15話 ゴブリンの集落へ向けて
追記:文末の・・・を……に変更しました。
3日後の早朝、俺とアサギは宿屋『羊の夢枕亭』の前に立っていた。
「ホクトお兄ちゃん、アサギお姉ちゃん気を付けてね」
「大丈夫だよ、ハンナちゃん。無理なんてしないからさ」
「そうそう。ホクトくんが無理しそうになったら、私がちゃんと止めるから」
「いやいや、アサギ。俺が無理する前提の会話は止めてくれない?」
俺だって成長してるんだ。初めの頃のようにとりあえず突っ込むということは無くな……っては無いけど、少なくはなってきている。うん、ダイジョウブ。
「ホクトお兄ちゃんは、なんか心配だな。いい?ちゃんとアサギお姉ちゃんの言うことを聞いてね」
ハンナちゃんがお母さんみたいに……。
「ポロンもお兄ちゃんの事、しっかり守ってね」
「ワンワン!」
俺は犬以下か!?
「そろそろ、行こうホクトくん」
「……ハイ、イッテキマス」
アサギに連れられ、売られていく子牛のように項垂れて歩く。遠くでハンナちゃんが手を振っていた。
東門に到着すると、すでにそこには多くの冒険者たちがいた。すごいな、これだけ大勢の冒険者が一堂に集まるのは初めて見た。やっぱり、この町には結構な数の冒険者がいるんだな……。
「よう、ホクト!お前も参加するのか?」
声をかけられ振り返ると、そこにはソウルとパーティメンバーが立っていた。
「やっぱりソウルも参加するのか。お前しばらく顔を見なかったけど、どっか行ってたの?」
「ああ、護衛の依頼で別の町まで行ってた」
ソウルと挨拶を交わす。気の置けない仲の知り合いというのは、こういう知らない人が一杯いる環境ではありがたい。
「アサギさん、おはようございます!今回はアサギさんのような美女と一緒の依頼を受けれて、俺は最高にラッキーですよ!」
「おはよう、ソウルくん。ソウルくんも相変わらずね」
鼻息荒いソウルに対して、軽く受け流すアサギ。まあ、よく見る風景だ。
「ちゃんと話をするのは、今回が初めてだな。私はサラ・アイギスだ、よろしく頼む」
「俺はホクト、よろしくなサラ」
「私はアサギよ、よろしくねサラちゃん」
「ちゃんはよしてほしい。私のことはサラと呼び捨てでいい。私もアサギと呼ばせてもらうが、構わないか?」
「もちろん!」
アサギとサラも自己紹介していた。ソウルたちとは、これからも腐れ縁になりそうだし、今のうちに顔合わせできたのは良かったな。すると、魔女っ娘がサラの後ろから前に出て大きく胸を反らせながら自己紹介を始めた。
「私はエリスターゼ、大魔法使いになる女よ!エリスと呼ぶことを許すわ」
「エリスちゃんね、私はアサギ。よろしくねエリスちゃん」
「エリスちゃんじゃない!!ちゃんとエリスって呼んで!」
「わかったわかった、ゴメンねエリスちゃん」
「わかってない~~~!!!」
エリスとアサギがコントを始めた。まあアサギの気持ちもわかる気がする。エリスはちんまいのに、大きく見せようとしているその姿がとっても愛らしい。可愛いものが好きなアサギにとってはストライクど真ん中だろう。
「キィ~!私の話を聞きなさいよ、デカ乳!」
「怒らないで、エリスちゃん」
「私この女嫌い!」
「アサギ、その辺にしておけよ。エリスが困ってるだろ」
「しようがないなぁ。エリスちゃん、またね」
アサギはそう言うとサラの方と会話を始めた。
「ああ、アサギが気に障るようなことを言って悪かったな。
俺はホクト。ホクトって呼んでくれ」
「……あの、デカ乳女はあんたの関係者でしょ!しっかり手綱を握っておきなさいよ!」
「いや~、俺もアサギがあそこまで壊れるとは思ってもいなかったよ。
まあ、これからも顔を合わせそうだし仲良くやっていこうよ」
「フンッ!ソウルがあんたと仲がいいのは知ってるわ。
しようがないから、仲良くなってあげるわ」
ツンデレだ……ここまで、解りやすいツンデレは初めて見た。さすがだなファンタジー。
「よし、準備のできてる物から馬車に乗り込め!」
ワイワイやっていると、ダッジさんが大きな声を張り上げた。
「なあアサギ、討伐始まるまではお前と一緒でいいんだよな」
「もちろん。現地でパーティ編成されるまでは、誰と一緒でも自由よ」
「よし、じゃあ馬車に乗り込むか」
こうして緊急討伐依頼を受けた冒険者たちは、リーザスの町を出発した。
「でも、目的地って森の中なんだろ?こんな馬車でどこまで入る気なんだ?」
隣に座るアサギに聞いてみた。
「予定を軽く聞いてるけど、多分今日は森の外周を進んで適当なところで野営をすると思うよ。明日は朝から森に入って、ゴブリンの集落を見つけたら討伐開始じゃないかな?」
「そうなのか。俺、その辺の詳しい事聞いてなかったよ」
「大丈夫、どうせホクトくんじゃ理解できない事だから知らなくても問題ないよ。たぶん、ダッジさんは最初からホクトくんへの説明を放棄してたみたいだし」
「俺の扱い酷くない!?俺、そこまでバカじゃないぞ」
「まあまあ、私が聞いてるから心配いらないよ」
「……そっちの心配じゃねえよ」
同じ馬車に乗る面々から白い目で見られてる。そりゃそうだよな、これから大掛かりな討伐だっていうのに、こんなのほほんと会話していれば白い目で見られてもおかしくない。
「ホクト、たぶんみんなお前が理解できているかの心配をしてるんだと思うぜ」
「お前に言われたくないよ!ソウルだって、俺と変わんないだろ」
「バカ、お前。俺は知能二桁はあるって!」
ソウルが知能自慢を始める。ただし、それに同意するものは現れなかった。
「ソウルも同類、どっちもバカよ」
エリスがさらっと毒を吐く。この馬車の中には味方がいない……。道中は、そんな空気で進み夕方前に野営地に到着した。
「今日は、ここで野営をする。各自準備にかかってくれ」
ダッジさんの掛け声で各々野営の準備を始める。
「なあアサギ。さっきからダッジさんの声が良く聞こえるんだけど、他のギルド職員っていないのか?」
「何言ってるのホクトくん。今回の総指揮はダッジさんが取るのよ」
「え、ダッジさんがリーダーなの?」
「当たり前だろホクト。あのおっさん、ああ見えてBランク冒険者なんだから。
今回の討伐依頼を受けた中では一番ランクが高いんだぞ」
そうか、ダッジさんがリーダーだったんだ。おかしいな、俺色々なことを知らないぞ?
