12話 マッピング
翌日、今日も今日とてサラやエリスたちと一緒に願いの塔に潜っている。昨日9階層のマッピングを終え、いよいよ今日から10階層の攻略に挑む。
「1つの階層を攻略する、ホクト達の行動を見させてもらった。驚いたのは、明らかに我々よりもゆっくりなのに、我々よりも多くの事を手に入れていると感じた。この10階層、我々もマッピングとやらをやってみようと思うのだが、作り方を教えてもらえないだろうか」
「えっ、別にいいけど」
サラからの提案を、俺は即了承した。別にうちだけの秘伝って訳でも無いし、他にも地図を作って攻略している探索者は大勢いる。だから、サラたちがやりたいと言うなら、それを手助けする事に抵抗は無い。
「良いのか!?自分で言っては何だが、ホクト達のパーティの優位性を奪う事になるのだぞ」
「別にそこまでの物でもないよ。サラたちは知らない仲じゃないし、それに……今回の行動がきっかけで、ソウルと仲直りできるかもしれないじゃん。俺としても、隠すような内容でもないし、じゃんじゃん覚えていってくれ」
「じゃあ、地図の作り方は私が教えるわね。エリスちゃん、後衛の方がこういう事をするとき便利だから、エリスちゃんが覚えてね」
「えっ!?わ、私!?サラが言ったんだから、サラが覚えれば……」
シドロモドロにエリスが地図作製を拒絶する。別に難しい事じゃないんだから、軽い気持ちで教えてもらえばいいのに。
「エリス、ホクト達のパーティもアサギが地図を作製しているんだ。これは、後衛が移動中特に仕事もないから宛がわれてるんじゃないのか?それなら、うちで覚えるべきはエリスだと思うがな」
サラの言う通り、俺達はダンジョン内を移動する際の順番も考えて配置している。例えばポロンやクウは、人よりも索敵範囲が広い。特にポロンは人よりも圧倒的に広い索敵範囲を持つ。クウは、ポロンに及ばないがトラップの解除をすることがあるので、基本的にポロンと一緒に最前列だ。そんなクウたちを、イレギュラーな出来事から守るのが次に配置された俺。その後ろに、移動中は魔力の回復を優先させたいアサギ、最後に後ろからの奇襲を警戒してカメリアが最後方という形が一番多い。この時、誰がマッピングをするかだけど……最初は俺がやっていた。だけど、俺がやると最前列のフォローが疎かになるので、アサギがマッピングを買って出てくれたと言う事だ。他のメンバーは、敵やトラップに集中する必要があったから結局アサギで落ち着いた。それを、俺はサラやエリスに説明した。
「……うぅ」
「エリス、ホクトの説明は理に適っている。我々パーティの今後を考えれば、エリスが覚えるのが一番だと私は考える。どうか、やってくれないだろうか」
そう言って、サラはエリスに頭を下げた。驚いたな、あの2人普段から仲が良いから、こういう場面でサラが頭を下げるなんて想像もしてなかった。それはエリスも同じだったようで、途端にアワアワしだした。
「ちょっ、ちょっとサラ!やめてよ……ほら、頭を上げて。やる、私がやるから!だから、そんなことしないで!」
結局、サラの真摯な行動に負けたエリスが、マッピングを覚える事になった。エリスも、別に難しくないんだから最初からOKしとけばいいのに……。
「じゃあ、エリスちゃん。まず要点を説明するから、とりあえず1回描いてみましょう。はい、紙とペン」
自分の予備をエリスに渡すアサギ。それを嫌々ながら受け取るエリス。しかし、エリスはなんでそこまで嫌がるんだ?
「うぅ……ぜ、絶対に見ないでよ!」
「いや、見なかったら正しいか判断できないだろ」
「う、うるさい!とにかく、出来上がるまでは除くの禁止!」
何だっていうんだ、エリスの奴。まあ、ここでいつまでもエリスに構ってる訳にもいかないので、俺達は昨日までと同じフォーメーションで10階層を歩き出した。10階層は、スタート地点からしばらくは一本道なのか、特にマッピングで難しい所は無さそうだ……なのに、エリスはと言えば……。
「え、ここが左で……えっと、ここで右……ああっ、紙からはみ出した!?」
なんか後ろでキャアキャア言って慌ててる。おいおい、ここまでの道、俺だったら真っすぐ直線退いて終わるぞ。エリスは、一体どんな地図を描いてるんだ?
