18話 新生・猛炎の拳始動
改めてカリンさんにお願いして、クウちゃんを呼び出してもらう。彼女と一緒に願いの塔に入ってから、すでに1瞬間。随分濃い1週間だった。
「今ギルドの者がクウさんに連絡を取っています。しばらく時間がかかりそうですが、いかがいたしますか?」
「どうする?」
「また絡まれるのは嫌だから、先に会議室に入っていても良いですか?」
「かしこまりました。では、ご案内いたします」
カリンさんに続いて会議室に入る。俺達は、前と同じ席順で座り、カリンさんは俺達にお茶を出した後、部屋を出て行った。恐らく、ギルドに来たクウちゃんを迎える為だろう。
「さて、新しい仲間は本人さえ問題なければクウちゃんに決まったわけだけど、今のうちに何か話し合っておくことはあるか?」
今までの仲間は、最初から決まっていたアサギに、なし崩し的に参入したカメリア。これまで仲間を迎え入れる準備なんてしたことなかったから、何が必要なのか解らない。ここは、先人の知恵を拝借しよう。
「特に何も」
「左に同じく」
「……えっ、終わり?」
真面目にリーダーらしい事をしようとしたら、速攻で終了してしまった。視線をアサギに向けると、苦笑いをこちらに返してきた。
「ホクトくんが意気込むのも理解できるけど、仲間の出入りなんて冒険者をしていれば、これから幾らでもあるわよ。その度に準備が必要だったら、みんな疲れちゃうでしょ。『ようこそ』『お世話になります』、『またな』『お世話になりました』。これくらい軽くていいのよ」
「ホクトは覚えてるか?アタイがウドベラで、碌でもない奴らとパーティ組んでたろ。あの時だって『よろしくな』で終わりだ。あまり仲間が増える事を大きく考えるなよ」
そんなものなのか。俺が所属していた日本の学校の野球部とかだと、新人が入ってくれば歓迎会、先輩が卒業すれば送別会と、イベント毎に毎回何かをやっていたぞ。まあ、一発芸とか無茶振りが激しくて、嫌だと思ってた奴らも多かったけど……。俺としては、そいつの人となりが解るから面白かったけどな。
「何はともあれ、クウちゃんが合流してからパーティの方針とかを決めましょう。それまでは、ゆっくりしてればいいわ」
そう言って、アサギは持ってきていた本を読み始めた。隣を見れば、カメリアは槍の手入れを始めている。こうして改めて見てみると、本当に冒険者って奴らは協調性が無いんだなと思う。俺だけ暇になってしまったけど、とりあえずカメリアに倣って装備の手入れをすることにした。
どれくらい時間が経ったのか、部屋の外から足音が聞こえてきた。他の会議室を使う探索者かとも思ったけど、どうやらこの部屋に用事があるらしい。足音の感覚が、徐々にゆっくりになって、やがて部屋の前で止まった。見れば、アサギやカメリアも気付いていたのか、暇潰しを止めて入ってくる人たちを迎え入れる準備が整っていた。
コンコン……。
「お待たせいたしました。クウさんをお連れしました」
そう言ってカリンさんが部屋の中に入って来る。カリンさんに続いてクウちゃんが姿を現した。見れば、いつでも探索に出れるように完全武装で来てくれたようだ。こういうところは好感がもてるな。
「カリンさん、ありがとうございます。クウちゃんも久しぶり……って言うほど前でもないか」
「こんにちわ」
小さくペコリとお辞儀をするクウちゃん。その動作は、小動物を思わせる可愛さがある。とても俺よりも年上とは思えない……。
クウちゃんを部屋に招き入れた後、カリンさんはクウちゃんの分のお茶を淹れて部屋を出て行った。クウちゃんは俺の真正面に座っている。少し緊張しているのか、あまり表情が変わらない中に硬さを若干感じた。
「少し緊張してる?」
「……少し」
「そうか。まあ、あんまり緊張しないで。ギルドの人から話は聞いたかもしれないけど、改めて。俺達猛炎の拳は、クウちゃんに新メンバーとして入ってもらいたいと思う。報酬の分配とか、細かい事は追々決めるとして、まずはクウちゃんの返事を聞きたい」
俺がそう言うと、クウちゃんは真っすぐ俺を見て……。
「よろしくお願いします」
ペコリと頭を下げた。良かった、これでクウちゃんが新メンバーとして参加することが決定した。隣で聞いていたアサギとカメリアからも、どこかホッとするような空気が弛緩するのを感じた。
「良かった。さて、新しく新メンバーが加わったことで、パーティ内のルールを改めて話し合おうぜ」
俺がアサギに振ると、アサギも待っていたかのように頷いた。
「改めまして。ようこそ、クウちゃん。私たちはあなたを歓迎します。さて、まず決めなきゃいけないのは、依頼の報酬やドロップ品の分配なんだけど……今まで私たちは、基本的に均等に分配してたの。たまに分けられない、例えばホクトくんのその籠手とか。そう言った物は、パーティ内で相談して誰に渡すか決めてたわ。これからもこれを踏襲しようと思ってるんだけど、クウちゃんは意見とかある?」
「ない」
「そう?もう少し考える時間はあるわよ?」
「別に。明らかに偏った分配がされなければ、私は問題ない」
何とも豪儀と言うか、そっけないと言うか。クウちゃんは、あまり報酬に拘らない質なのか?