「それって、どこかで説明されたか?」
「さあ?俺はサラから聞いたぞ」
「そこのおバカ2人!説明会でちゃんと言ってたでしょ!?」
魔女っ娘エリスがツッコミを入れる。他の連中は……あ、生暖かい目でこっちを見てる。
「なんかホクトくんってさ、会った頃よりもバカになってる気がするよ」
「アサギと会った頃は、ああではなかったのか?」
「うん、もう少しまともだった気がする。……お姉ちゃん心配だよ、あのままだと取り返しがつかない領域まで行っちゃう気がして……」
アサギとサラが何か話しているが無視だ。俺は地球の頃からこんなもんだ。時々エリスに突っ込まれながら、粛々と野営の準備を進める。普段は野営なんてしないけど、リーザスに着くまではアサギと一緒に野営していたから、こういう準備も手慣れたもんだ。
「よし、こっちは終わったぞ」
「お疲れさま、今ご飯の用意してるから、もう少し待っててね」
アサギは夕食の準備をしてくれているようだ。思えばアサギの手料理を食べるのも久しぶりだ。
「……なあ、俺たちも一緒に食べていいか?」
アサギの料理が食べたいからなのか、ソウルが近寄ってきた。
「お前はパーティの連中と食べればいいだろう」
「それなんだけどな……実は、うちのメンバーで料理できる奴が誰もいないんだよ!」
「……は?お前は無理としても、サラとかエリスもか?」
「私は実家にいる頃から剣の修行ばかりだったので、料理はできない」
「私はできるわよ?ただ、他の2人がさせてくれないだけで……」
サラは、まあそのまんまだな。エリスはどういうことだ?そう思ってソウルの方を見ると、全力で首を左右に振っている。サラも顔を青ざめさせて俯いていた。
「……そうか、エリスは飯マズか」
「飯マズって言うな!!」
「そういうことなら……どうするアサギ?」
「いいよ、みんなで食べたほうがきっと美味しいから」
アサギがOKなら、俺としては問題ない。総勢5人で焚火を囲って夕食を取ることにした。
「美味い!超美味いです、アサギさん!!」
ソウルがうるさい。サラとエリスも黙々と食べている。
「サラとエリスちゃんも、どう?自分では上手くできたと思うんだけど……」
「問題ない、美味しいぞアサギ」
「……悔しいけど、美味しいわ」
エリスはあれだな……ちゃん付けは諦めたな。
2人からも美味しいと言われてアサギも満面の笑みを浮かべた。そこからは、みんな和気藹々と会話をしながら食事を平らげていく。すると、焚火の向うの方からこっちにくる人影が見えた。
「ここにいたんだ、ホクト」
「ああ、アレク。朝は見当たらなかったから、いないのかとおもった」
烈火の牙リーダーアレクとメンバーの面々だった。
「お前たち食事は?」
「向うで食べてきたよ、お邪魔だったら後にするけど……」
俺は周りの連中に視線を向ける。みんな無言で頷いてくれた。
「良いみたいだ、その辺に適当に座ってくれ」
「悪いね。しかし、ここは錚々たる面々だね」
「ん?そうか?」
「Cランクでもソロで有名な魔法使いのアサギさん。最近売り出し中の最速でDランクになったソウル・スタントと、そのパーティメンバー」
「まあ、俺以外はみんな顔も名前も売れてるしな」
「ホクトだって、この前のゴブリンとの戦いはすごかったよ。
僕たちは2人で1匹のゴブリンでも大変だったのに、君は1人でゴブリン2匹を相手に危なげなく倒してたじゃないか」
「お、ホクトの戦いか。俺も見たかったな」
「ホクトとソウルは仲がいいのかい?」
「まあ、同じ日に試験を受けた同期だからな」
「頭の中身が同じレベルなのよ」
すかさずエリスが毒を吐く。この娘はあれか?毒を吐かないと死んじゃう病気か?
「最近は他の町に行ったりで、リーザスにいなかったからな。ホクトがどれくらい強くなったのか気になるな」
ああ、ソウルの目が爛々と輝いているよ。あいつも戦闘狂だな……。
「なんにしろ、こんな面子で襲われたらゴブリンたちも堪ったものじゃないだろうな。俺や烈火の牙はEランクだから、直接ゴブリンと戦うことは無いと思うけど、アサギとソウルは気を付けてな」
「おう、任せとけ!」
「私もがんばるよ!」
そうして夜は更けていった。俺たちは交代で見張りに付いていたけど、魔物からの襲撃なんてものは無かった。
翌日馬車をその場に残して俺たちは森の奥に進んで行く。そうして日が頂点を超えて少し経った頃、目的地に到着した。