「え、エリスちゃん。ほら、とりあえず落ち着いて。大丈夫だから、間に合わなかったら声をかけてくれれば、みんな止まるから」
「い、嫌よ。だって、それだと私のせいで余計に時間がかかるじゃない」
どうもエリスの負けず嫌いが悪い方向に出てしまっているようだ。俺は、一度クウたちに止まるように指示してエリスの方を振り返る。
「エリス、そんな事を気にしてたら地図なんて描けないぞ。これは、パーティ全員が協力する仕事だ。確かに地図を描くエリスに合わせて移動が遅くなるかもしれないけど、それはエリスが悪い訳じゃない。それも含めて協力し合う必要があるんだ。だから、エリスは自分のせいだなんて考えるな。『私に合わせなさい』くらいの気持ちでやればいいんだよ」
「で、でも……それで遅れたら、みんなだって嫌……なはず」
「そんな事はないぞ。地図の作成を頼んだのは私だ。エリス1人が責任を感じる必要は無い。それに、ここまでで解ってると思うが、私たちと違ってホクト達は地図の作成を優先するため、何日も1つの階層に留まる。エリスが慣れるまでは、私たちも何日でも同じ階層に留まろう」
「……う、うん。ありがとう」
やっと殊勝な反応をした。まあ、これで大丈夫だろう。それにアサギが隣についてるんだ。あいつなら、都度都度エリスに助言するだろうし、エリスが間に合わなそうなら俺たちに声をかけてくるだろう。そう考えて、俺は一旦エリスの事を思考の外に追いやった。
しばらく歩くと、二又に別れている所に出た。こういう場合、俺達は右から順に通る事にしている。これは、特に理由がある訳じゃなく唯何となくだ。別にエリス達が左からと言うなら、その通りにするだけ。その程度の事だ。
「こういう分岐点に来た時は、私たちのパーティは右から行くけど、それはパーティ内で相談して決めた方が良いわ。私たちの右からも、特に理由がある訳じゃなく、みんなで相談して決めた結果だから気にすることは無いわ」
「理由ないの?だったら、私たちは……どうしよう」
縋り付く小動物の様な頼りなさで、サラを見上げるエリス。そんなエリスを見て、サラはウツキに視線を向けた。
「ウツキ、私はホクト達と同じように右からが良いと思うのだが、ウツキはどう思う?」
サラが空気を読んで、ウツキに質問を投げかけた。ウツキの方も、サラが言わんとしている事は解っているみたいで、簡単に自分の意見を口にする。
「私は左から。特に理由は無いけど、強いて言うならまねっ子は嫌い。ホクト達のパーティに特に理由が無いなら、無理して合わせる必要は無いと思う」
「エリスは、どう思う?正直、私はどちらでも構わない。ここで時間を無駄にするなら、ウツキの言う通りホクト達の逆を選ぶが」
さっき自分は、俺達と同じ右と言っていたのに、ちゃっかりウツキの案に乗っかったサラ。こういう誘導は上手いな。
「……私も左がいい、と思う。ウツキと同じ理由は無いけど……」
「なら左からにしよう。と言う事だ、すまないが我々に付き合ってくれないか?」
「良いわよ。じゃあ、ここは左に行きましょう」
俺が声をかける間もなく、アサギは左の通路を指さした。慣れた物で、うちらのパーティメンバーからは批判的な声も上がらず、エリス達が言ったように左の道を行くことにした。
「ねえ、本当にこんな簡単に決めちゃっていいの?」
分岐点で、左の道を選んで少し経った頃、エリスが俺に聞いて来た。普段ツンデレ気味なエリスだけど、こうやって誰かの言葉に耳を傾ける事ができるしっかりした子だ。
「良いんだよ。これだって、どんどん上に行ったら方針を変える必要が出てくるかもしれない。だから、最初から完璧を求めないで試行錯誤を想定して行動した方が良いぞ」
俺の言葉を聞いたエリスは、ちょっとだけホッとしたような表情を見せた。その後、何度か分岐点に辿り着いたけど、最後まで左の道を選ぶことになった。地図を描くペースも、若干早くなったんじゃないか?まあ、俺達には見せてくれないけど……。
「あ、ほら!大きな門、多分ここがボスの部屋なんじゃない?」
「……確かに、前に来た時と同じ扉だ。奥から戦闘音が聞こえないから、恐らく中には誰もいないだろう。どうする、ボスに挑むか?」
サラが俺の方を向いて聞いて来た。いよいよ願いの塔で初めてのボス戦、だけど俺は首を横に振って否定した。
「いや、最初の地点に戻って地図を埋めよう。サラたちがどうしてもって言うなら止めないけど、俺達は地図が完成してないうちは挑戦しない」
「徹底してるな。ボス部屋を前にして、そんな事を言えるなんて」
「俺は、美味しい物は後に取っておくタイプなんだ」
「……ふっ、そうか」
サラは、俺の方針に従ってくれるみたいだ。さて、エリスは……。
「私も別にいいわよ。そもそも、私たちは一度倒しているボスだからね。あんたたちに不満が無いなら、最初の地点に戻りましょう」
そう言って、さっさとスタート地点に戻ろうとするエリス。ボスに興味が無いのか、それとも地図の作成が面白くなってきたのか。俺達は、ここまでの道を逆走して30分後には10階層のスタート地点に戻った。ニヤニヤしながら、地図とにらめっこしているエリスが少し不気味だけど、今は放っておこう。さて、あと何回戻ってくれば地図が完成するのやら……。




