5話 死闘
追記:文末の・・・を……に変更しました。
昨日は午前中一杯を使って資料室に籠ってたから、丸1日町の外には出なかった。でも、それを補っても余りある情報を手に入れることができたし結果的にはプラスと考えよう。早朝からギルドに迎い一角兎の討伐依頼を受ける。
「おはようございます、ホクトさん」
「おはようございます、ノルンさん」
すっかり顔馴染みになった受付嬢ことノルン・ウィスパーさん。この1か月余りギルドで依頼を受けるときは、だいたいこのお姉さんが空いている時を狙う。他の受付嬢も美人ばっかりなんだけど、最初にアサギをとおして顔合わせしていたせいか、あまり緊張しないで話せる得難い美人さんである。
「今日も採取と……一角兎の討伐ですか?」
「はい、それでお願いします」
テキパキと処理をしてくれているノルンさんだったが、やや眉を潜めている。
「何かありましたか?」
「いえ……確かに一角兎の討伐は常時張り出されているので達成成功率に影響は無いですが、ずっと失敗続きですよね?大丈夫ですか?」
俺を心配してくれていたようだ。
「大丈夫です。ダッジさんも無理なことは言わないでしょうから。
それに、今日は秘策があるので……」
二カッと笑って見せる。それを見てノルンさんの表情も幾分か落ち着いた。
「そうですか、では本日も頑張ってきてください」
ノルンさんが笑顔で手を振ってくれる。ああ、いいねぇ……年上のお姉さんに笑顔で送り出されるこの瞬間がたまらない。やる気が出てくるな。
「いってきます!」
ノルンさんに手を振り返してギルドを出た。
東の門に着いて、外に出る手続きをする。ここ1か月は別の門から外に出てたから東の門を使うのは、初めてリーザスの町に来た時以来だ。
「おや、君は確かアサギさんと一緒にいた……」
手続きをしていると声をかけられた。
「ケントさん、その節はお世話になりました」
「何、あれが俺の仕事だからな。無事冒険者になれたのかな?」
「はい、ここ1か月は別の門を使っていたので会えませんでしたが何とかやれてます」
「ははは、そんな肩肘張らなくてもいいよ。もっと普段通りに話してくれよ。
警備隊って言ったって、俺はペーペーだしな」
「わかりました」
しかし相変わらずのイケメンオーラを発してる人だな。
「ホクト君は、これから外かな?」
「はい、依頼で一角兎を討伐しに」
「なるほど、一角兎か。あいつらはすばしっこいけど、諦めずに食らいついていけばすぐバテるから、そんなに倒すのは難しくないよ。外の森には沢山いるしね」
「……その情報、もっと早く知りたかったっす」
「え?」
ケントさんに事の成り行きを説明したら笑われた。
「はははは!それは大変だったね。もっと早くにこっちに来てれば教えてあげたのに」
「全くですよ……まあ、でも今日からスタートって事で!」
「君は気持ちいいくらいまっすぐなんだね。
道中危険は余りないけど、気を付けていくんだよ」
「はい、いってきます!」
ケントさんに手を振って門を出た。さて、目的地まで急ぐか。
東の門を出てから30分ほど歩くと、通称『暗闇の森』が見えてきた。ここも1か月ぶりだけど、相も変わらず不気味な森だな。今回ここには用が無いんだけど、この森の入り口から外周を時計回りに迂回すると、一角兎たちが多数生息する森が見えてくる。ここまでで大凡1時間、往復で2時間か……昼過ぎには戻らないといけないから、4時間くらい狩りに使えるな。
「そんじゃ、行きますか」
森の中に足を踏み入れていく。ここ最近行っていた森と違って下草が少なめだ。これなら歩くのに苦労しないだろう。森に入って10分ほど歩いたろうか、目の前に地球でも見慣れたイチョウの木があった。
