ホクトと異世界
大変今更ですが、ホクトがどうやって異世界に来たのかを書きました。
本当は、もっと前に書くつもりだったのにすっかり忘れてました。
追記:文末の・・・を……に変更しました。
今日は、久しぶりにアサギと2人で外食をすることにした。今回の遠征で大分心配をかけてしまったこともあり、俺が奢るからと誘ったのだ。
……俺が奢るからと誘ったのだ←ココ重要。
「でも、いいの?確かに今回の報酬で財布は潤ったのかもしれないけど、まだまだ私に借金があるのよ?」
「……今日は忘れる。心配かけたアサギに、どうしても罪滅ぼしがしたかったんだ。次はいつになるか分からないから、よ~く味わって食べろよ」
俺に奢られることが嬉しいのか、誘ってから終始ご満悦の表情だ。
「うん!」
いつも行くような大衆食堂ではなく、ちょっと小洒落た店を選ぶ。その店は小さいながらも全室個室になっていて、2人だけのプライベート空間を上手く演出してくれる。
「ホクトくん、よくこんなお店知ってたね?」
「まあ、俺もたまには贅沢するんだよ。そんなときに、この店は丁度いいんだ」
嘘である。アサギを食事に誘おうと思ったんだけど、常日頃から財布に余裕のない俺がこんな店を知ってるわけがない。アサギと食事をしにいくとノルンさんに相談したところ、この店を教えてくれた。別れ際、やけに「がんばって!」と力強く応援していたノルンさんが印象的だ……期待してるようなことは起こらないよ?
「それで、ここは何が美味しいの?」
「……」
「ホクトくん?」
男三嶋北斗、崖っぷちである。そもそも初めて使う店のお薦めなんて知らないし、メニューがあっても字が読めない。……だが、今日の俺はいつもとは一味違う。
「え、ああ……。今日は最初からお店にお任せしてるんだ。
ここは、何を食べても美味しいからな」
そう、前もってお店の人にお勧めとコース料理を頼んでいたのだ!まあ、ノルンさんからのアドバイスどおりなんだけどね……。
「そうなんだ……」
よし、なんとか誤魔化せた。背伸びする弟を優しく見つめる姉のような視線を俺に向けるアサギだけど……多分大丈夫、ばれてないはず。
「でもホクトくんも、今日からDランクだね。思ったよりも早かった?」
「どうだろ?ソウルが3日でDランクまで上がったことを考えると、ひと月以上かかってるからな。早くはないんじゃないか?」
「ソウルくんはソウルくん。ホクトくんはホクトくんだよ。スタート地点を考えると、ホクトくんは十分早い方だと思うよ」
「アサギがそう言ってくれるのは嬉しいな」
穏やかな時間が流れる。料理も続々運ばれてきて、そのどれもが美味しい。アサギはシャンパンのような飲み物を、俺はグレープフルーツジュースを飲みながら楽しいひと時を過ごす。
「そう言えば、ホクトくんに聞きたかったんだ」
「……何を?」
「ホクトくんは、異世界から来たんだよね?こっちの世界に来る切っ掛けって何だったのかな?って……」
随分突然なことを言う。まあ、確かに俺が異世界から来たことはアサギしか知らない。宿だと他の人の目もあって、こういう話はしたことないな。
「別にいいじゃん、そんなどうでもいいこと」
「どうでもよくないよ!知りたいなぁ……私」
頬をほんのり赤く染めながら、アサギが甘えるように聞いてくる。酔ってるのか?普段と違うアサギにドキッとする。
「面白くないと思うぞ?」
「いいの。面白いかどうかは、私が決めるから!」
「そうか?まあ、いいか……。俺がこっちに来る切っ掛けになったのは……」
そうして俺は、この世界に来る直前のことをアサギに語りだした。
夏。高校三年間最後の夏。俺はその日、炎天下の中にいた。
俺は東京都の生まれ。特に学業に秀でている訳でもなく、他の人よりほんの少し運動が得意な程度のどこにでもいる高校生だった。
「あぁ、今日もあっちぃな……」
睨むように頭上でこれでもかと下々を照らしつける太陽を見た。今日の天気予報では、5日連続の猛暑日と言っていた。例えば、俺の周りのやつらはプールに行くと言っていたり、カラオケに行ったり、とにかく涼を求めて彷徨っている頃である。そんな中、なぜ俺が炎天下の中立っているかと言うと……。
「みんな、今日勝てば悲願の甲子園だ。都立高からの甲子園出場は10年以上ない。俺たちは、これからそんな数少ない可能性に挑む」
「……」
そう、ここは東京都にある野球部員たちの憧れ神宮球場。俺たちはあと1つ勝てば甲子園出場という都大会決勝戦まで駒を進めていた。都立高が決勝戦まで来たのは過去に3校だけ。どんなに暑くてもテンションはMAXってもんだ。
「……応援してくれているご父兄の方、ベンチに入れなかった後輩たちに恥ずかしくない戦いをしようじゃないか!」
今熱く語っているのは、うちの監督。赴任3年目にして甲子園へあと一歩というところまでうちの野球部を鍛えぬいた猛者である。ちなみに28歳独身。唯一の欠点は、語りだすと止まらないところだろう。
「監督、熱意は十分伝わったから、その辺で止めとこうぜ。そろそろ、試合も始まるしよ」
「お、おう……そうか」
相手の選手たちもベンチ前に並びだした。さすが強豪校は動きがキビキビしている。俺たちも慌てて並び始めるが、やっぱり見劣りするな。でも、俺たちだって甲子園に行くために三年間毎日遅くまで練習したんだ。あと一歩で夢が叶うところまできた、絶対勝って甲子園に行ってやる!
