9話 忘れられていたお約束
追記:文末の・・・を……に変更しました。
「こっちを見ろ、テメェに言ってんだよ小僧!!」
そこで初めて声の主が俺に声をかけていたことを知った。
「え、俺?」
振り返った先にいたのは、まあ何と言うことでしょう。絵に描いたような三流冒険者であった……あ、俺も三流か。一緒にされるのは不本意だな、五流にしよう。吊り上がった細い目、顔に刀傷かな?ただでさえ良くない風貌なのに、言葉使いも柄が悪い。
「なんですか?」
それでも目上の人なので、それなりに敬意を払ってみる。
「テメェ調子に乗り過ぎなんだよ。一角兎狩るのも精一杯の雑魚が!」
はい、敬意を払うの終了。
「で、何の用?俺、この後用事があって忙しいんだけど」
「あっ!?何調子くれた喋り方してやがんだテメェは!」
「だから何の用かを聞いてんの。あんたの喋る内容じゃ、目的が理解できないよ」
これは、あれだよね。小説なんかによくある……所謂お約束、テンプレ。1か月間何もなかったから、無いものだと思ってたから、まさか今になって発生するなんて……何がフラグになったんだ?
「ああっ!?だからテメェがt……」
「はい、ストップ!さっきからそればっかりで内容が分からないって。
つまり、あんたは俺にどうしてほしいの?謝罪?喧嘩を売ってんの?」
めんどくさいんだよね。この後はダッジさんに一角兎を狩った報告もしないといけないし、訓練の時間も過ぎてるから絶対怒ってるし……。
「上等じゃねぇか。表に出ろ!」
ああ、つまり喧嘩を売ってたって事か。
「エッジさん止めてください!」
騒ぎを聞きつけたのかノルンさんが割って入ってくる。相手のチンピラはエッジって言うのか……まあ、もう会うことも無さそうだから覚える必要も無さそうだけど。
「ノルンちゃんは黙っててくれ。これは男と男の勝負だ」
「え、意味分かんないんだけど。あんたさっき俺が調子に乗ってることにキレてなかった?」
「っせえぇんだよ!お前は黙って付いてくればいんだよ!」
「エッジさん!冒険者ギルドでは、確かにギルド加盟者同士のいざこざには関与しませんが、理由もなく決闘を行うことを認めてはいませんよ!」
「そんな決闘なんて大層な物じゃねえ。ただ、後輩に世間の常識ってやつを教えてやるだけだ」
「そんな一方的な理由は認められません!」
ああ、ノルンさんって委員長タイプか。道理が通ってないから納得できてないみたいだけど、あんなチンピラの思考回路は「テメェ気に食わねえから殴らせろ」だもんな……一生理解できないだろう。
「ノルンさん、ちょっと落ち着いて」
「ホクトさん、安心してください。私がギルド職員としてホクトさんの安全を保障します」
「それは有難いんですけど……。この場合、それで納まっても根に持たれるんで今のうちに解決しておいた方が良いと思いますよ」
「それって……」
「ああいう連中は、舐められたと思うと我慢できない性分なんですよ……多分。俺も本で読んだだけですけどね」
昔読んだヤンキー漫画では、だいたいそうだった。まあ、あいつを見る限りは間違って無さそうだ。
「俺が1回付き合えば終わりなんで、行ってきます」
「ダメです!そんな理不尽には納得がいきません」
「ノルンさんの優しさは嬉しいですけど、ここは任せてもらえませんか?」
「……」
考え込んじゃったよ。でも、ノルンさんが何を言ってもあいつは止まらないだろうな……であれば、後は他のギルド職員であいつを止められる奴を呼んできてもらうくらいか。
「あの、こういう場合って俺も処罰の対象になるんですか?」
「……いえ、今回のケースでは完全なとばっちりなので、ホクトさんへの処罰は無いと思います。私も、そう証言するつもりです」
「ありがとうございます。じゃあ、ノルンさんには申し訳ないですけどダッジさんを呼んできてもらえますか?多分訓練場にいると思いますから」
「ダッジさんですか……はっ、解りました!すぐに呼んできます」
そう言ってノルンさんはギルドの奥へと走っていった。さて、これでノルンさんの方は解決したから、後は俺がどれだけ耐えられるかだな。ハッキリ言って、一角兎を狩るので精一杯の俺が、あのチンピラに勝てるとは思ってない。
「おい、ノルンちゃんはどこに行ったんだよ!」
「お前には関係ない。外だろ、早く行こうぜ」
「この野郎……ちょっとお灸を据えてやるだけで勘弁するつもりだったが、ぶっ殺してやる」
「おいおい、それじゃ殺人未遂だぞ……さすがに警備隊が黙ってないだろ」
「うるさい!とっとと来い!」
そう言って肩を怒らせながら歩くチンピラに続いて、俺は外に出た。
外に出ると、既にギルドの周りは人だかりができていた。この町では、こういったことは日常茶飯事なのか完全にお祭り感覚だな。野次馬たちがある程度の距離を取って円形に広がる。この中でやるのかな?