「これがターブの木か……本当にイチョウの木みたいだな。葉っぱも扇形してるし」
足元に落ちていた葉っぱを拾って見てみると、緑色の扇形をした葉っぱだった。
「さて、じゃあ一角兎の巣を探してみますか」
木の根元を調べながら1周してみると、拳大程の小さな穴を見つけた。
「これが一角兎の巣か。中には……さすがにいないな。
でも巣があるってことは、この辺りにいるってことだよな」
木を中心にして注意深く見てみる。しかし目当ての一角兎は見つからない。
「おっかしいな、この辺りにいてもいいはず……なのに!」
ターブの木を八つ当たり気味に叩く。すると頭上から何かが落ちてきた。
「キュイィィ~」
ボトッ
目の前に落ちたそれは、茶色の毛玉のような形をしていた。
「え?……って、お前一角兎じゃないか!」
「キュゥゥ~」
地面に落ちたことで目を回した一角兎だったが、しばらくして俺に気付いた。
「キュッ、キュキュィィ~!」
咄嗟に後ろに逃げようと振り返ったが
「行かせるか!」
俺の方も事態が怒涛の勢いで動き出すことで、若干混乱気味ではあった。でも普段行っている動作は頭とは関係なく、自然に身体が動いてくれた。腰から投げナイフを取って一角兎の進行方向目がけて投げつけた。
ザクッ
地面に突き立つナイフを見て立ち止まる一角兎。俺はナイフを投げると同時に一角兎目がけて走り出していた。
「逃がさねえぞ」
一角兎の進行方向に回り込む。さて、ここからが本番だ。一角兎は逃げ足が速いが持久力はない。なら、逃がさないように回り込みながら疲れるのを待つ。意識を一角兎に『集中』して『鷹の目』を発動する。
「キュイ……」
震える一角兎。弱い者いじめをしているようで気が引けるが、これも自然の摂理と割り切る。すると、一角兎の右足の筋肉が強張る。身体も左側に偏って反動を付けているようだ……これは
「右に飛ぶ!」
叫んで一角兎の右側に回り込む。一角兎は右に逃げようと地面を蹴った……でも残念、そっちには俺がいる。数mほど走った一角兎だったけど、俺が目の前にいることに気付いて慌てて進路を変える。今度は左足の筋肉が強張る。
「次は左!」
すかさず回り込む。逃げる先々に俺がいることで一角兎はどんどん混乱して矢鱈目ったら飛び跳ねだす。俺は慌てることなく集中して対処する。
「右、左、次は後ろ!」
地球じゃ、こんな動き出来なかっただろうけど、こっちは異世界。『集中』と『鷹の目』のスキルを組み合わせると生物の次の動作が手に取るようにわかる。ただ、分かっただけでは一角兎と互角の鬼ごっこはできなかったと思う。これもダッジさんの鬼のような訓練を毎日受けていたからこそできる芸当。
「そろそろ疲れてきたか……」
一角兎の動きが目に見えて遅くなってきた。こっちも疲れてきたけど、無駄な動きの多い一角兎の方が先に動けなくなりそうだ。一角兎の方も、これ以上は無理だと悟ったのか、全身の筋肉が強張る。爪先から腿、腿から腰と力が伝って爆発的な跳躍力を生み出す。狙いは……俺か!
「この時を待ってたんだよ!」
俺目がけて突進してくる一角兎の進路から身体を動かして、カウンターで右拳を叩きつける。狙いは頭頂部から伸びている角。
「キュィィィィ~!」
「当たれぇぇぇ~~!!!」
俺の繰り出した右拳は、寸分の違い無く一角兎の角に当たった。その衝撃に一角兎は痙攣して地面に落ちる。どうやら情報どおり角が弱点で間違いないようだ。痙攣する一角兎を動けないように踏みつけつつ雄たけびを上げる。
「俺の勝ちだ、よっしゃぁぁぁ~~!!!」
こうして俺と小動物の死闘は、俺の勝ちで幕を閉じた。
ホクト君が、どんどん好き勝手に動いていきます。