3話 はじめての戦闘
追記:文末の・・・を……に変更しました。
「ゲギョッ!」
振り下ろされる木の棒を、とっさに横っ飛びで避ける。
あんな棒で叩かれたらとおもうとゾッとする。
打ち所が悪ければ骨折じゃ済まないぞ。
避けられたことが悔しいのか、更に攻撃を続けるゴブリン。
膝を使って左右に避けていると、ゴブリンはいったん引き下がった。
「振りがそこまで速くないから、何とか避けられるな」
だけど避けているだけじゃ現状を打開できないな。あのゴブリンをやっつける方法を考えないと。倒す方法を考えていた俺は気付けなかった……相手の纏う空気が変わったことに。
「ギ、ギギョエーッ!」
今までにない素早さで突進してくるゴブリン。
「うわっ、な、なんだこいつ。
急に速くなったぞ!?」
突進からの突き出しを横に回避……したつもりが左腕にかすった。
痛みを我慢する暇もなく、次々繰り出される鋭い一撃。さっきとはまるで違う……ゴブリンが本気になった。
……本気で俺を殺そうとしている。
そう思った瞬間、身体が鉛のように重くなるのを感じた。
「はぁ、はぁ……クソッ。どうなってるんだ?
あれくらいの速さなら目で追えていたのに……」
「ギィッ!」
頭を狙った一撃を何とか躱す。でも身体が重い今の状態じゃ無理があった。避けたときにバランスを崩した俺の側頭部にゴブリンの蹴りがまともに入った。
「ぐあぁ!」
一瞬目の前が真っ白になった。
……顔が冷たいものに触れる。意識がはっきりしてくると、地面がすぐ目の前にあった。どうやら蹴られて地面に倒れ込んだみたいだ。蹴られたこめかみ辺りから暖かいものが流れてくる。生まれてこの方、こんなになるほどの喧嘩なんかしたことない。その暴力的なまでの痛みが、更に身体を硬くさせる。
「うぁあ……」
やばい、意識がはっきりしない。
ゴブリンは俺を見下ろしながら、ゆっくり近づいてくる。
「ゲギョギョ」
ニタニタと嫌な笑いをしながら近づくゴブリンに対して、立ち上がることもできない。ダメだ、腕に力が入らない。
「ギョーッ!」
腹に蹴り上げられた。2回、3回と弾んで転がる。
止まったとき、こみ上げてくるものを止められず吐き出す。それは地面を真っ赤に染めた。血……血だ……真っ赤な血。てっきり反吐だとおもっていたら、まさか血を吐くとは。内臓を痛めたのかもしれない。ただでさえ身体が動かないのに、これ以上ダメージを受けたら本当に死んでしまう。
「いやだ……こんなところで死にたくない」
頭を振って意識をはっきりさせながら立ち上がる。
面白いくらい膝が笑ってる。こんなんじゃ木の棒を避けるのも難しそうだ。足を殴りつけて気合を入れつつ、こちらに歩いてくるゴブリンを睨み付ける。
「随分余裕だな、クソゴブリン。もう勝ったつもりでいるのか?」
「ゲゲギョ」
ニタニタ笑いがムカつく。何をしてでもあの面に一発入れたくなった。
武器はない。相手に対して有効なものは……石は使えるか?あたりを目だけで探してみたけど、使えそうなのは石だけだ。
後は拳と足……頭も使えるか。とにかく自分の身体しかない。ある意味開き直りだな、気の棒とはいえ武器を持った奴と戦うには何でもしてやる。
「俺も覚悟を決めた。絶対にお前を殺す!」
宣誓したことで緊張からくる硬直がとけた。
「ゲギョギョ!」
さっきと同じくゆっくり木の棒を振り上げるゴブリン。随分と余裕だなこの野郎。それを見た途端、俺は一気に駆け出した。
「おらぁ!」
右の拳をおもいっきりゴブリンの顔めがけて殴りつける。振り上げる動作を途中で止めて、避ける動作に入るゴブリン。避ける動作も随分ゆっくりだな……相手の顔が動くのに合わせて、こっちの拳も位置を調整する。