「さて、覚悟しろよ小僧。テメェは図々しくもノルンちゃんと楽しそうに会話しやがって……」
「え、キレた理由それなの!?」
「っせえな!俺だって、あんなに話したことないのに雑魚のお前が何楽しそうに会話してやがんだよ!」
うわ~、一気にやる気が無くなった。俺の行為の何かが先輩の逆鱗に触れたのかと思ってたら、まさかの嫉妬とは……。
「馬鹿じゃねえの?俺にとやかく言う前に、自分からアタックすればいいのに。
身綺麗にして、礼儀正しく話しかければ少なくとも話は聞いてくれるよ?
少なくともノルンさんは、それで話を聞いてくれないなんて事は無いと思うけど……」
すると、周りの野次馬たちがザワザワし始めた。
「え、なに痴情の縺れなの?」
「ギルドのノルンって子を取り合ってるみたいよ……」
あ、ヤバイ方向に話が進んでる。これは、後でノルンさんに謝らないといけないかも……。
「もう我慢ならねえ!覚悟しろよ小僧!」
そう言ってエッジは腰の剣のを抜いた。マジかよ!?そんなくだらない理由で刃物沙汰にするのかよ!
「おい、剣を抜くのはまずいんじゃないか?」
「うるせぇ!テメェも抜け!」
抜けと言われても、なあ……。
「俺の職業は拳闘士だよ。だから刃物は持ってないんだ」
その瞬間、エッジは下衆な笑みを抑えきれなくなったのか醜悪に笑い出した。
「へぇ、そうなのか。とはいえ、これは決闘だからな……正々堂々とやり合おうぜ!」
エッジが俺に向かって斬りかかってきた。俺の方もすでに臨戦態勢は整えてる。
『集中』と『鷹の目』で相手の行動を読む。上段から振り下ろされる剣に対して一歩前へでる。
「死ねや!」
本気の振り下ろし、コイツ本気で俺を殺そうとしてる。だけど足りないな……ソウルの剣筋はもっと速かった。ダッジさんの拳ほどの威圧もない。ギリギリのところでエッジの攻撃を躱す。
「テメェ、ちょこまか動くんじゃねぇ!」
「やだよ、お前俺の事殺す気だろ」
会話のやり取りの最中も剣を躱す。突き、横なぎと連続で繰り出される攻撃をすべて紙一重で躱していく。1か月前ならどうなってたか分からないけど、今この瞬間なら、この程度の攻撃は余裕を持って躱せる。
「この野郎……ハア……ハア……」
たったあれだけで息が切れだしたのか、エッジの動きが鈍くなってきた。早いな先輩、そんなんでへばってたらダッジさんに死ぬ気で追い掛け回されるぞ。
「……なら、俺も本気だ」
すでに本気だったんじゃ?とか、突っ込みを入れようと思ったけど空気が変わった。さっきまでが生易しく感じる殺気。何かする気だ。
「食らえ、剣技『斬風』!」
俺とエッジとの距離は離れている。どう考えても剣が届く間合いじゃない……にも拘らずあいつは剣を振り下ろした。
「!!!」
見えない何かが来る!俺はかろうじて半歩だけ横に動けた。次の瞬間、すぐそばを風の塊が通り過ぎる。何だ今の……頬が濡れていることに気付いて手で触れてみると、赤い血が掌にねっとりと纏わりついた。
「テメェ、何で避けれた……知ってたのか、お前のような素人が!?」
何のことか分からないけど、この間合いはあいつの射程圏内だってことは理解できた。この距離をキープされると、良いように嬲られる。そう思った俺は、一気にエッジとの距離を詰めた。
「この、こっちに来るんじゃねぇ!!!」
エッジが矢鱈目ったら剣を振り始めた。それを集中と鷹の目で見ながら距離を詰める。だけど、さっきの感じはしない……もう打てないのか?あっという間に俺の間合いに入る。
「うわぁぁぁ!!!」
左からの横なぎ。更に一歩前へ……剣の柄を握ったエッジの右手を掴み、左手で肘の関節を抑える。そのまま両手を押し込むように力を入れる。
バキィィィ!
「ぎ、ぎゃぁぁぁ~~!!」
エッジの右腕があり得ない方向に捻じ曲がる。構わず更に一歩前へ。
「寄るな、寄るんじゃねぇぇ!」
剣が使えなくなったエッジは、左拳で殴りかかってくる。左拳を右手で受け止め、軽く捻ってから相手の肘を右手で抑えて押し込む。
ビキィィィ!
「ひ、ぎゃぁ”ぁ”ぁ”ぁ”~~!!」
これでエッジの両腕は壊した。更に一歩前へ踏み出し鳩尾に肘を突き出す。エッジは白目を剥いて後方に吹っ飛ばされた。
辺りは静まり返っている。さっきまで騒いでいた野次馬も、今は誰一人声を上げるものはいない。
「……ふぅ」
集中と鷹の目を解いて一息つく。
「両者そこまでだ!」
雷のような声の方に視線を向けると、ダッジさんが仁王立ちしてた。こんな時だけど、様になってるなぁ……。ダッジさんの横にはノルンさんもいる、顔を青ざめながら俺の方を見ていた。
「誰か、エッジを医務室に連れていけ。治療が終わったら事情聴取だ。
ホクトは俺と一緒に来い」
こちらの答えも聞かずにダッジさんはギルドの中に入っていった。ありゃあ、怒ってるな……行きたくねぇ。
「ホクト!さっさと来い!」
「わかりました!!」
俺はダッジさんに言われるまま、ギルドの中へ入った。
やろうやろうと思って、すっかり忘れていました。




