと向き合っていたときは頼れる年上のお姉さんって感じがしたのに、今は見る影もない。
「光が収まったときには、あの木のそばにホクトくんが倒れてたの」
いかん、あまりに動きが可愛いから話をほとんど聞いてなかった。
「すいません、もう1回お願いします」
「ええー!?私の話聞いてなかったの?」
「いえ、あまりのことに頭に入ってきませんでした」
と言うことにしておこう。
「もうっ、今度はちゃんと聞いててね」
そう言ってアサギさんは、また話し始めた。でもやっぱり興奮するのか耳と尻尾はお祭り状態だ。そっちも気になるけど、次は本気で怒られそうだから話の方に集中する。話を要約すると、突然目の前が光って気付いたら俺がいたってことだ。
「私も突然のことで呆然としちゃったんだけど、そのまま見殺しにもできないからホクトくんとジャイアント・ボアの間に割って入ったの」
「じゃあ、やっぱりアサギさんは俺の命の恩人なんですね。
ありがとうございました。あなたのお蔭で今ここにいることができます」
改めてアサギさんの方を向いて頭を下げる。
「それはもういいよ。確かにそのとき私が命を救ったかもしれないけど、
ゴブリンを倒して生き延びたのは、あなた本人の力なんだから」
「それでも、ありがとうくらい言わせてください」
「……わかったわ」
納得していないような口ぶりだ。耳も若干へにゃってしおれてる。
あまり恩着せがましくしたくはないけど、ここは譲れない。でも、これ以上はアサギさんも嫌がってるから止めておこう。
「その後は知ってるわよね?あなたが目を覚まして、私が逃げるように指示をしてあなたは洞穴へ向かった。その後のゴブリンとの死闘も聞きたいけど、まずはあなたのことを教えて。ホクトくんはどこから来たの?」
「俺は……」
どうしよう。本当のことを言ってもいいのだろうか?
ここまでの事で俺にも薄々ここがどこなのか、何となくわかってきていた。
前に友達に借りた小説に、こんな展開のものがあった。実際に自分の身に降りかかるとは思ってもいなかったから、どう行動したらいいのかなんて考えてもいなかった。
ここは異世界だ。
そうじゃなきゃ、ゴブリンやジャイアント・ボアなんて生物は地球にはいない。
何より目の前のアサギさんの頭とお尻に付いている獣の耳と尻尾。そんなものが生えている生物はいない。ここは異世界……地球じゃないどこか。地球で獣の耳と尻尾がついた人が見つかればどうなるか?答えは決まっている、自由を奪われて監視と研究と言う名のもとに実験をされるんだろう。では、この世界での俺の扱いはそれよりもまともになるのだろうか?正直わからない。
「どうしたのホクトくん?」
アサギさんが俺を見つけてくる。さっきまでのポヤッとした顔ではない、真剣な表情。その目は俺の奥の奥まで見透かすような深い青色。これバレてるんじゃ?
いったん深呼吸……すぅー、はぁーーーー。
「わかりました。俺のことを話します。
ただ、どこまで信じられるか……俺でも未だに信じられないですから」
「わかったわ」
俺の顔を見てはっきりと頷いてくれた。
そこから、俺の世界の事をアサギさんに話して聞かせた。彼女は時折考えるそぶりをしながらも最後まで話を聞いてくれた。
「で、気付いたらアサギさんに守られていました」
「うーん……信じられない話ね」
やっぱりそうだよな、俺自身信じられないのに。
「あ、ホクトくんを疑ってるわけじゃないのよ。
ホクトくんみたいな人って、多くはないけど確認はされてるし」
「え!?俺みたいに別の世界からきた人間っているんですか?」
「実証はできないけど、自称異世界人って人は今までにも何人かいるの。
その全てがホクトくんと同じ世界から来たのかはわからないけどね」
いるんだ、異世界人。でも、確かに同じ地球から来たって保証はないな。
「そういう人たちのことを、私たちは渡り人って呼んでるの」
「その渡り人って、この世界ではどれくらい認知されてるんですか?」
「そうね、言葉としてはみんな知ってると思うわ。
……実在すると思ってる人は少ないかな」
まあ、そうだよな。俺でも地球で『自分は異世界から来ました』なんて言う奴がいたら頭を疑うだろうし。
「でも、これでだいたいわかったわ。どうしてホクトくんが突然現れたのか?
ジャイアント・ボアを見ても怖がらなかったのか?」
「いや、ジャイアント・ボアは怖かったですよ」
「こっちの世界の、しかも武器を持たない一般人が目の前にジャイアント・ボア が現れたら、怖いなんて思う前に死を覚悟するよ」
「ああ……確かにデカいイノシシくらいにおもってました」
「私はホクトくんが異世界からきた渡り人だって信じます」
「俺が言うのもなんですけど、そんなに簡単に信じていいんですか?」
「いいの。私は自分の見たものを信じるんだから。
ホクトくんは渡り人で決定!」
真剣な表情のアサギさんはログアウトされました。
全身を使って信じるってことを表現してるよ……耳と尻尾がお祭り状態だ。
「でも、ホクトくん。気をつけた方が良いよ。
誰もが私みたいに簡単には信じないだろうし、良からぬことを考える人もいると思うからね」
「それは……確かにそうですね。
無闇矢鱈に言わないようにします」
「うんうん。この人なら大丈夫って心から信頼できる人以外には
絶対に言わないこと、約束ね」
俺は、彼女の顔をまっすぐに見て頷いた。
「さて、少し休憩しようか。色々話してたら喉乾いちゃったし」
そういってアサギさんは俺にカップを手渡した。