バキィッ!鈍い音と手に伝わる感触で相手に当たったことがわかった。ゴブリンは殴られたことが不思議だったのか、こっちの顔を見ているだけだった。
「どうだ、この野郎。こっちはそれの何倍も痛かったんだぞ」
鼻から紫色の血を流しながら、ゴブリンは俺のことを睨み付けてくる。
「グッ、グギャ!」
一発入れたとはいえ、未だにこっちの不利な状況は変わらない。ゴブリンの顔からも余裕は消えた。
「ゲギャ!」
ゴブリンが木の棒を前に突き出して突進してくるが、心なしか動きがゆっくりだ。俺が殴りかかったときもゆっくりだったけど疲れたか?鼻を殴られたダメージってわけでもないよな?殴った俺が言うのもなんだけど、大した威力があったとも思えないし。
突き出される木の棒を目で追いながら躱す。続けて横なぎがくるが、これも躱す。躱す、躱す、躱す。
相手の攻撃をはっきり目で追う。野球のサードってポジションは、一番速い打球が飛んでくるところだ。
バットに当たった瞬間には、打球が目の前までくるような強烈な当たりなんてのもよくある事。俺も最初は身体が動くだけだったけど最近じゃ目で追ってから、目標地点に身体が動くようになった。これも練習の賜物だ。
相手の攻撃を躱しつつ、こっちも攻撃しようと思ってるんだけど上手くいかない。さすがに一朝一夕で相手への有効打なんて無理だったか。
「ゲゲギョギャ!」
ゴブリンも当たらないことに腹を立てているのか、攻撃が雑になってきた。これなら避けたときに何かできるかもしれない。
上段から振り下ろされる木の棒を余裕をもって躱しながら、左の拳で伸びきった右ひじを殴りつける。
「ギャギャッ、ギョギャー!」
痺れたのか、気の棒を取り落とすゴブリン。
「チャンス!」
一瞬動きを止めたゴブリンの腹に蹴りを放つ。それをまともに食らったゴブリンが地面に蹲るのを目で追いつつ、膝を鼻面に叩き込む。
後ろ向きにゴロゴロと転がるゴブリン。それを見た俺は、足元にあった石を拾い上げて追いかける。
仰向けに倒れたゴブリンのマウントポジションを取って拳よりもやや大きい石を顔面に叩きつける。
「ゲヒョ!ギャハッ」
石で殴られるたびに奇妙な声とも呼吸ともつかない音が漏れる。でも俺にはそれを気にしている余裕なんてない。
無心に殴る、殴る、殴る。この手を止めたら反撃をされそうで、怖くて怖くて仕方ない。ゴブリンの顔に視線をロックして、ただひたすら石を打ち付けた。
どれくらい経ったのか、ゴブリンはピクリとも動かなくなっていた。
「勝った……のか?」
改めてゴブリンを見てみる。頭が潰れて中身が出ている……ひとめで生きていないとわかるな。目を自分に向ければ、紫色に染まった身体。両手からは、いつのまにか石が無くなっていた。緊張が解けていくのと同時に、周りに音が戻ってきた。自分では気付かなかったけど、呼吸がおかしい。
「カヒュー、カヒュー……」
酸素が足りないせいか頭がボウッとする。心臓の音がうるさい。
思いっきり息を吸い込んで、ゆっくり吐き出す。
「すぅぅー、はあぁぁ~~~……」
ゴブリンから身体をどけて、近くにあった木に寄り掛かる。身体の芯から疲れが押し寄せる。でも、それ以上にこみ上げてくるものがあった。
「勝てた……俺は死なずに済んだんだ。
もう……ダメだとおもった……」
気付いたら泣いていた。勝てた喜びよりも、死ななかったことが途方もなく嬉しかった。でも不思議と生物を殺した後ろめたさや罪悪感は湧かなかった。殺されそうになったからか?よくわからない。
頭の中であれこれ考えていたら、いつの間にか意識を手放していた。