「プレイボール!」
ウゥゥゥゥゥゥ~~~!
あとヒット1本出れば、あと1つフォアボールが出てれば、それさえ出れば俺まで回ったのに。俺の打順が回って来てさえいれば……。言っても始まらない、【たられば】が頭の中をグルグルと巡る。だけど、勝負の世界に【たられば】はない。そのあと1本が出ずに俺たちは負けた……。
「ああ、俺の高校三年間が終わっちゃったな……」
試合が終わり、みんなと別れて家路につく。俺の家は神宮球場から、それほど離れていないこともあって今日はチャリで球場入りしていた。試合に負けた帰り道、チャリを漕いで近道の坂を上る。
「明日から何しよう……。今更大学受験とか言っても、俺の頭で入れる学校なんてないしな」
高校三年間、野球しかやってこなかった俺が、甲子園に行くやつらより一足早く野球部から追い出された。マジでやることがない……帰りに何かゲームでも買って帰るか?
そんなことを考えつつ。坂を上り終え、やや急な下り坂に差し掛かった。ここの坂は上りよりも下りの方が傾斜がキツイ。走り込みでよく使ってた坂だ。てっぺんから下りはじめ、徐々に速度がのっていく。速度が上がり過ぎる前に俺はブレーキレバーを握った。
バチンッ!
「へ?」
左のブレーキワイヤーが切れた……は!?嘘だろ……。
「……慌てるな、右が残っているじゃないか」
落ち着いて右のブレーキレバーを握る。
バチンっ!
「オーノー!!!」
まさかの右ブレーキワイヤーも切れた。そんな馬鹿なことが起こってたまるか。こんなこともあろうかと、昨日のうちに点検までしてすり減ったブレーキワイヤーを交換していたっていうのに……。
「……いやいや、まだ慌てるような時間じゃない」
若干青ざめつつも次善策を検討、実行する。
「今日の俺は鉄刃のブレーキだぜ!」
速度が加速度的に上がっていく中、俺は両足を思いっきり地面に押し付けた。
ガギャギャギャ……!!!
スパイクの裏についた滑り止めの鉄の刃がアスファルトと接触して火花を散らす。おお、なんかカッコいい……いやいや、言ってる場合か!
ギギャギャギャ……パキンッ!
「おいおい、嘘だろ……」
スパイクの刃が取れた……こんな偶然ってあり得るのか!?
「まだ大丈夫……なわけあるか!?万策尽きたわ!!!」
速度の上がる自転車にしがみ付きながら坂を下る。これ死ぬんじゃないか?そう思ったとき、徐々に坂の傾斜が緩くなってきた。
「これは、もう飛び降りるしかないんじゃないか?このまま坂の終点まで行っちゃうと……」
そう、坂の終点はT字路になっている。その向こうはガードレールを挟んですぐに川だ。あ、ひょっとして川に入った方が助かる確率高いか?もう、このまま運を天に任せてみるのも良いかもしれないと思い始めた頃、自転車の先端がガードレールにぶつかった。
「あっ」
慣性の法則に則って乗っていた俺は前方に放り出される。視界の先は真っ黒な、何もない空間……あれ、川どこ行った?
「やっぱり、これ死んだかも……」
黒い何かに飲み込まれ、俺の意識はそこで途切れた……。
「で、気付いたらアサギの後ろ姿が見えたって訳だ」
「……ホクトくん」
真面目な顔したアサギが俺の方を見ていた。
「……なんだよ」
「やきゅう?ってなに?」
「ああ、こっちには無いもんな」
「何かの競技なの?」
「そんなもんだ。……そうだ、今度この辺の子供たち集めてやってみるか」
突飛な思い付きだったけど、以外に受けるのではないかと思う。道具なんかも木の棒と丸めたタオルとかで代用できそうだし、男の子の遊びとしては上等な部類に入るんじゃないだろうか?
「こっちでもできるの?」
「ああ、できるさ。野球なんて空き地と棒と丸いものがあればできる。ああ、俺も久々にやりたくなってきたよ」
「ふふ、ホクトくんが生き生きしてる。そんなにやきゅうが好きなんだ」
「ああ、俺の人生だからな!」
アサギにそう答えながら、何をボールとバットに見立てようかと考え始めていた。
オチはないです。
元々森の中で野営している最中にホクトが語る想定でしたが、こうなりました。
明日から3章を書き始めます。
引き続きよろしくお願いします。