「クウちゃんさ、俺達はもう仲間になったんだから、別にある程度の我儘は言って良いんだぞ?」
「大丈夫。そもそも私は、実家への仕送りと最低限の生活ができるだけお金があれば良いから。多く貰っても、使わないだけ。だったら、必要な人に私の分もあげればいい」
「そうか。クウちゃんは仕送りをしてるんだ。良ければ、今まで幾らくらい仕送りをしていたか聞いても良いかな?」
どうもクウちゃんと会話をすると、小さい子供に諭すような言い回しになってしまう。ビジュアル的な事が原因だと思うけど、年上の女性にどうよって気がしないでもない。
「今までは、月に30000ゼム。金貨3枚を行商人のおじさんに渡してた」
「そうか。なら月の仕送りをプラス金貨1枚増やせるくらいを目標にしたらどうだろう?ソロの時と同じだと、クウちゃんが俺達と組む必要もないし。これから上の階層へ行けば行くほど得られる報酬は多くなっていくはずだ。だから、都度都度報酬に関しては相談しよう」
「うん、それでいい」
なんだろう。小さい子供が親戚のおじさんおばさんからお駄賃をもらって、それを親が回収した上で、お小遣いとして渡している気分だ。クウちゃんなら、もっと多くの報酬を得られるのに勿体無い……。
「それから……」
「えっ?」
弾みをつけて、思い切った表情で俺を見るクウちゃん。何だろう、何を言われるのか身構える。
「私の方が年上。だから、これからはお姉ちゃんと呼ぶ。子ども扱いしないで」
「…………」
いや、それは……どうなの?今までも年上のアサギとカメリアに対して、タメ口を聞いていた俺が、いきなりクウちゃんを姉呼ばわりするのは……ダメだろう。
「あっ、それいいわね!私もホクトくんから、アサギお姉ちゃんって呼ばれたい!」
すると、なぜかアサギがその話題に食いついた。お前、今まではそんな素振り全く見せなかったじゃねえか。しかも、会った時に敬語禁止で対等に接する事と決めたのはお前だ!
「……カメリアお姉ちゃん。いや、なんか違うな。それだと背中が痒くなりそうだ。カメリア姉ちゃん、まあ無難か。カメリア姉……意外といけるか?」
何故かカメリアもブツブツと意味不明な事を呟いている。ないない、お前を姉呼ばわりすることは、現在も未来も絶対ない!
俺が心の中で、独りツッコミに疲れていると、いつの間にか3人は仲が良くなっていた。共通の話題があった事で、クウちゃんも緊張が溶けたのか、積極的にアサギたちと会話をしている。その光景はとても微笑ましいのだが、話しの内容が俺に姉と呼ばせる作戦を練っているのが間違っている。気のせいかもしれないけど、3人がいる辺りからドス黒いオーラが漂ってくる。
「と、とにかく!その話は後にして、まずはパーティ内のルールを決めちまおうぜ!」
このまま放っておくと、いつの間にか外堀が埋められてそうなので、話題を変えてみる。さすがに今する話ではないと理解していたのか、3人は素直に応じてくれた。
「じゃあ、今日の夜私の部屋で……」
「誰かと寝るの久しぶり。楽しみ……」
「バッカ、色々話すんだろ。寝れるなんて思うなよ」
最後に聞こえてきた内容に、冷や汗が頬を伝う。俺は何も聞かなかった。今日は、どこかに出かけようか……。
その後、買い出しの持ち回りやフォーメーションについて簡単に決めて、各々行動を開始した。今日は、せっかくクウちゃんが完全装備で来ていたので、買い物をした後に願いの塔前で合流。その後ダンジョンにアタックする流れになった。何にしても、クウちゃんが加わったことで新生・猛炎の拳がどの程度願いの塔に立ち向かえるのか、とても楽しみになってきた。
「『ちゃん』付け禁止。クウお姉ちゃん、もしくは呼び捨て」
「…………わかった、クウ」
「……むぅ」




